竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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自分だけの竜妃

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 夕食を済ませ、入浴も終えたレイフォードは先ほどソフィアから伝えられた言葉に悶々としながら自室に向かっていた。

『陛下、お医者様からの伝言です』
『何だ』
『ルカ様は、もうお子様を身篭れるお身体になりましたよ、との事です』
『⋯⋯ん?』
『ですから、子作りオッケーという事です』
『⋯⋯⋯』

 ルカの夜這い発言以上になかなか頭に入って来なかったが、意味を理解してからはそうかと妙に納得してしまった。
 竜族は男でも妊娠可能であり、竜族になったルカがそれに当てはまるのも当然で、二人は夫夫なのだから医者がそう言うのもまた然りだ。だがそれをどうルカに説明するか、それが一番の難関である。
 そもそもそれだけの体力が回復したとはいえすぐに組み敷くなど紳士的とは言えない。ルカなら受け入れてくれるという自信はあるが、病み上がりに無理を強いる事はしたくなかった。
 余談だが、レイフォードは幼い頃に、騎士たちは騎士になると決めた時点で子を成す器官を切除している為身篭る事はない。

(とりあえず、今はルカの事だけ考えよう)

 ルカが口付けをねだってくるなら応えるし、それで反応するなら出してやればいいだけだ。
 そう決めて部屋へと続く扉を開けたレイフォードの胸に衝撃が走った。
 とはいっても微々たるものだが、ふわりと舞った香りにルカが飛び付いて来た事を悟る。見下ろせば案の定小さな身体がしがみついていて、満面の笑顔で見上げてきた。

「おかえり、レイ。びっくりした?」
「ただいま。少しだけな」
「少しかー」

 残念と肩を竦めるルカを抱き上げ耳の下に鼻先を寄せるとふわりと石鹸の匂いがした。そのまま唇で食めばクスクスと笑いながら身を捩るルカが可愛くて仕方ない。
 ベッドまで移動し、ルカを抱いたまま端に腰掛けたレイフォードは何か言いたそうな表情に気付き僅かに首を傾げた。柔らかな頬を軽く摘むと逃げるように抱き着いてくる。

「どうした?」
「今日さ、ばあちゃんと兄さんに竜族になったよって報告してきた」
「そうか⋯二人は怒っていると思うか?」
「びっくりはしただろうけど、怒る事は絶対にないよ。特にばあちゃんは、俺がレイと幸せになる事をずっと願ってくれてたし」
「本当に素晴らしい祖母君だった」
「うん」

 ルカの素直で真っ直ぐで優しい性格を鑑みても、祖母がいかに彼を大切に育ててきたかがよく分かる。一年ほどしかここにはいなかったし、レイフォード自身が関わる事も少なかったが、朗らかな彼女の姿は今だハッキリと目蓋に浮かぶ。
 小さな手がぎゅっと服を握ったから見下ろすと二つの蒼碧がじっと見上げてきていた。

「レイ」
「ん?」
「俺は、あと何年生きる?」

 あの時と同じだが、あの時とは違う声のトーンに口元を緩めたレイフォードは、こめかみに口付けながら柔らかく答える。

「千年以上」

 それを聞いて嬉しそうに微笑んだルカはあまりにも綺麗で、レイフォードは両腕を華奢な身体に回すと強めに抱き締めた。
 同じだけの時を生きて、そうして最期を共に出来るならそれほど幸せな事はない。

「ああ、そうだ。二週間後に南の街へ視察に行くのだが、ルカも一緒に行かないか?」
「え、一緒に行っていいの?」
「もちろん。私がルカと行きたいからな」
「じゃあ行く! 行きたい!」

 気持ち的には連れて行く気満々で準備も進めていたが、一応聞いてみるかと問い掛ければパッと表情を輝かせて何度も頷く。
 無邪気な返答に微笑みながら頬を撫でたら甘えるように擦り寄せてきた。

「なぁ、レイ」
「何だ?」
「レイはいっつも俺を喜ばせてくれるけど、レイは何をしたら喜ぶ? 俺に何して欲しい?」

 親指で目の下から目尻まで滑らせ頬の感触を楽しんでいると、不意にそんな事を聞かれて若干驚くと同時に考える。
 基本的にはしてあげたい派のレイフォードはルカに何をして欲しいかはあまり考えた事がなく、問われた今でさえすぐには思い付かない。そこにいるだけで身も心も癒されるのだから、特別何かをして欲しいという気持ちは一つもなかった。

「今のところはないな」
「ないの? 全然?」
「そもそもルカは、私の為にあんなに苦しんでまで竜族になってくれただろう? これ以上を望んだらバチが当たる」
「でも竜族になったのは俺の願いでもあるし⋯」
「ルカ」

 どうしても何かをしたいのか、しゅんと目を伏せるルカに眉尻を下げて笑ったレイフォードは小さな身体を抱き上げるとロッキングチェアへと移動し腰を下ろした。
 揺らしながら背中を撫でるとポスンと胸元へ寄り掛かってくる。

「ルカが当たり前のようにしてくれる事が、私にとっては何よりも嬉しいんだよ。ルカはいつだって私の為を思って行動してくれるだろう?」
「レイが喜んでくれるといいなとは思ってるけど⋯俺下手くそだから」
「そんな事はない。それに、ルカは何事にも一生懸命だから、例え失敗しても次に繋げられる」
「上手になれるかな?」
「なれるよ。先は長いんだ、一緒に学んでいけばいい」

 形のいい頭を撫でながら本心からそう言えばチラリとこちらを見たあと頷くと、膝立ちして首に抱き着いてきた。頬に口付けられ、様子を見ていると今度はそっと唇が重なる。

「レイはホント、大人だし優しいな」
「相手がルカだからな。ルカ以外には言わない」
「特別ってやつだ」
「誰よりも特別だよ。私の愛しい竜妃」

 竜妃とは竜王にのみ許される存在であり、ルカに対してそう言える事がレイフォードは嬉しかった。同じ気持ちになるまではと周りにさえも口にする事を牽制して来たが、今や名実共に紛う事なき〝レイフォードの竜妃〟である。
 頬を染めてはにかむ彼の顎に指をかけて掬うと小さな唇へと口付けた。
 何だかますます甘さを増した気がする。

 それからしばらくロッキングチェアでまったりしていたのだが、不意に顔を上げたルカが首を傾げながら口を開いた。

「レイ」
「ん?」
「俺、お医者様からもう元気って言われたんだけど⋯」
「ああ」
「まだあの気持ちいい事、しないのか?」
「⋯⋯⋯⋯」

 素直で無邪気に人を煽る天才は、竜族になってますます磨きが掛かったらしい。
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