竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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初めての雪景色

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 ルカがウォルターに攫われてから一週間が経ち、城の中も落ち着いていつも通りの日常に戻った頃、本格的に訪れた冬によりチラつき始めた雪にルカは大興奮だった。

「寒い! けど全部真っ白だ!」

 冬とは無縁の温かい南の辺境に住んでいたルカにとって、初めて見て触れる雪はとても不思議で、どうして白いのか、どうして冷たいのか、どうして積もるのか、たくさんの疑問で溢れていた。
 空から落ちてくる雪はこの時期の間だけ精霊が気紛れで降らせるらしく、一瞬で止む時もあれば一晩中降って今みたいに道が隠れるくらい積もる事もある。
 ここ最近はルカが喜んでいるからか、積雪量が前期よりも明らかに多く露店商が嘆いていた。

「ルカ様、足元にお気を付け下さい」
「凄い、膝まで埋まるー⋯⋯うわ!」
「ルカ様!」

 厚手のコートにマフラーに手袋にブーツと、しっかり防寒対策を取ったルカははしゃぎながら雪を蹴るように歩いていたのだが、上手く足が上がらずにつんのめり顔から雪にダイブした。
 慌てて駆け寄ってきたリックスに抱き起こされるが、思ったよりも柔らかな感触にしゃがみ込みバシバシと手で叩いてみるとどんどん固められていくから面白い。

「見て見て、リックス。固まる」
「そうですね。あ、ルカ様、雪を集めて丸めてみませんか?」
「丸める?」
「はい。大きな玉になったら素敵な物が出来上がりますよ」

 素敵な物ってなんだろうと思いつつも、リックスに教えて貰いつつ雪を歪ながらも円形にしたあと転がしていくとどんどん大きくなる。両手で転がせるくらいにはなったが、もう少しもう少しと言われ、ルカの胸くらいまでの高さがある玉が出来た。
 更にもう一つ、先程のよりは小さめの(それでも大きい)雪玉を作るとリックスが上に重ねてくれて、ルカよりも背の高い不思議な形の二段タワーになる。

「⋯⋯何これ?」
「もう少しお待ち下さいね」

 首を傾げつつ見ていると、どこから出したのか先が三つに別れた枝が二本と、大きめのボタンが沢山入った箱。それから先の尖ったブロックを準備してまずは枝をルカに渡してきた。

「ルカ様、これを下の雪玉の両側に刺して頂けますか?」
「えーっと⋯こう?」
「お上手です。次はこのボタンを、そうですね⋯この辺りに二つ」
「ん」

 言われた通りに刺したり着けたりしていたら何となく形になって来て、ルカは僅かに首を傾げた。
 上の玉はまるで顔みたいになってきたし、下はバンザイした腕が生えた身体みたいになってる。

「あとはこれをここに着けたら完成です」
「何か、人みたいだ」
「雪だるまって言うんですよ」
「雪だるま?」

 丁度顔のようになっている玉の中心に、尖った方をこちらに向けたブロックが埋め込まれる。どういった存在なのかは分からないが、初めてみる雪だるまに興味を持ったルカは、何とも言えない表情をしている顔を指で突ついてみた。
 しばらくツンツンしていたが、ある事に気付いてしゃがむと再び雪を丸め始め、それを見たリックスは首を傾げる。

「どうされました?」
「一人は寂しいから、家族も作る」
「それは素敵ですね」

 何よりも家族を大切にするルカだからこその発想だろう。
 今は寒い事と雪で怪我をしてしまっては大変だからと会う事を控えているが、雪が解ける頃にはまた庭でお茶が出来るようになるはずだ。
 せっせと作る後ろ姿に心が暖かくなったリックスは、自分も手伝おうと腰を落とし雪玉を丸め始めた。

 ルカの腰までと小さめだが、夢中になって作っていた為気付けば総勢十体の大家族になっており、途中で材料がなくなってしまうハプニングはありつつもルカは満足げに頷く。

「良かったなー、お前」
「心做しか、雪だるまも嬉しそうですね」
「お前は雪だるまの王様だから、ちゃんとみんなを守ってやるんだぞ」

 最初に作った一番大きな雪だるまの顔を軽く叩いて笑ったルカは、庭から見える執務室の窓を見上げると目を細めた。
 ここにいる事に気付いて欲しいって思うのは我儘だろうか。



 ルイード伯爵夫人の事件からこっち、またしても貴族が不祥事を働いたせいで大臣を始めとした貴族の連中からルカの存在を問題視する声が上がってきた。どれもルカは被害者だというのに、まるで彼が諸悪の根源だとでもいうような言い方には腹が立つ。
 誰に何を言われようともルカ以外を選ぶつもりはないレイフォードは、目の前の書類を見て溜め息をついた。

「ウォルター卿は半身不随となったようだな」
(ルカに渡した耳飾りが発動しなかったのは、ウォルターに敵意がなかったからか⋯)

 彼は異常な程にルカの黒髪とルカ自身に懸想していたらしく、耳飾りの発動条件には至らなかったらしい。
 ルカを取り戻してすぐに突然ので命は繋いだものの下半身に麻痺が残ったウォルターは、余罪もある為ドニアと共に現在取り調べを受けている。
 恐らくは形だけの裁判が開かれ二人とも極刑が言い渡されるだろう。

「ヴィオラ嬢の、マール男爵が黒髪の者を囲っているという話がここで繋がるとは思わなかったな⋯」
「陛下、そろそろご休憩されませんか?」
「⋯ああ、これが終わったらそうする」

 先程室内へと入って来たハルマンに心配そうに言われついつい息が漏れる。
 ただでさえ数日前からルカと食事を摂る時間も作れていないのに、最近は休む暇さえない。せっかく同じ気持ちになれたのに触れ合う事も出来なくて、レイフォードはいい加減ルカを構いたくて仕方がなかった。
 書類を読み込んでサインをしてから、疲れて掠れる目を親指と人差し指で揉み背凭れへと深く寄り掛かる。小さな音がして紅茶が置かれ、ふわりと芳醇な香りが舞った。

「おや?」

 ふと窓の外へと視線をやったハルマンが声を上げる。それに反応すると指を差され、怪訝な顔をしながらも立ち上がりハルマンが見ている方を見て破顔した。
 降り積もった雪の中、着膨れしたルカがリックスと共にせっせと何かを作成しているのだが、遠目にもその表情は楽しそうで安堵する。

「ルカ様がいらしてから、この城の中は明るくなりましたね」
「そうだな」
「私にも気さくに話しかけて下さいますよ」

 どうやら雪だるまを大量生産しているようで、一番大きな雪だるまの横にルカよりも小さなものを並べている。
 微笑ましい光景を眺めていると、不意にルカが此方を見上げてきた。
 庭から執務室が見える事を知っているから、もしかしたらと思い窓を開けて顔を出せば途端に嬉しそうな顔をして大きく両手を振るものだから堪らなくなる。

「レイー!」
「遊ぶのは構わないが、風邪を引かないようにな」
「大丈夫! 俺、風邪引いた事ない!」

 それは凄いなと感心していたら、いきなりしゃがみ込んだルカが新しく小さな雪だるまを作り差し出してきた。目を瞬きながらもハルマンに一言告げて窓枠に足を掛け、翼を出して飛び降りるとルカが必死に雪を掻き分けながら近付いてくる。
 覚束ない足取りに慌てて傍まで行き肩を支えるとヘラリと笑って再び雪だるまを見せてきた。

「これあげる。あそこ、窓の出っ張ってるとこに飾ってよ」
「ああ、ありがとう。冷え切ってるな」
「レイの手あったかー」

 片手で雪だるまを受け取り赤くなっている頬に触れると、目を細めて擦り寄せてくる姿がルカとの距離が縮まった事を表しているようで心が暖かくなる。

「そろそろ部屋に戻った方がいい」
「んー、そうだな。⋯⋯なぁ、レイ」
「ん?」
「今日は夕飯、一緒に食べられそう?」

 レイフォードが忙しくしている間、ルカが一人で食事を摂っている事は知っていた。使用人が同じテーブルにつくことは出来ないから仕方のない事だが、きっと寂しくさせているだろう事も分かっていたからそう聞かれて胸が痛くなる。
 現在領主が不在となっている地方の問題に一刻も早く着手しなくてはいけないのに、こんな表情をされると全てを放り出して傍にいてやりたくなるのだから相当だ。

「一人で食事をさせてすまなかった。今日は一緒に食べよう」
「ホントに? 約束?」
「ああ、約束だ」

 しゅんとしていた顔が一瞬にして明るくなり、しっかりと頷けば嬉しそうにはにかむ。ころころと変わる表情に愛しさが募りレイフォードは冷えた額へと口付けた。

「少し遅れるかもしれないが、必ず行くから」
「分かった。待ってるな」
「ああ」

 頬から手を離してルカの髪を撫で再び翼を広げて飛び立つと、執務机に一番近い窓の少し外に突き出た場所に雪だるまを置いて中へと入り、閉める前にともう一度ルカを見下ろせば笑顔で手を振ってくれる。
 それに返して今度こそ窓を閉じると、穏やかな顔をしているハルマンがいて思わず苦笑してしてしまった。
 冷めただろう紅茶は淹れ直してくれたのか湯気が立っている。
 相変わらず高く積まれて減らない書類に溜め息を溢しつつ椅子に座ったレイフォードは、さっそく公務を再開する為紅茶それを一口飲んでから紙の山へと手を伸ばすのだった。
 早く落ち着いて、ルカとの時間を作りたいものだ。


 その夜、約束通りレイフォードと一緒に夕飯を食べた(食べさせて貰った)ルカはホクホクとした気持ちで湯浴みをして、気分の良いままベッドに入ったのだが夢でもレイフォードと過ごせて次の日は朝からご機嫌だった。

「何かいい事でもありましたか?」
「内緒ー」

 柔らかく微笑むソフィアにそう聞かれたが、ルカは自分だけの胸にしまっておく事に決めて悪戯っぽく笑いながらそう答える。
 その表情が何とも言えないくらい可愛くて、ソフィアが内心で悶えていた事には気付かなかった。
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