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番外編
塗り替えられる想い(悠介視点)
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ずっと片思いをしていた幼馴染みの湊に完全な失恋した俺は、あれ以来なかなか前に進めずにいた。
ケジメをつけて自分の中でも整理する為の告白だったけど、ずっと湊しか見てこなかったから他の人に目を向ける方法が分からなくて、結局高校を卒業した今でもズルズルと未練を引き摺っている。
あの二人は新しい道を既に歩いて行ってるっていうのに、俺は一体いつになったら顔を上げられるのか。
「あの、滝くん。初めて見た時から好きです。付き合って下さい」
講義を終え、レポートを出す為に教授の元へ行こうとしていた俺は女の子に呼び止められ人気のない場所に移動するなりそう告げられた。俯いてるからあまり顔は分からないけど、見た目は清楚系の小柄な女の子だ。
湊と同じくらいの身長か、と考えてハッとした。駄目だな、ふとした時に湊の事を考えてしまう。
「ごめん。今は誰とも付き合う気ないから」
「……分かった。ありがとう」
「俺の方こそ、勇気を出して言ってくれてありがとう」
パッと俺の方を見た彼女の目には涙が浮かんでたけど、表情は笑顔で俺に手を振ると背を向けて走って行った。
告白されること自体は初めてじゃないし、俺の答えは決まってるから毎回こうして断る事が凄く申し訳なくて…何で俺なんだろうな。
告白してくる子が湊だったらって何度思った事か。
「…は、最低だな、俺」
「その気もないのに付き合う方が最低だと思うけど?」
「………え?」
溜め息混じりに零した言葉に応答され、一瞬の間のあと眉を顰めて声がした方を見ると派手なピンク髪の男がちょうど死角になるところに座ってて、棒付きの飴を振りながら俺を横目で見ていた。
「盗み聞きするつもりはなかった、スマン」
「いや…どう見てもそっちが先客じゃ…」
「まぁそうだけど……よっ」
掛け声と共に立ち上がった彼は、飴を咥えて俺の傍まで来るとあからさまに嫌そうな顔をする。
「うわ、イケメンで背が高いとか嫌味か、腹立つな」
「それは理不尽じゃないか?」
「あはは、確かに」
不機嫌な顔から一転して人懐こい笑顔に代わり、声を上げて笑う姿に俺の方が困惑する。良く見ると、吊り目がちで鼻も口も小さくてまるで猫みたいな顔つきをしていて、たぶんどちらかといえば可愛い部類に入る…と思う。
俺にとって一番可愛いのは湊だったから比較出来る対象はあまりいないんだけど。
「オレ、辻平 琉依ってんだけど、アンタは何くん?」
「滝悠介」
「名前までイケメンか」
「だから理不尽だって」
「ごめんごめん」
顔も見た事ないし名前も聞いた事ないから、たぶん一度も同じ講義は受けてないだろう。まぁ俺だって全員を把握してる訳じゃないないから、もしかしたら一回か二回は被ってるかもしれないけど、俺の記憶にはいなかった。
辻平は明るく笑いながらポケットを漁ると、未開封の棒付き飴を取り出し俺へと差し出してくる。
「?」
「お詫び。あ、甘いのだめ?」
「いや、別に食べられなくはない」
「何だよその微妙な返事。まぁいいや、食えるんならやる」
せっかくの善意を無碍にするのも悪いしと受け取りカバンへとしまうと、辻平は満足そうに笑ってポケットに手を突っ込んだ。
「悠介って呼んでもいいか? オレも琉依でいいからさ」
「別に、好きに呼んでくれていい」
「あんまこだわりない感じ?」
「その人の距離感次第だろ?」
「え、何。来る者拒まず精神? 博愛主義は憎まれやすいぞ?」
「そういう訳じゃないけど」
辻平…琉依のように最初からグイグイ来る奴もいれば、湊のように遠慮がちで人見知りな子もいるからその人が呼びたいように呼んでくれればいいって話なんだけど。
わざわざ説明するのもなと思ってたら、琉依がビクッとしてポケットからスマホを取り出ししまったという顔をする。
「やっば、アイツ待たせてんの忘れてた! じゃあな、悠介! 見掛けたら声かけてよ、オレもかけるし!」
「あ、ああ」
「またなー!」
早口で捲し立てて嵐のように去って行った琉依は、甘い香りだけを残してあっという間に見えなくなってしまった。ずいぶんと足が早い。
それを呆然と見ていた俺は、そういえば教授のところへ行く途中だったと青褪め急いで研究室へと向かうのだった。
「あ」
「悠介じゃん」
次の日、必修講義を終えカフェテリアに来た俺は、記憶に新しいピンク色を見付けて思わず声を上げた。それに気付いたのか琉依もこっちを向いて俺の名前を呼ぶけど、一緒にいる友達が何でって顔してる。
それもそうだ、昨日まで何の接点もなかったんだから驚くよな。
「何してんだ?」
「次空きコマだから時間潰し」
「じゃあここ座れば?」
「いや…」
フレンドリーに席を勧めてくれるのは有り難いが、友達が気まずいだろう。
現に俺と琉依を交互に見てオロオロしているから、首を振って別のテーブルに行こうとすると袖を掴まれて驚く。
「せっかくなんだし座れって。いいよな?」
「え? あ、お、おう」
「無理に合わせなくても…」
「いや、本当にいいよ。俺も滝とは話してみたかったし」
強引な琉依には慣れているのか、友達はにこっと笑って同じように椅子を指差してくれる。さすがにそこまでして貰って断る訳にもいかないし、気を遣わせて申し訳ないと思いつつ座ると琉依がさっとスマホを出して来た。
「連絡先交換」
「…琉依は遠慮がないよな」
「嫌だったら嫌って言うだろ?」
「言うけど…」
「コイツ、マイペースな上にこうだって決めたら絶対譲らないから考えるだけ無駄だぞ」
「そんな気はしてた」
話せば話すほど湊とは違うタイプだし、どっちかというと薫寄りだ。でも不思議と嫌な感じがしないのは、琉依のこの無邪気な笑顔によるものなんだろう。
見た目は派手なのに、笑った顔が少しだけ幼くなって警戒心も削がれる。
琉依と、彼の友達でもある望月 真とも連絡先を交換しカバンから飲み物を出したら、何かが引っ掛かって下に落ちた。
それを拾ってくれた琉依にお礼を言って受け取ろうとしたんだけど、返してくれないどころかじっと見るから苦笑してしまう。
「誰? これ」
「幼馴染み」
「双子? こっちが女の子なのは分かるけど、こっちは男の子…だよな?」
「そう。二人とも可愛いだろ?」
「男女の双子とか珍しい」
「もしかして、こっちの子は悠介の彼女?」
「そんな訳ないだろ。小さい頃からずっと一緒だから、弟妹みたいなものだ」
湊を弟とは思った事はないし、今でもまだ未練たっぷりだけど琉依や望月に言う事でもないからそこは黙っておく。
やっと返された定期入れをカバンにしまうと、琉依が頬杖をつきなから首を傾げた。
「っつか、幼馴染みの写真定期に挟むのって普通?」
「普通じゃない、とは思う」
「言っとくけど、入れたの女の子の方の幼馴染みだから。私たちと離れて寂しいでしょ? これ見ていつでも思い出してねって無理やり」
「でも抜かないんだ」
「抜いたのバレたらうるさいんだよ」
大学デビューしたら多少は大人しくなるだろうと思ってたのに、全然変わらない薫を思い出し溜め息を零す。湊に構えなくなった分俺に来ている気がするのは気のせいか。
目を瞬いた琉依は次にはぷっと吹き出すと俺の肩をバシバシと叩く。痛くはないけど距離が近い。
「どんだけ幼馴染みに弱いんだよ」
「たぶん琉依は気が合う」
「あー…なるほど、察し」
「望月は分かってくれると思った」
「え、何? 何だよ二人して」
それだけで理解するとか、望月も普段から振り回されてんだな。
苦笑する望月としみじみと頷く俺を交互に見ながら眉を顰める琉依は、今度は両手でテーブルを叩きながら抗議する。
「オレを置いてけぼりにするな!」
「はいはい、琉依はこれでも食ってなさい」
「そんなもんじゃオレは絆されな……あき姉の店の限定チョコ!」
「あっさりだな」
「俺の姉貴がやってる洋菓子店で、一日十個限定で販売される人気チョコの詰め合わせでさ。琉依の大好物なんだよ」
「子供か」
躊躇いなく包装を破り、蓋を開けるなりホクホク顔でチョコを食べ始めた琉依の姿に呆れて肩を竦めた俺は、さっき取り出した飲み物に口を付けた。
ホント、望月の言うようにマイペースな奴だ。
それから琉依とはちょくちょく会っては話すようになり、いつの間にか大学内で一番一緒にいる時間が長い相手になった。いくつか同じ講義を取っていた事を知った時は驚いたけど、認知すればピンク髪は意識しなくても目につくもので…あんな目立つ色に気付かない俺って。
正直、琉依といるのは楽しい。
遠慮はないけど自分が悪いと分かったらすぐに謝るし、いつもにこにこしていてとにかく良く動く。興味を引かれる物があればすぐに飛び付いて望月に怒られたり、自分の好きな物が売り切れてると文句を言うわりにすぐ切り替えて違う物を買ったりと、良くも悪くも素直だ。
控えめで大人しい湊とは全然違う、人の輪の中心にいるような琉依の事を眩しいと思い始めたのはいつだろう。
あの笑顔を、俺だけに向けて欲しいと思うようになったのは。
「…あのさ、引かれるの覚悟で言うんだけど…」
「ん?」
「オレ、本当は結構前から悠介の事知ってた」
「え?」
「入学した時に見かけて……その…」
大学外でも遊ぶようになったある日、昼食を摂ろうと入ったファーストフード店で不意に琉依がそんな話をしだした。
目を瞬いてると途中で言葉を切ってもじもじし始め、言葉を選んでいるのか口を開いては閉じるを繰り返す。ここで俺が何かを言うのも違うから黙って待っていると、視線だけで見上げられてドキッとした。
「……その時から、ずっと好きなんだけど」
「え」
「ごめん、本当は言わないつもりだった。でも悠介いい奴だし、黙ってるのも心苦しくなったって言うか……だってダチだと思ってる奴からそんな目で見られてるなんて気持ち悪いだろ?」
「そんな風には思わないけど」
「男なのに?」
そうか、世間的な事を考えれば同性を好きになるって引け目を感じる事なんだよな。俺が湊を好きだった時は性別なんて関係なかったし。
……あれ? 俺今、湊を好きだったって思った?
そういえば、あれだけ未練がましく湊の面影に縋ってたのに、最近はほとんど思い出す事がなくなってた気がする。
それこそ琉依と、良くつるむようになってから。
「……性別は、俺としてはそこまで重要じゃない。現に俺も、幼馴染みの男の子に片思いしてたし」
「え?」
「自分が臆病過ぎて、横から掻っ攫われたっていう間抜けなオチがついてるし、ちゃんとフラれてるから終わった話なんだけどな」
「悠介がフラれるとか…その子の相手どんだけ魅力的なんだよ」
「悔しいけど、男の俺から見てもイケメンだし、あの子の事も心底大切にしてくれてる。最初から勝ち目なかったんだよ」
御子柴の隣で誰よりも幸せそうに笑う湊はそれはもう可愛くて、俺じゃあんな表情は出せなかっただろうなって思うくらいには認めてる。
実際、御子柴と付き合うようになって湊は見違えるくらい変わったし。
「その子も男が好きなのか?」
「どうだろうな。でも、性格上そういう事を考えられるような子じゃないから、男でも女でも関係ないんじゃないか?」
「…そっか…悠介も、気持ち悪くはないんだよな?」
「ないよ。むしろ嬉しい」
「え?」
琉依の事は恋愛感情抜きにしても好きだから、例えば俺が生粋の女の子好きだったとしても気持ち悪いとは思わない。
だからそう答えれば、琉依は驚いた顔をして俺を見る。
「う、嬉しい?」
「少なくとも、俺は琉依の事を好ましく思ってるよ。もう少し言うなら、可愛いとも思ってる」
「へ、え? か、可愛い? いやいやいやいや、それはないだろ」
「言われた事あると思ってたけど」
人懐っこく素直で感情豊か。顔だって可愛いしちょこまか動く姿が小動物みたいで癒されるから、友達には言われてそうだけどそんな事ないのか。
「そもそも、男に可愛いとか普通言わないだろ」
「そういうものなのか?」
「悠介は天然タラシだな」
可愛いものを可愛いと口にして何が悪いのか。
湊は色んな人から言われてたし、御子柴なんかは学校だろうと「可愛い」って言いながら抱き締めてたからそれが普通だと思ってた。
琉依は俺から視線を逸らすと少し冷めたポテトを摘んでパクリと食べる。その頬が僅かに赤くなっている事に気付いたけど、突っ込めば不機嫌になるのは分かってるから見なかった事にした。
「……好きでいていいか?」
「それは琉依が決める事だろ?」
「じゃあ好きでいるし、好きになって貰えるよう頑張る」
「そうか」
少しだけ震えた声が問い掛けてきて、意地悪かとも思ったけど琉依に答えを任せたら前向きな言葉が返ってきて思わず笑ってしまった。
意識すればあっという間で、正直に言えば俺の気持ちはほとんど琉依に傾いてる。でも頑張る姿も見たいから、当分は言わないでおこうかな。
「マジで振り向かせるから、覚悟してろよ」
「ん。期待してる」
男らしく言い放つ琉依に、案外その日は早く来そうだなと頷いた俺は、自分のポテトを一本持つとそれを琉依の口元へと差し出した。
驚きつつも素直に食べる姿に愛おしさを覚えたのは言うまでもない。
FIN.
ケジメをつけて自分の中でも整理する為の告白だったけど、ずっと湊しか見てこなかったから他の人に目を向ける方法が分からなくて、結局高校を卒業した今でもズルズルと未練を引き摺っている。
あの二人は新しい道を既に歩いて行ってるっていうのに、俺は一体いつになったら顔を上げられるのか。
「あの、滝くん。初めて見た時から好きです。付き合って下さい」
講義を終え、レポートを出す為に教授の元へ行こうとしていた俺は女の子に呼び止められ人気のない場所に移動するなりそう告げられた。俯いてるからあまり顔は分からないけど、見た目は清楚系の小柄な女の子だ。
湊と同じくらいの身長か、と考えてハッとした。駄目だな、ふとした時に湊の事を考えてしまう。
「ごめん。今は誰とも付き合う気ないから」
「……分かった。ありがとう」
「俺の方こそ、勇気を出して言ってくれてありがとう」
パッと俺の方を見た彼女の目には涙が浮かんでたけど、表情は笑顔で俺に手を振ると背を向けて走って行った。
告白されること自体は初めてじゃないし、俺の答えは決まってるから毎回こうして断る事が凄く申し訳なくて…何で俺なんだろうな。
告白してくる子が湊だったらって何度思った事か。
「…は、最低だな、俺」
「その気もないのに付き合う方が最低だと思うけど?」
「………え?」
溜め息混じりに零した言葉に応答され、一瞬の間のあと眉を顰めて声がした方を見ると派手なピンク髪の男がちょうど死角になるところに座ってて、棒付きの飴を振りながら俺を横目で見ていた。
「盗み聞きするつもりはなかった、スマン」
「いや…どう見てもそっちが先客じゃ…」
「まぁそうだけど……よっ」
掛け声と共に立ち上がった彼は、飴を咥えて俺の傍まで来るとあからさまに嫌そうな顔をする。
「うわ、イケメンで背が高いとか嫌味か、腹立つな」
「それは理不尽じゃないか?」
「あはは、確かに」
不機嫌な顔から一転して人懐こい笑顔に代わり、声を上げて笑う姿に俺の方が困惑する。良く見ると、吊り目がちで鼻も口も小さくてまるで猫みたいな顔つきをしていて、たぶんどちらかといえば可愛い部類に入る…と思う。
俺にとって一番可愛いのは湊だったから比較出来る対象はあまりいないんだけど。
「オレ、辻平 琉依ってんだけど、アンタは何くん?」
「滝悠介」
「名前までイケメンか」
「だから理不尽だって」
「ごめんごめん」
顔も見た事ないし名前も聞いた事ないから、たぶん一度も同じ講義は受けてないだろう。まぁ俺だって全員を把握してる訳じゃないないから、もしかしたら一回か二回は被ってるかもしれないけど、俺の記憶にはいなかった。
辻平は明るく笑いながらポケットを漁ると、未開封の棒付き飴を取り出し俺へと差し出してくる。
「?」
「お詫び。あ、甘いのだめ?」
「いや、別に食べられなくはない」
「何だよその微妙な返事。まぁいいや、食えるんならやる」
せっかくの善意を無碍にするのも悪いしと受け取りカバンへとしまうと、辻平は満足そうに笑ってポケットに手を突っ込んだ。
「悠介って呼んでもいいか? オレも琉依でいいからさ」
「別に、好きに呼んでくれていい」
「あんまこだわりない感じ?」
「その人の距離感次第だろ?」
「え、何。来る者拒まず精神? 博愛主義は憎まれやすいぞ?」
「そういう訳じゃないけど」
辻平…琉依のように最初からグイグイ来る奴もいれば、湊のように遠慮がちで人見知りな子もいるからその人が呼びたいように呼んでくれればいいって話なんだけど。
わざわざ説明するのもなと思ってたら、琉依がビクッとしてポケットからスマホを取り出ししまったという顔をする。
「やっば、アイツ待たせてんの忘れてた! じゃあな、悠介! 見掛けたら声かけてよ、オレもかけるし!」
「あ、ああ」
「またなー!」
早口で捲し立てて嵐のように去って行った琉依は、甘い香りだけを残してあっという間に見えなくなってしまった。ずいぶんと足が早い。
それを呆然と見ていた俺は、そういえば教授のところへ行く途中だったと青褪め急いで研究室へと向かうのだった。
「あ」
「悠介じゃん」
次の日、必修講義を終えカフェテリアに来た俺は、記憶に新しいピンク色を見付けて思わず声を上げた。それに気付いたのか琉依もこっちを向いて俺の名前を呼ぶけど、一緒にいる友達が何でって顔してる。
それもそうだ、昨日まで何の接点もなかったんだから驚くよな。
「何してんだ?」
「次空きコマだから時間潰し」
「じゃあここ座れば?」
「いや…」
フレンドリーに席を勧めてくれるのは有り難いが、友達が気まずいだろう。
現に俺と琉依を交互に見てオロオロしているから、首を振って別のテーブルに行こうとすると袖を掴まれて驚く。
「せっかくなんだし座れって。いいよな?」
「え? あ、お、おう」
「無理に合わせなくても…」
「いや、本当にいいよ。俺も滝とは話してみたかったし」
強引な琉依には慣れているのか、友達はにこっと笑って同じように椅子を指差してくれる。さすがにそこまでして貰って断る訳にもいかないし、気を遣わせて申し訳ないと思いつつ座ると琉依がさっとスマホを出して来た。
「連絡先交換」
「…琉依は遠慮がないよな」
「嫌だったら嫌って言うだろ?」
「言うけど…」
「コイツ、マイペースな上にこうだって決めたら絶対譲らないから考えるだけ無駄だぞ」
「そんな気はしてた」
話せば話すほど湊とは違うタイプだし、どっちかというと薫寄りだ。でも不思議と嫌な感じがしないのは、琉依のこの無邪気な笑顔によるものなんだろう。
見た目は派手なのに、笑った顔が少しだけ幼くなって警戒心も削がれる。
琉依と、彼の友達でもある望月 真とも連絡先を交換しカバンから飲み物を出したら、何かが引っ掛かって下に落ちた。
それを拾ってくれた琉依にお礼を言って受け取ろうとしたんだけど、返してくれないどころかじっと見るから苦笑してしまう。
「誰? これ」
「幼馴染み」
「双子? こっちが女の子なのは分かるけど、こっちは男の子…だよな?」
「そう。二人とも可愛いだろ?」
「男女の双子とか珍しい」
「もしかして、こっちの子は悠介の彼女?」
「そんな訳ないだろ。小さい頃からずっと一緒だから、弟妹みたいなものだ」
湊を弟とは思った事はないし、今でもまだ未練たっぷりだけど琉依や望月に言う事でもないからそこは黙っておく。
やっと返された定期入れをカバンにしまうと、琉依が頬杖をつきなから首を傾げた。
「っつか、幼馴染みの写真定期に挟むのって普通?」
「普通じゃない、とは思う」
「言っとくけど、入れたの女の子の方の幼馴染みだから。私たちと離れて寂しいでしょ? これ見ていつでも思い出してねって無理やり」
「でも抜かないんだ」
「抜いたのバレたらうるさいんだよ」
大学デビューしたら多少は大人しくなるだろうと思ってたのに、全然変わらない薫を思い出し溜め息を零す。湊に構えなくなった分俺に来ている気がするのは気のせいか。
目を瞬いた琉依は次にはぷっと吹き出すと俺の肩をバシバシと叩く。痛くはないけど距離が近い。
「どんだけ幼馴染みに弱いんだよ」
「たぶん琉依は気が合う」
「あー…なるほど、察し」
「望月は分かってくれると思った」
「え、何? 何だよ二人して」
それだけで理解するとか、望月も普段から振り回されてんだな。
苦笑する望月としみじみと頷く俺を交互に見ながら眉を顰める琉依は、今度は両手でテーブルを叩きながら抗議する。
「オレを置いてけぼりにするな!」
「はいはい、琉依はこれでも食ってなさい」
「そんなもんじゃオレは絆されな……あき姉の店の限定チョコ!」
「あっさりだな」
「俺の姉貴がやってる洋菓子店で、一日十個限定で販売される人気チョコの詰め合わせでさ。琉依の大好物なんだよ」
「子供か」
躊躇いなく包装を破り、蓋を開けるなりホクホク顔でチョコを食べ始めた琉依の姿に呆れて肩を竦めた俺は、さっき取り出した飲み物に口を付けた。
ホント、望月の言うようにマイペースな奴だ。
それから琉依とはちょくちょく会っては話すようになり、いつの間にか大学内で一番一緒にいる時間が長い相手になった。いくつか同じ講義を取っていた事を知った時は驚いたけど、認知すればピンク髪は意識しなくても目につくもので…あんな目立つ色に気付かない俺って。
正直、琉依といるのは楽しい。
遠慮はないけど自分が悪いと分かったらすぐに謝るし、いつもにこにこしていてとにかく良く動く。興味を引かれる物があればすぐに飛び付いて望月に怒られたり、自分の好きな物が売り切れてると文句を言うわりにすぐ切り替えて違う物を買ったりと、良くも悪くも素直だ。
控えめで大人しい湊とは全然違う、人の輪の中心にいるような琉依の事を眩しいと思い始めたのはいつだろう。
あの笑顔を、俺だけに向けて欲しいと思うようになったのは。
「…あのさ、引かれるの覚悟で言うんだけど…」
「ん?」
「オレ、本当は結構前から悠介の事知ってた」
「え?」
「入学した時に見かけて……その…」
大学外でも遊ぶようになったある日、昼食を摂ろうと入ったファーストフード店で不意に琉依がそんな話をしだした。
目を瞬いてると途中で言葉を切ってもじもじし始め、言葉を選んでいるのか口を開いては閉じるを繰り返す。ここで俺が何かを言うのも違うから黙って待っていると、視線だけで見上げられてドキッとした。
「……その時から、ずっと好きなんだけど」
「え」
「ごめん、本当は言わないつもりだった。でも悠介いい奴だし、黙ってるのも心苦しくなったって言うか……だってダチだと思ってる奴からそんな目で見られてるなんて気持ち悪いだろ?」
「そんな風には思わないけど」
「男なのに?」
そうか、世間的な事を考えれば同性を好きになるって引け目を感じる事なんだよな。俺が湊を好きだった時は性別なんて関係なかったし。
……あれ? 俺今、湊を好きだったって思った?
そういえば、あれだけ未練がましく湊の面影に縋ってたのに、最近はほとんど思い出す事がなくなってた気がする。
それこそ琉依と、良くつるむようになってから。
「……性別は、俺としてはそこまで重要じゃない。現に俺も、幼馴染みの男の子に片思いしてたし」
「え?」
「自分が臆病過ぎて、横から掻っ攫われたっていう間抜けなオチがついてるし、ちゃんとフラれてるから終わった話なんだけどな」
「悠介がフラれるとか…その子の相手どんだけ魅力的なんだよ」
「悔しいけど、男の俺から見てもイケメンだし、あの子の事も心底大切にしてくれてる。最初から勝ち目なかったんだよ」
御子柴の隣で誰よりも幸せそうに笑う湊はそれはもう可愛くて、俺じゃあんな表情は出せなかっただろうなって思うくらいには認めてる。
実際、御子柴と付き合うようになって湊は見違えるくらい変わったし。
「その子も男が好きなのか?」
「どうだろうな。でも、性格上そういう事を考えられるような子じゃないから、男でも女でも関係ないんじゃないか?」
「…そっか…悠介も、気持ち悪くはないんだよな?」
「ないよ。むしろ嬉しい」
「え?」
琉依の事は恋愛感情抜きにしても好きだから、例えば俺が生粋の女の子好きだったとしても気持ち悪いとは思わない。
だからそう答えれば、琉依は驚いた顔をして俺を見る。
「う、嬉しい?」
「少なくとも、俺は琉依の事を好ましく思ってるよ。もう少し言うなら、可愛いとも思ってる」
「へ、え? か、可愛い? いやいやいやいや、それはないだろ」
「言われた事あると思ってたけど」
人懐っこく素直で感情豊か。顔だって可愛いしちょこまか動く姿が小動物みたいで癒されるから、友達には言われてそうだけどそんな事ないのか。
「そもそも、男に可愛いとか普通言わないだろ」
「そういうものなのか?」
「悠介は天然タラシだな」
可愛いものを可愛いと口にして何が悪いのか。
湊は色んな人から言われてたし、御子柴なんかは学校だろうと「可愛い」って言いながら抱き締めてたからそれが普通だと思ってた。
琉依は俺から視線を逸らすと少し冷めたポテトを摘んでパクリと食べる。その頬が僅かに赤くなっている事に気付いたけど、突っ込めば不機嫌になるのは分かってるから見なかった事にした。
「……好きでいていいか?」
「それは琉依が決める事だろ?」
「じゃあ好きでいるし、好きになって貰えるよう頑張る」
「そうか」
少しだけ震えた声が問い掛けてきて、意地悪かとも思ったけど琉依に答えを任せたら前向きな言葉が返ってきて思わず笑ってしまった。
意識すればあっという間で、正直に言えば俺の気持ちはほとんど琉依に傾いてる。でも頑張る姿も見たいから、当分は言わないでおこうかな。
「マジで振り向かせるから、覚悟してろよ」
「ん。期待してる」
男らしく言い放つ琉依に、案外その日は早く来そうだなと頷いた俺は、自分のポテトを一本持つとそれを琉依の口元へと差し出した。
驚きつつも素直に食べる姿に愛おしさを覚えたのは言うまでもない。
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