竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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消えた少年

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 自分が行けないからと渋っていたレイフォードから無事に町へ降りる許可を貰ったルカは、アルマとリックス、それからいつもより身軽な服装をしたセノールと共に本屋へと来ていた。
 今日もフードを目深に被らされてはいるが、これが自衛になる事は分かっている為文句はない。
 初めての本屋に興味津々のルカは、店内をあっちへこっちへ行っては気になった本をリックスに見せていた。

「随分と仲良くなられたのですね」
「⋯あの方、基本的には人懐っこいですから」
「はは、確かに」
「ですが、純粋過ぎます」

 初めて会った時、セノールはその外見から感じた頼りなさにわざと本性を見せて反応を窺ったのだが、ポカンとはしつつもすぐにそれもなくなり、以降は普通に話し掛けてくるルカに感心はしていた。
 感情が分かりやすく表に出るからか、本を読んでいる時も一人で百面相しており見ているだけで面白い。おかげで退屈でしかなかった管理業務が楽しくはなったが、あまりにもルカが素直な為今度は心配になってきていた。
 それを聞いたアルマは苦笑し、セノールが手にした本を受け取って重ねていく。

「竜妃様となられるなら、もう少し人を疑う心を持つべきかと」
「それは⋯ルカ様がお聞きになったら、さぞかし不思議そうな顔をされるでしょうね」
「⋯⋯出来れば僕は、ルカ様には笑っていて欲しいので」
「みなそう思っておりますよ」

 ルカには精霊だけでなく人を惹き付ける何かがある。稀に悪意を向けられる事もあるが、ほとんどの人はあの無邪気な笑顔に心を動かされるのだ。
 短い時間の中でルカの人となりを知り、管理者としてではなく〝友人〟としてセノールはルカを気に入っていた。

(未来の竜妃に友達とか烏滸がましいだろうけど、アイツならきっと許してくれるんだろうな)

 少し離れた場所で仕掛け絵本を見付けたルカは大興奮で指を差していて、見るからに楽しそうな様子に柔らかく微笑んだセノールは、それに気付いて驚いたアルマには気付かず違う場所にある仕掛け絵本を手に取った。



 さっきから奇妙な感覚がしている。
 誰かに見られているような、ねっとりとした纒わり付く何かにルカは無意識に眉を顰めた。

(何か、気持ち悪いな⋯)

 この嫌な感覚はどこかで感じた覚えはあるのだが思い出せない。
 粟立った肌を宥めるように手で擦っていたら、気付いたリックスがどこから出したのかストールを肩に掛けて顔を覗き込んできた。

「冷えましたか? 温かいお飲み物でも買って来ましょうか」
「あ、ううん。大丈夫」
「ルカ様にお風邪を引かせては陛下に叱られてしまいます」
「大袈裟じゃないか?」
「今すぐお城にお戻りになっても宜しいんですよ?」
「あー、温かい飲み物欲しくなってきたかもー」

 まだ帰りたくないルカは棒読みながらも慌てて言い直し、それにクスリと笑ったリックスは動かないようにと念置いて、アルマへと一礼してからカフェへと走って行った。
 それを見送るルカの傍に立ったセノールは、背の高いアルマを見上げて呆れたように指を差す。

「陛下もローレン団長も、ルカ様には相当過保護ですよね」
「司書官殿もルカ様には甘いと思いますよ」
「お⋯っ⋯僕は、別に⋯」

 ギクリと肩を跳ねさせたセノールは危うく素で否定しそうになり、一拍置いて言い直すと僅かに赤くなった顔を隠すようにフードを被る。それを見て柔らかく微笑んだアルマは、焼き物の湯気を立たせている露店をじっと見ているルカに気付いて声を掛けた。

「ルカ様、お召し上がりになりますか?」
「⋯ばあちゃん?」
「ルカ様?」

 だが、いつもならすぐに返事をしてくれるはずのルカは、こちらへ向こうともせず真っ直ぐ前を見て驚いたように何かを呟く。不思議に思いルカの視線の先へと目を移した瞬間、ルカが弾かれたように走り出した。

「ルカ様!」
「え、え?」
「司書官殿、リックスを呼びに行って頂けますか? 私はルカ様を追い掛けます!」
「わ、分かりました⋯!」

 困惑しながらもカフェに向かったセノールを見てルカのあとを追う。小柄故か器用に人の間を抜けて行くルカと違い、体躯のいいアルマは戸惑う人たちに避けて貰わなければいけない為なかなかに難儀していた。

「ばあちゃん!」
「ルカ様! それ以上はいけません! ⋯⋯くそっ、このままじゃ見失う⋯!」

 アルマには見えないもののどうやらルカはここにはいないはずの祖母を追い掛けているらしく、野山を駆けていた脚力を遺憾なく発揮されてどんどん距離が出来てしまう。気配を追おうにも竜族で溢れている場所では人間の気は薄れてしまい、フードが脱げたのか黒い髪が曲がり角へと消えていった。
 アルマが急いでそこを曲がるとルカは足を止めてキョロキョロしており、酷く困惑している様子が窺える。

「ルカ様⋯っ」
「アルマ、今、確かにばあちゃんがいて⋯⋯え?」
「ルカ様!?」

 ようやく追い付いたと息を吐き路地へと足を踏み入れた瞬間、焦ったように振り返ったルカの姿が光に包まれて見えなくなり、慌てて伸ばした手が空を切る。
 あとには薄暗い袋小路があるのみで、ルカは影も形もなくなっていた。

「ブラウウェル副隊長!」
「ルカは!?」
「⋯⋯消えてしまわれた」
「!?」

 少ししてバタバタと駆け付けたリックスとセノールが問い掛けてきたが、アルマも訳が分からず呆然と答える事しか出来ない。サッと青褪めたのはリックスで、どうにか痕跡はないかと奥まで入って行ったが結局手掛かりさえも掴めず歯噛みした。

「城へ戻ろう」

 事態が飲み込めないままではあるが、直ちに王へと報告をしなければとアルマは愕然としているセノールの肩を抱いてそう促すと、再び路地へと視線を移した眉根を寄せた。





「お前たちがいながらどういう事だ!」

 帰城後、セノールを図書館へ戻し執務室にいるレイフォードへ事の次第を報告したアルマとリックスに王の叱責が飛ぶ。
 滅多に声を荒げない主の怒鳴り声に傅いた二人はほぼ同時に頭を下げた。

「申し訳御座いません!」
「私がついていながら、みすみすルカ様を拐かされてしまいお詫びの言葉も御座いません」
「ブラウウェル副隊長だけの責では御座いません! 私がお傍を離れなければ⋯っ」

 隊長格が二人いてこの体たらく。
 だがレイフォードとてアルマとリックスが力不足とは思っていない。アルマの話では光に包まれて消えたという事だから、恐らくは転移魔法を使ったのだろう。

(ルカが路地に入った瞬間作動するようになっていたのか? 竜族は貴族階級が上に行く程魔力数値も高い。 転移魔法が使える階級は伯爵家以上だが)

 よもや同族の貴族が関わっているとは思いたくないが、人間には魔力自体がない為何をどう否定しても竜族の、それも上級貴族による犯行は確定的だった。
 レイフォードは顎に手を当て表情を厳しくする。

「それにしても、ルカの祖母君がいたというのは一体⋯」
「私には見えませんでしたから、ルカ様をおびき寄せる為に幻術のようなものを使ったのではないかと⋯」
「幻術⋯」

 魔力が強ければ造作もない事ではあるだろうが、そんな手を使ってでもルカを連れて行きたかったのか。 
 ルカを攫った奴はルカが竜妃となる事をよしとしない者か、はたまたよほどルカを欲している者かのどちらかだろう。
 どちらにしろ、レイフォードの怒りを買った事は確かだ。

(ルカには私の魔力を注いだ耳飾りを渡している。万が一命に関わるような危険が迫っても一時はどうにかなるが⋯⋯問題は、発動しなければ居場所が分からない事だ)

 急ぎで作らせた代物だから望むもの全てを賄う事が出来なかった。せめて現在地を特定する機能くらいは付加してから渡すべきだったかと今更ながらに後悔する。
 王命で伯爵家以上の貴族を招集する事も可能ではあるが時間が掛かるだろうし、手当たり次第に訪問したところで素直に案内してくれるとも限らない。

(とにかくルカを探さなければ⋯⋯ん?)

 不安と焦りを抱きつつも最善の方法は何かと考えていると、不穏な空気を湛えた精霊たちが執務室へと入ってきた。瞬間空が光り、叩き付けるような雨が降り注ぐ。
 どうやらルカの様子を見に来た精霊がレイフォードたちの話を聞き怒り心頭となったようだ。

―おうさま、わたしたちにまかせて―
―ルカのいるばしょ、みえるから―
―あんないする―

 精霊はこの国の至るところに存在している。離れていても精霊同士なら意思疎通が出来る為、人一人を捜す事など造作もないのだろう。
 しかもルカは精霊に気に入られているから、最悪の場合一つの家門が今日には消えてしまうかもしれない。
 だがレイフォードはそれでもいいと思っていた。

「バルドー、すぐに近衛隊を集めろ。ルカを救いに行く」
「はっ」
「リックスは副団長を連れて近衛隊の補佐に回れ」
「畏まりました」
「私の大切な人に手を出した報いは嫌という程受けて貰う」

 この世界の頂点に立つ竜王と、この世界の根源ともいえる精霊を怒らせた事を死ぬ程後悔すればいい。
 窓の外で轟く雷鳴へと視線を向けたレイフォードは、どうかルカが傷付いて泣くような事がないようにと強く願った。
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