竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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裁くべき悪

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 たらふくクッキーを食べさせて貰い腹がパンパンになったルカは、紅茶で口を潤しソフィアに髪を整えて貰ってからレイフォードに抱き上げられ、祖母たちのいる庭へと連れて来て貰っていた。

「ばあちゃん! みんな!」
「おや、ルカじゃないか。ずいぶん可愛らしくなったねぇ」
「足は大丈夫かい?」

 土や煤で汚れていた顔は綺麗に拭いて貰ったし、髪も洗って整えて貰ったし、何より今まではボロ切れだった服が綺麗なものに変わったから違って見えるのだろう。
 ガゼボにあるベンチに下ろされ、ブランケットを膝に掛けてくれたレイフォードへ礼を言い、変わらず元気な村人たちの姿にホッと息を吐く。

「まだ腫れてはいるけど大丈夫。みんなも元気で良かった」
「伊達に農婦はしていないからね。体力だけはあるんだよ」
「その調子でうんと長生きしてな」
「ルカはそればっかりだねぇ」
「俺の一番の願いなんだから、当たり前だろ?」

 これと言って特にしたい事も将来的にやりたい事もないルカにとって、家族が元気でいる事が唯一の望みだ。
 いつもよりみんながにこにこしている気がしてルカも嬉しくて笑顔で話していると、レイフォードがその手に何かを握らせてきた。

「?」
「話が終わったらこれを押してくれ」
「何で?」
「迎えに来る」

 手を開いて確認すると赤い宝石が付いたネックレスがあり、どうやら宝石部分がボタンのようになっているみたいだ。仕組みは良く分からないがこれを押す事でレイフォードに報せが行くらしく、その機能の凄さに驚いたルカは慌てて突き返す。

「こ、壊したら悪いからいらない⋯っ」
「壊しても直せるから大丈夫だ。護衛がいるから危険はないと思うが、もし何かあった場合も押すように」
「いや、でも⋯」
「私は少し仕事をしてくる。必要な物があればメイドに言うといい」
「レイ⋯っ」
「お気遣いありがとう御座います、陛下」

 レイフォードの大きな手が頭を撫で止める声も聞かずにマントを翻して歩いて行く。その後ろ姿に眉根を寄せ、手の中にあるネックレスを見て溜め息をついたルカは、留め金を外して自分の首に掛け服の中へとしまい込んだ。





 ルカから離れて城の中を進んでしばらく、緩んでいた顔を引き締めたレイフォードは謁見の間へと足を踏み入れる。
 中にはバルドーとアルマ、他数名の近衛騎士が最敬礼を取って立っており、その足元には彼らに囲まれるように男が二人いて縄で縛られた状態で跪いていた。
 悠然と歩いて一段高い場所にある玉座へと腰を下ろしたレイフォードは足を組み二人を見下ろす。

「単刀直入に問おう。お前たちの雇い主は誰だ?」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
「黙っていても良い事はないぞ」
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」

 この二人は竜族ではなくただの人間だ。故に竜族の王を眼前にして恐怖で話せなくなっているのかもしれないが、だからと言って見逃すつもりはない。どの道この者たちも雇い主の駒でしかなく、話そうが話すまいが捕まった時点で見限られているだろう。
 腐った貴族というものは、自分を守る為なら家族さえも簡単に裏切るのだから。
 バルドーとアルマが剣を抜き、それぞれの首へと刃を向ける。

「陛下が聞いておられるのだ、答えろ」
「⋯ひぃ⋯っ」
「お、恐れながら、竜王陛下⋯!」
「何だ」

 バルドーの剣が首筋に触れた事で明確な死を感じたのか、男は息を飲むと床に額を叩き付けレイフォードへと声を上げた。

「わ、私たちは、雇い主の顔も名前も、存じ上げないのです⋯っ」
「⋯⋯仲介人か」
「⋯はい⋯」
「その者の名や風貌は」
「マントで身を包み目深にフードを被っておりましたのでその情報しか…名前も教えて頂いておりません⋯」

 慎重である事は賢いが、裏を返せば己のしている事がいかに危険かを理解した上で行っていると言っているようなものだ。
 レイフォードは顎に手を当て考えると、再び男たちへ問い掛ける。

「お前たちは普段何をしている? 何故仲介人に依頼されるに至った?」
「私、たちは⋯その⋯」
「真実のみ話せ」
「⋯っ⋯ぬ、盗みや空き巣、人攫いなど、金を手に入れる為ならどんな事もして来ました⋯!」
「⋯⋯根っからの悪人、という訳か」
「い、生きる為には仕方なかったんです!」
「お前たちの生の為に奪われた命に、生きる権利はなかったと? 何故お前たちの身勝手な理由で、何の罪もない者たちの未来が絶たれなければならない?」

 生きる為に人を手に掛けていいと思っている時点で性根が腐っている。その言葉を盾にすれば許されると思ったら大間違いだ。
 レイフォードは額を押さえて首を振ると、バルドーとアルマに剣を納めるよう手で示す。即座に鞘へと納めた二人だが、刺すような威圧感だけは絶えず男達へと向けていた。

「お前たちに更生の余地はない。第一、竜妃に害を為そうと計画した段階で極刑は免れないからな」
「そ、そんな⋯!」
「あの者は、まだ竜妃様ではないはずです…っ」
「王であるこの私が望んでいるのだから、竜妃も同然だろう」
「⋯⋯!」

 極論ではあるが、レイフォードの心は既に竜妃とするならルカのみと決めている。どれだけ時間が掛かろうとも、ルカに頷いて貰えるなら何でもするつもりだ。

「連れて行け。あとはお前たちに任せる」
「はっ」
「へ、陛下! 私の、私の話を⋯!」
「黙れ!」

 尚も命乞いをしようとする男を一喝し、バルドーは二人の縄を引くとレイフォードへと一礼して騎士団を連れ謁見の間をあとにした。
 残ったレイフォードは背凭れに寄り掛かり深く息を吐く。

(どこから情報が漏れているのか探る必要もあるな)
「内通者がいるかもしれん。捜せ」
「御意」

 この城で働く者は同族しかいない為疑いたくはないが、ルカに何かをするつもりなら容赦はしない。王としても、もし外部に情報を流している者がいるならすぐにでも見付け出す必要がある。
 影にそう告げて立ち上がったレイフォードはそのまま謁見の間を出て庭の方へと視線を向けたが、ルカに呼ばれるまでは行かない事に決めて執務室へと足を向けた。
 近日中に、ルカの専属護衛を決めるべきだろう。



 日が沈み始めた頃、レイフォードの小指に嵌っていた指輪が光った。ようやっと押してくれたかと苦笑して書類を戻し、立ち上がったところで扉がタイミング良くノックされる。

「ハルマンか。入れ」
「失礼致します。本日のお夕食はどちらでお召し上がりになりますか?」
「ルカと食べる。⋯ああそうだ、部屋は整えてくれたか?」
「はい。お言葉通りに仕上げております」
「ありがとう。食事は客間に運んでくれ」
「畏まりました」

 マントを羽織り、扉を開けたままでいるハルマンの横を通り過ぎ庭へと向かいながら頼んでいた事を尋ねれば、思っていた通りの答えが返ってきて口元を緩める。
 さすがは執事長であるハルマンとその下につく者たちだ。仕事が早い。
 ハルマンとは庭へと続く扉の前で別れ柔らかな芝生へ足を着いた時、レイフォードは何かに気付いた。

(精霊が集まっている?)

 人間に対しては警戒心の強い精霊が庭の上空でお喋りしている。その表情はどこか楽しそうで、特にルカの周りを好んでふよふよと飛んでいるようだ。
 レイフォードが近付いている事を知った精霊たちはこちらへ笑い掛けると一斉に住処へ戻って行ったが、何故ルカを中心に集まっていたのか。
 ガゼボにはルカと祖母しかおらず、はしゃぎ疲れたのかルカは祖母の膝に頭を預けて眠っていた。
 どうやら祖母が代わりにネックレスのボタンを押したらしい。

「陛下」
「ルカは眠ってしまったのか」
「ええ。今日はずっと楽しそうに笑っていて⋯あんなにも声を上げて笑うルカは久し振りに見ました」
「楽しめたなら何よりだ」

 穏やかな寝息を立てるルカをブランケットで包んで抱き上げ祖母を送るよう護衛へと声をかけると、立ち上がった祖母がレイフォードに向かって頭を下げてきた。

「ルカの為にいろいろとして下さりありがとうございます、陛下」
「礼など不要だ。私がしたくてしている事だからな」

 ルカの為と言えば聞こえは良いが、村人全員を招いたのはルカの自分に対する心象を良くしたいという下心からだ。もちろん助けたいという気持ちもあったが、大半はルカからの信頼を得たいが為だった。

「陛下がルカの拠り所となって下さるなら、私たちも安心です」
「その為には、貴女たち以上に信用して貰わないといけないが⋯」
「陛下なら大丈夫ですよ」

 そう力強く言ってくれる祖母に微笑みで返し、護衛に連れられて行く小さな背中を見送ったレイフォードは、腕の中で眠るルカを見下ろしソフィアの手によって艶の増した髪に頬擦りする。
 今のルカにとってレイフォードの存在はだ。ただ素直だから差し出されるままに受け取るし、疑いもせずに身を寄せる。
 それはどうにかしないといけないが、決してレイフォードに対して完全に心を許した訳ではない。

「ルカ。私は君が愛おしい」

 これまで種族関係なく数え切れないほどの男女と会ってきたが、こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。誰一人としてレイフォードの心を動かす事はなかったのに、ルカと出会ってからは知らない感情がどんどん溢れてくる。
 レイフォードは小さな身体を抱き締めて微笑むと、そっと彼の額へと口付けた。
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