竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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精霊の王

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 いろいろな事がありつつも季節は春も終わりを迎えようとしており、レイフォードがルカと出会いもうすぐ一年が経とうとしていた。
 秘密裏に行われた鑑定の結果ルカは間違いなくジェリス・ミラ・ルーヴェリエである事が判明し、誕生日や血液型など不明だった事が全て分かったのだが、レイフォードは誕生日以外は本人には伝えなかった。
 ちなみにルカは冬の生まれであったらしく、既に十八を迎えてしまっている。
 当日に祝う事は出来なかったが、諸々が落ち着いたら何かしらしてやりたいとは思っているレイフォードは今少しずつ準備を始めていた。
 メインでは十年前のルーヴェリエ侯爵家内で起こった事を調べつつ、ハルマンやソフィアの協力を仰ぎながらその時出来る事をしている状態だ。



「ルカ、もうすぐ着くぞ」
「うん」

 銀色の翼を羽ばたかせて空を飛ぶレイフォードの腕に抱かれているルカは、そう言われてそっと下を覗き込んだ。
 眼下には森が果てしなく広がっていて、少し先には青々と葉を茂らせた物凄く立派な大樹が存在している。この一帯は精霊の森といい、あの大樹は世界樹らしくその根はアッシェンベルグ全土に張られているそうだ。

「ルカがいるから、精霊の数が凄いな」
「そんなに?」
「ああ。生まれたばかりの精霊もいる」

 そう言って笑いながら右から左へと視線を流すレイフォードにつられたように目をあちこちへ向けてみるが、どれだけ凝らしてもぼんやりとも見えなくて本当に残念だ。

(これだけ懐いてくれてるのに、俺には感じる事さえ出来ないのはなぁ…)

 以前、耳を済ませた時に声は聞けたもののあれ以降はどれだけ頑張っても聞こえなくて、理由を聞いたらどうやらレイフォードが少し力を貸してくれていたそうだ。
 ただ彼らの姿を見せる事は出来ないらしいから、ルカにとって精霊は今だ不思議な存在のままだった。
 真下まで世界樹が迫った頃、レイフォードはゆっくりと地面に降り立つとルカを下ろす。
 間近で見る世界樹は人が十人腕を広げたとしても囲えないくらい幹も太くて背が高く、木登りの出来そうな枝が遥か上空にあった。

「でっかー……」
「ルカ、少しだけ待っていてくれるか」
「はーい」

 世界樹の根元へと近付いていくルカにそう告げ、精霊の森にしか存在しない宝花に鎮座している美しい女性へと歩み寄る。微笑みを湛えレイフォードを見つめる彼女は世界樹の精霊であり、この世界で一番最初に生まれた存在で精霊王と呼ばれていた。
 移り変わる情勢のすべてをずっと見てきた彼女なら何かしら知っているかもしれない。

―お久し振りですね、竜族の王よ―
「ああ。久しいな、精霊王」
―……彼が貴方の竜妃ですね。ふふ、子供たちがはしゃいでいるわ―
「アザがあるというだけで、あそこまで好かれるのだな」
―それだけ、彼の傍が居心地が良いという事です―

 確かに、精霊ではないレイフォードでさえルカの傍は心から落ち着けるのだから、アザ持ちを愛する精霊たちが集うのも分かる。だが、自分が嫉妬深く独占欲が強い事を知ったレイフォードとしては、あまり見たくない光景ではあった。
 見えないルカの周りを飛び回る精霊に僅かに眉を顰めたレイフォードを見て笑った精霊王は、しかし控えていた精霊たちを傍から離すと真剣な顔で話し始める。

―彼の事をお聞きになりたいんですね―
「さすがは精霊王。お見通しか」
―十年前の下界での事ですが、確かに竜妃は精霊によってとある状況から救われております―
「ある状況から救われている?」
―はい。ですが、その時の精霊は魔力の恩恵を得られないまま力を使ったので、その時点で消滅してしまっているのです―
「!?」

 精霊には寿命というものが存在せず、本人たちの気紛れで生まれ変わる事が出来る。そんな精霊が消滅するとはどういう事か。
 驚くレイフォードに目を伏せた精霊王は、両手を受け皿のような形にするとふっと息を吹き掛けて三体の精霊を浮かび上がらせた。

―この子たちはいち早く竜妃の存在に気付き、時折様子を見に下界へ降りていたようです。私はこの国アッシェンベルグの精霊王ですから下界の全ての事柄は分からないのですが、竜妃はある方の〝器〟としてこの世に生を受けたのです―
「器?」
―ルーヴェリエ侯爵家にはお一人、ご病気の方がいらっしゃいますね―
「…!」

 それだけで精霊王が何を言わんとしているのか分かったレイフォードは、愕然として口元を押さえた。
 侯爵家の長男であるクレイルは現在植物人間状態だ。精霊王の言う〝器〟がレイフォードの思うものだとしたら、例え下界の者だとしてもアッシェンベルグでの裁判になる。
 それはいわゆる禁術であり、人も竜族も触れていいものではない。

「十年前、夫人はクレイルとルカの魂を入れ替えようとした…?」
―はい。そうしてこの子たちは術を発動させてあの村へ転移し、それにより力を使い果たして自然に還る事なく消滅してしまったのです―
「……すまないが、それはルカには伝えないでやってくれるか」
―承知しております。見えなくとも、彼が精霊を大切にしてくれている事は分かっていますから―
「助かる」

 優しいルカの事だ。自分の為に精霊が犠牲になったと知ればショックを受けるだろう。それだけは見たくなかったが、どうやら彼女も同じ気持ちのようでホッとした。
 両手を閉じ精霊たちの幻影を消した精霊王は、立ち上がるとふわりとルカの元へと移動し小さな身体を抱き締める。

「?」

 さすがに何かを感じ取ったのかルカが顔を上げて不思議そうな顔をしていたが、レイフォードに気付くとふわりと微笑んだ。
 ああして笑えるのも、十年前の恐ろしい出来事を忘れているからだろう。

(思い出さなくていい。ルカには、いつだって笑顔でいて欲しいからな)

 死に向かう兄の為だけに自分が生まれ育てられたと思い出したら、きっとあの陽だまりのような笑顔は曇ってしまう。
 それだけは何としても避けたいレイフォードは、ルカに悟られないよう侯爵家の件を片付ける事にし、世界樹の幹に抱き着くルカへと歩み寄った。
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