噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

ミヅハ

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番外編

お久し振りの二人

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 その日は、周防くんのお仕事が終わる時間に待ち合わせをして、外で夕飯を食べる約束をしていた。



「君、今ヒマ? ヒマならどっか遊びに行かない?」
「人と待ち合わせしてるので」
「えー? でも俺、結構前から君を見てたんだけど」
「俺が早く来すぎただけなので」

 周防くんからこの時間に終わるって連絡が来て、三十分早く駅前に着いた俺は現在男の人から声をかけられてた。今はもうこれがナンパなんだって知ってるから敢えてツンとした態度を取ってるんだけど、この人なかなか引いてくれない。

「じゃあさ、時間までコーヒーでもどう? 奢るよ」
「大丈夫です」
「ほら、あそこにコーヒーショップあるでしょ? あそこからならここ見えるし、待ってる人が来たらすぐ分かるよ」
「い、いいです」
「えー、いいじゃん。ここで出会ったのも何かの縁だしさー…いてっ」

 俺、あんまりグイグイ来られるの得意じゃないし、だんだん距離詰められるのも怖くて俯いてたらナンパしてきた人が視界の端でよろけたのが見えた。

「ぶつかってんじゃねぇよ」
「あ? 半端な場所に立ってんのが悪ぃんだろ?」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 物騒な言葉にもしかしてこのまま喧嘩が始まっちゃうのかなと身構えたけど、何となく聞き覚えのある声だと思い顔を上げた俺は、ナンパの人と睨み合ってる二人組に「あ」と声を上げた。
 それに反応した一人が俺を見て同じように一言発し、少し考える素振りをしたあとナンパの人に向き直る。

「おい、コイツに手ぇ出したら確実に殺られんぞ」
「は?」
「? お前何言って……あ」

 もう一人も俺に気付いてナンパの人の肩を掴むと、同意するように真面目な顔で何度も頷く。

「五体満足でいてぇならマジでコイツだけはやめとけ」
「な、何だよ…」
「コイツの彼氏めちゃくちゃ喧嘩つえぇから」
「引くなら今しかねぇよ?」

 さっきまで喧嘩腰だったのにいきなり心配してるような事を言われてナンパの人も困惑してる。確かに周防くんは喧嘩強いけど、無闇矢鱈にはしないんだけどな。
 二人組─ヒョロ男とツンツン男は俺から男の人を離すと背中を押して追い払い、俺を挟むようにして見下ろしてきた。

「で、お前はこんなとこに一人で何してんだよ」
「神薙は?」
「周防くんはまだお仕事中。待ち合わせてご飯行こうって約束してて」
「あのな、お前は待ってちゃ駄目だろ」
「え、どうして?」

 家よりも周防くんが勤めている会社の方が近いから早めに出て待ってる方が安心する。確かに楽しみ過ぎて早く来ちゃったなとは思うけど、俺は出来れば待たせたくないから。
 でも俺が待ってたらいけない理由は分からないから首を傾げると、ツンツン男が眉を顰めて頭を掻く。
 というか、助けてくれた人をいつまでも○○男って呼びたくないな。

「どうしてって…」
「二人とも名前教えて」
「…いきなりかよ」
「滅多に会わねえのに、そんなに知りたいか?」
「知りたい」

 何と言っても俺と周防くんの恩人なんだから、やっぱりちゃんと名前で呼びたい。
 じっと見上げて頷くと、二人は目を瞬いて俺を見てきた。

「お前、何か雰囲気変わったな」
「そう、かな。だとしたら周防くんのおかげだね」
「……まぁ名前くらい別にいいか。俺は宏貴ひろたかな」
「俺は雅也まさや

 えーっと、ツンツン男が宏貴くんで、ヒョロ男が雅也くん。よし覚えた。
 チラリと駅前にある大時計を見ると、周防くんが終わる時間まではあと十五分ある。楽しい時間って、その時が来るまでが長く感じて苦手だ。

「仕方ねぇから、神薙が来るまで一緒にいてやるよ」
「え?」
「お前一人にしとくと絶対またナンパされるだろうし」
「えっと、ありがとう」

 不良って俺にとっては一番遠い場所にいる人たちだったし、周防くんにたくさん殴られたりしてたから怖い人たちとしか思ってなかったけど、本当は二人とも優しいんだよね。
 なぜか道行く人たちがチラチラ見てくる中二人と話してたら、ポケットに入れてたスマホが震えて確認した俺はガクッと肩を落とした。

「どうした?」
「周防くん、お仕事ちょっと長引きそうって」
「まぁ会社員ならあるあるだわな」
「っつか、神薙が会社勤めとか想像も出来ねぇんだけど。スーツ着てんの?」
「うん。すっごくカッコいいよ」

 初めて見た時はあまりのカッコ良さにお仕事行かないでって言いそうになった。だって絶対注目浴びる。女性社員さんとかから絶対モテる。
 だってたまに周防くんのカバンからラブレター出てくるもん。もちろん周防くんが受け取ってるんじゃなくて、こっそり入れられてるんだけど。

「かっこいいかどうかはどうでもいいんだけど、まぁあのナリならスーツ似合うだろうな」
「あの顔の良さはいつ見ても腹立つわ」

 何だかとても理不尽な文句を言われてる。俺は周防くんの顔を見るといつもドキドキするんだけどなぁ。

「二人とも一緒にいてくれてありがとう。周防くん何時に来れるか分からないみたいだし、俺どこかに入って待ってるよ」
「別に用事ねぇし、一緒に待っててやるって」
「あ、じゃあ飲みもん買って来るわ。お前は奢ってやる。何がいい?」
「え、い、いいよ。そんなの悪いから」

 ナンパされる事を心配してくれてるならお店に入れば安心かなと提案したんだけど、宏貴くんがなんて事ないように言って、雅也くんがさっきナンパの人が言ってたコーヒーショップを指差す。
 この人たち、親切過ぎない?
 雅也くんは首を振る俺の頭にポンと手を乗せると、にっと笑ってグリグリしてきた。

「わ、ちょ…っ」
「いいから遠慮すんな。ほらほら、お兄さんに何飲みたいか言ってみ?」
「…じゃあ甘めのアイスカフェオレ」
「あいよ。ヒロはブラックでいいんだろ?」
「おう」
「んじゃ、ちょっと行ってくらー」

 雅也くんがのんびりと歩いてコーヒーショップに向かって行く。その後ろ姿を見送って、周防くんに『大丈夫だよ、待ってるね』とメッセージを返した。

「にしても、相変わらず神薙と仲良くやってんだな」
「うん、仲良しだよ」
「何年経つんだ?」
「今年で三年、かな」
「まだそんなもんなんだ」

 そんなものとは言うけど、三年間喧嘩もなく付き合ってるのは凄いと思うんだけどな。俺も周防くんも初めての恋人だし。
 これだけ一緒にいても大好きしかないのって、周防くんが全身で包み込んで気持ちを伝えてくれるからだろうね。

「二人は今は何してるの?」
「バイトしながら模索中。まぁ特にしたい事もねぇから、当分は現状維持だな。ちなみにマサは家業を手伝ってる」
「家業?」
「八百屋」
「え、どこの?」
「そっちちょっと行ったとこにある商店街の中」

 そう言って宏貴くんはこの近辺にある大きな商店街の方を指差したんだけど、俺わりと行ってるからもしかしたら買い物した事あるかも? でも雅也くんっぽい人は見た事ないから、違う八百屋さんかな。
 商店街って同じようなお店が何軒かあるし。でも今度行ってみよう。
 頭の中に商店街内にある八百屋を思い浮かべていたら、雅也くんが戻って来てカフェオレを渡してくれた。

「お待たせ、ほい」
「ありがとう」
「ヒロも」
「サンキュー」
「どっか座れるとこねぇかな」

 確かに、周防くんが終わる時間が分からない以上ただ立っているのは辛いかも。
 一緒になってキョロキョロしてたら少し離れた場所にあるベンチからちょうど立ち上がった人がいて、二人に教えると宏貴くんがダッシュして取りに行くから笑ってしまった。

「元気だな、アイツ」
「でもおかげで座れるよ」

 呆れ声の雅也くんとクスクス笑いながらベンチに向かい、腰を下ろしたら二人に挟まれる形になった。雅也くんは細身だけど、それでも俺よりは男の人って体格だから自分が余計小さく見えそう。
 カフェオレをストローでしっかり混ぜてから口を付けて飲むと、ちょうどいい甘さと冷たさが身体に染み渡った。
 周防くん、早く来ないかな。




「あ、周防くんだ!」

 ベンチに座って二人とお喋りし始めてからおおよそ三十分後。最初に立ってた場所に長身の男の人がキョロキョロしてるのが見えて、それが周防くんだって分かった俺は立ち上がるなり駆け出して飛び付いた。
 待ち合わせた場所に俺がいなかったから心配してくれてたのか、ホッとして俺の頬を両手で挟む。

「湊、待たせてごめんな」
「ううん。お仕事お疲れ様」
「大丈夫か? 変な奴に声かけられたりしなかったか?」
「二人が一緒にいてくれたから大丈夫だよ」
「二人?」

 走って来てくれたのかな、汗で前髪が張り付いてる。
 訝しむ周防くんに、ベンチに座ってる宏貴くんと雅也くんの方を向いて示すと思いっ切り眉を顰めたあと思い出したのかハッとした。

「あれ、お前ら」
「よ、久し振り」
「お前のお姫さんは俺らがお守りしときましたー」
「そ、れはどうも…っつか何で?」

 周防くん、顔いっぱいにハテナマークが出てる。
 あの日助けられたとはいえ、あれだけ喧嘩してた人たちが俺といたらさすがにそうなるよね。

「たまたま通りがかったら執拗くナンパされててな。一応顔見知りではあるし、何かあったら目覚め悪ぃから助けてやったんだよ」
「で、コイツ一人だと絶対またナンパされるから、お前が来るまで一緒に待ってたっつー訳」
「なるほど…」

 二人はどこか楽しそうにこうなった経緯を話してて、ベンチから立ち上がると周防くんが着てるジャケットの襟元を物珍しそうに摘んだ。
 あれ、何か三人並ぶとキラキラして見える?

「っつーか、髪の色似合わねぇな」
「うるせぇ。社会人は見た目が大事なんだよ」
「喧嘩ばっかやってた奴が会社員とかクソウケる」
「ぶん殴んぞてめぇ」
「そういうとこは変わってねぇのな」

 三人とも口は悪いけど、あの日まで殴り合いの喧嘩をしてたとは思えないほど仲良しだ。周防くんの口調も、俺には絶対しない話し方だから何だかドキドキする。
 たまにはあんな風に俺にも話してくれないかな。

「なーにしてんの?」
「!?」

 少し離れた場所で三人を見てたら肩越しに顔を覗き込まれて肩が跳ねた。身体を引きながら見上げると細目の男の人がにこにこしながら立ってて、俺の事を頭の天辺からつま先まで見下ろしてくる。
 こういう視線は好きじゃない。

「可愛いねー。お兄さんとご飯食べに行かない?」
「行かねぇよ」
「お前じゃ役者不足だから」
「失せろ、変態」

 男の人の手が俺の肩へと伸びて来たけど、それを払い退けた周防くんが俺を後ろから抱き締め、俺の両側に宏貴くんと雅也くんが立って男の人を睨む。
 男の人は細い目を見開いてしばらく固まってたけど、雅也くんが一歩足を出したらビクッとして慌てて走って行った。

「ほら見ろ、ちょっと距離あるだけでこれだ」
「今後、待ち合わせはやめとくべきだな」
「そうだな。別に一旦家に帰ってからだっていいんだし」
「デートと言えば待ち合わせなのに…」

 しゅんと項垂れる俺の頭を周防くんが慰めるように撫でてくれる。
 残念ではあるけど、だからと言って周防くんを一人で待たせたら女の人にナンパされまくるだろうから、家で落ち合って出るのが一番いいのかもしれない。

「じゃ、神薙も来た事だし俺らは帰るな」
「ありがとう、二人とも」
「おー。また見掛けたら声でもかけてくれよ。じゃあな、湊」
「気安く名前呼ぶな」
「あはは、言うと思った」
「デート楽しめよー」
「バイバーイ」

 手を上げて去って行く二人を見送り人混みに消えたあと周防くんを見上げたら微笑んで目元に口付けてくれる。それから腕を離して手を握ろうとしたから腰元に抱き着いたらそのまま肩を抱き寄せてくれた。
 そういえばどこに食べに行くんだろう。

「湊って案外人たらしだよな」
「え?」

 お腹空いてるから何でも食べられるかもと思ってたらいきなりそんな事を言われて目を瞬く。それを見て苦笑した周防くんは空いている方の手の人差し指で俺の額を突ついてきた。
 痛くはないけど、行動の意味が分からなくて首を傾げる。

「アイツらに気に入られちゃって」
「友達にはなれたよ」
「友達っつーかなんつーか……」
「?」

 肩を抱いていた手に頭を撫でるように叩かれ、何かを考えてる様子の周防くんを見上げると何とも言えない顔をしていた。
 でも少しして自己完結したのか、「まぁいいか」と零した周防くんはいつもの優しい表情で俺を見下ろす。

「腹減ったし飯食いに行こ。何かリクエストある?」
「俺の食べたいものでいいの?」
「もちろん」
「えっと、じゃあお好み焼き」
「それならあそこかな」

 ここら辺には飲食店もたくさんあるから目移りしちゃうけど、今日テレビで見て食べたいなって思ってたものをリクエストする。お好み焼き屋さんってあんまり行かないし家でも作らないから楽しみだ。
 俺は気付かれないようこっそりと周防くんの綺麗な横顔を見上げ、心の奥からじんわりと滲み出る幸せに一人頬を緩めた。



 余談だけど、お店へ向かう途中あちこちからいい匂いがしてきて我慢出来ずにお腹が鳴ってしまい、それを周防くんにバッチリ聞かれてしまったのは穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。





FIN.
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