竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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 真夜中にも関わらず、城の中は慌ただしく人が行き交っている。
 雪が本格的に降り始め、そろそろ雪だるまが作れるかもと思った矢先の深夜、祖母の容態が急変したと慌てた様子でソフィアが部屋まで知らせに来た。
 最初は何の事か分からなかったルカをレイフォードが抱き上げて連れて行ってくれてたのだが、部屋に入るなり医者に囲まれている姿を見て愕然としたルカは今だに壁際に寄って震えている。
 すぐ傍にはレイフォードがいて、彼が肩を抱いてくれていなければ崩れ落ちていただろう。

「⋯⋯ばあちゃん⋯」

 目を閉じたままの祖母に医者が何かを投与して様子を見ている。
 数時間前に話した時はいつも通りだったのに、どうして急に容態が悪化したのかルカには見当もつかない。
 今は医者に任せるしかない事は分かっているが、ただ見ているだけしか出来ないルカは怖くて堪らなかった。

「ソフィア、少しの間ルカを頼む」
「畏まりました」

 支えてくれていた大きな手が離れ今度は華奢な手が両肩を抱いてくれる。反射的に顔を向けたら優しい笑顔があり、ソフィアの額が寄り添うように頭に軽く触れ泣きそうになった。

「陛下も私もお傍におりますからね」
「⋯⋯うん⋯」

 本当はすぐにでも祖母に走り寄って起きてと声をかけたいけど、それをするべきじゃないと本能が言っている。
 ルカは小さく頷きぎゅっと目を瞑るとソフィアへと抱き着いた。



「どうだ」
「陛下。⋯残念ですが、体力的にももう⋯」
「そうか⋯⋯。まだまだ息災でいてくれると思っていたのだがな⋯」
「力が及ばす⋯申し訳ございません⋯」
「いや、尽力してくれた事、感謝する」

 例え魔力を持つ医者とて万能ではない。
 竜族はその頑丈さから滅多に体調を崩す事はないが、病気知らずという訳ではなくそれなりに熱は出る苦しい思いもしたりする。だが、手の施しようがないほど病に侵される事はない為この状況には誰もが胸を痛めていた。
 レイフォードは青白い祖母の顔を見て溜め息をつくと、ルカへと振り向き手招きする。呼ばれて少し躊躇ったルカは、自分の服を握りながら不安げな表情で近付いてきた。

「⋯何⋯?」
「ルカ、祖母君と話をするんだ。もう、これが最後だから」
「⋯⋯っ⋯う、嘘だ…そんなの、信じない⋯」
「信じたくない気持ちは分かる。だが、受け入れなければ時間が…」
「嫌だ! 何でそんな事言うんだよ! ばあちゃんは死なない! まだまだ長生きするって約束した!」

 レイフォードが差し出した手を一度は取ろうとした手が引っ込み激しく首を振って後ずさる。否定したいルカの気持ちは痛いほどに分かるが、こうしているだけでも祖母の命の灯火は消えようとしているのだ。
 努めて冷静に、レイフォードはルカの頬に触れ宥める。

「私も祖母君にはもっとずっと長生きして欲しいと思っている。私がルカを幸せに出来ているか、この先も見届けてくれたらと⋯⋯だが、もう無理なんだ。ルカもそれは分かっているんだろう?」
「⋯⋯でも⋯っ」
「祖母君を苦しみから解放して、安らかに眠らせてやらないか?」
「⋯っ⋯」

 くしゃりとルカの顔が歪み決壊したかのように涙がポロポロと流れ落ちる。家族を、何よりも祖母を大切に思っていたルカにとって、この別れはクレイルの時以上に辛い事だろう。
 しゃくり上げるルカを抱き締め髪を撫でているとか細い声が聞こえ、すぐに反応したルカが駆け寄り手を握り締めた。

「⋯っ、ばあちゃん⋯!」
「ルカ⋯私の孫になってくれてありがとうねぇ⋯⋯ルカが村に来てからの十年⋯本当に幸せだったよ⋯」
「⋯ばあちゃん⋯」
「した事もない育児はそりゃあ慣れなくて大変だったけど⋯毎日が楽しくてね⋯ルカがいるだけで村の雰囲気も明るくなった⋯」

 それはこの城でも同じだった。ルカという少年が存在しているだけでその場が華やぎ、人が笑顔になる。

「あの人が亡くなっても…ルカがいたから耐えられたんだよ⋯⋯本当にありがとう、ルカ⋯」
「ばあちゃん⋯⋯」

 掠れてはいるが、それでもしっかりと言葉を紡ぐ祖母にルカも覚悟を決めたのか、唇を噛んで涙を拭うとぎこちないながらも笑顔を浮かべる。

「俺も⋯俺も、ばあちゃんとじいちゃんの孫になれて幸せだった。何も知らない俺に道具の使い方や畑の耕し方、料理の作り方や洗濯の仕方⋯いろいろ教えてくれて凄く感謝してる⋯⋯十年前、見ず知らずの俺を拾って育ててくれてありがとう。大好きだよ、ばあちゃん」
「私もルカが大好きだよ⋯」

 まだまだ言い足りないけど、してあげたかった事もたくさんあるけど、きっともうそれを口にする時間もないから精一杯の気持ちを伝える。
 祖母の目が揺らいで天井の方を向いた時、彼女の口元が僅かに弧を描いた。目を瞬いていると、握った方とは反対の手がゆっくりと伸ばされる。

「ばあちゃ⋯」
「⋯⋯ああ⋯迎えに来てくれたのかい⋯? 相変わらず心配性だねぇ⋯」
「え⋯」
「⋯私も会いたかったよ…じいさん⋯⋯」

 まるで誰かと話しているような口振りだが祖母が見つめる先には誰もおらずルカは首を傾げる。だが、次いだ言葉にハッとすると自分も天井を見上げて視線を彷徨わせた。
 けれどどれだけ目を凝らしてもその姿は見えない。
 祖母が一つ大きく息を吸って吐き、伸ばされた手が力なく落ちる。それが何を意味するのか、ルカは嫌でも分かっていた。

「⋯⋯ズルいよ⋯」
「ルカ⋯」
「ズルいよ、じいちゃん⋯⋯じいちゃんが迎えに来たんなら、逝かないでなんて⋯言えないじゃんか⋯っ」

 もう二度と握り返してはくれない手を額に当て、ルカは肩を震わせて咽び泣く。その姿に誰も何も言う事が出来ず、そこかしこから鼻を啜る音が聞こえてきた。
 誰も彼もが、祖母との別れを惜しんでいる。
 いつもより一際小さく見える背中に自分の無力さを痛感したレイフォードは、せめて愛しい彼が一人で背負い込まないようとそっと抱き締めた。
 こんな別れが、いつか自分の身にも訪れる事に震えながら。
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