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体調不良
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穏やかに季節が巡り、ルカがアッシェンベルグに来てから二回目の季節が巡った。
初夏の温い風が窓から吹き込み、青い空を覆う真っ白な雲と照り付ける太陽にルカも少しだけバテ気味だ。
年中温かな気候に恵まれた場所に住んでいたから多少は暑さに強いはずだが、ここ最近は頭の中もぼんやりしていて転寝をする事も増えていた。
特に朝がなかなか起きれなくて、レイフォードが仕事に行ってしまったあとに目が覚める事が多く、竜族になった反動が今来たのかと思ってしまうくらい眠くて仕方ない。
「ルカ、今日も起きれないか?」
「⋯ん⋯んー⋯⋯起きたい⋯」
「眠いなら寝てていい。起きたら朝食を食べよう」
「⋯ごめん⋯」
「身体が疲れているんだろう。謝らなくていいから、ゆっくり休め」
優しいレイフォードは絶対無理に起こしたりしない。それどころか、ルカが起きるまで朝食を食べずにいてくれて、寝起きでぼけぼけしているルカに食べさせてくれるのだ。
今日もレイフォードがベッドから抜けてから二時間後にようやく目が覚めたルカだったが、今朝は何だか違和感を覚えた。
(⋯何か、モヤモヤする⋯?)
胸と腹の間、鳩尾部分が何となく変な感じがする。
ソフィアに着替えさせて貰い、髪も結い上げて貰ってから食堂に行くとレイフォードは既に座って待っていた。
いつものように膝に座り、どれから食べるか聞かれて魚を示したものの食欲はなくて一人首を傾げる。口元に解した身が寄せられたから反射的に食べたが、飲み込んだ瞬間吐き気を催した。
「⋯ぅ⋯」
「ルカ?」
「レイ⋯何か、気持ち悪い⋯」
「! すぐに医者を!」
「は、はい!」
ここに並んでいる食事はすべて毒味をされている。擦り抜けがないよう最低でも三人は口を付けているから、ルカの不調が食事でない事は誰もが分かっていた。
もしかして竜族になった後遺症のようなものなのかと焦るレイフォードに、口元を押さえて寄り掛かると頭を撫でてくれる。
「吐きそうか?」
「ん⋯だいじょぶ⋯」
「部屋まで運ぶから、吐きそうだったら言ってくれ」
「うん⋯」
吐き気はひどいが吐くまではいかない。いっそ吐いてしまえば楽なのかもしれないけど、何も食べていないから吐けるものがなかった。
クラクラとする視界に病気にでもなったのかと不安になったルカは、しっかりと抱いて歩くレイフォードの服を強く握り締めた。
「おめでとうございます、竜妃様。ご懐妊でございますよ」
「⋯?」
「まぁ⋯!」
具合が悪いのに祝われてルカは耳を疑った。しかも聞き慣れない言葉もあってキョトンとするルカの代わりに傍にいたソフィアが何故か歓声を上げる。
「ごかいにん⋯?」
「ルカ様のお腹に、陛下とのお子が宿ったという事ですよ!」
「え」
「ああ、どうしましょう⋯ルカ様がご懐妊だなんて、夢みたいだわ。こうしてはいられませんね、すぐに陛下にお伝えしなければ」
妊娠した本人よりも嬉しそうなソフィアが嬉々として話しているが、本当にいるのかと半信半疑なルカは呆然と腹を見下ろして恐る恐る触れる。変わらずぺったんこだし何の変化もないけど、医者に視線を移すと物凄く優しい目で頷くから間違いないんだと思った。
ただ、実感だけはどうしても湧かない。
ソフィアが部屋から出ようとした時、扉がノックされ心配そうな顔をしたレイフォードが入ってきた。
「ルカの具合はどうだ?」
「陛下!」
「な、なんだ」
扉を開けてすぐにソフィアがいたからか少し驚いていたが、ルカが起きている事に気付いてホッとしたのも束の間、ソフィアに勢い良く呼ばれ今度はちゃんとビクッとなった。
興奮冷めやらぬソフィアは握り拳でレイフォードを見上げる。
「陛下、落ち着いて聞いて下さいね? いいですか? 絶対に大きな声を出してはいけませんよ?」
「何なんだ、一体」
「まずはこちらへ移動して頂いて⋯」
いつもの落ち着きっぷりはどこへやら。
ルカは分かっているから苦笑で済むが、何も知らないレイフォードは困惑しきりで背中を押されベッドサイドに置かれた椅子へと座らされる。
膝に乗せていたルカ⋯手とレイフォードの手が重ねられた事で満足したのか、ソフィアはしずしずと後ろに下がりルカへと微笑んだ。
「ではルカ様。ルカ様のお口からお伝え下さい」
「え、俺から?」
「ルカ様の事ですから」
言われてそれもそうかと納得してレイフォードを見たルカは、重なっていただけだった彼の手を握って引っ張ると自分の腹へと押し当てた。
「ここに、レイと俺の子がいるんだって」
「え…」
「レイ、お父さんだよ」
同じような反応をしているレイフォードに笑いながら端的に言えば、少しの間を空けて理解してくれたのかガタンと音を立てて椅子から立ち上がったレイフォードにぎゅっと抱き締められる。
その腕が少し震えている気がして、背中に腕を回して撫でると微かに息を吐いた気配がした。
「嬉しい?」
「当たり前だろう。嬉しくないはずがない」
「良かった」
「⋯今でこれだけ嬉しかったら、生まれたらどうなるんだろうな」
「泣いたりして」
「有り得そうだ」
レイフォードと出会って、今日まで彼が涙を流したところは見た事はない。大人だから泣かないのかもしれないが、嬉し涙や喜びの涙は全然流していいとルカは思っている。
一向に離してくれないレイフォードの背中を延々と撫でていたら、にこにこ顔の医者がぬっと視界に現れた。
「!」
「今は落ち着いておられますが、今後も気持ちが悪かったり食欲がなかったりといった症状が出るかもしれません。竜妃様は竜族になられてまた日が浅いうちでのご懐妊ですから、通常より悪阻が辛い場合もあります。ですが、ご自身のお身体を第一に考え、ゆっくりお過ごし下さい。お食事も食べられる物を食べられる時に、ですよ」
「う、うん」
「もし水分も摂れないほど酷いようでしたら教えて下さい」
「はい」
話しているうちに抱き締めてくる腕の力が緩んだが、それでも離れる事はなくベッドに腰を下ろしたレイフォードは今度は腰を抱いてきた。
「では、私は失礼致しますね。また来週、診察に伺います」
「ありがとう」
「ありがとうございました。陛下、私は準備する物があるので部屋を空けますから、少しの間ルカ様をお願い致します」
「分かった」
そう言って医者と並んで部屋を出たソフィアを見送ったルカは、小さく息を吐くと目を閉じてレイフォードへと凭れ掛かる。気持ちの悪さはマシになったが、何だか眠くなってきた。
「落ち着くまでは部屋で過ごした方がいいな。食事もここに運ばせるから、食べたい物があったら言ってくれ」
「レイも一緒?」
「ああ。様子も見に来るから。絶対、無理だけはしないでくれ」
自慢ではないが、ルカはそこにいなさいと言われれば大人しく待っているタイプだ。今回だって部屋にいろと言うならいるつもりなのに、相も変わらずの心配性である。
だけどこればかりは仕方ない事だから、ルカはウトウトしながらもこくりと頷いた。
初夏の温い風が窓から吹き込み、青い空を覆う真っ白な雲と照り付ける太陽にルカも少しだけバテ気味だ。
年中温かな気候に恵まれた場所に住んでいたから多少は暑さに強いはずだが、ここ最近は頭の中もぼんやりしていて転寝をする事も増えていた。
特に朝がなかなか起きれなくて、レイフォードが仕事に行ってしまったあとに目が覚める事が多く、竜族になった反動が今来たのかと思ってしまうくらい眠くて仕方ない。
「ルカ、今日も起きれないか?」
「⋯ん⋯んー⋯⋯起きたい⋯」
「眠いなら寝てていい。起きたら朝食を食べよう」
「⋯ごめん⋯」
「身体が疲れているんだろう。謝らなくていいから、ゆっくり休め」
優しいレイフォードは絶対無理に起こしたりしない。それどころか、ルカが起きるまで朝食を食べずにいてくれて、寝起きでぼけぼけしているルカに食べさせてくれるのだ。
今日もレイフォードがベッドから抜けてから二時間後にようやく目が覚めたルカだったが、今朝は何だか違和感を覚えた。
(⋯何か、モヤモヤする⋯?)
胸と腹の間、鳩尾部分が何となく変な感じがする。
ソフィアに着替えさせて貰い、髪も結い上げて貰ってから食堂に行くとレイフォードは既に座って待っていた。
いつものように膝に座り、どれから食べるか聞かれて魚を示したものの食欲はなくて一人首を傾げる。口元に解した身が寄せられたから反射的に食べたが、飲み込んだ瞬間吐き気を催した。
「⋯ぅ⋯」
「ルカ?」
「レイ⋯何か、気持ち悪い⋯」
「! すぐに医者を!」
「は、はい!」
ここに並んでいる食事はすべて毒味をされている。擦り抜けがないよう最低でも三人は口を付けているから、ルカの不調が食事でない事は誰もが分かっていた。
もしかして竜族になった後遺症のようなものなのかと焦るレイフォードに、口元を押さえて寄り掛かると頭を撫でてくれる。
「吐きそうか?」
「ん⋯だいじょぶ⋯」
「部屋まで運ぶから、吐きそうだったら言ってくれ」
「うん⋯」
吐き気はひどいが吐くまではいかない。いっそ吐いてしまえば楽なのかもしれないけど、何も食べていないから吐けるものがなかった。
クラクラとする視界に病気にでもなったのかと不安になったルカは、しっかりと抱いて歩くレイフォードの服を強く握り締めた。
「おめでとうございます、竜妃様。ご懐妊でございますよ」
「⋯?」
「まぁ⋯!」
具合が悪いのに祝われてルカは耳を疑った。しかも聞き慣れない言葉もあってキョトンとするルカの代わりに傍にいたソフィアが何故か歓声を上げる。
「ごかいにん⋯?」
「ルカ様のお腹に、陛下とのお子が宿ったという事ですよ!」
「え」
「ああ、どうしましょう⋯ルカ様がご懐妊だなんて、夢みたいだわ。こうしてはいられませんね、すぐに陛下にお伝えしなければ」
妊娠した本人よりも嬉しそうなソフィアが嬉々として話しているが、本当にいるのかと半信半疑なルカは呆然と腹を見下ろして恐る恐る触れる。変わらずぺったんこだし何の変化もないけど、医者に視線を移すと物凄く優しい目で頷くから間違いないんだと思った。
ただ、実感だけはどうしても湧かない。
ソフィアが部屋から出ようとした時、扉がノックされ心配そうな顔をしたレイフォードが入ってきた。
「ルカの具合はどうだ?」
「陛下!」
「な、なんだ」
扉を開けてすぐにソフィアがいたからか少し驚いていたが、ルカが起きている事に気付いてホッとしたのも束の間、ソフィアに勢い良く呼ばれ今度はちゃんとビクッとなった。
興奮冷めやらぬソフィアは握り拳でレイフォードを見上げる。
「陛下、落ち着いて聞いて下さいね? いいですか? 絶対に大きな声を出してはいけませんよ?」
「何なんだ、一体」
「まずはこちらへ移動して頂いて⋯」
いつもの落ち着きっぷりはどこへやら。
ルカは分かっているから苦笑で済むが、何も知らないレイフォードは困惑しきりで背中を押されベッドサイドに置かれた椅子へと座らされる。
膝に乗せていたルカ⋯手とレイフォードの手が重ねられた事で満足したのか、ソフィアはしずしずと後ろに下がりルカへと微笑んだ。
「ではルカ様。ルカ様のお口からお伝え下さい」
「え、俺から?」
「ルカ様の事ですから」
言われてそれもそうかと納得してレイフォードを見たルカは、重なっていただけだった彼の手を握って引っ張ると自分の腹へと押し当てた。
「ここに、レイと俺の子がいるんだって」
「え…」
「レイ、お父さんだよ」
同じような反応をしているレイフォードに笑いながら端的に言えば、少しの間を空けて理解してくれたのかガタンと音を立てて椅子から立ち上がったレイフォードにぎゅっと抱き締められる。
その腕が少し震えている気がして、背中に腕を回して撫でると微かに息を吐いた気配がした。
「嬉しい?」
「当たり前だろう。嬉しくないはずがない」
「良かった」
「⋯今でこれだけ嬉しかったら、生まれたらどうなるんだろうな」
「泣いたりして」
「有り得そうだ」
レイフォードと出会って、今日まで彼が涙を流したところは見た事はない。大人だから泣かないのかもしれないが、嬉し涙や喜びの涙は全然流していいとルカは思っている。
一向に離してくれないレイフォードの背中を延々と撫でていたら、にこにこ顔の医者がぬっと視界に現れた。
「!」
「今は落ち着いておられますが、今後も気持ちが悪かったり食欲がなかったりといった症状が出るかもしれません。竜妃様は竜族になられてまた日が浅いうちでのご懐妊ですから、通常より悪阻が辛い場合もあります。ですが、ご自身のお身体を第一に考え、ゆっくりお過ごし下さい。お食事も食べられる物を食べられる時に、ですよ」
「う、うん」
「もし水分も摂れないほど酷いようでしたら教えて下さい」
「はい」
話しているうちに抱き締めてくる腕の力が緩んだが、それでも離れる事はなくベッドに腰を下ろしたレイフォードは今度は腰を抱いてきた。
「では、私は失礼致しますね。また来週、診察に伺います」
「ありがとう」
「ありがとうございました。陛下、私は準備する物があるので部屋を空けますから、少しの間ルカ様をお願い致します」
「分かった」
そう言って医者と並んで部屋を出たソフィアを見送ったルカは、小さく息を吐くと目を閉じてレイフォードへと凭れ掛かる。気持ちの悪さはマシになったが、何だか眠くなってきた。
「落ち着くまでは部屋で過ごした方がいいな。食事もここに運ばせるから、食べたい物があったら言ってくれ」
「レイも一緒?」
「ああ。様子も見に来るから。絶対、無理だけはしないでくれ」
自慢ではないが、ルカはそこにいなさいと言われれば大人しく待っているタイプだ。今回だって部屋にいろと言うならいるつもりなのに、相も変わらずの心配性である。
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