竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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信じてる

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 あれからどれくらい日が経ったのかと、ルカは痛みの治まった時間をぼんやりと過ごしていた。
 身体中が汗でベタついて気持ち悪いのに、汗を流す時間も着替える時間もなくて自分が物凄く汚い存在に思える。
 村にいた時は入浴しない事なんてザラだったし、夏場に汗を流す時も川で水を浴びる程度だったから汚れているのが当たり前だったのに、ここに来て毎日身綺麗にして貰っているおかげでずいぶん綺麗好きになった。

 痛みで意識が不安定な時でもところどころ記憶はあり、ソフィアが朝からずっと傍にいてくれる事も、仕事を終えたレイフォードが真っ直ぐルカの元へ来て毎晩抱き締めてくれる事もルカは知っている。
 時折リックスやバルドー、アルマが様子を見に来てくれていたし、あのセノールでさえわざわざ足を運んでくれていた。
 本当にみんな優しくて涙が出る。
 元気になったら絶対お礼を言いにいこうと心に決めて、再びやってきた痛みにルカは小さく声を漏らした。

 だが、その日の痛みはこれまでの比ではなかった。



「陛下!」
「ルカの様子は⋯っ」
「今まで以上に苦しんでおられます⋯それに、吐血まで⋯っ」
「⋯!」

 ルカが竜族になるまで残りはあと数日だった。
 仕事を放り、忙しなく走り回る使用人たちの間を抜けルカの部屋まで来たレイフォードはソフィアの言葉を聞いて青褪める。
 誰も入れるなとリックスに命じて中に入ったのだが、その光景に思わず足を止めてしまった。
 ベッドの上にいるルカは蹲って必死にシーツを掴んでいるのだが、その周りには布切れのようになったレイフォードの服が転がっている。ほとんどの服をルカのベッドに置いたのだが、その全てが千切れて無惨な姿になっていた。
 ルカが掴むシーツでさえもうその意味を成しておらず、彼の苦しみがどれほどのものかを如実に語っている。

「⋯ぅ⋯ッ⋯ごほっ、ごほ⋯!」
「!」

 突然身体を起こしたかと思えば口元を押さえ咳き込む。だがその指の隙間からボタリと落ちたものを見てレイフォードは大きく目を見瞠って駆け寄った。
 シーツには血が散って、嘔吐くルカの口元からポタポタと垂れている。

「ルカ⋯っ」

 肩に触れると殊更に熱く、サイドテーブルに積み上げられていたタオルで手や口元を拭いてやれば緩慢な動きでこちらを見上げてきた。目の焦点は合っていないが、口が「レイ」と動いた気がして堪らず抱き締める。
 こんなにも耐えているのにどうしてそれ以上の苦痛を与えるのか、こんな仕組みを作った者を恨まずにはいられない。

「く⋯うぅ⋯っ⋯う⋯」

 マントを外し緩めに巻き付けいつものように膝に乗せて髪を撫でる。そうすればほんの僅かでも痛みがなくなるらしいのだが、今回はこれも役には立たないようだ。
 あと少しだというのに、何故ルカがこんなにも苦しまなくてはいけないのか。

(頼む⋯もう終わってくれ⋯っ)

 そう切に願わずにはいられないくらい今のルカは痛々しい。
 青白い顔をして咳き込むたびに血を吐き痛みに身を捩らせる。
 このまま死に向かっていくのではないか、そんな不安が顔を覗かせるほどルカの生命力は落ちていた。

「ルカ⋯」

 一瞬ルカの身体から力が抜けたものの、すぐにビクリと反応し力が入る様子に気を失う頻度が上がっている事に気付いた。
 痛みのあまりに意識がなくなり、また同じ痛みで起こされる。
 ルカにとってそれは間違いなく地獄のような時間だろう。

「⋯やはり⋯止めておけば良かった⋯」

 こんなにも辛く苦しい目に遭わせるのなら、断固として拒否すれば良かった。ルカを信じてはいるが、それとこれとは話が別だ。血を吐くルカなんて見たくなかったのに。
 今更に深い後悔が押し寄せ片手で目元を覆う。

(何故ルカばかりが苦しまなくてはいけないんだ⋯)

 ルカが生を受けてからの境遇はあまりにも悲しい出来事ばかりだ。記憶を失い、祖母に拾われてからは幸せだっただろうが、レイフォードと出会い城にきてからこの一年で色んな事が駆け巡った。
 もはや出会わなければ良かったと言われても仕方がないほどルカだけが辛い目に遭っている。
 一番大切な人を失うかもしれない恐怖に歯噛みしていると、不意に頬に何かが触れた。

「⋯⋯!」
「⋯れい⋯」

 か細い声が名前を呼び、震える手が落ちそうになり握るとほんの少しだけ握り返された。
 見下ろすルカは目こそ合わないが、ここにいるのがレイフォードだとちゃんと認識している。

「ルカ⋯」
「おれは⋯ぜったいまけない⋯っ⋯このさきも⋯れいといっしょにいるって⋯きめたから⋯⋯まけたくない…」
「⋯⋯」
「しんじて⋯⋯やくそく⋯まもるから⋯」

 話す事さえ辛いだろうに、レイフォードの為に懸命に言葉を紡いでくれている。誰よりも小さな身体で、誰よりも大きな心を持つルカにレイフォードは泣きそうになった。
 苦しみの渦中にいるルカが頑張っているのだ、レイフォードが弱味を見せてどうする。
 目を閉じて震える目蓋に口付けると、ルカはホッと息を吐いた。

「ああ⋯信じてるよ」

 ルカがそう望むのだからレイフォードは信じてやらなければいけない。
 可愛い妻の願いを叶えてやるのが夫の役割なのだから。
 揺れた蒼碧の瞳がようやくかち合い微笑んだルカは、大きく咳き込んだあと完全に意識を失った。

「ルカ⋯!」

 色をなくした顔、力の抜けた身体。
 かろうじて上下する胸元がまだ命がある事を教えてくれるが、焦るレイフォードは気付けなかった。

「ルカ⋯っ、ルカ!!」
「陛下!」

 必死の声が扉を抜けて聞こえたのかソフィアが医者を伴い入ってきた。何かを察して息を飲み、医者に診察するよう声をかける。
 だが身動ぎ一つしないルカを手放せないレイフォードはソフィアの言葉にも耳を傾けられず、ただひたすらにルカを抱き締め名前を呼び続けた。
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