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あっという間に
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ルカが妊娠してから三ヶ月が経った。
まだまだ暑い日は続いているが、日も落ちれば涼しい風も吹くようになりもうすぐ木の葉も徐々に様相を変化させていっている。
最初は悪阻で満足に動いたり食べたり出来なかったルカだったが、一週間ほど前にピタッと吐き気が治まりようやくベッドから出られるようになった為、現在報告をしようとリックスを伴い祖母とクレイルの墓へと来ていた。
お祈りしていた精霊がルカの頭を撫でて去って行き、それを見送ってから二人の墓の前に膝をついたルカは自身の腹を撫でて微笑む。
「ばあちゃんも兄さんも久し振り。実は、二人に嬉しいお知らせがあってさ。俺ね、お母さんになるんだよ。ここに、レイとの子がいるんだ」
今、ルカのお腹にいる卵は一つで、現時点ではルカの手の平にも満たない大きさらしい。あと三ヶ月掛けてレイフォードの拳大ほどまで成長し、生まれてくるそうだ。
だがそこから約二ヶ月は卵を温め続けなければいけなくて、本当の意味で会えるのはまだまだ先だった。
「びっくりしてる? 俺もびっくりだよ。まさか自分がお母さんになる日が来るなんて、レイを好きになってからも思わなかった。レイと一緒にいたいから竜族になったのに、そのおかげでレイの子を生めるとか⋯俺、幸せ者だ」
長い時を生きるレイフォードを一人にしたくなかった。本当にその思いだけだったのに、思わぬプレゼントまで貰った気分だ。
きっと祖母が生きていたなら、飛び上がって喜んでくれた事だろう。
「俺、頑張るな。ちゃんとお母さんになれるか分かんないけど、ばあちゃんと兄さんが教えてくれた家族の愛情は忘れてないから。それに俺には、ソフィアもヴィア母様もいるしな」
明確に母親というものが分からなくても、母親ってこんな感じなんだなと思わせてくれるソフィアとシルヴィアの存在は偉大だ。特にシルヴィアはレイフォードの母親だから、本当に悩んだ時、相談するのもいいかもしれない。
きっと微笑んでくれているだろう二人の墓を撫で立ち上がったルカは、精霊が同じように撫でているのを見て笑みを零し一歩下がった。
「生まれたらまた連れて来るな。どっちに似るのか楽しみにしといて」
元気に生まれてくれるならどっちだっていい。
ルカとしては、レイフォードに似ていれば美形に育つだろうなとは思っているけど。
「汗掻いてきたから中に戻ろうか、リックス」
「はい」
「またな、ばあちゃん、兄さん」
手を振り背を向けたルカの後ろでリックスが墓石へと頭を下げる。
ふわりと柔らかな風が舞って赤くなりつつある木の葉を揺らし、ぼんやりとした二人の幻影を映し出した気がしたが、真っ直ぐ前を向いて歩くルカは気付かなかった。
せっかくだしこのままセノールのいる図書館に向かおうとしたルカだったが、途中で聞き知った声が聞こえピタリと足を止める。
図書館に続く道の曲がり角の向こう、人気のない場所にアルマがいて、その傍にはアルマを見上げるセノールがいた。何となく甘い雰囲気が漂ってる気がして慌てて隠れたが、立ち去るべきだったと気付いたのはアルマが話し出してからだった。
「今年はめでたい年だからと城下町で秋祭りが開催されるらしい。良かったら一緒に行かないか?」
「⋯⋯誘われてるんじゃねぇの?」
「? ⋯⋯ああ、確かに声はかけられたけどすぐに断ったよ。俺はセノールと行きたいからな」
「⋯⋯アンタの奢りなら」
「それはもちろん」
「⋯⋯⋯」
「セノール?」
「⋯バーカ」
「え?」
「⋯⋯別に⋯奢りじゃなくても⋯」
「分かってるよ」
素直じゃなくて意地っ張りでルカには容赦のないセノールだが、アルマ相手には結構頑張っているようだ。というよりも、きっともう二人は恋人なんだろうなと思うくらいには距離も近いし、アルマの声も優しい。
素の口調では乱暴な物言いをするセノールにあんなにデレっとした顔をしているのだ、アルマはきっとどんなセノールでも受け入れてくれる。
(良かったな、セノール)
友人が幸せなのは嬉しい。
邪魔したくはないし、今日は部屋に戻ろうとリックスを促したルカは胸が温かくなるのを感じて一人笑みを浮かべた。
だが覗き見た事を知られたら怒られるのは確実だから、セノールの口から聞くまではこの話題には触れないようにしなければ。
それから更に数ヶ月が経ちルカの腹も目立ち始めて幾日、ルカは朝から腹の違和感に首を傾げていた。
気にするほどでもないのかもしれないが、何となく鈍い痛みが断続的に続いている。
何かをしていれば忘れられる程度の痛みだから言わなくてもいいかと自己完結して数時間後、だんだんと強くなる痛みにさすがにおかしいとルカは花瓶の水を替えて戻って来たソフィアの袖を掴んだ。
「どうされました?」
「お腹、痛い」
「え!?」
眉を顰めて腹を押さえるルカにギョッとしたソフィアは慌ててルカをベッドに寝かせると、急いで医者の手配とレイフォードへの報告をリックスにお願いする。
焦るリックスに落ち着くよう声をかけ、ソフィアは痛みに顔を歪ませるルカの傍まで行くと包むように手を握った。
「ルカ様、何か欲しいものは御座いますか?」
「⋯レイの服」
「すぐにお持ちしますね」
微笑んで手を離し衣装部屋に向かったソフィアが勝手知ったるでシャツを出し持ってくる。ルカが欲しいものは部屋の主がいなくても渡していいと言われている為遠慮はなしだ。
渡すとすぐにぎゅっと抱き締めてて鼻先を埋めるルカが可愛らしい。
レイフォードの匂いはルカにとっては心の底から安心するもので、痛みがある中でも落ち着かせてくれる。
「すぐに陛下とお医者様がいらっしゃいますから」
「ん⋯」
少しずつ引いていく痛みに息を吐いてレイフォードのシャツに顔を埋めたルカは、早く彼の手に触れられたいと寄せていた眉根から力を抜いた。
まだまだ暑い日は続いているが、日も落ちれば涼しい風も吹くようになりもうすぐ木の葉も徐々に様相を変化させていっている。
最初は悪阻で満足に動いたり食べたり出来なかったルカだったが、一週間ほど前にピタッと吐き気が治まりようやくベッドから出られるようになった為、現在報告をしようとリックスを伴い祖母とクレイルの墓へと来ていた。
お祈りしていた精霊がルカの頭を撫でて去って行き、それを見送ってから二人の墓の前に膝をついたルカは自身の腹を撫でて微笑む。
「ばあちゃんも兄さんも久し振り。実は、二人に嬉しいお知らせがあってさ。俺ね、お母さんになるんだよ。ここに、レイとの子がいるんだ」
今、ルカのお腹にいる卵は一つで、現時点ではルカの手の平にも満たない大きさらしい。あと三ヶ月掛けてレイフォードの拳大ほどまで成長し、生まれてくるそうだ。
だがそこから約二ヶ月は卵を温め続けなければいけなくて、本当の意味で会えるのはまだまだ先だった。
「びっくりしてる? 俺もびっくりだよ。まさか自分がお母さんになる日が来るなんて、レイを好きになってからも思わなかった。レイと一緒にいたいから竜族になったのに、そのおかげでレイの子を生めるとか⋯俺、幸せ者だ」
長い時を生きるレイフォードを一人にしたくなかった。本当にその思いだけだったのに、思わぬプレゼントまで貰った気分だ。
きっと祖母が生きていたなら、飛び上がって喜んでくれた事だろう。
「俺、頑張るな。ちゃんとお母さんになれるか分かんないけど、ばあちゃんと兄さんが教えてくれた家族の愛情は忘れてないから。それに俺には、ソフィアもヴィア母様もいるしな」
明確に母親というものが分からなくても、母親ってこんな感じなんだなと思わせてくれるソフィアとシルヴィアの存在は偉大だ。特にシルヴィアはレイフォードの母親だから、本当に悩んだ時、相談するのもいいかもしれない。
きっと微笑んでくれているだろう二人の墓を撫で立ち上がったルカは、精霊が同じように撫でているのを見て笑みを零し一歩下がった。
「生まれたらまた連れて来るな。どっちに似るのか楽しみにしといて」
元気に生まれてくれるならどっちだっていい。
ルカとしては、レイフォードに似ていれば美形に育つだろうなとは思っているけど。
「汗掻いてきたから中に戻ろうか、リックス」
「はい」
「またな、ばあちゃん、兄さん」
手を振り背を向けたルカの後ろでリックスが墓石へと頭を下げる。
ふわりと柔らかな風が舞って赤くなりつつある木の葉を揺らし、ぼんやりとした二人の幻影を映し出した気がしたが、真っ直ぐ前を向いて歩くルカは気付かなかった。
せっかくだしこのままセノールのいる図書館に向かおうとしたルカだったが、途中で聞き知った声が聞こえピタリと足を止める。
図書館に続く道の曲がり角の向こう、人気のない場所にアルマがいて、その傍にはアルマを見上げるセノールがいた。何となく甘い雰囲気が漂ってる気がして慌てて隠れたが、立ち去るべきだったと気付いたのはアルマが話し出してからだった。
「今年はめでたい年だからと城下町で秋祭りが開催されるらしい。良かったら一緒に行かないか?」
「⋯⋯誘われてるんじゃねぇの?」
「? ⋯⋯ああ、確かに声はかけられたけどすぐに断ったよ。俺はセノールと行きたいからな」
「⋯⋯アンタの奢りなら」
「それはもちろん」
「⋯⋯⋯」
「セノール?」
「⋯バーカ」
「え?」
「⋯⋯別に⋯奢りじゃなくても⋯」
「分かってるよ」
素直じゃなくて意地っ張りでルカには容赦のないセノールだが、アルマ相手には結構頑張っているようだ。というよりも、きっともう二人は恋人なんだろうなと思うくらいには距離も近いし、アルマの声も優しい。
素の口調では乱暴な物言いをするセノールにあんなにデレっとした顔をしているのだ、アルマはきっとどんなセノールでも受け入れてくれる。
(良かったな、セノール)
友人が幸せなのは嬉しい。
邪魔したくはないし、今日は部屋に戻ろうとリックスを促したルカは胸が温かくなるのを感じて一人笑みを浮かべた。
だが覗き見た事を知られたら怒られるのは確実だから、セノールの口から聞くまではこの話題には触れないようにしなければ。
それから更に数ヶ月が経ちルカの腹も目立ち始めて幾日、ルカは朝から腹の違和感に首を傾げていた。
気にするほどでもないのかもしれないが、何となく鈍い痛みが断続的に続いている。
何かをしていれば忘れられる程度の痛みだから言わなくてもいいかと自己完結して数時間後、だんだんと強くなる痛みにさすがにおかしいとルカは花瓶の水を替えて戻って来たソフィアの袖を掴んだ。
「どうされました?」
「お腹、痛い」
「え!?」
眉を顰めて腹を押さえるルカにギョッとしたソフィアは慌ててルカをベッドに寝かせると、急いで医者の手配とレイフォードへの報告をリックスにお願いする。
焦るリックスに落ち着くよう声をかけ、ソフィアは痛みに顔を歪ませるルカの傍まで行くと包むように手を握った。
「ルカ様、何か欲しいものは御座いますか?」
「⋯レイの服」
「すぐにお持ちしますね」
微笑んで手を離し衣装部屋に向かったソフィアが勝手知ったるでシャツを出し持ってくる。ルカが欲しいものは部屋の主がいなくても渡していいと言われている為遠慮はなしだ。
渡すとすぐにぎゅっと抱き締めてて鼻先を埋めるルカが可愛らしい。
レイフォードの匂いはルカにとっては心の底から安心するもので、痛みがある中でも落ち着かせてくれる。
「すぐに陛下とお医者様がいらっしゃいますから」
「ん⋯」
少しずつ引いていく痛みに息を吐いてレイフォードのシャツに顔を埋めたルカは、早く彼の手に触れられたいと寄せていた眉根から力を抜いた。
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