竜王陛下の愛し子

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
22 / 126

図書館の管理者

しおりを挟む
 翌朝、扉がノックされる音で目が覚めたルカは、ぼんやりと身体を起こしたものの眠さのあまり再びクッションへと突っ伏した。
 満足に思考が働いてなくて目蓋が閉じそうになった時再びノックされ、ノロノロと扉の方へと顔を向けまだ半分寝ている頭で返事をしたら、ソフィアが入って来て微睡んでいるルカの様子にクスリと微笑む。

「おはようございます、ルカ様」
「んー⋯はよー⋯」
「今日は一段と眠そうですね。もう少しお休みになられますか?」
「⋯⋯起きる」

 一瞬その誘惑に負けそうになったけど、今寝たら昼まで寝てしまいそうだからと気合いを入れて起き上がる。
 すぐにソフィアから渡された濡れタオルで顔を拭けば幾分か眠気も薄れ、それでも欠伸を零しながらベッドから降りたルカはチラリとレイフォードの部屋へと続く扉を見た。

「陛下でしたら、先にご準備を終えられてご公務に行かれましたよ」
「ホント早起きだな⋯」

 レイフォードのベッドで目が覚めた時も先に起きていたし、それ以外でもルカが起きる頃には既に仕事を始めていて、寝る時間も知らないからちゃんと休めているのか心配になる。
 いつものように口を濯ぎ果実水でスッキリさせたらソフィアが用意してくれた服を着せてくれるのだが、何度して貰ってもこればかりは慣れない。
 冬に入る前にと厚めで裾の絞られた服に変わったが、重ね着用の物はやっぱりヒラヒラしていていっそ誰かの趣味かとも思った。暖かいのは有り難いが、貴族の令嬢だってもっと重たそうな服を身に着けているのに。
 いつものように鏡台の前に座りソフィアに髪を整えて貰っていたら、何かに気付いたソフィアが「あら?」と声を上げた。

「ルカ様、素敵な耳飾りをされていますね」
「? ⋯⋯ああ、そういえば昨日レイに御守りだって貰った」
「ふふ、確かに強力な御守りですね」
「そうなのか?」
「何があっても、ルカ様を守って下さいますよ」

 そんなに凄いものなのかと鏡に近付いて耳飾りを見てみると、青とも緑とも紫とも取れる不思議な色味をした小さな雫型の宝石が揺れていて、ルカが頭を振るたびにキラキラと光を放つ。
 何よりもレイフォードがくれた物だから、ルカには御守りとして以上の価値があった。

「朝食後はどうされますか?」
「そうだなぁ…もう少し本を読んで文字の勉強したいかも」
「でしたら図書館に行きましょうか」
「としょかん?」
「本がたくさん保管されている場所です。あとで陛下に許可を頂きに行きましょうね」

 柔らかいブラシで丁寧に髪を梳いてくれるソフィアを鏡越しに見ているとにこりと微笑まれる。それからサイドの髪が掬い上げられ、編み込まれて後ろで一纏めにされた。

「今日は一緒に朝ご飯食べられるかな」
「ルカ様⋯」
「ほら、レイがいなかったら俺一人だろ? ばあちゃんもいないし、ちょっと寂しいなって」

 村にいた時は祖母との食事が日常だったし、ここに来てからもレイフォードに食べさせて貰う事が当たり前になっていたから、あの広い食堂で一人で食べている現状は味気なくて仕方なかった。
 言い訳のようになってしまったものの本心を言えば、眉尻を下げて笑ったソフィアが頭を撫でてくれる。

「ルカ様は、もう少し我儘を仰ってもいいと思います」
「忙しいって知ってるのに言えないよ」
「きっと陛下はお喜びになりますよ?」
「喜び…はしないんじゃないか?」

 バタバタしている時に、一緒にご飯を食べたいから自分の為に時間を作ってなどと言われたら、さすがのレイフォードでも怒るのではないだろうか。
 苦笑するルカに「そんな事ありませんよ」と答えたソフィアは、結った部分に何かを挿すと満足そうに頷いた。

「陛下は、ルカ様の我儘なら何でも聞いて下さいますよ」
「乳母の勘?」
「いいえ、事実です」

 どうしてか妙にキッパリと言い切るソフィアに首を傾げたルカは、ソフィアが片付けをしている姿をぼんやりと見ながらそっと指先で耳飾りに触れた。



 朝食後、レイフォードからあっさりと許可が出て別棟にある図書館に向かったルカは、中に入った瞬間の光景に驚くと同時に感動していた。
 四層に分けられた本棚は壁全面に備え付けで高い高い天井にまで届いており、一層ごとに手摺り付きの通路と移動式の梯子が掛けてある。各層へは階段で行けるようにはなっているが、今ルカがいる一層目の本でさえ読み切れる自信がないほど本で溢れていた。
 全ての本棚にみっちりと本が詰まっている。

「⋯⋯⋯⋯」
「ルカ様?」

 入室するなりポカンとしたまま黙り込むルカに、リックスが不思議そうに声をかけてきた。それにハッと我に返り、照れ笑いを浮かべると奥から足音が聞こえ、白いマントを羽織った青年がこちらへと歩いてくるのが見えルカは目を瞬く。

「司書官殿」
「お待ちしておりました。初めまして、ルカ様。僕はこの図書館の管理を任されております、セノールと申します」
「初めまして、ルカです」

 間近で見る彼―セノールは見た目の年齢も身長もルカとあまり変わらないように見えるが、竜族なのだからルカよりは圧倒的に長く生きているだろう。何せこの膨大な量の本の管理を一人でしているようだし、レイフォードから信頼されているということだ。 
 セノールはルカを見て一瞬無になったものの、頭を下げると「こちらへどうぞ」と先立って歩いてくれる。

「ではルカ様、私は外で待機しておりますので、必要な物が御座いましたらお声がけ下さい」
「え、一緒に入らないのか?」
「騎士は入室出来ないのです」

 どうりで扉をくぐらない訳だ。
 何だそれと思いつつも、ここは竜の国である。ルカの知らない決まり事があってもおかしくはないと口にはせずに頷いたら、リックスはにこりと笑って頭を下げ扉を閉めた。
 それを見てからセノールへと振り返ると、思いっ切り顔を顰められていて驚く。

「過保護過ぎだろ」
「え?」
「図書館にくらい一人で来いよな、ったく」

 リックスがいなくなった途端口が悪くなったセノールに呆気に取られていると、ニヤリと笑ったセノールは図書館内に置かれたテーブルとソファがある場所に向かいながらぶちぶちと零し始める。

「それにしても、陛下がやーっとその気になった相手だっつーからどんな美人なのかと期待してたら、まさかの男とはなー」
「?」
「見た目はいいけどまんまガキじゃん。人間って生きてきた年数で年取ってくんだろ? お前いくつ?」
「じゅ、十五~十七って聞いた」
「自分の年も分かんねぇの?」
「捨て子だったから」
「⋯⋯⋯⋯あー、えっと、それは悪かった」

 喧嘩腰だったから怖い人なのかと思っていたら、素直に謝られて今度は困惑する。もしかして、言い方がキツいだけで本当は優しい人なのかもしれない。
 セノールはソファにルカを座らせると、腕を組んで見下ろしてきた。

「で? 何が読みてぇの?」
「あ、えっと⋯なるべく文字数が多い物語の本、とか」
「どういうやつ?」
「怖いのと難し過ぎなければどんなのでも」
「ふーん⋯⋯じゃあここらへんかね」

 ルカの注文に少し考えたセノールは、両手を天井の方へ向けて目を閉じ何かを呟く。空気がふわりと動いて、本棚から独りでに本が抜かれてセノールの手の中に集まってきた。

(うわぁ⋯)

 目の前で繰り広げられる光景に声もなく感動していると、数冊重なったところで止まりそれがテーブルの上に置かれる。

「この中で読めないのがあったら言え」
「あ、ありがとう」
「俺は仕事してるから。あんまウロチョロすんなよ」
「うん」

 そう言ってセノールは奥へと消えて行き、残されたルカはそれを見送ってからテーブルの上に積まれた本を一冊手に取り広げる。
 不思議と彼の口調には嫌な気持ちにならなかった。



 口は悪いけど根は優しく面倒見が良いセノールと、素直で明るく真っ直ぐなルカが仲良くなるのはさほど時間はかからなかった。

「蓮の花のアザについて?」
「そう。俺知らないからさ、ちゃんと形を知りたいっていうか、どんなのかなって」
「俺も良くは知らねぇけど、アザ持ちの竜妃についての文献って禁書になってるから、王族以外は見れねぇんだよ」
「そっか⋯だから誰も教えてくんないのか」

 気温が一桁台にまで下がり始めてきた今日この頃。ルカはここ最近は毎日のように通っている図書館でセノールとお喋りしていた。
 アザ持ちが希少なのは祖母の話で知っていたけど、そこまで秘匿扱いされているとは思わなかったルカは肩を落とす。そんな様子に少し慌てたセノールは、メイドが淹れてくれた紅茶を飲むとわざとらしく声を上げた。

「アザを偽装する奴がいるからな。かなり昔はホントひどかったらしい。偽物だらけだったって」
「偽物⋯」
「そ。彫り師に頼んでわざわざ彫るんだと。無駄な努力だよな」
「というか、痛そう」

 そうまでして竜王の妃になりたいのかとは思うが、レイフォードほど素敵な人なら当然かと納得もしてしまう。
 無意識に太腿を撫でていると、気付いたセノールがどこからかブランケットを出して膝へと掛けてくれた。

「冷えたか? 本が傷むからあんま部屋の温度上げられないけど、寒いんなら遠慮なく言えよ」
「ありがとう、セノール」
「ん。今日はどれ持ってくんだ?」
「そうだな⋯⋯これにする」
「オッケー」

 さっきまで読んでいた物語本を見せたら、セノールは頷いて表紙に触れ何かを呟く。
 図書館の本には全て持ち出し出来ないよう制限魔法が掛けられていて、勝手に持って行こうものなら本は燃え上がり犯人は出禁になるらしい。燃えて大丈夫なのかと思ったが、セノールはここにある本すべてを記憶していて修復が可能なのだという。
 初めて聞いた時はぶったまげたものだ。

「ほら」
「ありがと。じゃあ俺、部屋に戻るな」
「おー。⋯あ、明日は俺いねぇから」
「何で?」
「町の本屋に用があってな」

 ルカが読み終わった本を指先で動かして元に戻しながらセノールは答えてくれたが、それを聞いたルカは「俺も行きたい!」と声を上げた。
 途端に眉を顰めたセノールは既に行く気満々のルカを見て内心で溜め息をつく。

(コイツ⋯自分がどんだけ重要な立場にいるか分かってねぇのか?)
「セノール?」
「⋯陛下からちゃんと許可取れたらな」
「取ってくる!」

 思い立ったが吉日とばかりに扉の方へと駆け出し、こちらに手を振ってから出て行ったルカはリックスの慌てた声と共に遠のいていき、やがて足音も聞こえなくなる。
 その慌ただしさに苦笑し静かになった館内を見渡したセノールは、恐らくは許可をもぎ取って来るだろうルカの姿を想像して口元を緩めると、頭を掻きながら仕事場である奥の扉へと足を進めたのだった。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...