竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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忍び寄る不安

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 日が昇っても寒さを感じるようになった今日この頃、ルカは久し振りにガゼボに行き祖母と話していた。
 ブランケットと温かい紅茶、焼き菓子を用意して貰いお互いの近況などを話していたのだが、最近では寝たきりの村人も増えて来たらしくルカは心配で堪らない。
 だから会えないなら自分で会いに行こうと思っているのに、何故かそれを許してくれない祖母にルカはムッと眉を顰める。

「何でダメなんだよ」
「孫に弱った姿を見られたくないんだよ」
「何言って…しんどいなら傍にいて欲しくないか?」
「ルカは優しいから気にしてしまうだろう? それが嫌なんだよ」

 嫌というのはどういう意味なのだろう。家族が元気か気にするのは当たり前だし、身体を悪くしてるなら心配になるのも当然だ。会えないままお別れになるよりは少しでも顔が見たいのに、それさえも許してはくれないのだろうか。
 しゅんとするルカの頭を祖母の優しい手が撫でてくれる。

「みんなルカの気持ちは分かっているから」
「……うん」

 本当は言い募りたいけど、祖母やみんなを困らせたくはないルカは小さく頷き焼き菓子を皿に取る。
 久し振りだからこそ気付いたが、祖母が少し細くなっている気がしてルカは少し不安になっていた。食べやすいサイズにカットし、祖母の前に置くといつもの笑顔でお礼を言ってくれる。

「陛下と仲良くしているかい?」
「うん」
「結婚式、素敵だったねぇ」
「みんなに祝って貰えて嬉しかった」
「まさか、ルカの花嫁姿が見られるなんて思わなかったよ。本当に長生きはするもんだ」
「そうだよ。これから先も何があるか分かんないんだから、もっともっと長生きしないと」
「そうだね」

 自分の焼き菓子を皿に移し一口サイズに切って口に運ぶ。いつもはレイフォードがしてくれる事だが、それを見ていたルカも当たり前のようにそれが出来るようになっていた。
 前までのルカなら、マフィンでもマドレーヌでも手掴みで食べていただろうが。
 ひゅうっと冷たい風が吹き祖母が身を震わせた事に気付いたルカは、自分の膝に掛けていたブランケットを細い肩にかけると、傍にいたメイドへと目配せする。

「そろそろ戻ろっか。ばあちゃんが風邪引いたら大変だし」
「そうだね……っ…」
「ばあちゃん!?」

 先に立ち上がり祖母の手を取り立たせようとしたところ、突然祖母が口元を押さえしゃがみ込んだ。そのまま咳き込む姿にルカは狼狽え背中を撫でるも、祖母の顔色は悪くこのまま倒れてしまいそうで青褪めたルカは声を上げた。

「リックス…っ…リックス!」
「ここにおりますから落ち着いて下さい。今すぐ陛下にお知らせして医者の手配を」
「は、はい」
「…っ……すみませんねぇ…騎士様…」
「大丈夫ですよ。抱き上げますので、力を抜いて身体を休めて下さいね」
「ばあちゃん…」

 すぐに駆け付けてくれたリックスが祖母の身体を気遣いながら抱き上げる。どうしたらいいか分からず困惑していると、安心させるように微笑んだリックスに顔を覗き込まれた。

「すぐに陛下がいらっしゃいますから、ルカ様は陛下とご一緒にお越し下さい」
「……分かった。リックス、ばあちゃんの事お願いな」
「はい。お任せ下さい」

 胸の中は不安でいっぱいだが、リックスの言うように大人しくレイフォードを待つ事にし、ルカは祖母と共に屋敷の方に向かうリックスの背中を見送った。



「恐らく、お身体を悪くされてから半年以上は経っております」
「半年以上…」
「竜妃様にご心配をお掛けしたくないと、我慢されていたのではないでしょうか」
「回復の見込みは」
「誠に申し上げにくいのですが…投薬治療を行っても恐らくは…」
「…そうか。祖母君の容態には常に気を配ってくれ。それから、今はルカにはこの事を言わないように」
「畏まりました」


 離れた場所でレイフォードと医者が話をしているが、その深刻そうな様子からルカは嫌な予感がしてならない。
 目の前のベッドに横たわり眠る祖母は先ほどより落ち着いたもののまだ少し顔色は悪くて、ちゃんと生きている事を確認するように皺の増えた手をぎゅっと握り込んだ。

(あったかい……まだ大丈夫。ばあちゃんは大丈夫)

 自分に言い聞かせるように目を閉じて額に祖母の手を当てていたら、ピクリと指が動いて小さな声で「ルカ」と呼ばれた。慌てて顔を上げると祖母が目を開けていて、ルカを見るなり困ったように微笑む。

「驚かせてごめんね」
「ううん…今の気分はどう?」
「大丈夫だよ。さっきも、少し噎せただけだから」
「年なんだから、噎せただけでも危ないんだぞ」
「それもそうだね」

 クスクスと笑う祖母はどこかを悪くしているようには見えないが、それでも少しの事が命取りになるのだから無理だけはしないで欲しい。
 弱くはない力で握り返されホッと息を吐くと、祖母が起きた事に気付いた医者が近寄って来た。診察の邪魔にならないように手を離して壁際まで下がるとレイフォードが隣に立つ。

「ルカも落ち着いたか?」
「うん。ありがとう、レイ」
「私は何もしていない。取り乱さなくて偉かったな」

 大きな手に頭を撫でられホッと息を吐く。横歩きでにじり寄り、腕に抱き着いたら腰が抱き寄せられてすっぽりと腕の中に収められてしまった。
 目を瞬いていたら髪に口付けられ首筋が擽られる。

「ルカも心配だろうから、祖母君には城に移って頂こう」
「え?」
「ルカだって傍にいてやりたいだろう?」
「……レイ」

 こうしてまた何も言わなくてもルカの気持ちを汲んでくれるレイフォードに泣きそうになったルカは、彼の胸元に顔を埋めると小さな声で「ありがとう」と零した。
 その言葉がどんな意味を含んでいるのか、薄々気付きながらも知らないふりをして。
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