竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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朝を迎えて

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 窓から射し込む光と鳥の鳴き声が聞こえ驚くくらい普通に目が覚めた。
 丸めていた背中を伸ばして息を深く吸い込むといつもと違う不思議な感覚が胸に広がる。

「……痛くない…」

 ボロボロのベッドに手を付きゆっくりと起き上がると肩から髪が滑り落ちた。いつの間にかこんなにも伸びてる。
 昨日までは痛くて苦しくて仕方なかった身体が妙に軽く、ぺたりと座ったルカは両手を見下ろして首を傾げた。それから天井に持ち上げ手を広げると、その向こうにぼやけた何かがいる事に気付いて焦点を合わせる。

「あ……」

 幼い子供のような見た目の小さな存在。
 一度だけ聞いた事のある声からは姿を想像も出来なかったけど、可愛らしく笑う彼らにようやく会えたと瞳を潤ませたルカは腕を伸ばした。

―ルカ、だいじょうぶ?―
―いたくない?―

「大丈夫だよ、もうどこも痛くない。…もしかしてずっと傍にいてくれた?」

 触れている感覚はほとんどないが伸ばした指の先を小さな小さな手が握り首を傾げる。だがルカの問い掛けにはしゅんと眉尻を下げると、みんながみんな申し訳なさそうに首を振った。

―ううん。ぼくたち、りゅうぞくになろうとしてるにんげんにはちかづいちゃいけないきまりなんだ―
―せいれいおうにおこられちゃう―
―ちから、かしちゃうから―

「そうなんだ。でも、謝らなくていいんだよ。みんな、いつも助けてくれてありがとう」

 この世界で絶対的存在とも言える精霊だが、本当に駄目な事にはちゃんと決まりはあるようだ。
 笑いながら首を振っていると精霊たちがわっと集まってきて揉みくちゃにされる。まるで風に遊ばれているようだと思っていたら、扉が勢い良く開き確認する前に力強く抱き締められた。
 匂いと温もりで聞かなくてもすぐに分かる。

「ルカ!」
「レイ」
「起き上がって大丈夫なのか? 痛いところは? 血は…」
「お、落ち着けって。もう痛くないし、血も吐いてないから」

 さすがに吐血した時は自分でも驚いたしもう死ぬのかなと思ったけど、レイフォードを悲しませない為に必死に耐えた。最後あたりは痛すぎてほとんど覚えていないけど、悲痛な声はずっと耳に届いてて何が何でも乗り切らなければと思っていた。
 身体を離したレイフォードはルカの頬を挟むと確認するように覗き込む。

「本当か?」
「本当。ほら、もう痛がってないだろ?」
「…………そうだな…」

 にこっと笑顔を向けるとたっぷり見つめてきたあと納得して深い深い息を吐く。それでも手が離れないから何でだろうと思ったら、紫の瞳がさらに近付いてきた。

「…無事、竜族になれたようだな」
「分かるのか?」
「瞳孔の奥が縦長になっているからな」
「え? そうなの? じゃあレイも?」
「ああ。良く見てごらん」

 それは初耳だと鼻先が触れ合うほど近付きレイフォードの瞳を良く観察すると、確かに瞳孔の奥が縦長になっていてルカは目を瞬いた。こんな風に顔を寄せる機会なんてたくさんあったのに、今の今まで気付かなかった自分に驚く。
 満足いくまで見て離れると、座り直したレイフォードの長い足に囲われ腰に緩く腕が回された。肩にぽすんと頭が乗せられる。

「……良かった…昨日はもう駄目かと思った…」
「心配かけてごめんな。でも、ちゃんと約束守っただろ?」
「おかえり、ルカ」
「ただいま、レイ」

 心の底から安堵した声にそれだけ心配を掛けてしまったのだとルカは落ち込むが、すぐにレイフォードの髪に頬を寄せて聞けばふっと笑った彼に優しく言われて微笑みながら返す。
 しばらくそうしてくっ付いていたら顔を上げたレイフォードがゆっくりと寄せてきて、唇が触れそうになってからその意図に気付きルカは慌てて押さえた。

「口濯いでないからダメだって」
「気にしない」
「俺は気にする。血まで吐いてるんだぞ」

 しかも入浴だってしていないから絶対臭うと思ったところでハッとしたルカは、今度は後ずさり距離を取ると襟元を掴んで鼻先へ寄せる。意外にも鼻につくような匂いはなくて安心したけど、身体も髪もベタベタで気持ち悪かった。

「お風呂入りたい…」
「すぐにソフィアに準備させるから」
「一緒に入る?」
「いや、遠慮しておくよ。髪も少し整えて貰った方がいいな」
「そういえば、何でこんなに伸びてんの?」

 元は肩のあたりまでは伸びていたが今は一番長かった時以上の長さがあり、膝で立っても毛先がシーツに広がるほどになっている。恐らく立った状態だと膝下あたりまであるだろう。
 レイフォードはルカの髪を一房掬うと人差し指に絡めてみた。

「私にも分からない。だが、やはりルカは長い髪が似合うな」
「さすがにこれは長すぎだけどな…うん?」

 両サイドの髪を些か乱暴に掴んで揺らしていたルカがふと顔を上げはにかむ。そこには精霊がいるのだが、ちゃんと目を合わせて話をしている様子にレイフォードはハッとする。

(ああそうか。竜族になったから精霊が見えるのか)

 精霊の存在を感じつつも、見えなくて聞こえない事を気にしていたルカが何とも楽しそうに彼らと話している姿を見て胸が暖かくなる。
 だがそれも束の間、わらわらとルカの周りに集まる精霊に見事に嫉妬したレイフォードは、細くなった腕を引いて抱き込むと「臭いから!」と暴れるルカを押さえ込み息を吐いた。
 本当に、ルカの事に関しては狭量になってしまう。
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