竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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痛みのあとの幸せ

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 時間が経つにつれ痛みが増していき、治まる時間との間隔がだんだん短くなってきた。今はもう腹が痛いのか腰が痛いのか分からなくて、でも痛みを紛らわせたくて傍で手を握ってくれているレイフォードの手に縋り付く。
 聴診器を使ったり触診したりと様子を診ていた医者が小さく頷いた。

「本格的に陣痛も始まりましたし、そろそろ出産の準備に入りましょうか」
「うぅ⋯ちょっと怖い⋯」
「私がついていますからね。ソフィア殿、タオルと毛布のご用意は大丈夫ですか?」

 問われたソフィアが毛布の詰められた木製の編み籠を持ち上げて医者へと見せる。どうやらあそこに生まれた卵を入れるらしく、両手で抱える程度の大きさをしていた。

「はい。準備出来ております」
「結構です。では、始めますね」
「私もここにいていいか?」
「もちろんでございます。その方が竜妃様も安心でしょうから」

 決してルカから視線を外さずに話すレイフォードに医者も柔らかく微笑む。
 シルヴィアのお産も担当した彼は、その時のイルヴァンも決して傍を離れようとしなかった事を思い出し血は争えないなと思った。

「少し触りますから、気持ち悪いかったら言って下さい」

 薄い手袋をはめた医者がルカの足元に座り、指を直接中に差し込み腸壁の感覚を確かめる。通常よりは柔らかくなっており、これなら問題なく卵も生まれそうだ。

「ぅ⋯く⋯っ⋯」
「力まず、息を吐いて力を抜いて下さい。そう⋯ゆっくり⋯」
「⋯っ⋯うぅ⋯」
「ルカ、私に合わせてごらん」

 痛みで冷や汗が流れ息が詰まる。思いっきり力を入れたいのを我慢しながら唇を噛んでいたら、レイフォードの声が聞こえ近くでゆったりとした呼吸音が聞こえた。
 ぼんやりとする意識の中、それに合わせる事にだけ集中すると少しずつ痛みが引いていく。

「お上手ですよ、竜妃様」
「⋯何ていうか⋯痛いのと、痛くないのが交互に来るのって⋯結構キツい⋯」
「この調子でしたらあと一時間以内には生まれますよ」
「そっか⋯⋯っ⋯またきた⋯っ」
「陛下、お願い致します」
「ああ」

 それから痛みが来るたびレイフォードの声に励まされ呼吸を合わせて耐え凌ぐ時間は、ルカにとっては気の遠くなるようなものに感じただろう。
 ただ、傍には大好きな人がいてくれたから頑張れた。

「竜妃様、大きく息を吸ってー⋯⋯はい、力んで下さい」

 卵が中を通る感覚は、きっとどれだけ経験しても慣れないと思う。



 とてつもない疲労感が全身を襲っているけど、それ以上に大きな喜びと嬉しさが部屋を包んでいてルカはしゃくり上げた。
 目の前にはさっきまで自分の腹の中にいた卵が編み籠に鎮座して毛布に包まれていて、どうしてか光り輝いて見える。まだ卵だし、竜の姿も人の姿も見れないのに愛しいのは、やはり自分が生んだからだろう。

「卵だぁ⋯俺とレイの卵⋯嬉しい⋯」
「良く頑張ったな、ルカ」
「おめでとうございます、陛下、竜妃様」
「おめでとうございます!」

 確かに痛かったはずなのに、そんな記憶最初からなかったかのように幸せな気持ちだけが胸に詰まっている。
 籠ごと卵を抱き締めたら、更にレイフォードに抱き締められた。

「今日からなるべくお二人の体温で温めて差し上げて下さい。そうすれば卵が孵った時、お二人がご両親だとお子様も認識しやすいですから」
「分かった。ありがとう」
「元気に大きくなれよ~」

 まだあと二ヶ月は会えないけど、自分たちの手で育てる事には変わりないからもう生まれているも同然だ。
 自分の顔半分以上のサイズもある卵を人差し指で撫でてみたら温かくて、気になって耳を寄せてみたら微かに鼓動が聞こえる。それが凄く不思議でそのままじっとしていたら、クスリと笑ったレイフォードがこめかみに口付けてきた。

「どうした?」
「あったかくてドクドクいってるけど、この中ってどうなってるんだ?」
「どうなっているんだろうな」

 さすがのレイフォードでも分からないのか、卵から耳を離し撫でながら医者の方を向くと片付けをしていた彼はその手を止めて顎に手を当てる。

「そうですねぇ⋯恐らくは竜体として形成されている途中だとは思いますが⋯正確な姿は私にも分かりません」
「そっか。声って聞こえてる?」
「聞こえていますよ。お名前が決まっていらっしゃるなら、お呼びしてあげるとお喜びになると思います」
「名前⋯そうだ、名前! レイ、早く考えてあげなきゃ!」

 卵の中で竜の姿になっているという事だろうかと首を傾げつつ卵に視線を戻したルカの耳に、思いも付かなかった言葉が聞こえてハッとする。
 生まれる子に名前を付けるという考えは浮かばなくて、勢い良くレイフォードを振り向くと落ち着けと言わんばかりに頬を撫でられた。

「そうだな。いくつか候補を上げるから、ルカが選んでくれるか?」
「俺が? いいの?」
「私が考えてルカが決めるんだ。この子も喜んでくれるだろう」
「じゃあいい名前頼んだ」
「分かった。⋯ほら、疲れただろうからルカはそろそろ休もう」
「ここにいてくれる?」
「いるよ。この子を温めてる」

 抱き締めていた編み籠が取り上げられ肩が抱き寄せられる。胸元に寄り掛かるとレイフォードの香りがして、産後の興奮で知らずに昂っていた気持ちが落ち着いて目蓋が重くなってきた。
 おまけに顔中に薄い唇が触れるからそれも心地良くて、ルカは微睡みながらレイフォードの腰に腕を回す。

「レイ⋯」
「ん?」
「ありがとう⋯」

 ルカと血が繋がった人はもう父親だった人しかおらず、今はどこで何をしているかすら分からない。家族はいるけど、根本的には他人であるルカは同じ繋がりを持つ存在が欲しかった。
 それを与えてくれたレイフォードには感謝しかない。

「⋯⋯⋯」

 意識が落ちる間際だったのか小さな声ではあったが確かに聞こえ、ふっと息を吐きルカの頭に頬を寄せると目を伏せて微笑む。

「それは私のセリフだ。ありがとう、ルカ」

 本当に小さな身体で良く頑張ってくれた。
 穏やかに眠るルカを見て、二人の想いの象徴ともいえる我が子に視線を移したレイフォードは編み籠をしっかりと抱き卵を撫でる。
 それぞれの腕の中に愛しい者がいる今がきっと、何物にも勝る幸せというものだろう。
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