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休息
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おおよそ一月振りとなる入浴でしっかり身を清め、ソフィアに髪を洗って貰ったあと腰までの長さに整えて貰い、ようやく頭の中もすっきりして浴室から戻ったルカは部屋の現状を改めて知って絶句した。
シーツがビリビリなのは言わずもがな、ベッドの周りには服のような物が無惨な布切れになってたくさん転がっていて、ソフィアからそれがすべてレイフォードの物だと知らされたルカは真っ青になってすぐ部屋にいるレイフォードに謝りに行ったのだ。
だがレイフォードは微笑んで首を振ると、「ルカが落ち着けるなら服などどうでもいい」と言って更にもう一枚渡してきた。もういいのにと思いつつも受け取ったのは、やはり彼の匂いがして安心出来るからだろう。
それから、今日からはレイフォードの部屋で過ごすように言われ、どのみちあのベッドでは眠れない事を分かっているルカは頷いたが、しばらくは安静と言われてガッカリした。
少なくとも、医者から許可が降りるまではベッドの上らしい。
だがそれも仕方ないと思うルカであった。
ルカが寝込んでいた期間は一月足らずだったようだが、ルカが無事に竜族になった事を知ったソフィアとリックスが涙を流す姿にルカは胸が痛んだ。特に嘔吐くくらい泣くソフィアには貰い泣きしてしまい、しばらく二人で抱き合いながら泣いたのはもはやいい思い出ですらある。
バルドーとアルマまで涙目だった事には驚いたが、本当にみんなには心配を掛けてしまった。
ハルマンやセノール、城の人たちには元気になってから顔を見せればいいとレイフォードには言われたから、貰った服をナイトウェアの上から着たルカは寝込んでからは使われていなかったベッドに寝転んだ。
「問題なく竜族のお身体となられておりますね。竜妃様は途中変異ですので翼はありませんが、魔力が生命力となっていますから安定するまではしっかりお身体を休めて下さいね」
「うん」
「大丈夫です、二、三日もすれば動けるようになりますよ。ですが、体力も筋力も衰えておりますので、長くても三十分ほどのお散歩から始めて下さい」
「はい!」
「良いお返事です。食事も摂れるだけで結構ですよ」
優しい表情をした初老の医者がそう締め括って立ち上がり、診察の邪魔になるからと避けていたクマのぬいぐるみをルカへと持たせる。
ぎゅっと抱き締めるとお日様の良い匂いがして胸がほわんとした。
「最初は消化の良い物からお出しして下さい。もし吐き戻したりお腹を下すようでしたらまたご連絡を」
「はい、ありがとうございました」
「ではまた」
見送りに出たソフィアと一言二言交わし部屋をあとにした医者が使用人の案内で帰っていく。
クマの腕を持って動かしていたルカは、ようやく落ち着いて話せるようになりまず気になっていた事を問い掛けた。
「ソフィア、俺の家族は元気?」
「はい、みなさまお元気に過ごされておりますよ」
「そっか、良かった」
寝込んでしまっている間に何か不幸が起きていないか不安だったが、どうやら変わりないようで安心した。
胸は撫で下ろせたが、それでも一つだけ不満はある。
「それにしても、俺には翼がないなんて」
「竜族は生まれた瞬間から持っているものですからね。ルカ様は元がありませんし、仕方がありませんよ」
「ちょっと期待してたんだけどなぁ…」
もしかしたらレイフォードと一緒に飛べるかもしれないなんて想像もしたのに、それ自体がないのなら意味がない。
膨れっ面で息を吐くと、頬に精霊がくっついてきた。
―ルカ、ほしかった?―
「うん、欲しかった」
―ぼくたちはあげられない―
―せいれいおうにたのむ?―
「え、いいよいいよ。なくてもレイが連れて行ってくれるし」
しょんぼりしつつとんでもない提案をする精霊に慌てて首を振ると、キョトンとして本当にいいのかと聞いてくる。それに全力で頷けばやっと納得してくれたのか、笑いながらルカの周りを飛び始めた。
精霊王にはどんな願いだって言える訳がないのに、精霊たちは無邪気にその名を出してくる。
すっかり話題の変わった精霊たちの会話を苦笑混じりに聞いていると、扉がノックされレイフォードが入ってきた。
クマを抱くルカを見て笑みを浮かべて傍までくると、ベッドの端に腰掛け頬に触れる。
「具合はどうだ?」
「すっかり元気。でも二、三日は動いちゃダメだって」
「そうか。なら、その間は私がルカの手足となろうか」
「え?」
「着替えも、食事も、排泄も、すべて私が面倒を見るから安心するといい」
「あ、安心?」
着替えや食事はともかく、いくら〝レイフォードなら何でもいいよ〟と言えるルカでもさすがに下の世話はして欲しくない。
だから首を振ったのに、レイフォードは殊更に優しく微笑むと艶の戻った黒髪を掬って口付け甘く囁いた。
「ルカ。私たちは真の番となったのだから、恥ずかしがる事など何もない。存分に夫に甘えてくれ」
「レイ…」
嫌な顔一つせず面倒を見ると言ってくれたのは正直嬉しいがやはりそれだけは許容出来なくて、その後手洗いに行こうとするルカを抱き上げては連れて行くレイフォードが中に入って来るのを毎度断固として拒否し、あとでソフィアから落ち込んでいると聞かされ頭を抱えたくなった。
他はむしろお願いしているのだから、一つくらい勘弁してくれてもいいと思う。
シーツがビリビリなのは言わずもがな、ベッドの周りには服のような物が無惨な布切れになってたくさん転がっていて、ソフィアからそれがすべてレイフォードの物だと知らされたルカは真っ青になってすぐ部屋にいるレイフォードに謝りに行ったのだ。
だがレイフォードは微笑んで首を振ると、「ルカが落ち着けるなら服などどうでもいい」と言って更にもう一枚渡してきた。もういいのにと思いつつも受け取ったのは、やはり彼の匂いがして安心出来るからだろう。
それから、今日からはレイフォードの部屋で過ごすように言われ、どのみちあのベッドでは眠れない事を分かっているルカは頷いたが、しばらくは安静と言われてガッカリした。
少なくとも、医者から許可が降りるまではベッドの上らしい。
だがそれも仕方ないと思うルカであった。
ルカが寝込んでいた期間は一月足らずだったようだが、ルカが無事に竜族になった事を知ったソフィアとリックスが涙を流す姿にルカは胸が痛んだ。特に嘔吐くくらい泣くソフィアには貰い泣きしてしまい、しばらく二人で抱き合いながら泣いたのはもはやいい思い出ですらある。
バルドーとアルマまで涙目だった事には驚いたが、本当にみんなには心配を掛けてしまった。
ハルマンやセノール、城の人たちには元気になってから顔を見せればいいとレイフォードには言われたから、貰った服をナイトウェアの上から着たルカは寝込んでからは使われていなかったベッドに寝転んだ。
「問題なく竜族のお身体となられておりますね。竜妃様は途中変異ですので翼はありませんが、魔力が生命力となっていますから安定するまではしっかりお身体を休めて下さいね」
「うん」
「大丈夫です、二、三日もすれば動けるようになりますよ。ですが、体力も筋力も衰えておりますので、長くても三十分ほどのお散歩から始めて下さい」
「はい!」
「良いお返事です。食事も摂れるだけで結構ですよ」
優しい表情をした初老の医者がそう締め括って立ち上がり、診察の邪魔になるからと避けていたクマのぬいぐるみをルカへと持たせる。
ぎゅっと抱き締めるとお日様の良い匂いがして胸がほわんとした。
「最初は消化の良い物からお出しして下さい。もし吐き戻したりお腹を下すようでしたらまたご連絡を」
「はい、ありがとうございました」
「ではまた」
見送りに出たソフィアと一言二言交わし部屋をあとにした医者が使用人の案内で帰っていく。
クマの腕を持って動かしていたルカは、ようやく落ち着いて話せるようになりまず気になっていた事を問い掛けた。
「ソフィア、俺の家族は元気?」
「はい、みなさまお元気に過ごされておりますよ」
「そっか、良かった」
寝込んでしまっている間に何か不幸が起きていないか不安だったが、どうやら変わりないようで安心した。
胸は撫で下ろせたが、それでも一つだけ不満はある。
「それにしても、俺には翼がないなんて」
「竜族は生まれた瞬間から持っているものですからね。ルカ様は元がありませんし、仕方がありませんよ」
「ちょっと期待してたんだけどなぁ…」
もしかしたらレイフォードと一緒に飛べるかもしれないなんて想像もしたのに、それ自体がないのなら意味がない。
膨れっ面で息を吐くと、頬に精霊がくっついてきた。
―ルカ、ほしかった?―
「うん、欲しかった」
―ぼくたちはあげられない―
―せいれいおうにたのむ?―
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しょんぼりしつつとんでもない提案をする精霊に慌てて首を振ると、キョトンとして本当にいいのかと聞いてくる。それに全力で頷けばやっと納得してくれたのか、笑いながらルカの周りを飛び始めた。
精霊王にはどんな願いだって言える訳がないのに、精霊たちは無邪気にその名を出してくる。
すっかり話題の変わった精霊たちの会話を苦笑混じりに聞いていると、扉がノックされレイフォードが入ってきた。
クマを抱くルカを見て笑みを浮かべて傍までくると、ベッドの端に腰掛け頬に触れる。
「具合はどうだ?」
「すっかり元気。でも二、三日は動いちゃダメだって」
「そうか。なら、その間は私がルカの手足となろうか」
「え?」
「着替えも、食事も、排泄も、すべて私が面倒を見るから安心するといい」
「あ、安心?」
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だから首を振ったのに、レイフォードは殊更に優しく微笑むと艶の戻った黒髪を掬って口付け甘く囁いた。
「ルカ。私たちは真の番となったのだから、恥ずかしがる事など何もない。存分に夫に甘えてくれ」
「レイ…」
嫌な顔一つせず面倒を見ると言ってくれたのは正直嬉しいがやはりそれだけは許容出来なくて、その後手洗いに行こうとするルカを抱き上げては連れて行くレイフォードが中に入って来るのを毎度断固として拒否し、あとでソフィアから落ち込んでいると聞かされ頭を抱えたくなった。
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