50 / 126
精霊の王
しおりを挟む
いろいろな事がありつつも季節は春も終わりを迎えようとしており、レイフォードがルカと出会いもうすぐ一年が経とうとしていた。
秘密裏に行われた鑑定の結果ルカは間違いなくジェリス・ミラ・ルーヴェリエである事が判明し、誕生日や血液型など不明だった事が全て分かったのだが、レイフォードは誕生日以外は本人には伝えなかった。
ちなみにルカは冬の生まれであったらしく、既に十八を迎えてしまっている。
当日に祝う事は出来なかったが、諸々が落ち着いたら何かしらしてやりたいとは思っているレイフォードは今少しずつ準備を始めていた。
メインでは十年前のルーヴェリエ侯爵家内で起こった事を調べつつ、ハルマンやソフィアの協力を仰ぎながらその時出来る事をしている状態だ。
「ルカ、もうすぐ着くぞ」
「うん」
銀色の翼を羽ばたかせて空を飛ぶレイフォードの腕に抱かれているルカは、そう言われてそっと下を覗き込んだ。
眼下には森が果てしなく広がっていて、少し先には青々と葉を茂らせた物凄く立派な大樹が存在している。この一帯は精霊の森といい、あの大樹は世界樹らしくその根はアッシェンベルグ全土に張られているそうだ。
「ルカがいるから、精霊の数が凄いな」
「そんなに?」
「ああ。生まれたばかりの精霊もいる」
そう言って笑いながら右から左へと視線を流すレイフォードにつられたように目をあちこちへ向けてみるが、どれだけ凝らしてもぼんやりとも見えなくて本当に残念だ。
(これだけ懐いてくれてるのに、俺には感じる事さえ出来ないのはなぁ…)
以前、耳を済ませた時に声は聞けたもののあれ以降はどれだけ頑張っても聞こえなくて、理由を聞いたらどうやらレイフォードが少し力を貸してくれていたそうだ。
ただ彼らの姿を見せる事は出来ないらしいから、ルカにとって精霊は今だ不思議な存在のままだった。
真下まで世界樹が迫った頃、レイフォードはゆっくりと地面に降り立つとルカを下ろす。
間近で見る世界樹は人が十人腕を広げたとしても囲えないくらい幹も太くて背が高く、木登りの出来そうな枝が遥か上空にあった。
「でっかー……」
「ルカ、少しだけ待っていてくれるか」
「はーい」
世界樹の根元へと近付いていくルカにそう告げ、精霊の森にしか存在しない宝花に鎮座している美しい女性へと歩み寄る。微笑みを湛えレイフォードを見つめる彼女は世界樹の精霊であり、この世界で一番最初に生まれた存在で精霊王と呼ばれていた。
移り変わる情勢のすべてをずっと見てきた彼女なら何かしら知っているかもしれない。
―お久し振りですね、竜族の王よ―
「ああ。久しいな、精霊王」
―……彼が貴方の竜妃ですね。ふふ、子供たちがはしゃいでいるわ―
「アザがあるというだけで、あそこまで好かれるのだな」
―それだけ、彼の傍が居心地が良いという事です―
確かに、精霊ではないレイフォードでさえルカの傍は心から落ち着けるのだから、アザ持ちを愛する精霊たちが集うのも分かる。だが、自分が嫉妬深く独占欲が強い事を知ったレイフォードとしては、あまり見たくない光景ではあった。
見えないルカの周りを飛び回る精霊に僅かに眉を顰めたレイフォードを見て笑った精霊王は、しかし控えていた精霊たちを傍から離すと真剣な顔で話し始める。
―彼の事をお聞きになりたいんですね―
「さすがは精霊王。お見通しか」
―十年前の下界での事ですが、確かに竜妃は精霊によってとある状況から救われております―
「ある状況から救われている?」
―はい。ですが、その時の精霊は魔力の恩恵を得られないまま力を使ったので、その時点で消滅してしまっているのです―
「!?」
精霊には寿命というものが存在せず、本人たちの気紛れで生まれ変わる事が出来る。そんな精霊が消滅するとはどういう事か。
驚くレイフォードに目を伏せた精霊王は、両手を受け皿のような形にするとふっと息を吹き掛けて三体の精霊を浮かび上がらせた。
―この子たちはいち早く竜妃の存在に気付き、時折様子を見に下界へ降りていたようです。私はこの国の精霊王ですから下界の全ての事柄は分からないのですが、竜妃はある方の〝器〟としてこの世に生を受けたのです―
「器?」
―ルーヴェリエ侯爵家にはお一人、ご病気の方がいらっしゃいますね―
「…!」
それだけで精霊王が何を言わんとしているのか分かったレイフォードは、愕然として口元を押さえた。
侯爵家の長男であるクレイルは現在植物人間状態だ。精霊王の言う〝器〟がレイフォードの思うものだとしたら、例え下界の者だとしてもアッシェンベルグでの裁判になる。
それはいわゆる禁術であり、人も竜族も触れていいものではない。
「十年前、夫人はクレイルとルカの魂を入れ替えようとした…?」
―はい。そうしてこの子たちは術を発動させてあの村へ転移し、それにより力を使い果たして自然に還る事なく消滅してしまったのです―
「……すまないが、それはルカには伝えないでやってくれるか」
―承知しております。見えなくとも、彼が精霊を大切にしてくれている事は分かっていますから―
「助かる」
優しいルカの事だ。自分の為に精霊が犠牲になったと知ればショックを受けるだろう。それだけは見たくなかったが、どうやら彼女も同じ気持ちのようでホッとした。
両手を閉じ精霊たちの幻影を消した精霊王は、立ち上がるとふわりとルカの元へと移動し小さな身体を抱き締める。
「?」
さすがに何かを感じ取ったのかルカが顔を上げて不思議そうな顔をしていたが、レイフォードに気付くとふわりと微笑んだ。
ああして笑えるのも、十年前の恐ろしい出来事を忘れているからだろう。
(思い出さなくていい。ルカには、いつだって笑顔でいて欲しいからな)
死に向かう兄の為だけに自分が生まれ育てられたと思い出したら、きっとあの陽だまりのような笑顔は曇ってしまう。
それだけは何としても避けたいレイフォードは、ルカに悟られないよう侯爵家の件を片付ける事にし、世界樹の幹に抱き着くルカへと歩み寄った。
秘密裏に行われた鑑定の結果ルカは間違いなくジェリス・ミラ・ルーヴェリエである事が判明し、誕生日や血液型など不明だった事が全て分かったのだが、レイフォードは誕生日以外は本人には伝えなかった。
ちなみにルカは冬の生まれであったらしく、既に十八を迎えてしまっている。
当日に祝う事は出来なかったが、諸々が落ち着いたら何かしらしてやりたいとは思っているレイフォードは今少しずつ準備を始めていた。
メインでは十年前のルーヴェリエ侯爵家内で起こった事を調べつつ、ハルマンやソフィアの協力を仰ぎながらその時出来る事をしている状態だ。
「ルカ、もうすぐ着くぞ」
「うん」
銀色の翼を羽ばたかせて空を飛ぶレイフォードの腕に抱かれているルカは、そう言われてそっと下を覗き込んだ。
眼下には森が果てしなく広がっていて、少し先には青々と葉を茂らせた物凄く立派な大樹が存在している。この一帯は精霊の森といい、あの大樹は世界樹らしくその根はアッシェンベルグ全土に張られているそうだ。
「ルカがいるから、精霊の数が凄いな」
「そんなに?」
「ああ。生まれたばかりの精霊もいる」
そう言って笑いながら右から左へと視線を流すレイフォードにつられたように目をあちこちへ向けてみるが、どれだけ凝らしてもぼんやりとも見えなくて本当に残念だ。
(これだけ懐いてくれてるのに、俺には感じる事さえ出来ないのはなぁ…)
以前、耳を済ませた時に声は聞けたもののあれ以降はどれだけ頑張っても聞こえなくて、理由を聞いたらどうやらレイフォードが少し力を貸してくれていたそうだ。
ただ彼らの姿を見せる事は出来ないらしいから、ルカにとって精霊は今だ不思議な存在のままだった。
真下まで世界樹が迫った頃、レイフォードはゆっくりと地面に降り立つとルカを下ろす。
間近で見る世界樹は人が十人腕を広げたとしても囲えないくらい幹も太くて背が高く、木登りの出来そうな枝が遥か上空にあった。
「でっかー……」
「ルカ、少しだけ待っていてくれるか」
「はーい」
世界樹の根元へと近付いていくルカにそう告げ、精霊の森にしか存在しない宝花に鎮座している美しい女性へと歩み寄る。微笑みを湛えレイフォードを見つめる彼女は世界樹の精霊であり、この世界で一番最初に生まれた存在で精霊王と呼ばれていた。
移り変わる情勢のすべてをずっと見てきた彼女なら何かしら知っているかもしれない。
―お久し振りですね、竜族の王よ―
「ああ。久しいな、精霊王」
―……彼が貴方の竜妃ですね。ふふ、子供たちがはしゃいでいるわ―
「アザがあるというだけで、あそこまで好かれるのだな」
―それだけ、彼の傍が居心地が良いという事です―
確かに、精霊ではないレイフォードでさえルカの傍は心から落ち着けるのだから、アザ持ちを愛する精霊たちが集うのも分かる。だが、自分が嫉妬深く独占欲が強い事を知ったレイフォードとしては、あまり見たくない光景ではあった。
見えないルカの周りを飛び回る精霊に僅かに眉を顰めたレイフォードを見て笑った精霊王は、しかし控えていた精霊たちを傍から離すと真剣な顔で話し始める。
―彼の事をお聞きになりたいんですね―
「さすがは精霊王。お見通しか」
―十年前の下界での事ですが、確かに竜妃は精霊によってとある状況から救われております―
「ある状況から救われている?」
―はい。ですが、その時の精霊は魔力の恩恵を得られないまま力を使ったので、その時点で消滅してしまっているのです―
「!?」
精霊には寿命というものが存在せず、本人たちの気紛れで生まれ変わる事が出来る。そんな精霊が消滅するとはどういう事か。
驚くレイフォードに目を伏せた精霊王は、両手を受け皿のような形にするとふっと息を吹き掛けて三体の精霊を浮かび上がらせた。
―この子たちはいち早く竜妃の存在に気付き、時折様子を見に下界へ降りていたようです。私はこの国の精霊王ですから下界の全ての事柄は分からないのですが、竜妃はある方の〝器〟としてこの世に生を受けたのです―
「器?」
―ルーヴェリエ侯爵家にはお一人、ご病気の方がいらっしゃいますね―
「…!」
それだけで精霊王が何を言わんとしているのか分かったレイフォードは、愕然として口元を押さえた。
侯爵家の長男であるクレイルは現在植物人間状態だ。精霊王の言う〝器〟がレイフォードの思うものだとしたら、例え下界の者だとしてもアッシェンベルグでの裁判になる。
それはいわゆる禁術であり、人も竜族も触れていいものではない。
「十年前、夫人はクレイルとルカの魂を入れ替えようとした…?」
―はい。そうしてこの子たちは術を発動させてあの村へ転移し、それにより力を使い果たして自然に還る事なく消滅してしまったのです―
「……すまないが、それはルカには伝えないでやってくれるか」
―承知しております。見えなくとも、彼が精霊を大切にしてくれている事は分かっていますから―
「助かる」
優しいルカの事だ。自分の為に精霊が犠牲になったと知ればショックを受けるだろう。それだけは見たくなかったが、どうやら彼女も同じ気持ちのようでホッとした。
両手を閉じ精霊たちの幻影を消した精霊王は、立ち上がるとふわりとルカの元へと移動し小さな身体を抱き締める。
「?」
さすがに何かを感じ取ったのかルカが顔を上げて不思議そうな顔をしていたが、レイフォードに気付くとふわりと微笑んだ。
ああして笑えるのも、十年前の恐ろしい出来事を忘れているからだろう。
(思い出さなくていい。ルカには、いつだって笑顔でいて欲しいからな)
死に向かう兄の為だけに自分が生まれ育てられたと思い出したら、きっとあの陽だまりのような笑顔は曇ってしまう。
それだけは何としても避けたいレイフォードは、ルカに悟られないよう侯爵家の件を片付ける事にし、世界樹の幹に抱き着くルカへと歩み寄った。
992
お気に入りに追加
1,857
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる