竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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ルイード家の末路

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 ルカは今、借りてきた猫のように身を縮ませて床に正座していた。
 目の前には目に涙をいっぱい溜めてるソフィアがいて、メアリーから受けていた仕打ちを黙っていた事を責められている。

「せめて、せめて私に言って下されば⋯っ⋯うぅ⋯ルカ様の真珠のようなお肌にあんなにたくさん傷が⋯」
「ご、ごめんな? ソフィア⋯」
「小さくて可愛らしい手までこんなに赤くなるなんて⋯一体どんな叩き方をしたらこうなるの…」
「えっと⋯」
「⋯許せません⋯陛下の大切な方であるルカ様にこんな事をするなんて⋯⋯ルカ様が如何に偉大な存在か、私が彼らに思い知らせて差し上げます」
「え?」
「落ち着け、ソフィア」

 今の今まで号泣だったのに、途端に目の据わったソフィアがそう言って部屋から出て行こうとするのを苦笑したレイフォードが止める。
 それをジト目で見たソフィアは踵を鳴らしながらレイフォードへと近付くと左手を腰に当て、右手の人差し指を立てて詰め寄った。

「第一、陛下も陛下です! こういう時こそ気付いて差し上げなくてどうするんです? 少しの変化にも気付けないなんて、それでも王ですか?」
「言われなくても分かっている。私が耄碌していたんだ」
「俺が隠してただけなのに、何でレイが悪くなんの?」
「ルカは表情に全部出るからな。私が気を付けてさえいればもっと早く知れたはずだ」
「そうですよ。誰よりもルカ様の変化に気付かなければいけないのは陛下なんですから。それに、ルカ様は私たちを心配させまいと黙っていらしたんですよね? そのお優しい気持ちに悪い部分なんて、一つも御座いません」

 いつもと違うソフィアの様子にルカは何度も瞬きする。
 ルカの知るソフィアは落ち着いた大人の女性で優しく朗らか、ルカが何かを言えば微笑んで答えてくれるような穏やかな人なのだが、王相手にも物怖じせずに言っている姿は貫禄さえあった。
 それにしても、こんな言い方をして不敬にはならないのだろうか。

「二人は仲が良いんだな」
「ソフィアは私の乳母だからな」
「うば?」
「陛下が赤ん坊の頃、私がお世話をしていたのですよ」
「⋯⋯⋯え!?」
(という事は、ソフィアはレイより年上って事…?)

 竜族の寿命は長いとは聞いたが、二人とも年齢不詳にも程がある。見た目だけならどう見てもソフィアの方が若く見えるのに。

「こういう事聞くのってアレなのかもしんないけどさ…二人って何歳なの?」
「三百を超えてから考える事が面倒になったから、正確には分からんな…」
「私は七百歳を超えております」
「三百⋯七百⋯」

 人間には到底理解出来ない年数にルカは呆然とする。強くて賢くて美形揃いな上に長命だなんて、竜族は何もかもが規格外だ。
 そろそろ足が限界を迎えて痺れそうだから崩して膝を抱えつつ、もう一つ気になっていた事を質問する。

「ちなみに、人間としてだと何歳?」
「二十六くらいじゃないか?」
「私は四十四歳くらいでしょうか」
「うっそぉ⋯⋯全然見えない…」
「ふふ、ありがとうございます」

 まさかの四十代という事にルカはある意味ショックを受ける。ソフィアは高く見積もっても二十代前半だと思っていたから、親子ほどの差があるとは思ってもいなかった。
 さっきから驚きの連続で頭がパンクしそうになったルカは、一休みとばかりに膝に顎を乗せて目を閉じる。だが膝裏と背中に何かが触れふわりと身体が浮いたと気付いた時にはレイフォードの腕の中にいた。

「ルカは?」
「俺は分かんない。ばあちゃんたちは十五から十七くらいじゃないかって言ってたけど」
「そうか」

 拾われる以前の記憶がないルカには自分の年齢を知る方法もなく、見た目から凡その年齢を出して貰ってはいるが、村での食生活故にあまり成長はしていない為それさえも確かではない。
 ルカを抱いたままソファへと腰を下ろしたレイフォードは、ルカの背中に流れる髪を纏めて左肩から前へと流し指で梳き始めた。

「ルカ様」
「うん?」
「私、もうお着替えもご入浴も、決してルカ様お一人ではさせない事に決めました。ルカ様の身の回りのお世話は、私がしっかりさせて頂きますからね」

 有無を言わさない言葉と笑顔に顔を引き攣らせたルカは、何か上手く拒否する方法はないかと考えたものの結局思い浮かばす、少しの間のあと諦めて頷いた。
 ソフィアはきっと、誰よりも怒らせてはいけない人だ。

「もう少ししたら治癒士が来るから」
「うん、ありがとう」

 大きな手が包むように頭を撫でたあとこめかみにレイフォードの唇が触れる。目を瞬いて見ると今度は額にもされて眉を顰めた。

「えっと⋯何?」
「痛みがなくなるおまじないだ」
「レイからおまじないって言葉を聞くとは…」
「私もおまじないで育って来たからな」
「えー?」

 見目麗しく背も高くて竜族の王で、誰が見ても完璧とも言えるレイフォードがまじないに頼っていたなんて信じられなくて、わざとらしく驚いた顔をすると肩を竦められる。
 その仕草に思わず笑ったら、レイフォードもふっと微笑んでまた額に唇を当ててくるからルカは手でそこを隠し首を振った。

「もうおまじないはいいって」
「まだ痛むだろう?」
「一回目のおまじないで充分効いたから」

 正直に言うと、さっきからレイフォードの唇が触れた場所が熱くて不思議な感覚になっているせいか落ち着かない。これ以上されたら顔全部が熱を持ちそうで、そんなところを見られるのは何となく嫌だった。
 口振りからもっとしたそうなレイフォードから逃げるべく、膝から降りようと足を下ろしたルカはふと思い出してレイフォードを振り向き、僅かに目を見瞠った彼の頬に口付ける。

「いろいろありがとう、レイ」

 ふわりと微笑んだルカはそれはもう綺麗でレイフォードは思わず固まってしまったのだが、それに気付かないルカはヒョイっと立ち上がると少し離れた場所にいるソフィアの元へと駆けて行った。
 残されたレイフォードは片手で顔を覆い息を吐く。

「不意打ちはヤバいな⋯」

 そう呟いた彼の耳が赤くなっていた事を知る者は誰もいない。






 数日後、国の裁判所にて開かれた裁判により、被告人であるメアリーへと判決が下されていた。

「メアリー・ルイード。此度の竜妃様となられる方への暴行並びに数多の不敬、情状酌量の余地なし。よって汝を絞首刑に処す。また、夫であり伯爵家当主、マルス・ルイードも妻への監督不行として爵位を剥奪したのち屋敷を取り潰しとし、領地は竜王陛下へと返還される運びとなった。異論はあるか」
「裁判長! 私は陛下の為に行動したまでです! あの者は陛下には相応しくありません!    どうか、どうか私の話を聞いて下さい⋯!」
「メアリー! お前のせいで俺の人生はめちゃくちゃだ! お前のような女と結婚しなければ良かった!」
「私だって貴方との結婚生活には不満しかなかったわ! 伯爵家なんて私には相応しくない!    私はもっと上位の貴族に嫁ぐべきだったのよ!」
「ふざけるな! 散々好き勝手しておいて何だ、その言い草は!」

 醜い夫婦喧嘩に来賓席で見ていたレイフォードは深い溜め息を零す。おしどり夫婦だと言われていたが、本心ではお互いにそれなりの不満を持っていたらしい。
 流石は上辺だけの社交界。真実とは時として残酷なものだ。

「裁判長、聞くに耐えん」
「申し訳御座いません、陛下。メアリー・ルイード、自身の行いを深く後悔しながら残り僅かな時間を過ごす事だな。では、これにて閉廷とする」
「私は悪くない! 私は⋯!」
「陛下の御前だ、さっさと連れて行け!」

 傍聴席には興味本位で来た者が多かったが、中にはメアリーと仲が良く心配する者もいてこの判決にはザワついていたものの、メアリーとマルスの罵り合いを見て納得したのか最後の方ではみな呆れた顔をしていた。
 散り散りに帰って行く傍聴人を見てレイフォードは立ち上がり裁判長へと近付くとその肩を軽く叩く。

「ご苦労だったな」
「いえいえ。貴族裁判などもう開く事もないと思っておりましたが⋯よもやこのような事になるとは。ルイード家は領民からの信頼も厚く領主としては優秀だったのですがねぇ」
「本性など、隠されていたら誰も知りようがないからな」
「それにしても命知らずと言いますか⋯陛下自らがお選びなった方だというのに、愚かの一言しか出ませぬ」

 王家に仕える貴族なら、納得がいかなくても口を噤まないといけない事は山ほどあるはずなのに、よりにもよってレイフォードに一番近い場所にいるルカに手を出すなど言語道断である。
 公平に裁きを下す裁判長でさえも、今回ばかりは同情さえ出来なかったようで頭を押さえていた。

「ところで、竜妃様となられるお方はお元気ですか?」
「ああ。今も城で読み書きの勉強中だろう」
「熱心な方なのですね。その気持ちを弄ばれ、さぞかし傷付かれた事でしょう」
「そうだな」

 本当なら泣いて縋ってもいいのに、あの小さな身体で一人だけで耐えていたルカの事を考えると胸が痛む。

「精霊の怒りに触れてしまった事は、夫人にとっても衝撃だっただろうな」
「まさか精霊が人間に対して庇護の気持ちを抱くとは…長年生きてきた私も驚いております」
「私にも良く分からないが、ルカにはそうさせる何かがあるんだろう」

 精霊とは綺麗な心の持ち主を好む傾向にある為、自然豊かな土地で祖母や村人に大切に育てられたルカだからこそイレギュラーな事が起こっているのかもしれない。
 レイフォードは真っ直ぐに見上げてくる蒼碧の瞳を思い出して小さく笑うと、傍に控えていたバルドーへと声をかけた。

「ルカへの土産は買えたか?」
「は。既に城へと持ち帰っております」
「そうか。では裁判長、私はそろそろ失礼させて頂く」
「はい。本日は御足労頂きましてありがとう御座いました」

 頭を下げる裁判長へと片手を上げて挨拶し裁判所を出て城へと向かう。
 途中で万が一にも精霊が介入して来たらどうしようかとは思ったが、杞憂で済んで良かったとレイフォードは胸を撫で下ろした。
 さすがの自分も精霊には敵わない為、下手をすれば裁判所が崩れ落ちていた可能性もあり、本当に何事もなく終わって裁判長も一安心だっただろう。今度詫びも含めて礼をしなければとレイフォードは考えた。

 だがその数日後、取り潰し前のルイード家の屋敷が無惨な姿となった事をバルドーから報されたレイフォードは、改めて精霊の恐ろしさを知り頭を痛めたのだった。
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