竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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かけがえのない時間

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 祖母が城に移り住んでから早一週間。その間ルカは毎日のように祖母の部屋に行き一日を過ごしていた。
 あの屋敷を出る前、村人の様子を見たが寝たきりの者もやつれたりはしていたが比較的元気でホッとしたのを覚えている。こちらの方も定期的に医者が見てくれているらしく、レイフォードの気遣いには本当に感謝しかなかった。

「これな、セノールから初めて貰った仕掛け絵本。カラフルな建物がいっぱいあって綺麗だよな」
「そうだね。こんな街並みが本当にあるんなら見てみたいねぇ」
「この世界ってすっごく広いから、もしかしたらあるかもしんないよ」

 村から出た事のない祖母もルカも、アッシェンベルグ以外では行った事のない町や国しかないのだから、仮に奇抜な建物や不思議な場所などがあってもおかしくはない。
 ページを捲っては見せてくれるルカに祖母は微笑みながら頷き伸びた髪を撫でる。

「あ、そうだ。レイが食べたい物や欲しい物があったら遠慮なく教えてくれって言ってた」
「これだけ良くして下さってるのに、それ以上を望んだらバチが当たるよ」
「ばあちゃんはいい事ばっかしてきたんだから、むしろ望まない方がバチが当たるって」

 本を閉じ端に寄せたルカは、自分の部屋から連れて来て祖母の枕元に置いた馬のぬいぐるみを撫でながら怒ったように言う。
 拾ってここまで育ててくれた恩義はルカだってまだ返せていないのに、して欲しい事の一つも言ってくれない祖母には少しだけ不満だった。
 せめてと手を取り軽くマッサージをすると朗らかに笑う。

「ルカがこうしてくれるのもずいぶん久し振りだね」
「ここに来てからいろいろあって、前ほどは傍にいなかったからな」
「でも、ルカはもう陛下のお嫁さんだから。ルカが大事にしなければいけないのは陛下だからね」
「うん、分かってる」

 レイフォードのように誰から見ても分かりやすいという事はないだろうが、ルカはルカなりにレイフォードを大切にしていて気持ちだって分別がついている。
 祖母にもソフィアにもリックスにも、レイフォードに感じるようなドキドキはしないし、そういう意味で触れて欲しいとも思わないのだから。

「ってかさ、ご飯ちゃんと食べれてる? 栄養あるものばっからしいから、ちゃんと食べなきゃダメだからな?」
「大丈夫だよ。出された分は食べられているから」
「ならいいけど⋯」
「ルカは本当に心配性だねぇ」
「ばあちゃんだって、俺が倒れたら心配するだろ?」
「それもそうだね」

 誰だって家族や知り合いが床に伏せたらルカと同じような態度を取るだろう。それが近しい人なら心境的にはもっと辛いのだから。
 ルカの言葉に顔を綻ばせた祖母は、ずっとベッド横の床に膝をついて座っていた彼の頭を撫で仕掛け絵本を持たせる。

「ほら、そろそろ陛下と夕飯を食べる時間になるよ。私も食べて休むから、もうお部屋に戻るんだよ?」
「もうそんな時間か⋯⋯うん、じゃあまた明日な、ばあちゃん」
「また明日ね、ルカ」

 立ち上がり、手を振って祖母の部屋から出たルカはホッと息を吐くと、眉尻を下げて自分を見ているリックスに笑いかけて部屋へと歩き出す。
 今日も祖母は元気ではあった。
 ルカには詳しい容態は分からないが、少しずつ痩せていく姿を見ていればあまり良くない事は分かる。
 ふと頭に過ぎった兄―クレイルの最後の姿を思い出したルカは、それを払うように頭を振り仕掛け絵本を抱き締めた。



 季節がすっかり冬の装いを見せ庭に雪がチラつくようになったある日、ルカは祖母からある物を渡された。

「? 何、これ」
「陛下からルカの誕生日を聞いてね、せっかくだし何か贈りたいとおもって。村では必要にならなかったけどこれなら今の季節にピッタリじゃないかい?」
「えっと⋯」
「外套だよ。時間は掛かったけど、間に合って良かった」

 肩に掛けられた柔らか素材の外套はルカの腰まであり、フードがついていて大きめのボタンが四つほど縫い付けられている。保温性の高い素材で作られているから、城の中で着ていると暑いくらいだ。
 深い紫色で出来ている辺りさすが祖母である。

「ありがとう、ばあちゃん。これ、凄くあったかい」
「良かった良かった。外に出る時は身に着けるんだよ」
「うん。これがあれば、物凄く寒い日でも外に出られるな」

 何といっても祖母が心を込めて作ってくれた物だ。それだけで身体の中まで暖かくなるのだから、去年よりもっともっと寒くなっても大丈夫なくらいポカポカしてる。
 ボタンは留めず前合わせを手で重ねてはにかんだルカに、祖母もご満悦な表情で微笑んだ。

「そうだ。俺、去年リックスから面白い物教えて貰ったんだ。ばあちゃんにも作って見せてあげるな」
「それは楽しみだねぇ」
「今年も大家族で作ってやるんだ」

 去年作った雪だるまは気温が上がるにつれいなくなり、最後まで残った王様はみんなの残骸を少しずつ押し流すように溶けて消えてしまった。執務室の窓の外に鎮座していた雪だるまも気付いたらいなくて寂しく感じたのを覚えてる。
 せっかく城にいるのだからと小指を絡めて約束したルカは、精霊にもう少し雪を降らせて欲しいとお願いするのだった。


 だがその数日後、事態は急変を迎える。
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