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美しい人
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花嫁は支度に時間が掛かると言われ、寝室からルカが連れ出されたのはまだ日も明けない時間だった。
前日だけ別で寝るという選択肢もあったのだが、ルカが隣にいないと眠れないレイフォードと、レイフォードと一緒でないとまだ不安なルカとで話した結果いつも通りとなり、寝ぼけ眼で部屋へと移動するルカを見送ってから早数時間。ようやく整ったという知らせを受け、レイフォードはルカの部屋へと向かい扉をノックした。
少ししてソフィアに出迎えられ、中に入って思わず固まる。
窓から射し込む陽の光の中で椅子に腰掛け佇むルカは想像以上に綺麗で、まるでスローモーションのようにこちらへ向く姿に目が釘付けになった。
「レイ?」
扉を潜ったものの無反応なレイフォードにルカの不思議そうな声がかかる。それにハッとして僅かに首を振り傍へと歩み寄ると、あとでルカの顔を隠すベールを指先で摘んでみた。
「ルカは日に日に美しくなっていくな。誰の目も奪うとはこの事なのだろうが…嫉妬で気が狂いそうだ」
「何言ってんだ。レイだってそんなキラキラしてるくせに」
言われてレイフォードは器用に片眉を跳ね上げた。
婚礼用の正装はお披露目時のような軍服ではなく、金糸で細かい装飾が施された詰襟の上から前合わせのコートを羽織り、右肩にのみ腰までのマントを掛けた出で立ちになっている。
全体的に黒いのはルカの髪の色だからだが、それがレイフォードの金の髪を際立たせていてとても綺麗だ。
耳にはルカの瞳の色である蒼碧の宝石がスティック状に形成され揺れていた。
「主役はルカだからな。私など誰一人気にも留めないだろう」
「そんな事絶対ない」
「……誰にも見せたくないな」
「それ俺のセリフ」
片膝をつきルカの傍に傅いたレイフォードが手を握りながらそう言えばルカはムッとした顔をする。その表情さえも愛しくて指先に口付けると何かが当たり目を瞬いた。
見ればルカの爪は紫色に染まっていて、そこには小さな宝石が飾られており光を反射している。
「これは?」
「今貴婦人の間で流行している、爪化粧というものです陛下」
「爪化粧…女性は自分磨きに余念がないな」
「美しくありたいという気持ちは、全ての女性に共通するものですから」
綺麗に飾られたルカの細い指先に触れながら見ていると、メイドが当然と言わんばかりに答えるものだから思わず笑ってしまった。
化粧が落ちないようルカの頬を人差し指で軽く突つくとふわりと微笑んでくれる。
「ならば今度お前たちが希望する物を贈るから、ハルマンにでも伝えておくといい」
「え! 本当ですか?」
「陛下、お優しい」
「今日の褒美だ」
「ありがとうございます!」
こなした仕事に対して追加の報酬を出していない訳ではないが、たまには本人たちが欲しい物を給金代わりにするのもいいだろうと提案すれば、その場にいた全員が手を叩いて喜ぶ。
それに笑っていると、ルカの手がレイフォードの頬をそっと挟んできた。
「レイは?」
「ん?」
「レイはご褒美なくていいのか?」
何に対してのご褒美なのかは分からないが、自分には必要ないと緩く振ればルカの眉根が寄り顔が近付けられた。
「いつも頑張ってんだから、ご褒美くらい貰ってもいいと思うぞ?」
「それを言うならルカだろう?」
「え、何で? 俺何もしてないよ?」
「日々私を癒してくれている」
「癒して……?」
ルカの笑顔がどれだけ癒しになり、いるだけでどれだけ支えられているか、本人は知らないだろうがレイフォードは毎日実感していた。そもそもルカは存在してるだけで尊いのだ。
キョトンとするルカの膝に手を腕を乗せ見上げると扉がノックされた。
「陛下、竜妃様、馬車の準備が整いました」
「ああ、分かった」
「ばしゃ?」
立ち上がり、ベールが取れたりしないようメイドの手を借りながらルカを横抱きにするとこてんと首を傾げて見上げてくる。
そういえば馬車は見せた事がなかったなと気付いて微笑み、使用人を連れてエントランスから出た先には黒い四頭立ての屋根のない馬車があり、馬は鎧を纏い馬車の側面にはアッシェンベルグの王紋が入っていた。
キャビンには色とりどりの花とカラフルなリボンがセッティングされていてふよふよと漂う風船が括り付けられている。
「何だろ…いろいろあってどれから見ればいいか分からない」
「どれが一番気になった?」
「これ」
初めて見る馬車とその装飾に興味を引かれたルカを傍まで連れて行き問い掛けると、案の定風船の紐を掴んで引っ張り始めた。ソフィアに目配せし、それを一つ外してルカへと持たせると目をキラキラさせる。
「何これ?」
「風船だ」
「ふうせん?」
「精霊がこの中に風を入れてくれてるんだよ」
「だから浮いてるのか?」
「ああ。不思議だろう?」
「うん」
握り込んだ紐を下に引いたり上げたりして挙動を楽しんでいたルカだったが、下に引いた瞬間スルリと手から紐が抜け風船が空へと昇り始めた。
小さく声を上げたルカだったが、あっという間に小さくなっていく風船を手を振って見送り今度は馬へと視線を移す。
「この子は?」
「馬だ」
「馬? 馬は知ってる。物語本にあった」
「そう、その馬。実物を初めて見た感想は?」
「大きい! ムキムキしてる! 目が綺麗!」
「見たままだな。ほら、乗ろうか」
特に恐怖心とかはないようで安心しつつ扉を開けて乗り込むとそれなりに広くベンチが備え付けてあり、座面には柔らかなクッションが敷かれて車輪からくる振動を最大限抑えるような作りになっていた。
そのベンチにルカを下ろせばすぐに物珍しそうに身を乗り出そうとする為肩を抱いて留め、レイフォードは御者へと出立するよう促す。
御者席に座った男性が手綱をしならせ馬が足を動かし始めた。
「ルカ。今から町の中心部を通るから、お披露目の時のように笑顔で手を振ってやれるか」
「え?」
「残念ながら、いくら国を挙げての結婚式でも列席出来る者は貴族が優先だ。町の人々は大聖堂内にさえ入れないからな。せめて姿だけでも見せてやらないと」
「そっか…分かった。頑張る」
国民ありきのアッシェンベルグではあるが、どうしてもこういった王族が関わる行事は地位的に後回しになる。その不満を少しでも解消する為には、大衆に顔を見せる事が大事だった。
爪に干渉しない程度に両手を握り込み気合いを入れるルカと、彼を抱き寄せるレイフォードが乗った馬車は花びらの舞う町中を抜けて大聖堂まで向かう。
普段より町が輝いて見えるのは間違いなくルカが隣にいるからだ。なんて幸せな事だろうとレイフォードは思った。
大聖堂まで向かう道すがら、暖かな歓声を受け柔らかく微笑んだレイフォードに町娘たちが沸き立ったのは言うまでもない。
前日だけ別で寝るという選択肢もあったのだが、ルカが隣にいないと眠れないレイフォードと、レイフォードと一緒でないとまだ不安なルカとで話した結果いつも通りとなり、寝ぼけ眼で部屋へと移動するルカを見送ってから早数時間。ようやく整ったという知らせを受け、レイフォードはルカの部屋へと向かい扉をノックした。
少ししてソフィアに出迎えられ、中に入って思わず固まる。
窓から射し込む陽の光の中で椅子に腰掛け佇むルカは想像以上に綺麗で、まるでスローモーションのようにこちらへ向く姿に目が釘付けになった。
「レイ?」
扉を潜ったものの無反応なレイフォードにルカの不思議そうな声がかかる。それにハッとして僅かに首を振り傍へと歩み寄ると、あとでルカの顔を隠すベールを指先で摘んでみた。
「ルカは日に日に美しくなっていくな。誰の目も奪うとはこの事なのだろうが…嫉妬で気が狂いそうだ」
「何言ってんだ。レイだってそんなキラキラしてるくせに」
言われてレイフォードは器用に片眉を跳ね上げた。
婚礼用の正装はお披露目時のような軍服ではなく、金糸で細かい装飾が施された詰襟の上から前合わせのコートを羽織り、右肩にのみ腰までのマントを掛けた出で立ちになっている。
全体的に黒いのはルカの髪の色だからだが、それがレイフォードの金の髪を際立たせていてとても綺麗だ。
耳にはルカの瞳の色である蒼碧の宝石がスティック状に形成され揺れていた。
「主役はルカだからな。私など誰一人気にも留めないだろう」
「そんな事絶対ない」
「……誰にも見せたくないな」
「それ俺のセリフ」
片膝をつきルカの傍に傅いたレイフォードが手を握りながらそう言えばルカはムッとした顔をする。その表情さえも愛しくて指先に口付けると何かが当たり目を瞬いた。
見ればルカの爪は紫色に染まっていて、そこには小さな宝石が飾られており光を反射している。
「これは?」
「今貴婦人の間で流行している、爪化粧というものです陛下」
「爪化粧…女性は自分磨きに余念がないな」
「美しくありたいという気持ちは、全ての女性に共通するものですから」
綺麗に飾られたルカの細い指先に触れながら見ていると、メイドが当然と言わんばかりに答えるものだから思わず笑ってしまった。
化粧が落ちないようルカの頬を人差し指で軽く突つくとふわりと微笑んでくれる。
「ならば今度お前たちが希望する物を贈るから、ハルマンにでも伝えておくといい」
「え! 本当ですか?」
「陛下、お優しい」
「今日の褒美だ」
「ありがとうございます!」
こなした仕事に対して追加の報酬を出していない訳ではないが、たまには本人たちが欲しい物を給金代わりにするのもいいだろうと提案すれば、その場にいた全員が手を叩いて喜ぶ。
それに笑っていると、ルカの手がレイフォードの頬をそっと挟んできた。
「レイは?」
「ん?」
「レイはご褒美なくていいのか?」
何に対してのご褒美なのかは分からないが、自分には必要ないと緩く振ればルカの眉根が寄り顔が近付けられた。
「いつも頑張ってんだから、ご褒美くらい貰ってもいいと思うぞ?」
「それを言うならルカだろう?」
「え、何で? 俺何もしてないよ?」
「日々私を癒してくれている」
「癒して……?」
ルカの笑顔がどれだけ癒しになり、いるだけでどれだけ支えられているか、本人は知らないだろうがレイフォードは毎日実感していた。そもそもルカは存在してるだけで尊いのだ。
キョトンとするルカの膝に手を腕を乗せ見上げると扉がノックされた。
「陛下、竜妃様、馬車の準備が整いました」
「ああ、分かった」
「ばしゃ?」
立ち上がり、ベールが取れたりしないようメイドの手を借りながらルカを横抱きにするとこてんと首を傾げて見上げてくる。
そういえば馬車は見せた事がなかったなと気付いて微笑み、使用人を連れてエントランスから出た先には黒い四頭立ての屋根のない馬車があり、馬は鎧を纏い馬車の側面にはアッシェンベルグの王紋が入っていた。
キャビンには色とりどりの花とカラフルなリボンがセッティングされていてふよふよと漂う風船が括り付けられている。
「何だろ…いろいろあってどれから見ればいいか分からない」
「どれが一番気になった?」
「これ」
初めて見る馬車とその装飾に興味を引かれたルカを傍まで連れて行き問い掛けると、案の定風船の紐を掴んで引っ張り始めた。ソフィアに目配せし、それを一つ外してルカへと持たせると目をキラキラさせる。
「何これ?」
「風船だ」
「ふうせん?」
「精霊がこの中に風を入れてくれてるんだよ」
「だから浮いてるのか?」
「ああ。不思議だろう?」
「うん」
握り込んだ紐を下に引いたり上げたりして挙動を楽しんでいたルカだったが、下に引いた瞬間スルリと手から紐が抜け風船が空へと昇り始めた。
小さく声を上げたルカだったが、あっという間に小さくなっていく風船を手を振って見送り今度は馬へと視線を移す。
「この子は?」
「馬だ」
「馬? 馬は知ってる。物語本にあった」
「そう、その馬。実物を初めて見た感想は?」
「大きい! ムキムキしてる! 目が綺麗!」
「見たままだな。ほら、乗ろうか」
特に恐怖心とかはないようで安心しつつ扉を開けて乗り込むとそれなりに広くベンチが備え付けてあり、座面には柔らかなクッションが敷かれて車輪からくる振動を最大限抑えるような作りになっていた。
そのベンチにルカを下ろせばすぐに物珍しそうに身を乗り出そうとする為肩を抱いて留め、レイフォードは御者へと出立するよう促す。
御者席に座った男性が手綱をしならせ馬が足を動かし始めた。
「ルカ。今から町の中心部を通るから、お披露目の時のように笑顔で手を振ってやれるか」
「え?」
「残念ながら、いくら国を挙げての結婚式でも列席出来る者は貴族が優先だ。町の人々は大聖堂内にさえ入れないからな。せめて姿だけでも見せてやらないと」
「そっか…分かった。頑張る」
国民ありきのアッシェンベルグではあるが、どうしてもこういった王族が関わる行事は地位的に後回しになる。その不満を少しでも解消する為には、大衆に顔を見せる事が大事だった。
爪に干渉しない程度に両手を握り込み気合いを入れるルカと、彼を抱き寄せるレイフォードが乗った馬車は花びらの舞う町中を抜けて大聖堂まで向かう。
普段より町が輝いて見えるのは間違いなくルカが隣にいるからだ。なんて幸せな事だろうとレイフォードは思った。
大聖堂まで向かう道すがら、暖かな歓声を受け柔らかく微笑んだレイフォードに町娘たちが沸き立ったのは言うまでもない。
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