竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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記憶

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 穏やかな風が吹き込む部屋の中、ルカはソフィアと一緒に竜族についての本を読んでいた。
 文章と共に可愛らしいイラストが描かれていて目にも楽しい。

「へぇ、竜族って産まれたばかりの頃は竜の姿してるんだ」
「そうですよ。小さな翼がパタパタ動く様子が、何とも言えず可愛いのです」
「うわぁ、見てみたい」

 人間には存在しない翼はルカにとっては憧れでで、レイフォードの綺麗な銀色の翼を見るたびに羨ましいと思っていた。身体よりも大きな翼だがたった二枚で飛べる事も凄いと思う。
 竜体のレイフォードは一度しか見ていないが、どれだけの小さな竜があんなに大きくなるのか興味もあった。

「最初は卵で産まれるんだ…」
「小さな卵が、半年ほどかけて大きくなるんですよ」
「って事は、レイもソフィアもリックスも、卵から産まれたんだな」
「はい。産まれたばかりの陛下は、それはもう可愛らしかったです」
「いいなー。俺も見たかった」

 料理で出たりはするものの実物の卵は見た事ないが、物自体は知っている為形なども分かるルカはそこから竜が孵る事が不思議だった。
 しかし、それよりもっと疑問に思った事がある。

「ってか、卵ってどうやって産まれんの?」
「お母さんのお腹の中で、小さな卵が少しずつ育つんですよ」
「お母さんって、お腹の中で卵が作れるのか?」
「え、えっと…お、お父さんも協力します」
「? お母さんのお腹の中なのに、どうやって協力するんだ?」
「それは……」

 子供にありがちな質問にソフィアはたじろいでしまい、どう答えたらいいかを考える。下手な事を言うとレイフォードに叱られてしまうかもしれないと頭を悩ませていたら、不意にルカが顔を上げ不安そうな顔をした。

「……ソフィア、何か、変な感じしないか?」
「はい?」
「失礼致します」
「リックス」

 ルカがそう言ったあとすぐに扉がノックされ、返事をする前にリックスが入って来て二人の前に立ち長剣のグリップへと手をかけた。
 眉尻を下げるルカを更に自分の背中に隠したソフィアは安心させるように微笑み肩を叩く。

「ルカ様、私の後ろから出ないで下さいね」
「う、うん」

 二人の雰囲気と纏わり付くような嫌な空気に戸惑いつつソフィアのエプロンを掴んだ時、テラスの方で黒いモヤがゆらゆらと揺れ始めた。
 驚いて見ているとそれは人の形を取り始め、やがて黒いローブに深くフードを被った怪しい人物になる。しかも三人いて、その姿にルカは既視感を覚えた。

「…ぁ……」
「ようやく見付けた」
「〝器〟の分際で手間を掛けさせおって」
「さぁ、早く儀式を始めねば」
「止まれ。あと一歩でも近付いたら切る」

 リックスが剣を抜き三人へと切っ先を向けて忠告するが、聞く耳を持っていないのか変わらずゆっくりとこちらへ進んでくる。
 嗄れた声は恐らく男だろうが、口元しか見えないほど目深なフードにより顔立ちも体格も分からない出で立ちをしている。だがそのどれにも、ルカには覚えがあった。

「騎士風情が、我らに剣を向けるな」
「我らは〝器〟にのみ用がある」
「大人しく引けば命までは取らぬ」
「断る。お前たちこそ、このお方に指一本でも触れたらその腕を切り落とすぞ」
「愚かな」

 ゾワゾワと不安や恐怖が奥底から溢れて来る。失っていた記憶が断片的に蘇り頭の中で明滅して痛み始めた。
 視界が滲んで呼吸が荒くなり、気付いたソフィアが振り向いて抱き締めてくれる。

「大丈夫ですよ、ルカ様。何があってもお守り致します」
「…ソフィア…俺…」
「ゆっくり呼吸して下さい」

 背中を撫でる手は暖かいのに震えが止まらない。
 断続的な痛みが走るたびに、まるで解放されていくように人の顔や出来事が浮かんでいく。ぎゅっと目を瞑るとより鮮明になって、ルカは大きく頭を振った。

「なるほど、これは中々に便利だな」
「だろう? おかげで煩わしい精霊も寄って来ん」

 何がおかしいのか、真ん中にいる男が笑いながら両手を上げて手の平を見下ろす。黒い霧のようなものが揺れていて、男が握り込むと霧散し消えたがそれを見たリックスがハッと息を飲んだ。

「お前たち…〝黒呪法〟を使っているのか」
「だったらどうした」
「それは禁忌とされているはずだ」
「追放された我らには関係のない事」
「王族は実に憎らしいな。我らから何もかもを奪おうとする」
「追放…?」

 竜族の貴族の刑罰は人間や平民よりも重く見られ、唯一〝下界に追放〟という刑が存在した。実は極刑と同等とも言えるほど厳しい罰であり、爵位剥奪ののち翼を折られ身ぐるみ一枚で下界へと落とされる。
 精霊からの恩恵は受けられないが、竜族にとって魔力は命でもある為それを維持する程度には残るものの、これまでのようには使えなくなり自分の手で一から生活しなくてはいけないのだ。
 つまりこの男たちは追放されたのち、禁術である〝黒呪法〟に手を付けたという事だろう。

「…ルーヴェリエ侯爵夫人に金で雇われたか」
「生きていくためには必要な事だ」
「さて、そろそろいいのではないか?」
「そうだな。〝器〟よ。この者達に危害を加えられなくなかったら、我らに着いて来い」
「!」

 痛みで変な汗を掻いていたルカは一人からそう言われビクリと肩を跳ねさせる。リックスの力は信じているが、二人が怪我をするような事態だけは避けたいルカは男を睨み付けた。
 だが、相手の言う事を聞いてしまったらリックスもソフィアも自分を責める為まだ走る痛みを押し込んで毅然と言い放つ。

「二人に何かするつもりなら許さない」
「…ふん、ならばこちらに来て貰おうか」
「嫌だ。……兄さんは、俺と入れ替わる事なんて望んでないんだから」
「! ルカ様、記憶が…」

 失っていた七年間を全て思い出した訳ではないが、自分の本当の名前や兄がいる事も、自分が何の為に産まれて何をされようとしていたのかも、あの時何があったのかも思い出す事は出来た。
 驚くリックスにぎこちなく笑い、ソフィアの腕を離して一歩前に出たルカは袖で汗を拭い息を吐く。

「俺は兄さんの望みを叶えたいんだ。だから、あんたたちとは行かない」
「…っ、生意気な!」
「〝器〟は大人しく我らの言う事を聞いていればいいのだ!」
「こうなれば力ずくでも…!」
「…っ…しまった…!」
「ルカ様!」

 男たちが一斉に手を前に出し黒い何かを放つ。すぐにリックスが反応し剣を振って透明な壁を張ったが、黒いモヤ塊はそれにぶつかると消える事なく枝分かれしただけでその勢いのままルカへと迫って来た。
 まさか〝器〟である自分にそんな攻撃をしてくるとは思わず、固まったルカに悲鳴に近い声を上げたソフィアが覆い被さる。モヤはもうすぐそこまで迫っていて、ルカは大きく目を見開いた。
 このままではソフィアが危ない。

(ダメだ…!!)

 グッと足を踏ん張りソフィアの身体を押し返そうとした時、パキッと何かが割れる音がして視界を奪うほどの眩しい光が突然部屋に広がった。
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