竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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二人きり

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 初めての経験は記憶に強く残るものだ。
 ルカと出会った日の事も、ルカと同じ想いになった日の事も、初めて身体を繋げた日の事も、ルカとの思い出は何もかも覚えている。
 そんな中でも今日という日は特別になり、どんな事があっても忘れないと思った。
 血の繋がりをハッキリと表す幼い竜は、可愛らしく鳴きながら殻から出て来て二人の顔を交互に見始める。

「お父さんとお母さんだぞー。分かるか?」
「キュ?」
「まだ言葉分かんないかな。なぁ、レイ⋯」
「⋯⋯⋯」

 困ったように笑ってこちらを向いたルカが驚いているのが気配で分かる。だが、片手で顔を覆ったレイフォードは何も言う事が出来なかった。
 感情が昂っているのか勝手に涙が溢れて止まらない。
 卵の時も嬉しかったが、その姿が見えるとまた違った喜びがあり思わず涙を流してしまっていた。

「レイ⋯」
「⋯っ⋯子供は凄いな⋯本当に泣くとは思わなかった⋯」
「それだけ嬉しいって事だろ? 俺も嬉しいから、気持ち分かる」
「⋯ルカ⋯」
「うん?」
「ありがとう⋯」

 小さな手が頬に触れ、目元を押さえていた手を離して見ると涙目のルカが優しく微笑んでいた。額を合わせキラキラと輝く蒼碧の瞳を見ながら告げれば、こくりと頷き口付けをくれる。
 しばらく見つめ合っていたら、小さな羽ばたきが聞こえ小竜が覚束ない動きで飛ぼうとしていた。

「わ、待って待って」
「まだ早い⋯こら、翼を動かすな」
「キュ、キュー」

 まだ小さな翼は飛ぶには不十分だとレイフォードは分かっている為慌てて止めるが、小竜は無理やり動かそうとするから腕にバシバシと当たる。
 痛くはないが、このままでは翼が傷むと少しだけ怒気を込め小竜へと声をかけた。

「ルーウェン」
「!」

 低めの声で名前を呼ぶとビクリと身体を震わせ項垂れる。
 この名前は約束通り、レイフォードがいくつか考えて上げた中からルカが選んだものだ。ほぼ即決したようなものだが、姿を見た今とても似合っている名前だと思う。
 大人しくなってくれた事にホッとし頭を撫でると、薄紫の瞳がじっとこちらを見上げてきた。

「もう少し翼が大きくなるまでは飛んではいけない。分かったか?」
「キュー」
「いい子だ」

 殻だけになった卵と破片を拾いながらさっそく父親に叱られている我が子に笑っていると、ルーウェンを抱き上げたレイフォードがベッドから下り通信機を操作し始めた。

「ソフィアはまだ起きているか? ⋯⋯卵が孵ったから、医者を呼んで部屋まで来て欲しい。⋯ああ、頼んだ」

 集めたはいいがどうしたらいいか分からず、とりあえず毛布に包んで避けておこうとソファに置いたら頭に何かが乗せられ重くなった。視線を上げるとブルーグリーンの手が見えて、ルーウェンがいるのだと気付いたルカは両手を上げて抱っこに変える。
 卵の時はあんなに重かったのに、今はルカでも抱いたまま走れるほど軽い。

「キュ、キュ」
「んー? お腹空いたか? ⋯あれ、小さい竜って何食べるんだ?」
「小竜のうちは生肉だな。今からソフィアが持って来るだろうからもう少し待て」
「たくさん食べて大きくなれよ」
「キュー」

 抱き締めて頬を寄せるとルーウェンもご機嫌で鳴き声を上げる。どうやら言葉が分からなかった訳ではなく、最初に聞いた〝お父さん〟と〝お母さん〟の意味が理解出来なかっただけのようだ。
 笑顔で子供と戯れるルカの様子に胸が熱くなったレイフォードは、ルーウェンを抱くルカを抱き締め愛しい妻の髪に口付けた。


 医者からも〝 全く以て異常なし〟の太鼓判を押され、一同がホッとしている間に初めての食事を終えたルーウェンを抱き上げたソフィアが、「今夜はごゆっくりお休み下さい」と言ってお世話を申し出てくれた。
 ソフィアだって疲れているからと断ろうとしたのだが、興奮して眠れそうにないと言うので甘える事にして、久し振りに二人だけでベッドへと上がる。
 仰向けに寝転んだレイフォードの上にルカが寝そべったのだが、隙間なくくっ付く身体にほんの僅かな違和感を覚えた。

「先ほどまで卵を抱いていたから不思議な感覚だな」
「そうだなー。間に何もないの、ちょっと落ち着かないかも」
「だが、やっとルカだけを抱き締められる」

 出会った頃よりも肉付きは良くなったものの、まだまだ細い身体に腕を回して痛くない程度の力で抱き締めると、もぞもぞと動いて上がってきたルカが顔を覗き込んできた。
 僅かに眉を跳ね上げると些か拗ねた様子で首を傾げる。

「抱き締めるだけ?」
「⋯何をして欲しい?」
「分かってるくせに⋯⋯わっ」

 それがどんな意味を含んでいるのかすぐに理解したレイフォードだったが、ルカから言って欲しくてわざと問い掛けると更に膨れっ面になり背けられる。
 その表情は可愛くてもう少しだけ見てみたい気持ちはあるものの、これ以上はさすがに怒りそうだと片手で抱いて体勢を入れ替えたら驚いたルカが目を瞬いた。
 顔を寄せ触れるだけのキスをすると眉尻を下げる。

「今日はもう遅い。これで許してくれ」
「さっき途中だった分は?」
「⋯ルカ」
「うん?」
「抱きたいのを堪えているんだ。あまり煽らないでくれるか」

 突然二人きりになり、ルカが甘えてくれるだけで自身が反応しそうになるのを必死に抑えているレイフォードは正直に言えばもう限界だった。あと少しでも触れ合えばこのまま組み敷いてしまう。
 だが分かっているのかいないのか、心底不思議そうな顔をしたルカはなんて事ないように言ってきた。

「いつも言うけど、何で我慢するんだ? 俺はレイになら何されたっていいって思ってるのに」
「⋯⋯⋯」

 確かにルカは毎回そう言ってくれるが、大切な人が相手なら誰でもレイフォードと同じように思うはずだ。しかも負担を掛けると分かっているのだから尚更気を遣うのに、ルカはあっさりとその箍を外そうとしてくる。
 それにグラグラと理性を揺らされながらも首を振ったレイフォードは、片手で前髪を掻き上げ露わになった額に口付けた。

「子育ては予想以上に体力を使うそうだから、今はしっかり休んだ方がいい。寝不足のままだと身体にも良くないからな」
「⋯⋯分かった」

 不満げではあるが納得してくれたルカに苦笑し、隣に寝転んで頭の下に腕を差し込むとこちらを向いて密着してくる。
 髪を撫でて流し背中を軽く叩けば素直なルカは小さく欠伸を零した。

「おやすみ、ルカ」
「うん。おやすみ、レイ」

 背中に腕が回され、胸元に頬を寄せてきたルカは目を閉じて数分後穏やかな寝息を立て始めた。
 覗き込むと何とも幸せそうな顔をしていてこちらの胸まで暖かくなる。

「⋯愛してるよ」

 閉じられた目蓋に口付け微笑んだレイフォードは、しっかりとルカを抱き締めるとその温もりを感じながら目を閉じた。
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