111 / 126
あっという間に
しおりを挟む
ルカが妊娠してから三ヶ月が経った。
まだまだ暑い日は続いているが、日も落ちれば涼しい風も吹くようになりもうすぐ木の葉も徐々に様相を変化させていっている。
最初は悪阻で満足に動いたり食べたり出来なかったルカだったが、一週間ほど前にピタッと吐き気が治まりようやくベッドから出られるようになった為、現在報告をしようとリックスを伴い祖母とクレイルの墓へと来ていた。
お祈りしていた精霊がルカの頭を撫でて去って行き、それを見送ってから二人の墓の前に膝をついたルカは自身の腹を撫でて微笑む。
「ばあちゃんも兄さんも久し振り。実は、二人に嬉しいお知らせがあってさ。俺ね、お母さんになるんだよ。ここに、レイとの子がいるんだ」
今、ルカのお腹にいる卵は一つで、現時点ではルカの手の平にも満たない大きさらしい。あと三ヶ月掛けてレイフォードの拳大ほどまで成長し、生まれてくるそうだ。
だがそこから約二ヶ月は卵を温め続けなければいけなくて、本当の意味で会えるのはまだまだ先だった。
「びっくりしてる? 俺もびっくりだよ。まさか自分がお母さんになる日が来るなんて、レイを好きになってからも思わなかった。レイと一緒にいたいから竜族になったのに、そのおかげでレイの子を生めるとか⋯俺、幸せ者だ」
長い時を生きるレイフォードを一人にしたくなかった。本当にその思いだけだったのに、思わぬプレゼントまで貰った気分だ。
きっと祖母が生きていたなら、飛び上がって喜んでくれた事だろう。
「俺、頑張るな。ちゃんとお母さんになれるか分かんないけど、ばあちゃんと兄さんが教えてくれた家族の愛情は忘れてないから。それに俺には、ソフィアもヴィア母様もいるしな」
明確に母親というものが分からなくても、母親ってこんな感じなんだなと思わせてくれるソフィアとシルヴィアの存在は偉大だ。特にシルヴィアはレイフォードの母親だから、本当に悩んだ時、相談するのもいいかもしれない。
きっと微笑んでくれているだろう二人の墓を撫で立ち上がったルカは、精霊が同じように撫でているのを見て笑みを零し一歩下がった。
「生まれたらまた連れて来るな。どっちに似るのか楽しみにしといて」
元気に生まれてくれるならどっちだっていい。
ルカとしては、レイフォードに似ていれば美形に育つだろうなとは思っているけど。
「汗掻いてきたから中に戻ろうか、リックス」
「はい」
「またな、ばあちゃん、兄さん」
手を振り背を向けたルカの後ろでリックスが墓石へと頭を下げる。
ふわりと柔らかな風が舞って赤くなりつつある木の葉を揺らし、ぼんやりとした二人の幻影を映し出した気がしたが、真っ直ぐ前を向いて歩くルカは気付かなかった。
せっかくだしこのままセノールのいる図書館に向かおうとしたルカだったが、途中で聞き知った声が聞こえピタリと足を止める。
図書館に続く道の曲がり角の向こう、人気のない場所にアルマがいて、その傍にはアルマを見上げるセノールがいた。何となく甘い雰囲気が漂ってる気がして慌てて隠れたが、立ち去るべきだったと気付いたのはアルマが話し出してからだった。
「今年はめでたい年だからと城下町で秋祭りが開催されるらしい。良かったら一緒に行かないか?」
「⋯⋯誘われてるんじゃねぇの?」
「? ⋯⋯ああ、確かに声はかけられたけどすぐに断ったよ。俺はセノールと行きたいからな」
「⋯⋯アンタの奢りなら」
「それはもちろん」
「⋯⋯⋯」
「セノール?」
「⋯バーカ」
「え?」
「⋯⋯別に⋯奢りじゃなくても⋯」
「分かってるよ」
素直じゃなくて意地っ張りでルカには容赦のないセノールだが、アルマ相手には結構頑張っているようだ。というよりも、きっともう二人は恋人なんだろうなと思うくらいには距離も近いし、アルマの声も優しい。
素の口調では乱暴な物言いをするセノールにあんなにデレっとした顔をしているのだ、アルマはきっとどんなセノールでも受け入れてくれる。
(良かったな、セノール)
友人が幸せなのは嬉しい。
邪魔したくはないし、今日は部屋に戻ろうとリックスを促したルカは胸が温かくなるのを感じて一人笑みを浮かべた。
だが覗き見た事を知られたら怒られるのは確実だから、セノールの口から聞くまではこの話題には触れないようにしなければ。
それから更に数ヶ月が経ちルカの腹も目立ち始めて幾日、ルカは朝から腹の違和感に首を傾げていた。
気にするほどでもないのかもしれないが、何となく鈍い痛みが断続的に続いている。
何かをしていれば忘れられる程度の痛みだから言わなくてもいいかと自己完結して数時間後、だんだんと強くなる痛みにさすがにおかしいとルカは花瓶の水を替えて戻って来たソフィアの袖を掴んだ。
「どうされました?」
「お腹、痛い」
「え!?」
眉を顰めて腹を押さえるルカにギョッとしたソフィアは慌ててルカをベッドに寝かせると、急いで医者の手配とレイフォードへの報告をリックスにお願いする。
焦るリックスに落ち着くよう声をかけ、ソフィアは痛みに顔を歪ませるルカの傍まで行くと包むように手を握った。
「ルカ様、何か欲しいものは御座いますか?」
「⋯レイの服」
「すぐにお持ちしますね」
微笑んで手を離し衣装部屋に向かったソフィアが勝手知ったるでシャツを出し持ってくる。ルカが欲しいものは部屋の主がいなくても渡していいと言われている為遠慮はなしだ。
渡すとすぐにぎゅっと抱き締めてて鼻先を埋めるルカが可愛らしい。
レイフォードの匂いはルカにとっては心の底から安心するもので、痛みがある中でも落ち着かせてくれる。
「すぐに陛下とお医者様がいらっしゃいますから」
「ん⋯」
少しずつ引いていく痛みに息を吐いてレイフォードのシャツに顔を埋めたルカは、早く彼の手に触れられたいと寄せていた眉根から力を抜いた。
まだまだ暑い日は続いているが、日も落ちれば涼しい風も吹くようになりもうすぐ木の葉も徐々に様相を変化させていっている。
最初は悪阻で満足に動いたり食べたり出来なかったルカだったが、一週間ほど前にピタッと吐き気が治まりようやくベッドから出られるようになった為、現在報告をしようとリックスを伴い祖母とクレイルの墓へと来ていた。
お祈りしていた精霊がルカの頭を撫でて去って行き、それを見送ってから二人の墓の前に膝をついたルカは自身の腹を撫でて微笑む。
「ばあちゃんも兄さんも久し振り。実は、二人に嬉しいお知らせがあってさ。俺ね、お母さんになるんだよ。ここに、レイとの子がいるんだ」
今、ルカのお腹にいる卵は一つで、現時点ではルカの手の平にも満たない大きさらしい。あと三ヶ月掛けてレイフォードの拳大ほどまで成長し、生まれてくるそうだ。
だがそこから約二ヶ月は卵を温め続けなければいけなくて、本当の意味で会えるのはまだまだ先だった。
「びっくりしてる? 俺もびっくりだよ。まさか自分がお母さんになる日が来るなんて、レイを好きになってからも思わなかった。レイと一緒にいたいから竜族になったのに、そのおかげでレイの子を生めるとか⋯俺、幸せ者だ」
長い時を生きるレイフォードを一人にしたくなかった。本当にその思いだけだったのに、思わぬプレゼントまで貰った気分だ。
きっと祖母が生きていたなら、飛び上がって喜んでくれた事だろう。
「俺、頑張るな。ちゃんとお母さんになれるか分かんないけど、ばあちゃんと兄さんが教えてくれた家族の愛情は忘れてないから。それに俺には、ソフィアもヴィア母様もいるしな」
明確に母親というものが分からなくても、母親ってこんな感じなんだなと思わせてくれるソフィアとシルヴィアの存在は偉大だ。特にシルヴィアはレイフォードの母親だから、本当に悩んだ時、相談するのもいいかもしれない。
きっと微笑んでくれているだろう二人の墓を撫で立ち上がったルカは、精霊が同じように撫でているのを見て笑みを零し一歩下がった。
「生まれたらまた連れて来るな。どっちに似るのか楽しみにしといて」
元気に生まれてくれるならどっちだっていい。
ルカとしては、レイフォードに似ていれば美形に育つだろうなとは思っているけど。
「汗掻いてきたから中に戻ろうか、リックス」
「はい」
「またな、ばあちゃん、兄さん」
手を振り背を向けたルカの後ろでリックスが墓石へと頭を下げる。
ふわりと柔らかな風が舞って赤くなりつつある木の葉を揺らし、ぼんやりとした二人の幻影を映し出した気がしたが、真っ直ぐ前を向いて歩くルカは気付かなかった。
せっかくだしこのままセノールのいる図書館に向かおうとしたルカだったが、途中で聞き知った声が聞こえピタリと足を止める。
図書館に続く道の曲がり角の向こう、人気のない場所にアルマがいて、その傍にはアルマを見上げるセノールがいた。何となく甘い雰囲気が漂ってる気がして慌てて隠れたが、立ち去るべきだったと気付いたのはアルマが話し出してからだった。
「今年はめでたい年だからと城下町で秋祭りが開催されるらしい。良かったら一緒に行かないか?」
「⋯⋯誘われてるんじゃねぇの?」
「? ⋯⋯ああ、確かに声はかけられたけどすぐに断ったよ。俺はセノールと行きたいからな」
「⋯⋯アンタの奢りなら」
「それはもちろん」
「⋯⋯⋯」
「セノール?」
「⋯バーカ」
「え?」
「⋯⋯別に⋯奢りじゃなくても⋯」
「分かってるよ」
素直じゃなくて意地っ張りでルカには容赦のないセノールだが、アルマ相手には結構頑張っているようだ。というよりも、きっともう二人は恋人なんだろうなと思うくらいには距離も近いし、アルマの声も優しい。
素の口調では乱暴な物言いをするセノールにあんなにデレっとした顔をしているのだ、アルマはきっとどんなセノールでも受け入れてくれる。
(良かったな、セノール)
友人が幸せなのは嬉しい。
邪魔したくはないし、今日は部屋に戻ろうとリックスを促したルカは胸が温かくなるのを感じて一人笑みを浮かべた。
だが覗き見た事を知られたら怒られるのは確実だから、セノールの口から聞くまではこの話題には触れないようにしなければ。
それから更に数ヶ月が経ちルカの腹も目立ち始めて幾日、ルカは朝から腹の違和感に首を傾げていた。
気にするほどでもないのかもしれないが、何となく鈍い痛みが断続的に続いている。
何かをしていれば忘れられる程度の痛みだから言わなくてもいいかと自己完結して数時間後、だんだんと強くなる痛みにさすがにおかしいとルカは花瓶の水を替えて戻って来たソフィアの袖を掴んだ。
「どうされました?」
「お腹、痛い」
「え!?」
眉を顰めて腹を押さえるルカにギョッとしたソフィアは慌ててルカをベッドに寝かせると、急いで医者の手配とレイフォードへの報告をリックスにお願いする。
焦るリックスに落ち着くよう声をかけ、ソフィアは痛みに顔を歪ませるルカの傍まで行くと包むように手を握った。
「ルカ様、何か欲しいものは御座いますか?」
「⋯レイの服」
「すぐにお持ちしますね」
微笑んで手を離し衣装部屋に向かったソフィアが勝手知ったるでシャツを出し持ってくる。ルカが欲しいものは部屋の主がいなくても渡していいと言われている為遠慮はなしだ。
渡すとすぐにぎゅっと抱き締めてて鼻先を埋めるルカが可愛らしい。
レイフォードの匂いはルカにとっては心の底から安心するもので、痛みがある中でも落ち着かせてくれる。
「すぐに陛下とお医者様がいらっしゃいますから」
「ん⋯」
少しずつ引いていく痛みに息を吐いてレイフォードのシャツに顔を埋めたルカは、早く彼の手に触れられたいと寄せていた眉根から力を抜いた。
772
お気に入りに追加
1,857
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる