竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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はっきりきっぱり

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 悪夢を見なくなってもレイフォードと一緒に眠りにつく事が当たり前になってから、ルカは毎朝幸せな目覚めを迎えていた。

「ルカ」
「……ん…」
「ルカ、朝だ。そろそろ起きよう」
「…レイ…」

 低くて優しい声が耳元で聞こえ、控えめに揺すられてルカはゆっくりと目を覚ました。
 起きて一番最初に目に入るのは大好きな恋人の顔で、寝ぼけ眼で腕を伸ばせば抱き締めて額に口付けてくれる。

「…おはよ…」
「おはよう。もうすぐソフィアが来る」
「うん……口は…?」
「…仕方がない子だ」

 そうは言いつつも、ねだればいつだって応えてくれるのだからレイフォードはつくづく優しい男である。
 微笑みと共に唇が触れ合い満足したルカはにこっと笑ってレイフォードの首へと抱き着いた。




「それでばあちゃんが、村のお嫁さんが代々着ける髪飾りがあるって言うんだけど、それも着けれたりしないかな」
「母上に聞いてみるといい。無碍にするような方じゃないから」
「そっか…そうだよな。うん、聞いてみる」
「おお、これはルカ様。お久し振りです」
「え?」

 執務室へ向かうレイフォードを見送るべく並んで歩きながら話していたルカは、後ろから自分の名前が呼ばれて何気なく振り向いた。
 そこにはここに来たばかりの頃一度だけ会った事のある、ブラン・ウェード・トルグリア公爵が何ともにこやかに立っていたのだが、ルカは誰だか分からず首を傾げる。

「相も変わらずお美しい。ご機嫌は如何ですかな?」
「えっ、と…」
「トルグリア公、それ以上はご遠慮を」
「これは失礼致しました」

 先の尖った靴を鳴らしながらズカズカと近付いてくるブランをリックスが前に立ち諌める。
 その様子を眺めていたルカは何かに気付いてあれ?    と首を傾げた。
 名前までは思い出せないもののぼんやりと輪郭が浮かんできて、絶対会った事があると小さな脳みそをフル稼働させてどうにか捻り出したルカはハッとする。
 そうだ。確か、カーテシーが取れないなら会釈しろと言っていた人だ。

「いやはや、私は信じておりましたよ。ルカ様こそが竜妃であると。その美しさも然る事ながら、聡明さ、気品、どれをとっても陛下に相応しい。精霊たちから愛されるのも納得ですな」

 おかしいな、あの時とまったく違う事を言っている。
 それに相も変わらず媚びを売るようなへらへらした表情は向けられて決して気持ちの良いものではなく、ルカは少しだけレイフォードの後ろに隠れた。
 あの時はあんなに嫌味だらけだったのに。

「もちろん陛下も大変素晴らしい慧眼をお持ちで、私は感動に打ち震えております。まさかアザをお持ちの方をお見付けになるなんて、まさに陛下にしか成し得ない事でしょう。さすがは陛下で御座います」

 良くもまぁここまでおべっかが言えるものだ。
 この人の言葉で教養のない自分の不甲斐なさとレイフォードへの申し訳なさを抱いた事をちゃんと覚えているルカは眉を顰めると、まだベラべラと話しているブランへと人差し指を突き付けた。
 きっとルカがアザ持ちだから態度を変えたんだと、鈍感なルカでも気付くくらいあからさま過ぎる。
 一年前と何も変わっていなさ過ぎてムカムカしてきた。

「俺、アンタの事嫌い」
「え」
「……ふ…」
「…っ、ゴホン…」

 そうキッパリ言い放つとブランは顔を引き攣らせ、横で黙って聞いていたレイフォードが小さく吹き出した。
 リックスも口元を押さえ軽く咳払いをして誤魔化している。

「もし俺にアザがなかったら、どうせまた意地悪な事言うんだろ? 俺がどんなに頑張ったって認めてくれないんだろ?    そんな人の言葉、信じられる訳ないじゃん」
「…いえ、その…」
「どんな俺が相手でも、意地悪でいてくれた方がまだマシだよ」

 手の平くるくるは結構だが、あからさまなものはただ不快でしかない。
 あの時と違い自分の言いたい事を言って満足したルカはレイフォードに向き直ると、彼だけにしか見せない甘えた笑顔で抱き着いた。

「じゃ、俺シルヴィアさんのとこ行ってくるな。仕事頑張って」
「ああ、ありがとう。またあとで」
「うん」

 身を屈めたレイフォードに頬に口付けられ、自分からもお返しをしてから離れると軽く手を振ってシルヴィアと仕立て屋がいる応接室へと足を向ける。
 途中で振り返り今度は大きく手を振ればレイフォードも手を上げて応えてくれて、それだけでも嬉しいルカはへらりと笑い角を曲がった。
 何とも可愛らしい行動に口元が緩むのを感じながらもそれを見送ったレイフォードは、手を下ろすと苦笑して固まっているブランへと視線を移しふっと笑う。

「…貴殿の負けだな、トルグリア公」
「いやはや、なかなかに手厳しい…」

 あそこまでルカが誰かに対してはっきり「嫌い」と言ったのは初めてだ。
 基本的に人を傷付けたりマイナスな発言をしないルカは苦手という言葉さえ口にしない。つまりブランは、ルカにとってそうと言わなければ気が済まないほどの相手として認識されたという事だろう。
 あの現場を最初から見ていた訳ではないが、リックスから報告は受けている為それも仕方がないといえるが。

「ルカの機嫌を損ねると精霊が牙を剥いてくる。気を付けた方がいいぞ」
「ご忠告痛み入ります」
「さて、立ち話も何だ。部屋に行くとするか」
「はい」

 今日はもともとブランと領地についての話をする予定ではあった為、そう促し執務室へと向かう。
 これに懲りるという事はないだろうが、数いる貴族たちを纏める立場にあるのだから少しでも身を振り返ってくれればいいのにと、心から思うレイフォードであった。
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