竜王陛下の愛し子

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
87 / 126

忍び寄る不安

しおりを挟む
 日が昇っても寒さを感じるようになった今日この頃、ルカは久し振りにガゼボに行き祖母と話していた。
 ブランケットと温かい紅茶、焼き菓子を用意して貰いお互いの近況などを話していたのだが、最近では寝たきりの村人も増えて来たらしくルカは心配で堪らない。
 だから会えないなら自分で会いに行こうと思っているのに、何故かそれを許してくれない祖母にルカはムッと眉を顰める。

「何でダメなんだよ」
「孫に弱った姿を見られたくないんだよ」
「何言って…しんどいなら傍にいて欲しくないか?」
「ルカは優しいから気にしてしまうだろう? それが嫌なんだよ」

 嫌というのはどういう意味なのだろう。家族が元気か気にするのは当たり前だし、身体を悪くしてるなら心配になるのも当然だ。会えないままお別れになるよりは少しでも顔が見たいのに、それさえも許してはくれないのだろうか。
 しゅんとするルカの頭を祖母の優しい手が撫でてくれる。

「みんなルカの気持ちは分かっているから」
「……うん」

 本当は言い募りたいけど、祖母やみんなを困らせたくはないルカは小さく頷き焼き菓子を皿に取る。
 久し振りだからこそ気付いたが、祖母が少し細くなっている気がしてルカは少し不安になっていた。食べやすいサイズにカットし、祖母の前に置くといつもの笑顔でお礼を言ってくれる。

「陛下と仲良くしているかい?」
「うん」
「結婚式、素敵だったねぇ」
「みんなに祝って貰えて嬉しかった」
「まさか、ルカの花嫁姿が見られるなんて思わなかったよ。本当に長生きはするもんだ」
「そうだよ。これから先も何があるか分かんないんだから、もっともっと長生きしないと」
「そうだね」

 自分の焼き菓子を皿に移し一口サイズに切って口に運ぶ。いつもはレイフォードがしてくれる事だが、それを見ていたルカも当たり前のようにそれが出来るようになっていた。
 前までのルカなら、マフィンでもマドレーヌでも手掴みで食べていただろうが。
 ひゅうっと冷たい風が吹き祖母が身を震わせた事に気付いたルカは、自分の膝に掛けていたブランケットを細い肩にかけると、傍にいたメイドへと目配せする。

「そろそろ戻ろっか。ばあちゃんが風邪引いたら大変だし」
「そうだね……っ…」
「ばあちゃん!?」

 先に立ち上がり祖母の手を取り立たせようとしたところ、突然祖母が口元を押さえしゃがみ込んだ。そのまま咳き込む姿にルカは狼狽え背中を撫でるも、祖母の顔色は悪くこのまま倒れてしまいそうで青褪めたルカは声を上げた。

「リックス…っ…リックス!」
「ここにおりますから落ち着いて下さい。今すぐ陛下にお知らせして医者の手配を」
「は、はい」
「…っ……すみませんねぇ…騎士様…」
「大丈夫ですよ。抱き上げますので、力を抜いて身体を休めて下さいね」
「ばあちゃん…」

 すぐに駆け付けてくれたリックスが祖母の身体を気遣いながら抱き上げる。どうしたらいいか分からず困惑していると、安心させるように微笑んだリックスに顔を覗き込まれた。

「すぐに陛下がいらっしゃいますから、ルカ様は陛下とご一緒にお越し下さい」
「……分かった。リックス、ばあちゃんの事お願いな」
「はい。お任せ下さい」

 胸の中は不安でいっぱいだが、リックスの言うように大人しくレイフォードを待つ事にし、ルカは祖母と共に屋敷の方に向かうリックスの背中を見送った。



「恐らく、お身体を悪くされてから半年以上は経っております」
「半年以上…」
「竜妃様にご心配をお掛けしたくないと、我慢されていたのではないでしょうか」
「回復の見込みは」
「誠に申し上げにくいのですが…投薬治療を行っても恐らくは…」
「…そうか。祖母君の容態には常に気を配ってくれ。それから、今はルカにはこの事を言わないように」
「畏まりました」


 離れた場所でレイフォードと医者が話をしているが、その深刻そうな様子からルカは嫌な予感がしてならない。
 目の前のベッドに横たわり眠る祖母は先ほどより落ち着いたもののまだ少し顔色は悪くて、ちゃんと生きている事を確認するように皺の増えた手をぎゅっと握り込んだ。

(あったかい……まだ大丈夫。ばあちゃんは大丈夫)

 自分に言い聞かせるように目を閉じて額に祖母の手を当てていたら、ピクリと指が動いて小さな声で「ルカ」と呼ばれた。慌てて顔を上げると祖母が目を開けていて、ルカを見るなり困ったように微笑む。

「驚かせてごめんね」
「ううん…今の気分はどう?」
「大丈夫だよ。さっきも、少し噎せただけだから」
「年なんだから、噎せただけでも危ないんだぞ」
「それもそうだね」

 クスクスと笑う祖母はどこかを悪くしているようには見えないが、それでも少しの事が命取りになるのだから無理だけはしないで欲しい。
 弱くはない力で握り返されホッと息を吐くと、祖母が起きた事に気付いた医者が近寄って来た。診察の邪魔にならないように手を離して壁際まで下がるとレイフォードが隣に立つ。

「ルカも落ち着いたか?」
「うん。ありがとう、レイ」
「私は何もしていない。取り乱さなくて偉かったな」

 大きな手に頭を撫でられホッと息を吐く。横歩きでにじり寄り、腕に抱き着いたら腰が抱き寄せられてすっぽりと腕の中に収められてしまった。
 目を瞬いていたら髪に口付けられ首筋が擽られる。

「ルカも心配だろうから、祖母君には城に移って頂こう」
「え?」
「ルカだって傍にいてやりたいだろう?」
「……レイ」

 こうしてまた何も言わなくてもルカの気持ちを汲んでくれるレイフォードに泣きそうになったルカは、彼の胸元に顔を埋めると小さな声で「ありがとう」と零した。
 その言葉がどんな意味を含んでいるのか、薄々気付きながらも知らないふりをして。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・話の流れが遅い ・作者が話の進行悩み過ぎてる

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

処理中です...