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図書館の管理者
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翌朝、扉がノックされる音で目が覚めたルカは、ぼんやりと身体を起こしたものの眠さのあまり再びクッションへと突っ伏した。
満足に思考が働いてなくて目蓋が閉じそうになった時再びノックされ、ノロノロと扉の方へと顔を向けまだ半分寝ている頭で返事をしたら、ソフィアが入って来て微睡んでいるルカの様子にクスリと微笑む。
「おはようございます、ルカ様」
「んー⋯はよー⋯」
「今日は一段と眠そうですね。もう少しお休みになられますか?」
「⋯⋯起きる」
一瞬その誘惑に負けそうになったけど、今寝たら昼まで寝てしまいそうだからと気合いを入れて起き上がる。
すぐにソフィアから渡された濡れタオルで顔を拭けば幾分か眠気も薄れ、それでも欠伸を零しながらベッドから降りたルカはチラリとレイフォードの部屋へと続く扉を見た。
「陛下でしたら、先にご準備を終えられてご公務に行かれましたよ」
「ホント早起きだな⋯」
レイフォードのベッドで目が覚めた時も先に起きていたし、それ以外でもルカが起きる頃には既に仕事を始めていて、寝る時間も知らないからちゃんと休めているのか心配になる。
いつものように口を濯ぎ果実水でスッキリさせたらソフィアが用意してくれた服を着せてくれるのだが、何度して貰ってもこればかりは慣れない。
冬に入る前にと厚めで裾の絞られた服に変わったが、重ね着用の物はやっぱりヒラヒラしていていっそ誰かの趣味かとも思った。暖かいのは有り難いが、貴族の令嬢だってもっと重たそうな服を身に着けているのに。
いつものように鏡台の前に座りソフィアに髪を整えて貰っていたら、何かに気付いたソフィアが「あら?」と声を上げた。
「ルカ様、素敵な耳飾りをされていますね」
「? ⋯⋯ああ、そういえば昨日レイに御守りだって貰った」
「ふふ、確かに強力な御守りですね」
「そうなのか?」
「何があっても、ルカ様を守って下さいますよ」
そんなに凄いものなのかと鏡に近付いて耳飾りを見てみると、青とも緑とも紫とも取れる不思議な色味をした小さな雫型の宝石が揺れていて、ルカが頭を振るたびにキラキラと光を放つ。
何よりもレイフォードがくれた物だから、ルカには御守りとして以上の価値があった。
「朝食後はどうされますか?」
「そうだなぁ…もう少し本を読んで文字の勉強したいかも」
「でしたら図書館に行きましょうか」
「としょかん?」
「本がたくさん保管されている場所です。あとで陛下に許可を頂きに行きましょうね」
柔らかいブラシで丁寧に髪を梳いてくれるソフィアを鏡越しに見ているとにこりと微笑まれる。それからサイドの髪が掬い上げられ、編み込まれて後ろで一纏めにされた。
「今日は一緒に朝ご飯食べられるかな」
「ルカ様⋯」
「ほら、レイがいなかったら俺一人だろ? ばあちゃんもいないし、ちょっと寂しいなって」
村にいた時は祖母との食事が日常だったし、ここに来てからもレイフォードに食べさせて貰う事が当たり前になっていたから、あの広い食堂で一人で食べている現状は味気なくて仕方なかった。
言い訳のようになってしまったものの本心を言えば、眉尻を下げて笑ったソフィアが頭を撫でてくれる。
「ルカ様は、もう少し我儘を仰ってもいいと思います」
「忙しいって知ってるのに言えないよ」
「きっと陛下はお喜びになりますよ?」
「喜び…はしないんじゃないか?」
バタバタしている時に、一緒にご飯を食べたいから自分の為に時間を作ってなどと言われたら、さすがのレイフォードでも怒るのではないだろうか。
苦笑するルカに「そんな事ありませんよ」と答えたソフィアは、結った部分に何かを挿すと満足そうに頷いた。
「陛下は、ルカ様の我儘なら何でも聞いて下さいますよ」
「乳母の勘?」
「いいえ、事実です」
どうしてか妙にキッパリと言い切るソフィアに首を傾げたルカは、ソフィアが片付けをしている姿をぼんやりと見ながらそっと指先で耳飾りに触れた。
朝食後、レイフォードからあっさりと許可が出て別棟にある図書館に向かったルカは、中に入った瞬間の光景に驚くと同時に感動していた。
四層に分けられた本棚は壁全面に備え付けで高い高い天井にまで届いており、一層ごとに手摺り付きの通路と移動式の梯子が掛けてある。各層へは階段で行けるようにはなっているが、今ルカがいる一層目の本でさえ読み切れる自信がないほど本で溢れていた。
全ての本棚にみっちりと本が詰まっている。
「⋯⋯⋯⋯」
「ルカ様?」
入室するなりポカンとしたまま黙り込むルカに、リックスが不思議そうに声をかけてきた。それにハッと我に返り、照れ笑いを浮かべると奥から足音が聞こえ、白いマントを羽織った青年がこちらへと歩いてくるのが見えルカは目を瞬く。
「司書官殿」
「お待ちしておりました。初めまして、ルカ様。僕はこの図書館の管理を任されております、セノールと申します」
「初めまして、ルカです」
間近で見る彼―セノールは見た目の年齢も身長もルカとあまり変わらないように見えるが、竜族なのだからルカよりは圧倒的に長く生きているだろう。何せこの膨大な量の本の管理を一人でしているようだし、レイフォードから信頼されているということだ。
セノールはルカを見て一瞬無になったものの、頭を下げると「こちらへどうぞ」と先立って歩いてくれる。
「ではルカ様、私は外で待機しておりますので、必要な物が御座いましたらお声がけ下さい」
「え、一緒に入らないのか?」
「騎士は入室出来ないのです」
どうりで扉をくぐらない訳だ。
何だそれと思いつつも、ここは竜の国である。ルカの知らない決まり事があってもおかしくはないと口にはせずに頷いたら、リックスはにこりと笑って頭を下げ扉を閉めた。
それを見てからセノールへと振り返ると、思いっ切り顔を顰められていて驚く。
「過保護過ぎだろ」
「え?」
「図書館にくらい一人で来いよな、ったく」
リックスがいなくなった途端口が悪くなったセノールに呆気に取られていると、ニヤリと笑ったセノールは図書館内に置かれたテーブルとソファがある場所に向かいながらぶちぶちと零し始める。
「それにしても、陛下がやーっとその気になった相手だっつーからどんな美人なのかと期待してたら、まさかの男とはなー」
「?」
「見た目はいいけどまんまガキじゃん。人間って生きてきた年数で年取ってくんだろ? お前いくつ?」
「じゅ、十五~十七って聞いた」
「自分の年も分かんねぇの?」
「捨て子だったから」
「⋯⋯⋯⋯あー、えっと、それは悪かった」
喧嘩腰だったから怖い人なのかと思っていたら、素直に謝られて今度は困惑する。もしかして、言い方がキツいだけで本当は優しい人なのかもしれない。
セノールはソファにルカを座らせると、腕を組んで見下ろしてきた。
「で? 何が読みてぇの?」
「あ、えっと⋯なるべく文字数が多い物語の本、とか」
「どういうやつ?」
「怖いのと難し過ぎなければどんなのでも」
「ふーん⋯⋯じゃあここらへんかね」
ルカの注文に少し考えたセノールは、両手を天井の方へ向けて目を閉じ何かを呟く。空気がふわりと動いて、本棚から独りでに本が抜かれてセノールの手の中に集まってきた。
(うわぁ⋯)
目の前で繰り広げられる光景に声もなく感動していると、数冊重なったところで止まりそれがテーブルの上に置かれる。
「この中で読めないのがあったら言え」
「あ、ありがとう」
「俺は仕事してるから。あんまウロチョロすんなよ」
「うん」
そう言ってセノールは奥へと消えて行き、残されたルカはそれを見送ってからテーブルの上に積まれた本を一冊手に取り広げる。
不思議と彼の口調には嫌な気持ちにならなかった。
口は悪いけど根は優しく面倒見が良いセノールと、素直で明るく真っ直ぐなルカが仲良くなるのはさほど時間はかからなかった。
「蓮の花のアザについて?」
「そう。俺知らないからさ、ちゃんと形を知りたいっていうか、どんなのかなって」
「俺も良くは知らねぇけど、アザ持ちの竜妃についての文献って禁書になってるから、王族以外は見れねぇんだよ」
「そっか⋯だから誰も教えてくんないのか」
気温が一桁台にまで下がり始めてきた今日この頃。ルカはここ最近は毎日のように通っている図書館でセノールとお喋りしていた。
アザ持ちが希少なのは祖母の話で知っていたけど、そこまで秘匿扱いされているとは思わなかったルカは肩を落とす。そんな様子に少し慌てたセノールは、メイドが淹れてくれた紅茶を飲むとわざとらしく声を上げた。
「アザを偽装する奴がいるからな。かなり昔はホントひどかったらしい。偽物だらけだったって」
「偽物⋯」
「そ。彫り師に頼んでわざわざ彫るんだと。無駄な努力だよな」
「というか、痛そう」
そうまでして竜王の妃になりたいのかとは思うが、レイフォードほど素敵な人なら当然かと納得もしてしまう。
無意識に太腿を撫でていると、気付いたセノールがどこからかブランケットを出して膝へと掛けてくれた。
「冷えたか? 本が傷むからあんま部屋の温度上げられないけど、寒いんなら遠慮なく言えよ」
「ありがとう、セノール」
「ん。今日はどれ持ってくんだ?」
「そうだな⋯⋯これにする」
「オッケー」
さっきまで読んでいた物語本を見せたら、セノールは頷いて表紙に触れ何かを呟く。
図書館の本には全て持ち出し出来ないよう制限魔法が掛けられていて、勝手に持って行こうものなら本は燃え上がり犯人は出禁になるらしい。燃えて大丈夫なのかと思ったが、セノールはここにある本すべてを記憶していて修復が可能なのだという。
初めて聞いた時はぶったまげたものだ。
「ほら」
「ありがと。じゃあ俺、部屋に戻るな」
「おー。⋯あ、明日は俺いねぇから」
「何で?」
「町の本屋に用があってな」
ルカが読み終わった本を指先で動かして元に戻しながらセノールは答えてくれたが、それを聞いたルカは「俺も行きたい!」と声を上げた。
途端に眉を顰めたセノールは既に行く気満々のルカを見て内心で溜め息をつく。
(コイツ⋯自分がどんだけ重要な立場にいるか分かってねぇのか?)
「セノール?」
「⋯陛下からちゃんと許可取れたらな」
「取ってくる!」
思い立ったが吉日とばかりに扉の方へと駆け出し、こちらに手を振ってから出て行ったルカはリックスの慌てた声と共に遠のいていき、やがて足音も聞こえなくなる。
その慌ただしさに苦笑し静かになった館内を見渡したセノールは、恐らくは許可をもぎ取って来るだろうルカの姿を想像して口元を緩めると、頭を掻きながら仕事場である奥の扉へと足を進めたのだった。
満足に思考が働いてなくて目蓋が閉じそうになった時再びノックされ、ノロノロと扉の方へと顔を向けまだ半分寝ている頭で返事をしたら、ソフィアが入って来て微睡んでいるルカの様子にクスリと微笑む。
「おはようございます、ルカ様」
「んー⋯はよー⋯」
「今日は一段と眠そうですね。もう少しお休みになられますか?」
「⋯⋯起きる」
一瞬その誘惑に負けそうになったけど、今寝たら昼まで寝てしまいそうだからと気合いを入れて起き上がる。
すぐにソフィアから渡された濡れタオルで顔を拭けば幾分か眠気も薄れ、それでも欠伸を零しながらベッドから降りたルカはチラリとレイフォードの部屋へと続く扉を見た。
「陛下でしたら、先にご準備を終えられてご公務に行かれましたよ」
「ホント早起きだな⋯」
レイフォードのベッドで目が覚めた時も先に起きていたし、それ以外でもルカが起きる頃には既に仕事を始めていて、寝る時間も知らないからちゃんと休めているのか心配になる。
いつものように口を濯ぎ果実水でスッキリさせたらソフィアが用意してくれた服を着せてくれるのだが、何度して貰ってもこればかりは慣れない。
冬に入る前にと厚めで裾の絞られた服に変わったが、重ね着用の物はやっぱりヒラヒラしていていっそ誰かの趣味かとも思った。暖かいのは有り難いが、貴族の令嬢だってもっと重たそうな服を身に着けているのに。
いつものように鏡台の前に座りソフィアに髪を整えて貰っていたら、何かに気付いたソフィアが「あら?」と声を上げた。
「ルカ様、素敵な耳飾りをされていますね」
「? ⋯⋯ああ、そういえば昨日レイに御守りだって貰った」
「ふふ、確かに強力な御守りですね」
「そうなのか?」
「何があっても、ルカ様を守って下さいますよ」
そんなに凄いものなのかと鏡に近付いて耳飾りを見てみると、青とも緑とも紫とも取れる不思議な色味をした小さな雫型の宝石が揺れていて、ルカが頭を振るたびにキラキラと光を放つ。
何よりもレイフォードがくれた物だから、ルカには御守りとして以上の価値があった。
「朝食後はどうされますか?」
「そうだなぁ…もう少し本を読んで文字の勉強したいかも」
「でしたら図書館に行きましょうか」
「としょかん?」
「本がたくさん保管されている場所です。あとで陛下に許可を頂きに行きましょうね」
柔らかいブラシで丁寧に髪を梳いてくれるソフィアを鏡越しに見ているとにこりと微笑まれる。それからサイドの髪が掬い上げられ、編み込まれて後ろで一纏めにされた。
「今日は一緒に朝ご飯食べられるかな」
「ルカ様⋯」
「ほら、レイがいなかったら俺一人だろ? ばあちゃんもいないし、ちょっと寂しいなって」
村にいた時は祖母との食事が日常だったし、ここに来てからもレイフォードに食べさせて貰う事が当たり前になっていたから、あの広い食堂で一人で食べている現状は味気なくて仕方なかった。
言い訳のようになってしまったものの本心を言えば、眉尻を下げて笑ったソフィアが頭を撫でてくれる。
「ルカ様は、もう少し我儘を仰ってもいいと思います」
「忙しいって知ってるのに言えないよ」
「きっと陛下はお喜びになりますよ?」
「喜び…はしないんじゃないか?」
バタバタしている時に、一緒にご飯を食べたいから自分の為に時間を作ってなどと言われたら、さすがのレイフォードでも怒るのではないだろうか。
苦笑するルカに「そんな事ありませんよ」と答えたソフィアは、結った部分に何かを挿すと満足そうに頷いた。
「陛下は、ルカ様の我儘なら何でも聞いて下さいますよ」
「乳母の勘?」
「いいえ、事実です」
どうしてか妙にキッパリと言い切るソフィアに首を傾げたルカは、ソフィアが片付けをしている姿をぼんやりと見ながらそっと指先で耳飾りに触れた。
朝食後、レイフォードからあっさりと許可が出て別棟にある図書館に向かったルカは、中に入った瞬間の光景に驚くと同時に感動していた。
四層に分けられた本棚は壁全面に備え付けで高い高い天井にまで届いており、一層ごとに手摺り付きの通路と移動式の梯子が掛けてある。各層へは階段で行けるようにはなっているが、今ルカがいる一層目の本でさえ読み切れる自信がないほど本で溢れていた。
全ての本棚にみっちりと本が詰まっている。
「⋯⋯⋯⋯」
「ルカ様?」
入室するなりポカンとしたまま黙り込むルカに、リックスが不思議そうに声をかけてきた。それにハッと我に返り、照れ笑いを浮かべると奥から足音が聞こえ、白いマントを羽織った青年がこちらへと歩いてくるのが見えルカは目を瞬く。
「司書官殿」
「お待ちしておりました。初めまして、ルカ様。僕はこの図書館の管理を任されております、セノールと申します」
「初めまして、ルカです」
間近で見る彼―セノールは見た目の年齢も身長もルカとあまり変わらないように見えるが、竜族なのだからルカよりは圧倒的に長く生きているだろう。何せこの膨大な量の本の管理を一人でしているようだし、レイフォードから信頼されているということだ。
セノールはルカを見て一瞬無になったものの、頭を下げると「こちらへどうぞ」と先立って歩いてくれる。
「ではルカ様、私は外で待機しておりますので、必要な物が御座いましたらお声がけ下さい」
「え、一緒に入らないのか?」
「騎士は入室出来ないのです」
どうりで扉をくぐらない訳だ。
何だそれと思いつつも、ここは竜の国である。ルカの知らない決まり事があってもおかしくはないと口にはせずに頷いたら、リックスはにこりと笑って頭を下げ扉を閉めた。
それを見てからセノールへと振り返ると、思いっ切り顔を顰められていて驚く。
「過保護過ぎだろ」
「え?」
「図書館にくらい一人で来いよな、ったく」
リックスがいなくなった途端口が悪くなったセノールに呆気に取られていると、ニヤリと笑ったセノールは図書館内に置かれたテーブルとソファがある場所に向かいながらぶちぶちと零し始める。
「それにしても、陛下がやーっとその気になった相手だっつーからどんな美人なのかと期待してたら、まさかの男とはなー」
「?」
「見た目はいいけどまんまガキじゃん。人間って生きてきた年数で年取ってくんだろ? お前いくつ?」
「じゅ、十五~十七って聞いた」
「自分の年も分かんねぇの?」
「捨て子だったから」
「⋯⋯⋯⋯あー、えっと、それは悪かった」
喧嘩腰だったから怖い人なのかと思っていたら、素直に謝られて今度は困惑する。もしかして、言い方がキツいだけで本当は優しい人なのかもしれない。
セノールはソファにルカを座らせると、腕を組んで見下ろしてきた。
「で? 何が読みてぇの?」
「あ、えっと⋯なるべく文字数が多い物語の本、とか」
「どういうやつ?」
「怖いのと難し過ぎなければどんなのでも」
「ふーん⋯⋯じゃあここらへんかね」
ルカの注文に少し考えたセノールは、両手を天井の方へ向けて目を閉じ何かを呟く。空気がふわりと動いて、本棚から独りでに本が抜かれてセノールの手の中に集まってきた。
(うわぁ⋯)
目の前で繰り広げられる光景に声もなく感動していると、数冊重なったところで止まりそれがテーブルの上に置かれる。
「この中で読めないのがあったら言え」
「あ、ありがとう」
「俺は仕事してるから。あんまウロチョロすんなよ」
「うん」
そう言ってセノールは奥へと消えて行き、残されたルカはそれを見送ってからテーブルの上に積まれた本を一冊手に取り広げる。
不思議と彼の口調には嫌な気持ちにならなかった。
口は悪いけど根は優しく面倒見が良いセノールと、素直で明るく真っ直ぐなルカが仲良くなるのはさほど時間はかからなかった。
「蓮の花のアザについて?」
「そう。俺知らないからさ、ちゃんと形を知りたいっていうか、どんなのかなって」
「俺も良くは知らねぇけど、アザ持ちの竜妃についての文献って禁書になってるから、王族以外は見れねぇんだよ」
「そっか⋯だから誰も教えてくんないのか」
気温が一桁台にまで下がり始めてきた今日この頃。ルカはここ最近は毎日のように通っている図書館でセノールとお喋りしていた。
アザ持ちが希少なのは祖母の話で知っていたけど、そこまで秘匿扱いされているとは思わなかったルカは肩を落とす。そんな様子に少し慌てたセノールは、メイドが淹れてくれた紅茶を飲むとわざとらしく声を上げた。
「アザを偽装する奴がいるからな。かなり昔はホントひどかったらしい。偽物だらけだったって」
「偽物⋯」
「そ。彫り師に頼んでわざわざ彫るんだと。無駄な努力だよな」
「というか、痛そう」
そうまでして竜王の妃になりたいのかとは思うが、レイフォードほど素敵な人なら当然かと納得もしてしまう。
無意識に太腿を撫でていると、気付いたセノールがどこからかブランケットを出して膝へと掛けてくれた。
「冷えたか? 本が傷むからあんま部屋の温度上げられないけど、寒いんなら遠慮なく言えよ」
「ありがとう、セノール」
「ん。今日はどれ持ってくんだ?」
「そうだな⋯⋯これにする」
「オッケー」
さっきまで読んでいた物語本を見せたら、セノールは頷いて表紙に触れ何かを呟く。
図書館の本には全て持ち出し出来ないよう制限魔法が掛けられていて、勝手に持って行こうものなら本は燃え上がり犯人は出禁になるらしい。燃えて大丈夫なのかと思ったが、セノールはここにある本すべてを記憶していて修復が可能なのだという。
初めて聞いた時はぶったまげたものだ。
「ほら」
「ありがと。じゃあ俺、部屋に戻るな」
「おー。⋯あ、明日は俺いねぇから」
「何で?」
「町の本屋に用があってな」
ルカが読み終わった本を指先で動かして元に戻しながらセノールは答えてくれたが、それを聞いたルカは「俺も行きたい!」と声を上げた。
途端に眉を顰めたセノールは既に行く気満々のルカを見て内心で溜め息をつく。
(コイツ⋯自分がどんだけ重要な立場にいるか分かってねぇのか?)
「セノール?」
「⋯陛下からちゃんと許可取れたらな」
「取ってくる!」
思い立ったが吉日とばかりに扉の方へと駆け出し、こちらに手を振ってから出て行ったルカはリックスの慌てた声と共に遠のいていき、やがて足音も聞こえなくなる。
その慌ただしさに苦笑し静かになった館内を見渡したセノールは、恐らくは許可をもぎ取って来るだろうルカの姿を想像して口元を緩めると、頭を掻きながら仕事場である奥の扉へと足を進めたのだった。
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