竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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蓮の花のアザ

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 その秘匿性故に竜王のみが所在を知るという〝精霊眼〟を持つ女性は、ヘッドドレスについた布で目元を隠していて何とも不思議な雰囲気を纏っていた。

「陛下、お久し振りで御座います。覚えておいででしょうか」
「もちろん覚えている。父王の時以来だな。壮健で何よりだ、ユリア」
「ありがとうございます。陛下もお変わりないようで、安心致しました」

 どうやら古くからの知り合いらしい二人に、レイフォードが座る玉座の傍に立つルカは目を瞬く。
 膝に座るかと聞かれて断ったら今度は椅子を勧められたものの、何となく座る気にはならなかった為それも断ったルカは、顔は見えずとも優しい空気を醸し出す彼女をじっと見ていた。
 レイフォードは中央に立つルナリエへと視線を移すと、すっと目を細めて冷たく言い放つ。

「まず最初に伝えておくが、王女のアザが本物であろうとなかろうと私は貴女を娶るつもりはない」
「……え?」
「私にはルカだけがいればいいからな。さぁ、始めてくれ」

 レイフォードの釘を刺すような言葉にポカンとしたルナリエの傍にユリアが近付き、ヘッドドレスを外して素顔を晒したのだが、その瞳は七色の虹彩をしていてとても神秘的だ。
 そして竜族だけあって大変綺麗な人でもある。

「王女殿下、チョーカーを外して頂いても宜しいですか?」
「ええ」

 しなやかな手が首元のリボンチョーカーを外し長い髪を右に流すと、小さいが確かにアザのようなものがありルカは目をこらす。だが距離があるためその形までは分からない。
 ユリアは触れるでも近付くでもなくただじっとそのアザを見ていたのだが、しばらくして目を閉じるとルナリエから一歩下がってレイフォードに向かって頭を下げた。

「陛下、この方のアザは、限りなく蓮の花に近い形をしたで御座います」

 淡々とした声にレイフォード以外の時が一瞬止まる。
 数秒後に口火を切ったのはルナリエで、事態が飲み込めないのか呆然と声を漏らしたあと信じられないといった様子で首を振った。

「……は?」
「申し訳御座いません。本来ならチョーカーを外して頂かなくても分かるのですが、彫り物かどうかを知りたかったもので」
「そんな事はどうでもいいのよ!    貴女は何を言ってるの? これがただのアザ? いいえ、そんなはずないわ! 陛下、この者は嘘をついております。これが偽物だなんて…」
「〝精霊眼〟には嘘も誤魔化しも効きません。これは公にはされておりませんのでご存知ない方がほとんどですが、〝蓮の花のアザ〟には精霊にしか感じ取れない不思議な力があるのです」
「不思議な力?」
「はい。その力は精霊にとってはとても心地が良く好ましいもので、アザをお持ちの方は大層精霊から愛されます」
「!」

 それまで二人のやり取りを傍観していたレイフォードはその言葉を聞くなりハッとして隣に立つルカへと視線を移した。
 人間でありながら異様なまでに精霊に愛されている存在。

(まさか…)
「王女殿下の周りには精霊はいませんが、この中でただお一人だけ、たくさんの精霊に囲まれている方がいらっしゃいますね」
「ここまでは私も初めてだ」
「恐らく、私もいるからだとは思いますが…このように心が震えるような感覚は初めてです」

 実は先ほどからどんどん精霊が押し寄せて来ていて、謁見の間はこれまでにないほど大勢の精霊で溢れていた。ルカもルナリエも見えないからキョトンとしているが、見えている者はユリア以外全員が苦笑している。

「まさか、生きている間にアザをお持ちの竜妃様にお会い出来るとは思いませんでした」

 ルナリエに向けていた表情とは打って変わって嬉しそうな笑顔になったユリアは、ルカの方を向いて丁寧なカーテシーを取った。
 それに対し驚きと戸惑いで狼狽えるルカに深く膝を折る。

「お目にかかれて光栄です、竜妃様。貴方様こそが、本物のアザをお持ちで御座います」
「………え!?    お、俺!?」
「はい。これだけの精霊が笑顔で貴方様の周りを飛んでいますし、私自身胸の奥底から幸せな気持ちが溢れていますから、間違いありません」
「……あれ…そうだったんだ…」

 出会ってからそれなりに一緒にいるが、ルカがこれほどまでに困惑している姿は初めて見る。
 視線を落としたルカが呆然と零した言葉が引っ掛かったレイフォードは首を傾げて問い掛けた。

「ルカ、どこにあるか知っているのか?」
「内腿の…えっと、ここらへん」
「そんなところに…」

 人差し指でアザの在処を示してくれるのはいいのだが、それなりに際どい場所にありレイフォードも困ってしまう。確かにそこは本人以外気付かない。
 入浴の世話をしているソフィアでさえ知らないだろう。
 思わず想像してしまい気まずそうに視線を逸らしたら、ユリアに確認される前まで勝ち誇った顔をしていたルナリエが金切り声で叫んだ。

「馬鹿な事言わないで! どうして王女である私のアザが偽物で、田舎者が本物なのよ! 有り得ないわ!」
「有り得ないも何も、〝精霊眼〟を持つ者がそう言うのだから真実だろう」
「陛下、良く考えて下さいませ。私は一国の王女です。その私とその者、どちらを信じるのですか?」
「何を当然の事を…長年私に仕えてくれているユリアに決まっている」
「嘘…っ…嘘よ!    あんな田舎者に私が劣るだなんて、そんな事あっていいはずがない!」
「……それ以上ルカを侮辱するつもりなら、それ相応の措置を取る」
「……!」

 どれほど納得がいかなくてもどれだけ否定したくても、答えは完全に出た以上もうどう頑張っても何も覆らない。
 ガクリと膝をついたルナリエに溜め息をついたレイフォードは、立ち上がるとルカを抱き上げバルドーへと声をかけた。

「バルドー、王女がお帰りだ。丁重に送ってやれ。ユリアは私と来い」
「はっ」
「畏まりました」
「…っお待ち下さい! せめてご慈悲を…お情けを頂けませんか!?」

 もう話は終わりだとマントを翻し、ユリアを伴ってその場を立ち去ろうとしたレイフォードの背中にルナリエの必死な声が飛んでくる。
 それに足を止めたレイフォードからヒンヤリとした空気が出た事に気付いたルカは顔を上げようとしたが、大きな手に目元が覆われ小さく声を上げた。

「何故、私が情けをかける必要がある?」
「私は陛下をお慕いしております……せめて一夜だけでも…」
「断る。私はルカ以外を抱く気はない」

 キッパリと言い切ったレイフォードにこれ以上縋っても仕方がないと悟ったのか、ルナリエは泣き崩れバルドーとアルマに支えられるようにして謁見の間から出て行った。
 番にのみ生涯愛情を注ぐ竜族の王に対して良くもあんな事が言えたものだ。
 息を吐き、ルカの目を塞いでいた手を離すと眩しげに細めたあと何度か瞬きをする。その姿に表情を緩めたレイフォードは、微笑むユリアを促し今度こそ執務室へと向かった。
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