竜王陛下の愛し子

ミヅハ

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これからの事

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 ルカの元へ行けなくなり、レイフォードはそれなりに参っていた。初めのうちは三日もすれば落ち着くだろうと思っていたのに、次から次へと厄介事が舞い込んで連日連夜対応に追われている。
 今日は下界に存在する各国の主要人物も集めての報告定例会議だったのだが、どこから嗅ぎ付けたのかルカの事を遠回しに聞いてくる者もいて何度切れそうになったか。
 相変わらず腹の探り合いしか出来ない人間たちには呆れてしまう。

「ルカに会いたい」

 あの全てを洗い流してくれるような明るい笑顔が見たい。真っ直ぐに向けてくれる蒼碧の瞳を見たい。
 心優しい村人たちが元気にしているのかも気になるし、近いうちに様子だけでも見に行く事に決めて一向に減らない書類の束に手を伸ばした。
 こういうものはさっさと終わらせてしまうに限る。

 だが、結局その数時間の空きさえ取れず十日も経ってしまい、レイフォードはいよいよやる気さえ削がれ始めていた。
 それを見たハルマンが苦笑しながらティーカップを机に置く。

「ずいぶん落ち込んだ顔をされておりますね、陛下」
「⋯アッシェンベルグ外での仕事が多すぎる⋯」
「この世界は竜族の存在あってこそですから。我々がいなければ精霊も動いてくれませんし」
「精霊たちも気まぐれだからな」

 人間のような姿をしているが、竜族の本来の姿は人間ではなく〝竜〟だ。それ故に同じ人ならざる存在である精霊は竜族に対してとても好意的で、お願いすれば人間にも恩恵を与えてくれる。
 だが近頃の人間の権力者はそれを当たり前だと思うようになってきており、外交を続けるべきかどうか、竜族の貴族院連中からたびたび議題に上がるようになっていた。
 レイフォードとしては、竜妃の件もある為一概に全て廃する事はないと思ってはいるのだが。
 溜め息をつきハルマンが淹れてくれた紅茶に口を付けると、執務室の扉がノックされた。ハルマンが対応し、中へと招き入れた人物は王直属の兵士である近衛隊の隊長、バルドーであった。

「失礼致します。陛下、トルグリア公爵閣下が陛下への謁見を希望されておりますが⋯」
「こんな時間にか?」
「お引き取り頂くようお伝えしたのですが」
「まったく⋯トルグリア公はいつも急で困る」

 仕方がないと立ち上がった瞬間、僅かな気配がしてそれに反応したレイフォードは視線を横へと向けた。その理由を知るハルマンとバルドーはピリッと走った空気に背筋を正し口を噤む。
 少しして目を見開いたレイフォードは慌てて立ち上がると、執務室の窓を開け放ち足をかけ二人へと振り返った。

「バルドー、アルマを連れて私について来い」
「はっ」
「ハルマン、あとは頼む」
「トルグリア公はお任せを」

 銀色の翼を広げたレイフォードは早口で告げるとそのまま飛び立ち、物凄い速さで南方へと下降して行く。
 竜王には代々〝影〟と呼ばれる少数精鋭の諜報部隊がついており、うち何人かはルカへとつけていたのだが、村が燃えているとの報せを受け飛び出したのだ。
 遠目からでも見えた光景に眉根を寄せ、銀色の竜へと姿を変えたレイフォードの視界を何かが横切り森の中へと入って行ったが、それはあとから来たバルドーに任せ精霊の力を借りて暗雲を呼び雨を降らせる。
 村を覆っていた炎は消え去ったが、残ったものはかろうじて家の形を保っている煤けた建物と、焼き払われた大地だけで到底生活出来る状態ではなかった。

(私がもっと早く来ていれば……)
「すまない、間に合わなかった」
「⋯そんな事ない⋯」

 初めて竜の姿を見たせいか驚いていたルカはレイフォードの言葉に力なく首を振ると、覚束ない足取りでこちらへと近付き胸元に寄りかかって来た。まるで縋るようなルカの仕草に抱き締めたい衝動に駆られながらもぐっと堪える。
 森に住まう動物たちを案じるルカの髪を撫で、怪我人がいるならバルドーを呼ばなければと思って問い掛けたが、村人が無傷の代わりにルカが足を痛めていたのは方々を駆け回ったせいだろう。今の今まで気付かなかったのはそれだけ必死だったという事だ。
 レイフォードは有無を言わさずルカを抱き上げ、その軽さにギョッとする。

(軽すぎないか?)

 元より生活面に置いて栄養が足りていない事は分かっていたが、それにしても軽すぎる。正確な年齢は分からないものの恐らくは小柄な方ではあるだろうし、この細さは逆に心配になるレベルだ。
 手始めに肉を食わせるべきかと考えていたら、この先をどうするかでルカと祖母が拗れ始めた。
 双方の言い分はお互いを思い遣る優しい気持ちからくるものだが、レイフォードとしては祖母を支持したい。だが、蒼碧の瞳から涙が零れたのを見た瞬間レイフォードはとある事を口にした。
 煤に塗れてもなお美しい顔がポカンとして見上げてくる。

「⋯⋯⋯へ?」
「陛下、それは⋯」
「私はルカには出来うる限りの事をしてやりたいと思っている。ルカが家族を傍に望むなら、それを叶え与える事が私のするべき事だ」
「で、でも、迷惑じゃ⋯」
「どんな形であれ、ルカが私の元へ来てくれるならこれほど嬉しい事はないよ」

 素直な気持ちを口にすればルカは数回目を瞬いたが、少しして眉を顰めると呆れたように息を吐いた。少しでも頬を染めてくれるかと期待したが、やはりルカはなかなかに手強い。

「何言ってんのか分かんないけど、とりあえず下ろせ」
「それは無理だな。とりあえず、そのままだとみな風邪を引くから移動しよう。アルマ、転移装置を」
「はっ」
「!?」

 傍に控えていた事は気付いていたから名前を呼べばすぐに姿を現し、手早く装置を組み立てていく。
 突然出てきた屈強な男にルカは驚いていたが、あっという間に転移装置が出来上がると目を輝かせてそれを見ていて、その珍しい表情にレイフォードは不覚にもときめいてしまった。

(可愛いな)

 ルカは感情と表情がリンクしていてその時何を考えているか非常に分かりやすく、レイフォードに対してはそこまでではないが、家族に向ける表情が一番ルカらしいから見ていて飽きない。
 今も足を捻っていなければ、アルマの元に駆け寄りその工程を楽しそうに眺めていただろう。

「陛下、準備が整いました」
「分かった。では全員、この装置まで来てくれ」

 困惑する村人へ声をかけ、動けない者はアルマが手を貸して転移装置の中心へと連れて行く。少し時間は掛かったが、どうにかこうにか全員が陣の中に収まった事を確認したレイフォードが起動させた次の瞬間、夜の闇に包まれていた視界が明るくなり何とも煌びやかな世界がそこにはあった。
 これまたルカが驚きと興奮でキョロキョロしていたから、面白半分でホールに飾ってある金色の置物を一つ持たせると固まってしまい、我に返ったルカに「壊したらどうするんだ」と怒られてしまったのはここだけの話だ。


 火を消す為とはいえずぶ濡れにしてしまい、心身共に疲弊した村人たちをメイドに任せて客室にルカを連れて来たレイフォードは、自らの手でルカの腫れ上がった足首を手当てし濡れた服を脱がせてから上半身だけ拭いてやった。
 着替えはさすがにルカに見合うサイズの物がない為とりあえずは自分の服を着て貰い、ルカが目を覚ますまでには服を準備しておこうと飲み物を運んで来たメイドへと告げる。
 脱がせた際、同性だからかルカには恥じらいも何もなかったが、レイフォードは自覚がある分目のやり場には困ってしまった。
 抱き上げてベッドに座らせるとすぐにクッションを抱き締め転ぶルカが愛らしい。

「こんなふっかふかな布団、初めてだ。良く寝れそう」
「なら好きなだけ寝るといい。今は身体を休める時だからな」
「⋯⋯レイ」
「ん?」
「いろいろありがとう」

 再び起き上がり、真っ直ぐにこちらを見てお礼を言ったルカがふわりと笑う。だが蒼碧の瞳はユラユラと揺れていて、先程から強く握られた拳が気になっていたレイフォードはその手を取り、指を一本一本真っ直ぐにしたあと自分の両手で挟むように包んだ。

「ルカ」
「?」
「一人で良く頑張ったな」
「⋯⋯!」

 レイフォードの優しい表情と言葉に、ルカの張り詰めていた気持ちが一気に緩み喉の奥が熱くなる。
 身体が震え、勝手に涙が浮かんで頬を伝い、どうしようもなくなったルカはレイフォードに抱き着いた。

「⋯みんなが無事で良かった⋯っ」

 怖かった。炎が家や畑を燃やすより、髪や肌を焼くより、家族が死んでしまうかもしれない事の方が何よりも怖かった。ほんの少しでも気付くのが遅れていたら…そう考えるだけで息の仕方さえ忘れそうになる。
 自分の胸元に顔を埋め、強く服を掴んで泣くルカをレイフォードはそっと抱き締めた。




「陛下、あの者たちの処遇は如何致しましょう」
「私が竜妃にと望んだ者に手を出したんだ、私自ら沙汰を下す」
「は」

 ベッドに腰掛け泣き疲れて眠ってしまったルカを見つめていると、扉がノックされバルドーが入って来た。視線も向けず答えれば一礼し彼は出て行き再び静寂が訪れる。
 放火を行ったと思われる犯人は二人。あの時森の中へと逃げ込もうとしたところをバルドーが捕らえ、現在は縄で縛って地下牢へと放り込んでいた。
 大方、何処かの貴族が自分の娘なり何なりを竜妃にしたいが為に人を雇いルカを亡きものにしようとしたのだろうが、竜王の想い人に手を出したのだからそれ相応の報いは必ず受けさせる。

「なるべく貴族連中から目を離すな」
「御意」

 感情のこもらない平坦な声が返事をしその気配もすぐになくなる。
 寝息を立てるルカの赤くなった目元に触れたレイフォードはふっと微笑み、形のいい額へと口付けると頭を撫でてから立ち上がり客室をあとにした。
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