竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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「竜妃様はお花の匂いはお好きですか? 浴槽に浮かべてみたのですが」
「え? う、うん⋯好きだけど⋯」
「竜妃様のお召し物、とても手触りが良いですね」
「わ、何で脱がして⋯っ」
「まあ⋯何て綺麗なのかしら。見て、この細い腰」
「お肌もシミ一つなくてもちもち」
「ちょ、ちょっと待って⋯俺一人で出来るから⋯っ」
「お疲れでしょうからマッサージもさせて頂きますね」
「⋯⋯っ、そ、ソフィアー!」

 四人のメイドに囲まれ困惑しきりのルカが助けを呼ぶ声が、エッシェンド辺境伯家の屋敷に響き渡った。


 二時間前、適宜休憩を取りつつ最南端の街〝オーヴェル〟に着いた一行は、真っ先にこの街の領主であるキリアン・ユース・エッシェンド辺境伯の屋敷に訪れていた。
 視察を請うたのはもちろん彼で、柔和な笑みを浮かべて招き入れてくれたキリアンは、ルカがいるからかまず客室へと案内してくれる。城の客室ほどではないがそれでも充分広く、こんな立派な部屋を借りられるだけでも有り難かった。
 ちなみにソフィアは使用人の部屋を、リックスたちは離れにある自警団用の寮で仮眠をとりつつ一人ずつ交代で護衛をするそうだ。
 今回の件についてキリアンと話してくるからと言われ部屋に残されたルカは、まず荷解きを始め仕掛け絵本を取り出した。
 いつだって目に楽しいそれを夢中になって見ていたら扉がノックされ、ソフィアだと思ったルカはあっさりと入室を許可したのだが入って来たのは件のメイドたちで⋯そうして現在に至るのだが、ルカはどうしたらいいのか分からず半裸状態で脱がされそうな服を押さえていた。

(ソフィアはどこ行ったんだよー!)

 いつも傍にいてルカの意思を一番に汲んでくれる人がいない現状には不安しかない。いっそこのまま浴室に逃げ込もうかと思っていたら、扉がノックされソフィアが入ってきた。

「あら」

 開きっ放しの脱衣室の扉の奥にいるルカの状態を見てすぐに察したソフィアは苦笑すると、中に入りメイドたちからルカを守るように抱き寄せ頭を撫でてくれる。

「申し訳御座いません。ルカ様はあまり大勢でお世話をされる事を好まないのです。みなさまのお気持ちはとても嬉しいのですが、ここは私にお任せ頂けますか?」
「で、ですが⋯私たちも旦那様から言い付けられておりまして」
「竜妃様がご不便を感じないようにと⋯」

 何かをしてくれようという気持ちは有り難いが、せめて一人二人にして欲しい。元々が自分だけで全部するような生活をしていたのだ、ソフィアの時だって最初は遠慮していたくらいなのに。
 メイドたちの言葉を聞いたソフィアの空気がヒンヤリして、ルカは「あれ?」と顔を上げる。

「そのお気遣いには感謝致しますが、だからと言ってルカ様のご意思を無視してもいいという事にはなりませんよね? 先ほども言いましたが、ルカ様は大勢でのお世話を好みません。私にさえ御髪を洗い整えるくらいしかさせて下さいませんのに」

 メアリーの件があってからしばらくは問答無用で手伝われていたが、落ち着いてからはまたルカのしたいようにさせてくれて、ルカもせめてと髪だけはお願いしていた。

「⋯そ、そうなのですね⋯」
「ソフィア様でも⋯」
「それから、ルカ様にお出しする物はすべて陛下から許可を頂いて下さいね。ご自分の知らない物がルカ様にお出しされたと知ると物凄くうるさいですから」
「わ、分かりました」
「陛下の独占欲には困ったものです」

 さりげなくルカの服を整えながらソフィアがしみじみと零す。
 自分の主に対して容赦のない彼女がレイフォードの乳母だと知らないメイドたちは目を瞬いているが、ルカはいつもの事だと気にも留めない。
 王族に若干の憧れを抱いていたメイドたちは拍子抜けしたものの、ルカがレイフォードからもソフィアからも殊更大事にされている事だけは理解した。
 下手な事をすればあっさり首と胴体がサヨナラするだろう。

「で、では旦那様にもそうお伝え致します」
「竜妃様、申し訳御座いませんでした」
「あ、ううん。俺の方こそごめんな」
「いいえ。それでは私たちは失礼させて頂きます」
「ご入用の物が御座いましたらお声がけ下さい」
「ありがとうございます」

 本当にメイドたちは悪くないのに、扉の向こうに消えていく肩がしょんぼりしている気がしてルカは申し訳なくなった。

(でもだからって、初めましての人に全身お世話になるのは恥ずかしい)

 すっかり元に戻った服にホッとし中に入っていた髪を引っ張って出すとソフィアの手が軽くもつれた部分を解いてくれる。そのまま毛先まで何度か指で梳かれるともういつものサラツヤヘアーだ。
 手を引かれて脱衣室から出たソフィアが扉を締めながら微笑む。

「もうすぐ陛下が戻って来られますよ」
「うん」
「ふふ、一気に表情が明るくなりましたね」
「え」

 どうやら無意識のうちに喜んでいたらしい。それをソフィアに指摘され何となく照れ臭くなって俯いていたら、扉が開いて今し方話題に出ていた人物が入ってきた。
 意外にも近くにいた事に驚いたのか紫の瞳が僅かに開かれる。

「今から入るのか?」
「いいえ。陛下がお先に入られますか?」
「いや、もう少しあとでいい。ルカ、時間も遅いから軽く食べられる物を貰って来た。一緒に食べようか」
「食べる。ちょうどお腹空いてたんだ」
「でしたら私はお茶の用意をお願いして来ますね」
「ああ、頼んだ」

 レイフォードの手には布が掛けられた皿が乗っていて、ソファへと腰掛けた膝に座るとこみかみに口付けられる。
 部屋から出るソフィアを見送り、布をめくれば薄茶色の丸い塊があり見た事もないルカは首を傾げた。

「これは、この街で茶菓子として食べられている饅頭という食べ物だ」
「まんじゅう?」
「中に甘い餡が入っているから、きっとルカも気に入る」
「甘いあん⋯いただきます」

 口元に寄せられ遠慮がちに齧ると思ったよりも柔らかくて目を瞬く。次には仄かな甘みが口の中に広がりルカはパッと表情を明るくした。
 その分かりやすい変化にふっと笑ったレイフォードはにこにこしながら食べるルカが満足するまで食べさせてから余った物には布を被せる。だが自分しか食べていない事に気付いたルカに怒られてしまい、手ずから差し出された饅頭にかぶりついた。
 あまり甘い物は得意ではない方だが、この甘さは嫌いではない。
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