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二人きりのお茶会
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最近になって急速にルカの雰囲気が変わった気がする。
以前はただ無垢で無邪気な子供という感じだったのだが、少し前から大人びて見えるようにもなってふとした時の表情がドキッとする程美しいのだ。
書斎で調べ物をしているレイフォードは、初めてルカに〝大好き〟と言って貰えた日を思い出して頬を緩める。
ゆっくり少しずつ歩幅を合わせていけばいいと思っていただけに、あの日は本当に驚いた。
(ルカから触れてくれるようにもなったしな)
これまではレイフォードばかりが触れていたのだが、今では腕を広げれば抱き着いてくれるし、膝に乗せていると頬に触れてくれるようにもなった。おかげで我慢しなくてはいけない事が増えたが、ルカの笑顔がたくさん見られるようになってレイフォードは非常に充実した日々を送っている。
ウォルターとドニアには予想通りに極刑が言い渡された。
何故あんなにも黒髪に執着していたのかは知らないが、ドニアの男爵という立場を利用して同色の平民をうちで働かないかと唆して屋敷れ招き入れると、眠らせたのち命を奪い石膏で固めていたらしい。
ウォルターの屋敷にはその犠牲者と思われる黒髪の像が複数体飾られていて、それを見た兵士はあまりの異様さに嘔吐した者もいたという。
(人は見掛けだけでは分からぬな)
王だからといってその人となりを全て知っている訳ではない。
これ以上の揉め事はごめんだと溜め息をついたとき、扉がノックされハルマンが声をかけてきた。
「陛下、ルカ様がお茶をご一緒したいと申しておいでです」
「ああ、分かった。今日は温室に準備してくれ」
「畏まりました」
公務が落ち着いてからというもの、ルカは時折こうして誘ってくれるようになった。
今日のようにお茶の日もあれば、散歩に行こうと執務室に来る事もあるしるし、ただ顔を見に来るだけの時もある。食事もまた一緒に摂れるようになったから、ここに連れて来た頃よりも格段にルカとの時間が増えていた。
日々愛しさが募るのにまるで際限がない。
レイフォードは分厚い本を棚に戻すと、ルカを迎えに行くべく書斎をあとにした。
城の敷地内にある広大な庭園の一角には、気温の変化に敏感な植物が育てられている温室があり、常に一定の温度に保たれていて冬でも暖かい。
まるで室内バージョンの庭園のようで色とりどりの花で囲まれており、その中心にはレースのテーブルクロスが掛けられたガーデンテーブルと、二脚の椅子が置かれ既にセッティングされていた。
初めて足を踏み入れた温室に興味津々のルカは次から次へと気になった方へと走って行く。
危険な植物はいないが、転んで怪我でもしたら大変だと声をかければにこにこしながら駆け寄ってきた。
「見た事ない植物がいっぱいだ」
「この中でしか育てられないからな。寒くはないか?」
「平気」
向かい合って腰を下ろすとすぐにソフィアがお茶を注いでくれる。テーブルの上にはルカの大好きな焼き菓子がたくさん並べられていて、その中でもマーブル模様のクッキーを手にしたルカは、それをレイフォードに向けてはにかんだ。
「これ、レイが最初にくれたクッキーだ」
「あの時と同じ店の物だ。ルカ」
あの綺麗な缶に入っていたやつかと思っていたら不意に手を出され目を瞬く。だがすぐに意味に気付いたルカは肩を竦めて持っていたクッキーを渡し、口を開けて待っていると半分に割られて入れられた。
サクサクとした食感を楽しみながら咀嚼し両手で頬杖をつく。
「ずーっと食べさせて貰ってて今更だけど、面倒臭くないの?」
「私がしたくてしている事だからな」
「そうなんだ。変わってるな」
それもこれもルカが愛おしいからなのだが、竜族の番への給餌行動など知らないルカには不思議でしかないのだろう。
しばらく焼き菓子に視線を落としていたルカは、一口サイズのマフィンを取ると首を傾げてレイフォードの口元へと差し出してきた。
「あーん」
僅かに目を見瞠ると今度は言葉でも促され、レイフォードが微笑んで口を開ければコロンと中に入ってくる。それを噛み砕いて飲み込み、別のクッキーをルカへと食べさせようとした時小さな手がストップをかけてきた。
「?」
「落ち着かないから、膝に座ってもいい?」
「ああ。おいで」
確かに二人だけの時はいつも膝の上で食べさせていたし、小さめのテーブルとはいえ距離があるからそう思うルカの気持ちは分かる。
軽く椅子を引いてテーブルとの隙間を空け、傍まで来たルカを抱き上げて膝へと座らせるとレイフォードを見上げてにこっと笑った。それに微笑み返しこめかみへと口付けてルカの紅茶をこちら側へと寄せる。
「なぁ、レイ」
「ん?」
「俺が同じ気持ちって言った日から、おでことかほっぺたとかにそうしてくれるけど、それっておまじない?」
一瞬何の事か分からなかったレイフォードだったが、そういえば初めてした日に〝痛くなくなるおまじない〟だと言っていた事を思い出し苦笑する。あの時は半分以上は本心だったから気にもしていなかったが、何も知らないルカにしてみればまじないのままなのだろう。
ルカの額に唇を押し当てたレイフォードは、小さな身体を抱き締めると鼻先が触れそうな程近くまで顔を近付けた。
「今は違うな。ルカを好きだからしたくなるし、触れたくなるんだ」
「それ、俺も思った事ある。っていうか、今も思ってる」
「ルカならいくらでも触ってくれていい」
「じゃあ、俺もしていい?」
「もちろん」
柔らかな手が頬に添えられ、反対の頬にルカの唇が触れる。お礼ではなく恋人としての口付けにレイフォードは今までに感じた事のない程の幸せに胸がいっぱいになった。
すぐ離れてしまったが、もっと触れていたくて指の背で頬を撫でれば蒼碧の瞳が視線だけで見上げてくる。
「ルカ、目を閉じてくれるか」
「うん」
長い睫毛に縁取られた目蓋を素直に下ろすルカに目を細めたレイフォードは、薄桃色の唇を親指でなぞるとそっと自分の唇と重ね合わせた。一瞬身体が強張ったルカだったが、手を取ればゆっくりと力が抜け握り返してくれる。
あの時もそうだったから嫌がられる事はないだろうとは思ったが、何の疑問も持たないルカが素直過ぎて愛おしい。
(こうして少しずつでも、触れ合えるようになればいいんだがな)
ルカがちゃんと分かった上で受け入れてくれるまでは手を出すつもりはないが、さすがのレイフォードでも愛しい人を前にしていつまでもは耐えられる気がしない。
唇を離し、少しだけ恥ずかしそうに目を泳がせるルカに微笑んだレイフォードは、小さな身体を抱き締めゆっくりと息を吐いた。
以前はただ無垢で無邪気な子供という感じだったのだが、少し前から大人びて見えるようにもなってふとした時の表情がドキッとする程美しいのだ。
書斎で調べ物をしているレイフォードは、初めてルカに〝大好き〟と言って貰えた日を思い出して頬を緩める。
ゆっくり少しずつ歩幅を合わせていけばいいと思っていただけに、あの日は本当に驚いた。
(ルカから触れてくれるようにもなったしな)
これまではレイフォードばかりが触れていたのだが、今では腕を広げれば抱き着いてくれるし、膝に乗せていると頬に触れてくれるようにもなった。おかげで我慢しなくてはいけない事が増えたが、ルカの笑顔がたくさん見られるようになってレイフォードは非常に充実した日々を送っている。
ウォルターとドニアには予想通りに極刑が言い渡された。
何故あんなにも黒髪に執着していたのかは知らないが、ドニアの男爵という立場を利用して同色の平民をうちで働かないかと唆して屋敷れ招き入れると、眠らせたのち命を奪い石膏で固めていたらしい。
ウォルターの屋敷にはその犠牲者と思われる黒髪の像が複数体飾られていて、それを見た兵士はあまりの異様さに嘔吐した者もいたという。
(人は見掛けだけでは分からぬな)
王だからといってその人となりを全て知っている訳ではない。
これ以上の揉め事はごめんだと溜め息をついたとき、扉がノックされハルマンが声をかけてきた。
「陛下、ルカ様がお茶をご一緒したいと申しておいでです」
「ああ、分かった。今日は温室に準備してくれ」
「畏まりました」
公務が落ち着いてからというもの、ルカは時折こうして誘ってくれるようになった。
今日のようにお茶の日もあれば、散歩に行こうと執務室に来る事もあるしるし、ただ顔を見に来るだけの時もある。食事もまた一緒に摂れるようになったから、ここに連れて来た頃よりも格段にルカとの時間が増えていた。
日々愛しさが募るのにまるで際限がない。
レイフォードは分厚い本を棚に戻すと、ルカを迎えに行くべく書斎をあとにした。
城の敷地内にある広大な庭園の一角には、気温の変化に敏感な植物が育てられている温室があり、常に一定の温度に保たれていて冬でも暖かい。
まるで室内バージョンの庭園のようで色とりどりの花で囲まれており、その中心にはレースのテーブルクロスが掛けられたガーデンテーブルと、二脚の椅子が置かれ既にセッティングされていた。
初めて足を踏み入れた温室に興味津々のルカは次から次へと気になった方へと走って行く。
危険な植物はいないが、転んで怪我でもしたら大変だと声をかければにこにこしながら駆け寄ってきた。
「見た事ない植物がいっぱいだ」
「この中でしか育てられないからな。寒くはないか?」
「平気」
向かい合って腰を下ろすとすぐにソフィアがお茶を注いでくれる。テーブルの上にはルカの大好きな焼き菓子がたくさん並べられていて、その中でもマーブル模様のクッキーを手にしたルカは、それをレイフォードに向けてはにかんだ。
「これ、レイが最初にくれたクッキーだ」
「あの時と同じ店の物だ。ルカ」
あの綺麗な缶に入っていたやつかと思っていたら不意に手を出され目を瞬く。だがすぐに意味に気付いたルカは肩を竦めて持っていたクッキーを渡し、口を開けて待っていると半分に割られて入れられた。
サクサクとした食感を楽しみながら咀嚼し両手で頬杖をつく。
「ずーっと食べさせて貰ってて今更だけど、面倒臭くないの?」
「私がしたくてしている事だからな」
「そうなんだ。変わってるな」
それもこれもルカが愛おしいからなのだが、竜族の番への給餌行動など知らないルカには不思議でしかないのだろう。
しばらく焼き菓子に視線を落としていたルカは、一口サイズのマフィンを取ると首を傾げてレイフォードの口元へと差し出してきた。
「あーん」
僅かに目を見瞠ると今度は言葉でも促され、レイフォードが微笑んで口を開ければコロンと中に入ってくる。それを噛み砕いて飲み込み、別のクッキーをルカへと食べさせようとした時小さな手がストップをかけてきた。
「?」
「落ち着かないから、膝に座ってもいい?」
「ああ。おいで」
確かに二人だけの時はいつも膝の上で食べさせていたし、小さめのテーブルとはいえ距離があるからそう思うルカの気持ちは分かる。
軽く椅子を引いてテーブルとの隙間を空け、傍まで来たルカを抱き上げて膝へと座らせるとレイフォードを見上げてにこっと笑った。それに微笑み返しこめかみへと口付けてルカの紅茶をこちら側へと寄せる。
「なぁ、レイ」
「ん?」
「俺が同じ気持ちって言った日から、おでことかほっぺたとかにそうしてくれるけど、それっておまじない?」
一瞬何の事か分からなかったレイフォードだったが、そういえば初めてした日に〝痛くなくなるおまじない〟だと言っていた事を思い出し苦笑する。あの時は半分以上は本心だったから気にもしていなかったが、何も知らないルカにしてみればまじないのままなのだろう。
ルカの額に唇を押し当てたレイフォードは、小さな身体を抱き締めると鼻先が触れそうな程近くまで顔を近付けた。
「今は違うな。ルカを好きだからしたくなるし、触れたくなるんだ」
「それ、俺も思った事ある。っていうか、今も思ってる」
「ルカならいくらでも触ってくれていい」
「じゃあ、俺もしていい?」
「もちろん」
柔らかな手が頬に添えられ、反対の頬にルカの唇が触れる。お礼ではなく恋人としての口付けにレイフォードは今までに感じた事のない程の幸せに胸がいっぱいになった。
すぐ離れてしまったが、もっと触れていたくて指の背で頬を撫でれば蒼碧の瞳が視線だけで見上げてくる。
「ルカ、目を閉じてくれるか」
「うん」
長い睫毛に縁取られた目蓋を素直に下ろすルカに目を細めたレイフォードは、薄桃色の唇を親指でなぞるとそっと自分の唇と重ね合わせた。一瞬身体が強張ったルカだったが、手を取ればゆっくりと力が抜け握り返してくれる。
あの時もそうだったから嫌がられる事はないだろうとは思ったが、何の疑問も持たないルカが素直過ぎて愛おしい。
(こうして少しずつでも、触れ合えるようになればいいんだがな)
ルカがちゃんと分かった上で受け入れてくれるまでは手を出すつもりはないが、さすがのレイフォードでも愛しい人を前にしていつまでもは耐えられる気がしない。
唇を離し、少しだけ恥ずかしそうに目を泳がせるルカに微笑んだレイフォードは、小さな身体を抱き締めゆっくりと息を吐いた。
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