竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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初めての海

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 イルヴァンとシルヴィアが城へと訪れて数日、ルカはレイフォード、リックス、バルドー、アルマ、ソフィアと共に念願の海に来ていた。
 肌を刺すような暑さの中、つば広の帽子を被りいつもの服でレイフォードの腕に抱かれて目的地まで来たルカは、目の前に広がる光景に呆然としている。
 リックスの翼の色が赤色なのとか、ソフィアは生まれつき片翼がなく飛べないからリックスに抱えられてるとかどうでも良くなるくらい圧巻だ。

「ルカ?」
「……これが〝うみ〟?」
「ああ。城とどちらが大きい?」
「断然こっち!」
「はは、比べるまでもないな」

 それこそこの世界全土と比較するくらいはしなければ海よりも大きな物などないだろう。
 真っ白な砂浜に下ろし、ズレた帽子を直してやると背伸びをしたルカが水平線を見て「ほぇ~」っと間の抜けた声を出した。

「全然向こうが見えない」
「あの先にはいくつかの小島があるだけで人は住んでいないからな。どこまで行っても海が広がっているよ」
「レイでも端っこには行けない?」
「無理だろうな」
「うみ、最強だ」

 ルカにとってレイフォードは、何でも出来る無敵の人だと思っていただけに返ってきた答えには目を瞬く。
 穏やかに寄せては返す波を見ているうちにうずうずして来たルカは、せっかくだからと波打ち際まで行ってみる事にした。綺麗に透き通ったコバルトブルーが日差しを受けてキラキラしている。

「ルカ、あまり奥には行かないようにな」
「はーい」

 靴のまま海に足を浸けたルカはその冷たさに一瞬驚くも、気温が高い為すぐに慣れたから更に一歩進んでみる。ズボンが水を吸って重くなるが、気にせず膝下が浸かるくらいまで入ると波の音が大きくなった気がした。

(何か…落ち着くなぁ。この音、ずっと聞いてられるかも)

 耳の後ろに手をやり目を閉じて聞いていると心が穏やかになる。
 時折吹く風に汗ばんだ肌を撫でられながら、ルカは遙か向こうに見える水平線をじっと眺めていた。



 波打ち際より離れた木陰に更に大きなパラソルを立て、その下に敷き物と飲み物やお菓子の入ったバスケットを置いたソフィアがルカの様子を見て微笑む。

「ルカ様のご様子は如何ですか?」
「今は確かめているところだな。だが、すぐに慣れるだろう」

 なんと言ってもルカは好奇心が旺盛で順応性が高く、大丈夫だと分かればあっさりと慣れるからそのうち遊び始めるだろう。
 ただ沖へ行かないよう見守っていればいいだけだ。

「そういえば、ルカ様は貝殻も見たいと仰っていましたね。こっそり集めてブレスレットかネックレスにしたら、喜んで下さいますでしょうか」
「喜ぶだろうな。よし、リックス手伝え」
「はっ」
「適度にお休み下さいね」

 いくら竜族が屈強といえど熱中症や日射病には気を付けて貰いたい。
 声をかけたソフィアに手を上げて応えたレイフォードは、軍服を脱いで身軽になると同じように軽装になったリックスと共に貝殻探しを始めた。

 ルカの様子を見ながら片膝をつきつつ探すも、小さな欠片はあるのにアクセサリーに出来そうなほどのちょうどいい大きさのものがない。リックスの方も芳しくはないらしく、拾い上げては困った顔をしていた。

(やはり、海の中でないと見付からないのかもな)

 アッシェンベルグには海がない為下界まで降りて来たが、ここが自国なら今頃は精霊がルカの為に山ほど貝殻を持ってきてくれただろうにとレイフォードは苦笑する。
 少し海の中を見てみるかと腰を上げた時、「うわっ」というルカの声と水飛沫が聞こえレイフォードとリックスは慌てて駆け寄った。

「ルカ、どうした?」
「大丈夫ですか?」
「あ、レイ、リックス。や、何か足に当たったから見てみたら変なのがいて…」
「変なの?」

 どうやら何かに驚いて尻もちをついたらしく、全身ずぶ濡れになり帽子も脱げていた。
 変なものと言われ、そんなものがいただろうかとルカが指差す方を見れば魚が数匹悠々と泳いでいてレイフォードは目を瞬く。しかしすぐにルカにとっては初めて見るものなのだと知ると、脱げた帽子を被せ直して微笑んだ。

「大丈夫だ、ただの魚だよ」
「魚? …魚って、あの魚? ご飯で出てくる?」
「ああ」
「そっかぁ…」

 村にいた頃のルカが食べていた物は野菜や山菜がメインで、肉も魚も果物も城に来てから初めて口にしたものだ。毎回調理済みで出てくる為、元は命があり動いていた事も知らなかっただろう。
 じっと魚を見ていたルカは膝を抱えて右手を海に浸すと、スイッと逃げて行く小さな生き物に目を細めた。

「もっとちゃんと、感謝して食べないとだな」

 敢えて何も言わないでいたがルカなりに理解したのかそう言ったあと膝を崩すと、唐突にこちらを向いてニヤリと笑い手で掬った海水をレイフォードとリックスに掛けてきた。

「!」
「あはは、油断してただろー」
「ルカ…」
「ルカ様…」

 悪戯が成功したと楽しそうに笑うルカに、濡れた前髪を掻き上げながらレイフォードとリックスは苦笑する。濡れる事は構わないのだが、前置きなくかけるのは驚くからやめて欲しい。
 一頻り笑って立ち上がったルカは、海水を蹴るようにして進み腰が浸かるくらいまで行くと振り返って手招きしてきた。
 立ち上がってリックスに戻るよう目配せをし、ルカのいる場所まで足を運んだレイフォードの手が緩めに握られる。微笑みふっと下を向くとルカの足元に貝殻が見え、腰を屈めたレイフォードはそれを取りルカへと差し出した。

「ほら、貝殻だ」
「わ、ホントだ! 仕掛け絵本で見たのとそっくり!」
「珊瑚はもう少し沖に行けばあるだろうな」
「そっか。これ以上はちょっと怖いし、残念だけど諦める」

 そこで取ってきてとならない辺りがルカだなと思う。
 ルカの手の平ほどもある白い貝殻を陽に翳してはにかむ姿に口元を緩め、レイフォードは肩を抱き寄せ頬へと口付けた。

「よし。遊ぼ、レイ」
「そうだな。たまには童心に帰るのもいいだろう」

 この年で海まで来て遊ぶなど、ルカがいなければ有り得なかったし考えもしなかっただろう。
 とりあえず先に休憩しようと岸まで戻った二人は、ソフィアが準備してくれた果実水で水分補給をし、リックスに海での遊び方を教えて貰いながら日が暮れるまで楽しんだ。
 あっという間に夕暮れ時になりぬるい風が頬を撫でる。

「また連れて来てくれる?」
「ルカが望むなら」

 海でなくとも、望む場所にはいくらだって連れて行ってやりたい。
 水平線に沈む夕日に照らされたルカの笑顔があまりにも綺麗で、そっと肩を抱き寄せたレイフォードはいつまでもこの穏やかな時間が続けばいいのにと願うのだった。
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