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生まれた場所
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ルーヴェリエ侯爵家への家宅捜索をする為、近衛兵を引き連れたレイフォードと共に久し振りに下界に降りたルカは、アッシェンベルグよりも空気が澱んでいる気がして僅かに眉を顰める。
眼下に見える大きな屋敷の外観は記憶にはないが、扉を開けた先の光景にはきちんと見覚えがあった。
事前の報せもなく騎士と共に訪れた竜王に使用人たちは何事かとざわつく。その中に夫人に良く似たルカがいる事に驚いたのは全員だったが、何人かは知っているのか小さく「ジェリス様…」と零す声が聞こえた。
しかし、十年越しに思い出し気持ちが不安定なルカは気付かず、レイフォードの服を掴んだまま視線を彷徨わせている。
(本当にここが、俺の生まれた場所なんだ…)
屋敷の外には出た事がないからエントランスは朧気だが、それでも窓の形や高い位置にあるシャンデリアなど変わっていない部分は記憶と重なった。
「ルーヴェリエ侯爵は御在宅か」
「しょ、少々お待ち下さいませ」
燕尾服に身を包んだ執事らしき者が頭を下げどこかへと足早に歩いて行く。しばらくして身なりの良い男が出て来てルカはハッとした。
(父様だ……)
「り、竜王陛下…? 何故このようなところに…」
父といっても形ばかりで、姿さえほとんど見た事がなくクレイルにすら関心を持たなかった父は、エントランスの光景に驚きと困惑の表情を浮かべる。
そんな彼にレイフォードは書簡を広げて見せ淡々と話し出した。それを確認したバーシアがぎょっと目を見瞠る。
「バーシア・ミラ・ルーヴェリエ。貴殿の奥方が行っていた非人道的な行為について何か知っているか」
「非人道的な行為…? 申し訳御座いません、何の事やら…」
「…ならば、この子に見覚えは?」
とぼけているのかはたまた本当に知らないのか、レイフォードはルカの肩を抱き隣に立たせると少し伸びた前髪を避ける。目元までハッキリと見えるようになったルカの顔を訝しげに見たバーシアは、少しして気付いたのか息を飲んだ。
「ジェリス…」
「一応覚えているようだな。夫人が病床のクレイルを救う為に何をしていたか、本当に知らないのか? この子が行方不明になってから、三度子を儲けているはずだが」
「た、確かにジェリスがいなくなってから三人の子宝には恵まれました…。しかし我が子はみな幼くして不慮の事故や病気で亡くしてしまい…」
「不慮の事故や病気…か。貴殿は夫人の何を見ていたのだか」
呆れたように溜め息をついたレイフォードが騎士たちに合図を出すと、バルドーだけを残しあとは散り散りに屋敷内へと入って行く。使用人たちはどうしたらいいかも分からず困惑しきりで顔を見合わせていて、バーシアは一人焦っていた。
「あ、あの…これは一体」
「貴殿の夫人、アイリス・ミラ・ルーヴェリエは長男クレイルを救う為、ジェリスを始め四人の子供に対して〝黒呪法〟での儀式を行おうとした。うち三人はそれにより命を落としている」
「…っ、そんな…!」
「〝黒呪法〟は禁術だ。夫人の身柄はこちらが拘束しているが、貴殿についての処罰はこの国の王が決定する運びとなっている。関わりがあるならまた別だが…本当に知らないのだな?」
「し、知りません…」
青褪めるバーシアは嘘は言っていないように見える。もしかしたらアイリスは、自分を愛しているかも分からない冷たい夫に悲観し、自分の腹から生まれたクレイルに依存してしまったのかもしれない。
ある意味、アイリスも可哀想な人ではあった。
「貴殿がもっと夫人と向き合っていれば、防げたかもしれないな」
「………」
「クレイルの部屋はどこだ」
「俺、知ってる」
愕然としているバーシアから目を逸らしたルカは、レイフォードの手を握ると反対の手で階段の上を指差した。歩き出そうとする二人にバーシアの戸惑いの声がかかる。
「あ、あの…ジェリスは…」
「彼は私の竜妃だ。父親といえど、無礼な振る舞いは許さん」
「竜妃…」
「レイ、行こ?」
「ああ」
父にも母にも、親らしい事なんて何一つして貰えなかったルカにとってはただそういう存在なだけで感情なんてもう持っていない。
手を引こうとしたら逆に引っ張られて抱き上げられ、目で「どこだ?」と問い掛けられる。人差し指で示しながら奥の方へと行き、辿り着いた扉は何一つ変わっていなかった。
下ろして貰い、ゆっくり開けると風が抜けるのと同時に薬品の匂いがして懐かしさに目を細める。
部屋の中はあの頃より物が増えていて、けれど変わらず大きなベッドがあってそこには兄が横たわっていた。
「クレイル兄さん…」
傍まで行き見下ろした姿は十年経つのにほとんど変わっていなかった。確かルカとは三つ年が離れていたはずだから二十歳を超えているだろうに、最後に見た姿より痩せ細り今はルカよりも幼く見える。
「もう何日も眠ったままだそうだ」
レイフォードもその姿には胸が痛いのか静かな声で教えてくれる。
力なくシーツの上に伸ばされた手を握ると暖かくて、まだクレイルが生きている事を実感させてくれた。
「…兄さん、ただいま」
答えてくれる保証はないけど、どうしても伝えたくてルカはぽつりぽつりと話し始める。
「帰るの遅くなってごめんな。……俺さ、あの時、兄さんになら俺の身体をあげてもいいって思った。この家で兄さんだけが俺に〝家族〟として接してくれたから、何か恩返しがしたいって。俺の身体をあげる事で兄さんが元気になってくれるならそれでもいいって思ってたんだ」
いつ会いに行っても優しく微笑んで出迎えてくれたクレイルは、ルカにとってこの家の中で唯一心を許せる人だった。例え本心は憎んでいたとしても弟として大切にしてくれた事には感謝しかなくて、本当にそれでもいいと思っていたのだ。
「でも、兄さんは望んでなかった……優しいから、誰にも傷付いて欲しくなったんだよな。俺、自分勝手だった…最近まで兄さんの事さえ忘れて、楽しく暮らしてたんだよ。ひどいヤツだよな、俺」
両手でぎゅっと手を握り額に当てて目を閉じれば、クレイルと話した光景がありありと蘇ってくる。
「忘れてごめん…兄さんを一人にしてごめん……ごめんな…」
厳密に言えば一人ではないのだろうが、ルカが再会した母はあの頃より様子がおかしかったからまともに話が出来ていたとは思えない。ルカがいれば、気休めくらいにはなれたかもしれないのに。
「…兄さん…声、聞きたいよ…」
どれくらい眠っているのかは知らないが、もうこのまま目覚めない確率の方が高いだろう。痛みも苦しみもなく逝けるのならそれでいいとは思うが、最後に少しだけでも話したかった。
一言でもいい、せめて別れの言葉だけでも伝えたい。
だがしばらく待ってはみたけど反応はなくて、唇を噛んだルカは握っていた手を離しレイフォードの腕に抱き着くと、部屋を出ようとベッドへ背を向けた。
「……ジェ、リス…」
あの頃よりも低くなり掠れた声が確かに名前を呼んだ。
眼下に見える大きな屋敷の外観は記憶にはないが、扉を開けた先の光景にはきちんと見覚えがあった。
事前の報せもなく騎士と共に訪れた竜王に使用人たちは何事かとざわつく。その中に夫人に良く似たルカがいる事に驚いたのは全員だったが、何人かは知っているのか小さく「ジェリス様…」と零す声が聞こえた。
しかし、十年越しに思い出し気持ちが不安定なルカは気付かず、レイフォードの服を掴んだまま視線を彷徨わせている。
(本当にここが、俺の生まれた場所なんだ…)
屋敷の外には出た事がないからエントランスは朧気だが、それでも窓の形や高い位置にあるシャンデリアなど変わっていない部分は記憶と重なった。
「ルーヴェリエ侯爵は御在宅か」
「しょ、少々お待ち下さいませ」
燕尾服に身を包んだ執事らしき者が頭を下げどこかへと足早に歩いて行く。しばらくして身なりの良い男が出て来てルカはハッとした。
(父様だ……)
「り、竜王陛下…? 何故このようなところに…」
父といっても形ばかりで、姿さえほとんど見た事がなくクレイルにすら関心を持たなかった父は、エントランスの光景に驚きと困惑の表情を浮かべる。
そんな彼にレイフォードは書簡を広げて見せ淡々と話し出した。それを確認したバーシアがぎょっと目を見瞠る。
「バーシア・ミラ・ルーヴェリエ。貴殿の奥方が行っていた非人道的な行為について何か知っているか」
「非人道的な行為…? 申し訳御座いません、何の事やら…」
「…ならば、この子に見覚えは?」
とぼけているのかはたまた本当に知らないのか、レイフォードはルカの肩を抱き隣に立たせると少し伸びた前髪を避ける。目元までハッキリと見えるようになったルカの顔を訝しげに見たバーシアは、少しして気付いたのか息を飲んだ。
「ジェリス…」
「一応覚えているようだな。夫人が病床のクレイルを救う為に何をしていたか、本当に知らないのか? この子が行方不明になってから、三度子を儲けているはずだが」
「た、確かにジェリスがいなくなってから三人の子宝には恵まれました…。しかし我が子はみな幼くして不慮の事故や病気で亡くしてしまい…」
「不慮の事故や病気…か。貴殿は夫人の何を見ていたのだか」
呆れたように溜め息をついたレイフォードが騎士たちに合図を出すと、バルドーだけを残しあとは散り散りに屋敷内へと入って行く。使用人たちはどうしたらいいかも分からず困惑しきりで顔を見合わせていて、バーシアは一人焦っていた。
「あ、あの…これは一体」
「貴殿の夫人、アイリス・ミラ・ルーヴェリエは長男クレイルを救う為、ジェリスを始め四人の子供に対して〝黒呪法〟での儀式を行おうとした。うち三人はそれにより命を落としている」
「…っ、そんな…!」
「〝黒呪法〟は禁術だ。夫人の身柄はこちらが拘束しているが、貴殿についての処罰はこの国の王が決定する運びとなっている。関わりがあるならまた別だが…本当に知らないのだな?」
「し、知りません…」
青褪めるバーシアは嘘は言っていないように見える。もしかしたらアイリスは、自分を愛しているかも分からない冷たい夫に悲観し、自分の腹から生まれたクレイルに依存してしまったのかもしれない。
ある意味、アイリスも可哀想な人ではあった。
「貴殿がもっと夫人と向き合っていれば、防げたかもしれないな」
「………」
「クレイルの部屋はどこだ」
「俺、知ってる」
愕然としているバーシアから目を逸らしたルカは、レイフォードの手を握ると反対の手で階段の上を指差した。歩き出そうとする二人にバーシアの戸惑いの声がかかる。
「あ、あの…ジェリスは…」
「彼は私の竜妃だ。父親といえど、無礼な振る舞いは許さん」
「竜妃…」
「レイ、行こ?」
「ああ」
父にも母にも、親らしい事なんて何一つして貰えなかったルカにとってはただそういう存在なだけで感情なんてもう持っていない。
手を引こうとしたら逆に引っ張られて抱き上げられ、目で「どこだ?」と問い掛けられる。人差し指で示しながら奥の方へと行き、辿り着いた扉は何一つ変わっていなかった。
下ろして貰い、ゆっくり開けると風が抜けるのと同時に薬品の匂いがして懐かしさに目を細める。
部屋の中はあの頃より物が増えていて、けれど変わらず大きなベッドがあってそこには兄が横たわっていた。
「クレイル兄さん…」
傍まで行き見下ろした姿は十年経つのにほとんど変わっていなかった。確かルカとは三つ年が離れていたはずだから二十歳を超えているだろうに、最後に見た姿より痩せ細り今はルカよりも幼く見える。
「もう何日も眠ったままだそうだ」
レイフォードもその姿には胸が痛いのか静かな声で教えてくれる。
力なくシーツの上に伸ばされた手を握ると暖かくて、まだクレイルが生きている事を実感させてくれた。
「…兄さん、ただいま」
答えてくれる保証はないけど、どうしても伝えたくてルカはぽつりぽつりと話し始める。
「帰るの遅くなってごめんな。……俺さ、あの時、兄さんになら俺の身体をあげてもいいって思った。この家で兄さんだけが俺に〝家族〟として接してくれたから、何か恩返しがしたいって。俺の身体をあげる事で兄さんが元気になってくれるならそれでもいいって思ってたんだ」
いつ会いに行っても優しく微笑んで出迎えてくれたクレイルは、ルカにとってこの家の中で唯一心を許せる人だった。例え本心は憎んでいたとしても弟として大切にしてくれた事には感謝しかなくて、本当にそれでもいいと思っていたのだ。
「でも、兄さんは望んでなかった……優しいから、誰にも傷付いて欲しくなったんだよな。俺、自分勝手だった…最近まで兄さんの事さえ忘れて、楽しく暮らしてたんだよ。ひどいヤツだよな、俺」
両手でぎゅっと手を握り額に当てて目を閉じれば、クレイルと話した光景がありありと蘇ってくる。
「忘れてごめん…兄さんを一人にしてごめん……ごめんな…」
厳密に言えば一人ではないのだろうが、ルカが再会した母はあの頃より様子がおかしかったからまともに話が出来ていたとは思えない。ルカがいれば、気休めくらいにはなれたかもしれないのに。
「…兄さん…声、聞きたいよ…」
どれくらい眠っているのかは知らないが、もうこのまま目覚めない確率の方が高いだろう。痛みも苦しみもなく逝けるのならそれでいいとは思うが、最後に少しだけでも話したかった。
一言でもいい、せめて別れの言葉だけでも伝えたい。
だがしばらく待ってはみたけど反応はなくて、唇を噛んだルカは握っていた手を離しレイフォードの腕に抱き着くと、部屋を出ようとベッドへ背を向けた。
「……ジェ、リス…」
あの頃よりも低くなり掠れた声が確かに名前を呼んだ。
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