竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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初めてのおねだり

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「無事、息子の晴れ舞台も見れた事だし、私たちはそろそろお暇するよ」

 朝食後、みんなでまったりとお茶を飲んでいた時、イルヴァンが何の脈絡もなくそう告げたのは結婚式より三日経ってからだった。
 レイフォードの膝の上でちびちびと紅茶を飲んでいたルカはその言葉にキョトンとし、何故かずっと自分の太腿を撫でている夫を見上げる。

「〝おいとま〟って何?」
「自分の家に帰る事だ」
「え、イル父様もヴィア母様ももう帰っちゃうのか?」

 意味を知るなり驚いた顔をして二人を見ると頷かれルカはしゅんとなる。その姿に胸を痛めつつ立ち上がったシルヴィアは、傍まで行くと手を握って顔を覗き込み微笑んだ。

「そんな顔をしないで? 今すぐにという訳じゃないから、ね?」
「でも、帰るんだろ?」
「ここはもう、私たちの家ではないもの」
「………」

 それを言われてしまうと何も返せなくなる。
 ますます落ち込んでしまったルカの姿に、それほどまでにこの二人に懐いていたのかと笑みを零したレイフォードは、少し伸びた髪を撫でて抱き寄せるとこめかみに口付けた。

「まだ時間はある。帰るまでにたくさん思い出を作ればいい」
「そうよ。それに、これっきりって訳じゃないわ。いつでも会えるし、会いに来るから」
「うん…」
「そんなに名残を惜しんでくれるとは思わなかったな」

 息子であるレイフォードと同じように接してくれる二人には、ルカは本当の意味で父母愛を感じていた。触れる手は祖母やソフィアと違うのに温かさは同じで、頭を撫でられたりするとどことなく擽ったい。
 ただ、一つだけ壁があるなと思う部分があり、レイフォードの手を握ったルカは思い切って言ってみる事にした。

「…あの、さ。帰る前にお願いがあるんだけど…」
「なぁに?」
「俺の事、〝ルカくん〟じゃなくて、〝ルカ〟って呼んで欲しい」

 何となく照れ臭くて俯いてそう言えば、少しの沈黙のあと頬に柔らかな手が触れ顔を上げると優しい笑顔が見えた。

「分かったわ、ルカ」
「ルカは本当に素直で可愛いな。レイフォードにはもったいない」
「私もそう思っておりますが、父上に言われるのは癪ですね」
「お前…」

 父親に対して遠慮のない物言いにイルヴァンは呆れたように溜め息を零すが、特に窘めたりはせずカップに口を付ける。
 その横でシルヴィアが何を思い付いたのか唐突に両手を合わせて声を上げた。

「あ、ねぇハルマン」
「はい、何で御座いましょう」
「あとで商人を呼んでくれる? 帰る前にいろいろ見繕ってあげたいわ」
「畏まりました。すぐにお呼び致します」
「よろしくね」

 敬称が外れた事に喜んでいているルカは、自分の名前が出なかった為シルヴィアの言葉の真意には気付けないのだった。



「さぁ、ルカ。欲しいものがあったら何でも言ってね」
「え?」

 昼前、応接室に連れて来られたルカは目の前に広がる光景とシルヴィアから言われた事に目が点になっていた。
 応接室の床一面に布が敷かれ、その上に色んな商品が置かれ商人がにこにこと頷いている。

「ヴィア母様…?」
「イルヴァン様、これなんてどうかしら」
「ああ、綺麗だな」
「れ、レイ…」
「母上はこうと決めたら引かないから、諦めた方がいい」
「………」

 レイフォードさえこう言うという事は、これはどう足掻いても止めようがないという事だ。
 諦めにも似た境地で視線を移したルカは、端に置かれた物を見て首を傾げる。大きめの長方形で分厚いそれには見覚えがあり、近付いてチラリと開いた瞬間現れた物に一瞬にして目を輝かせた。

「…これ…仕掛け絵本だ」

 それもルカが持っていない城バージョンの大作である。
 アッシェンベルグに来て、食べ物以外で唯一ルカが手元にあっても飽きないと思った物はこの仕掛け絵本のシリーズで、セノールから初めて貰って以降暇さえあれば開くくらいお気に入りだ。
 売り物だから傷を付けないようゆっくり捲っていると、気付いた商人がにこやかに耳打ちしてきた。

「竜妃様、陛下におねだりしてみては如何ですか?」
「おねだり……いい、のかな…」
「陛下はお喜びになると思いますよ」

 正直に言えば、この本に載っている城はアッシェンベルグの城に似ている為欲しい気持ちはある。だがこれだって決して安いものではない。
 貰ってばかりのルカが果たしてそう口にしていいのか、変なところで遠慮しいなルカはつい思ってしまう。

「ルカ、何かいい物でも見付けたか?」
「あ…」

 仕掛け絵本を見下ろして固まっていると、レイフォードが傍まで来て頭を撫でながら聞いてきた。顔だけで振り向いたルカは横目で仕掛け絵本を見て少し考えたあと、意を決してそれを手にするとレイフォードに向き直り両手で突き付ける。

「あの……こ、これ、欲しい…っ」
「………」

 ルカにしては勇気を出して口にした言葉だったのだが、どうしてか返事がなくて不安になっていたら絵本ごと抱き締められて目を丸くする。

「この本は他のシリーズもあるのか?」
「はい、御座いますよ。こちらは物語本が題材ですし、こちらは貴族の暮らしを題材にしております。他にもまだ…」
「すべて購入しよう」
「え!?」
「ありがとうございます!」

 話を聞き終わる前に躊躇いなく言い放ったレイフォードに驚いたのはルカだけで、商人は嬉しそうに頭を下げるとさっそく仕掛け絵本を纏め始めた。どれだけあるのかは知らないが、ただでさえ厚みのある本が積み上がっていく様にルカは慌てる。

「れ、レイ。俺、これが欲しいって…」
「あって困る物でもないのだから、コレクションとして集めるのもいいだろう」
「で、でも…」
「初めてルカが自分から欲しいと言ってくれたんだ。夫として、可愛い妻のおねだりには応えなくてはな」
「応え過ぎだ…」

 一冊の仕掛け絵本がものの数分で十冊を超えてしまい息を吐く。
 どうしてか、買って貰う自分よりも嬉しそうな顔で頬に口付けてくるレイフォードに何も言えなくなったルカは、持っていた仕掛け絵本を胸に抱くと踵を上げて背伸びをし、間近で微笑むレイフォードの唇へと自分の唇を触れ合わせた。
 欲しいって言葉は、考えて使うべきなのかもしれない。


「先を越されてしまったわね」
「仕方ない。ここは夫に花を持たせてこそだろう」
「それじゃあ、私たちは私たちで選びましょうか」
「ああ」

 一部始終を見ていたイルヴァンとシルヴィアは顔を見合わせて笑うと、ルカの好きそうな物を片っ端から選んで購入し、ルカを困惑させレイフォードの苦笑を買う事になる。

 そうしてその三日後、ルカとの別れを惜しみつつ二人は下界へと帰って行ったのだった。
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