竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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ルカの存在

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 柔らかな日差しが降り注ぎ心地良い風が吹く午後のテラス。柔らかな長クッションが敷かれたベンチの上に座ったレイフォードの膝を枕に、ルカがすやすやと寝息を立てて眠っていた。
 おやつタイムだと二人でお茶を飲んでいたのだが、ほど良い暖かさに眠気を誘われたルカに昼寝を促したところ、自らレイフォードの膝に頭を乗せ目を閉じたのだ。
 その様子に微笑みながら髪を撫でている姿を、行き交うメイドが窓越しに見ては和んでいる。

「本当に仲睦まじいお二人ね」
「陛下のあんなにも穏やかな顔は、ルカ様がいらっしゃらなければ一生拝見出来なかったと思うわ」
「お二人は出会うべくして出会った、いわば運命の番なのよ」

 頬に手を当てどこかうっとりとして言う友人に苦笑したメイドは、テラスにいる二人を見たあと「そういえば」と口にした。

「陛下はいつルカ様を〝本当の番〟にされるのかしら」
「あー…人間の場合は特殊だものね」
「陛下の事だから、お話すらされていなさそうだけど…」
「もしかしたら、陛下は番にはされないおつもりなのかもしれないわね」
「え? じゃあルカ様をお見送りされるって事?」

 あくまで周りに聞こえないような小さな声ではあるが、ソフィアやハルマン、リックス辺りが聞けば怒るような話を彼女たちはしていた。
 あくまで推測でしかないものの、有り得そうで全員の表情が暗くなる。

「陛下、ルカ様を本当に大事にされてるから…」
「でも、そうすると陛下はお一人になってしまうじゃない」
「……悲しみに暮れる陛下を見るのは辛いわね…」
「お世継ぎ問題も浮上するでしょうし…」

 そう話す四人の視界の端で何かが動き、そちらを見るとルカの目が覚めたのか起き上がり目を擦っている姿が見えた。レイフォードの手がルカの頬を挟み、いくつか会話を交わしていた二人の顔が近付く。
 すぐに離れたが、今度はルカがレイフォードの首に抱き着いて唇を重ね、先ほどよりも長く口付け合っていた。

「私、ルカ様なら受け入れて下さると思う」
「私も…」
「……こればかりは、お二人の気持ち次第だから。私たちは静かに見守っていましょう」
「そうね」
「どちらを選ばれても、私たちがする事は変わらないわ」

 主人の為に快適な空間を作り、何不自由なく生活して貰う事こそがこの城で働く使用人の仕事である。
 メイドたちは互いに気合いを入れ直すと、それぞれの持ち場へと戻る為足早にこの場をあとにした。
 二人が悔いなく幸せでいられるならそれでいいのだ。





 ハルマンは目の前の光景に頭を悩ませていた。
 結婚式を目前に控え、これまで以上に仕事に精を出しているレイフォードが疲れ切った顔でペンを走らせているのだが、その鬼気迫る姿にはいつもの穏やかな空気はなく少しピリついていて恐ろしくもある。
 ただでさえ竜族の中でも最強の力を持つ竜王から怒気にも似たオーラが発せられているのだ。無関係だとしても近付けば食い殺されるのではと思うほどには使用人たちが怯えていた。
 普段が普段なだけに余計に恐怖するのだろう。
 だがそんな中でもやはりルカの存在は偉大で、彼がレイフォードの傍にいればそれだけで空気も雰囲気も柔らかくなり落ち着く為、最近では限界がくる前にルカが迎えに来てくれるようになっていた。

「陛下、もうすぐルカ様が…」
「レイ、時間だぞー」

 胸ポケットから出した懐中時計で時間を確認したハルマンがそう言うや否や、扉がノックされ元気良くルカが入って来た。もうすでにノックの鳴らし方だけでルカだと分かるくらいには続いている。

「では、私は失礼させて頂きますね」
「あ、ハルマン」
「はい」
「いつもありがとう」

 ルカがいるならお役御免だとワゴンを押して出ようとしたハルマンの背中にルカの声がかかる。足を止め身体ごと振り返ると可愛らしい笑顔でお礼を言ってくれた。
 ハルマンにとってはレイフォードを気に掛けるのは当然の事なのに、ルカはどんなに小さな事でもこうして口にしてくれる。
 それがどれだけ人の心を温かくしてくれているか、本人は気付いていないし知らないだろう。

「レイ、ほら、部屋に帰るぞ」
「…ルカ…」
「よしよし、今日も頑張ったな」
「…ん…」
「ひぇ…っ…ちょ、どこ触ってんだ…!」
「…………」
「待て待て、腰のを外そうとするな! 俺は直せないんだから!」

 部屋から出る直前そんなやり取りが聞こえたが、敢えて聞かなかった事にしてそっと扉を閉めたハルマンは、待機しているリックスと目が合い互いに苦笑する。
 執務室は音が漏れにくいとはいえ防音ではないから、あまり大きな声を出すと外に聞こえてしまうのだ。

(あの様子だと、陛下も相当疲れていらっしゃるな。いつもなら人前であのような事はなさらないのに)

 理性的なレイフォードは人前では性的な意味を持ってルカに触れる事がまずない。それはルカのそういった表情を見せたくないという独占欲からである事は分かっているが、ルカが入ってきた時点でもうハルマンの事は見えていなかったのだろう。
 少しして、顔を赤くしくたっと力の抜けたルカをマントで包み腕に抱いたレイフォードが執務室から出て来た。

「部屋に戻る」
「「はっ」」
「リックスはソフィアを私の部屋に呼んでくれ」
「はい」
「ハルマン、いつもすまないな」
「いいえ」

 そこにいたのはいつものレイフォードで、ハルマンは皺を深くしながら柔和な笑みを返す。どうやらルカは、あっさりと彼の機嫌を直してくれたらしい。
 軽い挨拶と共に片手を上げ去って行く背中を見送ったハルマンは、夕食の準備をしようとワゴンを押し反対の方へと歩いて行った。
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