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番外編

君が生まれた特別な日(周防視点)

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 12月5日は湊の誕生日で、今年で二十歳になる。
 一足先に成人を迎えてた俺はたびたび会社の先輩から飲みに誘われる事もあり数回に一回の頻度で応えていた。と言っても湊が家で待ってるからそこまで長居はしないし、嗜む程度で終わらせてたから酔う事もなく少しずつ酒に慣れてきたとは思う。
 まぁ慣れたところで家で飲むつもりはないけど。
 ただ、俺がそうして飲んでる事を湊が羨ましがってて、10月くらいに自分の誕生日の日に一緒に飲もうねと嬉しいお誘いをされた。
 元々当日は休みを貰う予定になってたからもちろんOKして、初めて飲む時の注意点などをいろいろ調べておく。自分はいいけど、湊には慎重でありたいからな。


 誕生日当日、午前。起きたら飾り付けて準備しようと思っていた俺は今、湊の両手を押さえ付け小さな唇を貪っていた。

「ん、ふぁ…ンッ…」

 舌を絡ませ口内を舐め回し、服越しにぷっくりと膨らんでいる乳首に触れると湊の身体がビクリと跳ねた。
 こういう状況になってるのは、起き抜けから湊に煽られたせいだ。
 唇に何かが触れているのを感じて目を覚ましたら湊のドアップがあって、何をしてたのか聞いたら俺をキスで起こしたかったらしく、起きてからずっと俺にキスしていたそうだ。
 愛してやまない恋人にそんな可愛い事されたら当然ムラっとする訳で、息苦しさに喘ぐ湊の首筋に口付けながら腰を撫でれば小さく声が上がる。

「…いい?」
「うん…いいよ…俺もそのつもりでしてたから…」

 潤んだ目で俺を見あげて頷く湊に目を細め、下着ごとズボンをずらそうと手を掛けた時。

 ──ピーンポーン。

 唐突なインターホンの音に俺も湊もビクッとして固まった。湊が目で問い掛けてくるけど、何か頼んだ覚えもなければ買った覚えもない。
 考えた結果、どうせセールスか何かだろうと居留守をする事にし、再び湊の唇を塞ぐ。

 ──ピンポンピンポンピンポンピンポン。

「…っうるせぇな! 誰だよ!」

 容赦ない連打音にブチッと来た俺は勢い良くベッドから降りるとモニターを確認しに行き、通話ボタンを押してそこに立っていた人物に向かって怒鳴りつけた。

「てめぇ、邪魔すんじゃねぇよ! 薫!」
『何よ、やっぱりいるんじゃない。さっさと開けなさいよ』
「ざけんな。帰れ」
『湊の誕プレ持って来たのに?』
「………ちょっと待ってろ」

 それを言われると何も言えなくなる。湊の身内じゃなかったら問答無用で追い返してやってるとこだけど、こんなんでも湊の姉ちゃんだしコイツはうるさいからな。
 一応湊にも聞くかと振り向いたらすぐ傍に立っていて驚いた。

「び…っくりした…」
「あ、ごめんね。やっぱり薫だった?」
「やっぱり?」
「周防くんがお仕事行ってる時に何回か来た事あって、すぐ応えないと連打してくるの」
「はた迷惑な…どうする?」

 っつか、人がいない間に来るんじゃねぇよ。
 親指でインターホンを示して首を傾げると、湊は苦笑して玄関へと向かい扉を開けてしまった。まぁそういう選択しかないわな。

「遅い。もう少しで凍えるところだったわよ」
「ごめん」
「あら? 湊、まだ着替えてないの?」
「あ、えっと…さっき起きたから」
「誕生日なのにだらしないわね。リビングにいるから着替えて来なさいよ」
「う、うん」

 勝手知ったるでリビングに向かった薫は、コートを脱ぐと持ってきた荷物と一緒に端へと置きソファへと腰を下ろした。確かにこの流れるような動きは何度も来てる奴のそれだわ。
 とりあえず着替えるかと華奢な肩を抱いて寝室に向かい、カーテンを開けると湊が背中に抱き着いてきた。

「どした?」
「…お腹の下、まだちょっとドクドクしてる」
「中途半端だったからな。薫が帰ったらいっぱいシような」
「うん」

 恥ずかしそうに目を伏せ頷く湊の頭を撫でクローゼットから服を出して着替えていると、再びインターホンが鳴り眉を顰める。
 なんで今日に限ってこんな来客が多いんだ?
 足音が聞こえ、玄関が開く音と何かを話してる声が聞こえるんだが…アイツ勝手に対応しやがったな。

「おい、薫。お前何して……は?」
「御子柴?」
「うわ、悠介より背の高いイケメン!」

 弟が住んでるとはいえ他所の家だぞと文句を言おうとしたらまさかの人物と全く知らない奴がいて間抜けな声が出た。
 何でここに悠介がいるんだよ。

「じゃじゃん、サプライズゲスト」
「薫、どうして御子柴がいるんだ?」
「え、だってここ、湊と御子柴くんの家だもの」
「………帰るぞ、琉依」
「え? 来たばっかだけど」

 まさかの知らなかったパターンか。
 踵を返し一緒にいたピンク髪の奴と玄関に向かう悠介の服を薫が鷲掴む。

「何でよ、湊の誕生日を祝いに来たんでしょ」
「別に今日ここじゃなくても出来る」
「湊の二十歳は今日しかないのよ。明日には二十歳と一日になっちゃうのよ?」
「二十歳である事には変わりないだろ」

 帰りたがってんだから帰らせてやれよ。っつか、お前もプレゼント渡しに来ただけじゃねぇのか。
 敢えて口には出さないで内心で突っ込んでると、着替えを終えた湊も来て悠介とピンク髪の奴を見て目を瞬く。

「あれ、悠介…と、どちら様?」
「湊」
「わー…生で見るともっと可愛いんだなぁ。オレ、辻平琉依ー」
「な、那岐原湊です」
「湊な、よろしく」

 ずいぶん気安い奴だな。湊もだいぶ人見知りしなくなったとはいえ、グイグイ来られるのはまだ苦手だから若干引いてる。
 距離が近いから引き離したら、キョトンとしたあとゆっくり悠介の方へと下がって行った。
 …あれ、コイツもしかして。

「湊!」
「な、何?」
「湊だって悠介に誕生日祝って貰いたいわよね?」
「え? えっと…祝って貰いたいけど、悠介が嫌なら…」
「嫌な訳ないだろ」
「琉依くんも、もちろんいいでしょ?」
「オレは悠介がいいなら別に」
「はい、じゃあ決まり。みんなでお祝いした方が楽しいに決まってるものね」
「…俺の意見は聞かねぇのかよ」

 俺も家主なのに、薫は華麗にスルーして悠介と辻平とやらの腕を掴むとリビングに戻る。呆気にとられていた湊はハッとして俺を見上げると、申し訳なさそうに手を握ってきた。

「何か…ごめんね?」
「湊が悪い訳じゃないだろ」
「でも、俺の姉さんだから」
「薫のは今に始まった事じゃないし、こうなったらもう仕方ない。まぁ賑やかな誕生日会になりそうだし、いいんじゃないか?」

 どんな時だって湊が嫌じゃなければそれでいいと思ってる俺は、この状況を内心では喜んでるのが分かるから構わなかった。そりゃ二人だけで過ごしたかったって気持ちがない訳じゃねぇけど、主役は湊だからな。
 一気に話し声が増えたリビングの方を見てそう言えば、湊はふわりと笑い抱き着いてきた。
 小さく「ありがとう」って声が聞こえ頭を撫でたら今度は顔を上げて目を閉じる。それにふっと笑い身を屈めた俺は柔らかな唇に触れるだけのキスをした。
 たまにはこんな日があったっていいだろう。



 いつもより騒がしいリビングでは現在湊への誕生日プレゼント開封会が行われていて、開けるたびに湊が嬉しそうな声を上げていた。
 俺はオルゴール付きのスノードームを日付けが変わった瞬間にあげてるからあそこにはないんだけど、それでも数が多い。
 キッチンに立ちそれをBGMに朝昼兼用のご飯を作っていると、悠介が来て少しの間のあとバツが悪そうに口を開いた。

「……悪かったな、知らなかったとはいえ押し掛けて」
「薫が全部悪いんだから気にすんな。それに…」
「それに?」
「湊が楽しそうだからいいんだよ」

 リビングでは笑い声が響いてて、湊と薫と辻平がプレゼントを囲んであーだこーだ話してる。

「あの辻平って奴、お前の恋人だろ」
「……何で分かった?」
「お前が湊じゃなくてアイツを見てるから」
「…………」
「俺が言えた義理じゃねぇけど、いい奴に出会えたみたいで良かったじゃん」
「…ふん」

 ニヤリと笑って悠介を見ると、嫌そうに眉を顰めたあとリビングの方へと視線を移して口元を緩め、俺に対しては鼻で笑ってから賑やかな方へと戻って行った。
 卒業までは確実に湊の事引き摺ってたからな、アイツ。まぁ何にせよ、悠介も前に進めたみたいで良かったわ。



 人数が増えたから多少時間は掛かったけど、昼飯を食ったあと自分がすると立ち上がる湊をソファに座らせた俺はまず洗濯と掃除を済ませる。その後夕飯に使う足らない分の食材を買いに行ったんだけど、戻って来て部屋の様子が変わっている事に驚いた。
 どうやら薫主導で辻平と悠介が飾り付けしてくれたらしく、湊が目を輝かせて写真を撮っている。
 壁には〝HAPPYBIRTHDAY〟と一文字ずつフラッグ型の紙に書かれたガーランドと、カラフルで大きさがまちまちな丸がついたペーパーガーランドが貼り付けてあり、その下には2と0の数字の風船が造花に囲まれてて、ミニ黒板には〝湊くん、20歳のお誕生日おめでとう♪〟って書いてあった。
 すげぇな、俺が家開けた時間そんな長くないのに、あっという間にここまで雰囲気出たか。

「周防くん、見てみて」
「ん? いいじゃん、可愛く撮って貰えたな。俺にも送っといて」
「うん」

 ご機嫌な湊が俺の傍まで来てスマホを見せてきた。そこには飾り付けの横でにこやかにピースをしている湊が映っていて、その表情を見ればすげぇ嬉しそうなのが分かる。
 やっぱこういうの好きだよな。薫に教えて貰うか。
 っつか、黒板には湊の名前しかねぇけど薫も誕生日だよな。

「薫。ここ、お前の名前はいいのか?」
「いいわよ。ここには湊を祝いに来てるんだから」
「あー…なるほど」

 傍目には分かりにくいけど、薫の湊に対する愛情って相当深いよな。まぁ、俺には敵わねぇけど。
 買ってきた物をしまいつつ夕飯の支度も進めてたら視線を感じて、何気なく顔を上げた俺は眉を顰めた。カウンター越しに悠介の恋人が少しだけ吊り上がった目でじっと見てて、何となく居心地が悪い。

「……何?」
「や、料理出来んのすげーなって」
「お前、実家住み?」
「そう。でも来年には悠介と一緒に暮らす予定」
「へぇ、アイツもやるじゃん」

 付き合ってどれくらいになるのは知らねぇけど、同棲までしたいって思ってるなら相当惚れてるだろ。
 野菜を切りバットに分けて乗せながら話すものの、コイツすげぇ見てくるから気になる。人懐っこいのはいいことだけど、初めて会う奴にくらいは警戒心くらい持った方がいいだろうに。悠介も大変そうだな。

「アンタが幼馴染みくんを横から掻っ攫った奴だろ? よく悠介と仲良く出来るよな」
「…お前すげぇな、それ言うんだ」
「いや、何か気になったから」
「別に仲良くしてる訳じゃねぇよ。実際、アイツは俺を嫌ってるし」
「嫌い…なのか? そんな感じはしないけど…」

 仮に嫌いじゃなくても気には食わないだろうし、どっちにしろ悠介が俺に対してプラスな感情を持ってない事は確かだから、俺だって今更仲良しこよししなくていいとは思ってる。
 辻平はキッチンカウンターに頬杖をつきチラリと悠介を見る。

「一応付き合ってはいるんだけどさ…やっぱまだ好きなんかな」
「湊に未練があるようならお前と付き合ったりしないだろ。アイツ、クソがつくほど真面目だし」
「あはは、それは言えてる」
「ちゃんとお前を見てるって」

 ここに来てから悠介が湊に意識を向けたのは話し掛けられた時だけだ。幼馴染みだから大事ではあるんだろうけど、今はもう湊を見る目と辻平を見る目が全然違う。
 すき焼きの割り下を入れた鍋に切った野菜を入れて火を点け、不要になった調理器具を洗っていたら足音がして湊が腰元に抱き着いてきた。
 目を瞬いて見下ろすとムッとした顔が見えて理解する。

「湊」
「……」

 声をかけるとチラリと俺を見てからふいっと顔を逸らすから、結構いじけてるなって言うのが分かった。ヤバい、ニヤけそう。
 水を止めて手を拭き湊を抱き上げたら、視界の端で辻平が驚いた顔をするのが見えたけど気にしない事にする。

「どうしたら機嫌直る?」
「……ぎゅー」
「ん」

 首に腕を回してくる湊をぎゅーっと抱き締め頬に口付けるとホッとしたように身体から力を抜き、俺だけに聞こえる声で「大好き」って囁いてきた。
 あー、可愛い。このまま寝室に連れて行って組み敷きてぇ。

「めちゃくちゃラブラブだ」
「だろ? 可愛くて仕方ねぇの」
「甘いの好きな俺でも胃もたれしそう」

 薫には良くバカップルだの独り身の気持ちを考えろだの言われるけど、好きなんだから触れ合いたいのは当たり前なんだよな。
 鳩尾を押さえて苦い顔をした辻平は、首を振りながらカウンターから離れ悠介と薫の方へと戻って行った。それを見送ってから湊の頬を突つくと、顔を上げ今度はちゃんと俺と目を合わせてくれる。

「俺も好きだよ、湊」

 シンクに寄り掛かり、髪を撫で首の後ろに手を掛け唇を寄せたらすぐに目を閉じる湊が愛しい。
 リビングに背を向けているのをいい事に吐息だけで笑った俺は、湊の柔らかい唇に触れるだけのキスをした。





 ユラユラと小さな炎が暗がりの中で揺らめいてる。
 二人だけのつもりだったから小さなホールケーキに長いローソクが二本立ってるんだけど、その向こうに見える湊の顔がキラキラしてて眩しい。
 薫と辻平がバースデーソングを歌い、大きく息を吸った湊が丁寧に一本ずつ消して真っ暗になった瞬間拍手が響く。スイッチを押して電気をつけると、湊が照れ笑いを浮かべてお礼を言ってた。
 一旦ケーキを下げて、湊のリクエストであるすき焼きを運び、約束したアルコール度数の低い缶チューハイと、小皿や他の細々した料理もテーブルに並べて腰を下ろしたら、薫が感心したように鍋を覗き込んだ。

「湊から、御子柴くんは料理上手だって聞いてたけどホント凄いわね」
「こんなのぶち込んだだけだし、湊の方が上手いよ」
「俺は和食メインだから。洋食も中華も作れる周防くんの方が上手」
「むしろ和食が俺の好物なんだから湊の方が上だろ」
「周防くんの方が料理歴は長いよ」
「湊は頑張ってるから…」
「はいはい、ラブラブ褒め合戦はいいから」

 俺のは必要に駆られて身に付けただけのものだ。逆に湊はに上手になったんだからどう考えても湊の方が凄いのにと言い合ってたら、呆れた顔の薫にストップが掛けられた。
 悠介は溜め息をついてるし、辻平はどうしてか悠介の袖を掴んでいるし、湊は気付いて赤くなってるしでなかなかにおかしな光景になってる。

「このお酒は?」
「湊と飲む約束してたから」
「意外。湊は興味ないと思ってたわ」
「周防くんが会社の人と飲みに行ってるのが羨ましくて」
「御子柴くんと飲んでみたかったのね」

 薫の言葉にこくりと頷いた湊の前に缶を並べてやると、興味深そうに手に取り味を選び始める。その間にすき焼きを小皿によそって箸と一緒に置いたら決まったのか白色の缶以外を今度は薫の前へと移動させた。

「私も飲んでいいの?」
「うん。悠介と…そういえば、琉依くんっていくつ?」
「紛うことなき二十歳」
「じゃあ琉依くんも飲んでね」
「サンキュー、湊」
「ありがとう」

 いつの間に名前で呼ぶようになったんだ。
 とりあえず一周目は全員分よそってやり、湊に先に飯を腹に入れてから飲むよう伝えてから手を合わせる。
 示し合わせたかのようにいただきますがハモったのはさすがにウケた。



「…あれ? 湊?」

 一時間後。話しながら食べてたからずいぶんゆっくりとした食事になってたけど、みんなで酒を飲み始めて数十分、薫が黙り込んだ湊に気付いた。
 その声に反応して隣を見ると、湊の頬や耳が赤くなっててギョッとする。
 慌てて両手で包むように持っていた缶を取り上げたら半分は確実に入ってて更に驚いた。

「顔真っ赤だぞ」
「大丈夫か?」
「湊、水飲んだ方が…」

 弱いかもとは思っていたが、ここまでとは思わずとりあえず水を飲ませようと声をかけたが、湊は反対隣にいる薫に向き直ると突然抱き着いた。

「薫ー、大好きー」
「え、何この唐突のデレ。嬉しい。私も大好きよ、湊」
「んー」
「ふふ、擽ったいわ」

 抱き合うまでは微笑ましい光景ではあったけど、湊が薫の頬にじゃれつくように口付けた瞬間俺は固まった。
 いや、身内だし姉弟だから別に疚しいものではないと分かってるんだけど、湊の唇が俺以外に触れたって事が問題で、嫉妬深い事を自認してる俺にはとてもじゃないが許容出来ない。
 大体さっきの言葉も、俺に向けるものとは意味が違うとは分かっていても自分以外に好きと言われるのはモヤッとするんだ。
 でも湊が薫にデレるなんてめったになくて、止めたい気持ちを堪えてたらいきなり湊が立ち上がり、向かいに座ってる辻平の傍に行くなり抱き着く。
 嫌な予感しかしねぇ。

「みな…っ」
「琉依くーん」
「湊、大胆だなー」
「!!」
「あらあら」
「湊……あ! やべ…っ」

 予感的中して欲しくなかったのにしてしまった。
 いつもののんびりさはどこへと言わんばかりに行動が早くなった湊は、止める隙もなく辻平の頬にまでキスをして…俺は急いで立ち上がろうとして自分の飲み物をひっくり返してしまい今度は違う意味で慌てる。

「こんなに慌ててる御子柴くんを見るのは初めてね。レアだわ」
「面白がってんじゃねぇよ…」
「わ…っ。み、湊…っ」

 拭かねぇととは思いつつ今はそれどころじゃないと倒したグラスを起こしてたら悠介の焦った声がし、ハッとして視線を移したら今度は悠介に迫っているのが見えて俺は腕を伸ばした。
 乱暴だとは思いつつ肩を掴んで引き寄せ抱き込む。

「…っセーフ…」

 悠介だけはしゃれにならねぇし、頬とはいえ辻平だって嫌だろう。
 長く息を吐いてどこにも行かないようにと強めに抱き締めていると、湊の手が首の後ろに回されて軽く引かれ顎に唇が触れた。
 目を瞬いてたらもぞもぞと動いて俺の膝に座り、しっかりと両腕を首に回して頬に口付けてくる。

「周防くん、周防くん」
「はいはい、俺ですよ」
「湊って、酔うとキス魔になるのね」
「ってかこれ半分も減ってないけど、あんだけ酔えるもんなんだな」
「湊…弱いにも程がある」

 薫は楽しそうだし、辻平は湊が飲んでいた缶の中身を覗き込んで感心してるし、悠介は苦笑してる。三者三様の反応に溜め息をついた俺は、今だに俺の頬に可愛らしいキスしてくる湊の髪を撫でながら、二度と俺以外の前では飲ませない事を決めた。


「それじゃ、私たちはそろそろ帰りましょうか」

 あのあと、湊が寝落ちてからしばらくして何の脈絡もなくそう言った薫は立ち上がり上着とバッグを手に持つと悠介と辻平を促した。
 腰を上げる悠介の隣で酒を飲み干した辻平も立って悠介に何かを話してるけど、コイツらはまったく酔ってる素振りがねぇな。辻平が若干赤いくらいか?
 俺の膝を枕にしていた湊を抱き上げてソファに寝かせ、見送りをしようと玄関まで行くと薫がシューズボックスの上に何かを置いていた。

「起きたら見せてあげて。じゃ、またね」
「ご馳走さま」
「お邪魔しました!」
「おー、またな」

 玄関扉を開け出ていく三人を見送ったあと、施錠してからシューズボックスへ視線を移した俺は思わず笑みを零す。そこには写真立てがあり、中には那岐原家と旅行に行った時に撮った家族写真が入っていてみんないい顔してた。
 家族で出掛けるってなったら当たり前のように俺も誘ってくれるんだよな。

「あったかい人たちだよ、ホント」

 近いうちに湊と一緒に写真立て回りを飾ることにし、欠伸を零しながらリビングへと戻ったら湊が起き上がってボーッとしてた。近付いて顔を覗き込んでみたけど、まだ完全には目が覚めていないのか視線が合わない。
 このままならまた寝るかもしれないし、声はかけない事にしてテーブルの上を片付けを始める。
 買ってきた酒ほとんどなくなったな。

「……周防くん…」
「ん?」

 背中を向けてゴミを纏めていたら小さな声で呼ばれて振り返ったけど、湊は再び横になって眠っていたから寝言だと気付く。さっさと綺麗にして、ベッドに運んでやんねぇとな。
 壁の飾り付けも湊が満足するまで置いておこう。
 あらかた片付け終わった俺はシャワーだけさっと浴びてしまい、完全に寝入ったらしい湊を抱き上げ寝室へと向かった。
 ベッドに寝かせ、湊の額に口付ける。

「来年は二人で旅行にでも行きたいな」

 誕生日プランとか探せばありそうだし、今日は今日で楽しかったけどやっぱ二人きりで祝いたい気持ちもあるし。
 一年かけて考えたら湊はどんな反応をするだろうか。
 驚くだろうし、喜ぶだろうし、泣くかもしれない。素直な湊だからこそ想像出来る光景に小さく笑みを浮かべた俺は、さっそく明日から計画してみる事に決め穏やかに寝息を立てる恋人を抱き締め目を閉じた。


 数日後、シューズボックスの上には俺と湊で撮った写真も並べられ、湊の手によって温かみのある装飾が施され玄関を彩ってくれている。
 それから一年ごとに写真が増えるようになるんだけど、それはまだ先の話。





FIN.
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