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大忙しの朝
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その日は夜が明ける前から城中が大忙しだった。
「ルカ様、お顔が浸からないよう気を付けて下さいね」
「…んー……」
「ねぇ、どっちの匂いがいいと思う?」
「こっちかな」
「あ、今日はこれでマッサージをお願い」
「ルカ様、少し失礼致しますね」
今日はソフィアだけでなく、メイドが数人まだ船を漕いでいるルカの周りでバタバタしている。寝起きの温かいお風呂は目が覚めるどころか寝落ちないようにするのに必死だ。
しかも現在洗髪がてら頭皮マッサージもされていて気持ちが良く、ウトウトしてしまうのも仕方がないだろう。
「ソフィア様、これはどうしたら…」
「どうしたの? …あらあら陛下ったら、今日ばかりはいけませんよってお伝えしましたのに」
「お化粧で隠します?」
「陛下の事だから、見せ付ける為にお付けになったんでしょう。そのままで構わないわ」
「分かりました」
目を閉じされるがままなルカの後ろで一人のメイドとソフィアが困ったように話している。レイフォードの名前が出たから半分目を開けて振り向くと、気付いたソフィアがにこっと笑いかけてくれた。
それから柔らかな簡易ベッドのようなものに仰向け寝かされ顔からつま先までマッサージを施される。更にうつ伏せに変わったあとも全身くまなく揉まれてルカの肌はツヤッツヤのプルップルになった。
「やっぱり陛下のお色がいいわよねぇ…」
「でもあまり濃い色だとドレスとの兼ね合いが」
「色を控えめにして、パーツで華やかさを出すとか」
「ルカ様は指が細いから、シンプルな方がいいと思うわ」
鏡台の前に座ったルカは鏡越しにメイドのやり取りを見ているのだが、される本人がまったく分からないから口も出せない。それよりもいつもより数時間も早く起こされたから腹が結構切なくなってきた。
「ソフィア」
「はい、どうされました?」
「お腹空いた」
「そう、ですよね。いつもでしたら朝食を食べているお時間ですし…」
あれこれされている間に日は昇り外はすっかり明るくなっていた。時間的にも本来ならレイフォードの膝の上で食べているはずだから、出来る事なら着替える前に食べてしまいたい。
ソフィアは頬に手を当てて考えると、「少しお待ち下さいね」と言って他のメイドにも告げて部屋から出て行った。
そろそろ腹の虫が鳴き出しそうだと思っていたらソフィアがワゴンを押しながら戻ってきて、ルカへとフルーツが山盛りになったガラスのボウルを差し出して微笑んだ。
「ルカ様はコルセットで締める必要がありませんけど、お腹が膨れると気持ち悪くなるかもしれませんのでこちらをお召し上がり下さい。式が終わったら、たくさん食べられますからね」
「ありがとう。レイは? ちゃんと食べれた?」
「はい。陛下もお召し上がりになりましたよ。今は大聖堂で指揮を取られております」
「え、仕事してるのか?」
「準備を終えられたら手持ち無沙汰になったようで…」
こんな日にまで何かしらをしているレイフォードに呆れつつ、ルカはフォークを持ち一口サイズにカットされたフルーツを二、三個刺すとそれを豪快に口に運んだ。
「紫のグラデーションにして金を差してみましょうか。パーツは白か透明メインでね」
「はい」
「ルカ様。お召し上がりになったままで構いませんので、こちらを向いて頂いても宜しいですか?」
「うん」
口いっぱいにフルーツを頬張りながら頷きメイドの方を向くと左手を取られ細いテーブルの上に置かれた小さなクッションの上に乗せられる。可愛らしい小瓶が並び、キラキラした小粒の宝石が入った箱も準備されるとメイドが楽しそうに小瓶を開けた。
綺麗な紫色が先の細い刷毛についていて、それで何をするのだろうとルカは首を傾げる。
「ルカ様は爪の形もお綺麗ですね」
「爪に綺麗とかあるのか?」
「どこかに引っ掛けたりすると、割れたり欠けたりしますから」
「水仕事で手も荒れますしね」
苦笑しながら手をヒラヒラさせるメイドの手は確かに荒れているように見えるが、祖母も村人も皺がありつつも暖かな手をしていた。
傷があってもささくれていても荒れていても、誰かの為に使われている手はそれだけで素敵だ。
「でも、俺はそっちの方が綺麗だと思う」
「え?」
「みんなが頑張って仕事してくれてる手だろ? 何もしてない俺の手なんかよりもずっと綺麗だよ」
「ルカ様…」
ほとんどの貴族の令嬢は使用人の身なりなどよほど汚くなければ気にも留めない。むしろどこかしらに秀でた部分があってもルカのように褒めてはくれないだろう。
逆にいびられる場合もあって、それを経験した事のあるメイドは感動で目を潤ませた。
「私、ルカ様にお仕え出来て幸せですわ」
「私もです」
「私も。大好きですよ、ルカ様」
「俺もみんな大好き」
城に来た時から優しく親切にしてくれて、何も知らないからと聞けば丁寧に教えてくれた使用人たちはルカにとってもう家族も同然だ。祖母や村人と同じように大切にしたいと思える存在がこの城にはたくさんいる。
ソフィアに抱き締められ嬉しそうにはにかんだルカは、優しい香りのする彼女の肩に頬を擦り寄せた。
「こ、これは……っ」
「この世の者とは思えないほどお綺麗だわ…」
「私たち、やりきったわね…」
それから数時間掛けて身支度を整えたのだが、その出来映えはお披露目時とは比較にもならないもので、メイドたちはみな感動し互い称え合うという不可思議な空間になっていた。
全体的に淡い紫色のドレスはビスチェタイプだが、剥き出しの肩やデコルテ部分を隠すように首元から金刺繍のレースがついており、それがそのまま甲にまで続いていてグローブの代わりとなっている。
腰から下はロングトレーンのあるスカートだが、ルカの歩きやすさを考慮して前面のみ膝丈になっていた。
足を出す事についてはレイフォードとシルヴィアが散々言い合い、最終的にルカの為だと言われて肌を隠すならとレイフォードが折れた事で今は真っ白なタイツを履いている。だがその足元は三センチもヒールがあるショートブーツで、まともに歩ける気がしないルカは戦々恐々としていた。
髪はハーフアップにされ、祖母とシルヴィアの合作である髪飾りで留められており、光の加減でほんのり紫色に見えるベールを垂らせば花嫁の完成だ。
あとはレイフォードからの贈り物を身に着けるだけである。
「ルカ様は、陛下のお色がとてもお似合いになりますね」
「ほんと?」
「ええ。ルカ様を一番美しく見せて下さるお色だと思います」
「俺も紫好きだから嬉しい」
そう言って笑うルカは間違いなく、この世界にいる誰よりも綺麗だとこの場にいた全員は思った。
「もうすぐ陛下が来られますから、ルカ様は座ってお待ち下さい」
「うん」
「素敵な結婚式になりそうですね」
「うん!」
スカートの形が崩れないよう椅子に腰を下ろそうとするルカを手伝ったソフィアは、レースの重なりを直しながら窓の外を見上げるとソワソワとこちらを覗き込んでいる精霊たちを見て微笑む。
本当に、とても良い式になりそうだ。
「ルカ様、お顔が浸からないよう気を付けて下さいね」
「…んー……」
「ねぇ、どっちの匂いがいいと思う?」
「こっちかな」
「あ、今日はこれでマッサージをお願い」
「ルカ様、少し失礼致しますね」
今日はソフィアだけでなく、メイドが数人まだ船を漕いでいるルカの周りでバタバタしている。寝起きの温かいお風呂は目が覚めるどころか寝落ちないようにするのに必死だ。
しかも現在洗髪がてら頭皮マッサージもされていて気持ちが良く、ウトウトしてしまうのも仕方がないだろう。
「ソフィア様、これはどうしたら…」
「どうしたの? …あらあら陛下ったら、今日ばかりはいけませんよってお伝えしましたのに」
「お化粧で隠します?」
「陛下の事だから、見せ付ける為にお付けになったんでしょう。そのままで構わないわ」
「分かりました」
目を閉じされるがままなルカの後ろで一人のメイドとソフィアが困ったように話している。レイフォードの名前が出たから半分目を開けて振り向くと、気付いたソフィアがにこっと笑いかけてくれた。
それから柔らかな簡易ベッドのようなものに仰向け寝かされ顔からつま先までマッサージを施される。更にうつ伏せに変わったあとも全身くまなく揉まれてルカの肌はツヤッツヤのプルップルになった。
「やっぱり陛下のお色がいいわよねぇ…」
「でもあまり濃い色だとドレスとの兼ね合いが」
「色を控えめにして、パーツで華やかさを出すとか」
「ルカ様は指が細いから、シンプルな方がいいと思うわ」
鏡台の前に座ったルカは鏡越しにメイドのやり取りを見ているのだが、される本人がまったく分からないから口も出せない。それよりもいつもより数時間も早く起こされたから腹が結構切なくなってきた。
「ソフィア」
「はい、どうされました?」
「お腹空いた」
「そう、ですよね。いつもでしたら朝食を食べているお時間ですし…」
あれこれされている間に日は昇り外はすっかり明るくなっていた。時間的にも本来ならレイフォードの膝の上で食べているはずだから、出来る事なら着替える前に食べてしまいたい。
ソフィアは頬に手を当てて考えると、「少しお待ち下さいね」と言って他のメイドにも告げて部屋から出て行った。
そろそろ腹の虫が鳴き出しそうだと思っていたらソフィアがワゴンを押しながら戻ってきて、ルカへとフルーツが山盛りになったガラスのボウルを差し出して微笑んだ。
「ルカ様はコルセットで締める必要がありませんけど、お腹が膨れると気持ち悪くなるかもしれませんのでこちらをお召し上がり下さい。式が終わったら、たくさん食べられますからね」
「ありがとう。レイは? ちゃんと食べれた?」
「はい。陛下もお召し上がりになりましたよ。今は大聖堂で指揮を取られております」
「え、仕事してるのか?」
「準備を終えられたら手持ち無沙汰になったようで…」
こんな日にまで何かしらをしているレイフォードに呆れつつ、ルカはフォークを持ち一口サイズにカットされたフルーツを二、三個刺すとそれを豪快に口に運んだ。
「紫のグラデーションにして金を差してみましょうか。パーツは白か透明メインでね」
「はい」
「ルカ様。お召し上がりになったままで構いませんので、こちらを向いて頂いても宜しいですか?」
「うん」
口いっぱいにフルーツを頬張りながら頷きメイドの方を向くと左手を取られ細いテーブルの上に置かれた小さなクッションの上に乗せられる。可愛らしい小瓶が並び、キラキラした小粒の宝石が入った箱も準備されるとメイドが楽しそうに小瓶を開けた。
綺麗な紫色が先の細い刷毛についていて、それで何をするのだろうとルカは首を傾げる。
「ルカ様は爪の形もお綺麗ですね」
「爪に綺麗とかあるのか?」
「どこかに引っ掛けたりすると、割れたり欠けたりしますから」
「水仕事で手も荒れますしね」
苦笑しながら手をヒラヒラさせるメイドの手は確かに荒れているように見えるが、祖母も村人も皺がありつつも暖かな手をしていた。
傷があってもささくれていても荒れていても、誰かの為に使われている手はそれだけで素敵だ。
「でも、俺はそっちの方が綺麗だと思う」
「え?」
「みんなが頑張って仕事してくれてる手だろ? 何もしてない俺の手なんかよりもずっと綺麗だよ」
「ルカ様…」
ほとんどの貴族の令嬢は使用人の身なりなどよほど汚くなければ気にも留めない。むしろどこかしらに秀でた部分があってもルカのように褒めてはくれないだろう。
逆にいびられる場合もあって、それを経験した事のあるメイドは感動で目を潤ませた。
「私、ルカ様にお仕え出来て幸せですわ」
「私もです」
「私も。大好きですよ、ルカ様」
「俺もみんな大好き」
城に来た時から優しく親切にしてくれて、何も知らないからと聞けば丁寧に教えてくれた使用人たちはルカにとってもう家族も同然だ。祖母や村人と同じように大切にしたいと思える存在がこの城にはたくさんいる。
ソフィアに抱き締められ嬉しそうにはにかんだルカは、優しい香りのする彼女の肩に頬を擦り寄せた。
「こ、これは……っ」
「この世の者とは思えないほどお綺麗だわ…」
「私たち、やりきったわね…」
それから数時間掛けて身支度を整えたのだが、その出来映えはお披露目時とは比較にもならないもので、メイドたちはみな感動し互い称え合うという不可思議な空間になっていた。
全体的に淡い紫色のドレスはビスチェタイプだが、剥き出しの肩やデコルテ部分を隠すように首元から金刺繍のレースがついており、それがそのまま甲にまで続いていてグローブの代わりとなっている。
腰から下はロングトレーンのあるスカートだが、ルカの歩きやすさを考慮して前面のみ膝丈になっていた。
足を出す事についてはレイフォードとシルヴィアが散々言い合い、最終的にルカの為だと言われて肌を隠すならとレイフォードが折れた事で今は真っ白なタイツを履いている。だがその足元は三センチもヒールがあるショートブーツで、まともに歩ける気がしないルカは戦々恐々としていた。
髪はハーフアップにされ、祖母とシルヴィアの合作である髪飾りで留められており、光の加減でほんのり紫色に見えるベールを垂らせば花嫁の完成だ。
あとはレイフォードからの贈り物を身に着けるだけである。
「ルカ様は、陛下のお色がとてもお似合いになりますね」
「ほんと?」
「ええ。ルカ様を一番美しく見せて下さるお色だと思います」
「俺も紫好きだから嬉しい」
そう言って笑うルカは間違いなく、この世界にいる誰よりも綺麗だとこの場にいた全員は思った。
「もうすぐ陛下が来られますから、ルカ様は座ってお待ち下さい」
「うん」
「素敵な結婚式になりそうですね」
「うん!」
スカートの形が崩れないよう椅子に腰を下ろそうとするルカを手伝ったソフィアは、レースの重なりを直しながら窓の外を見上げるとソワソワとこちらを覗き込んでいる精霊たちを見て微笑む。
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