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番外編
【前編】那岐原家と(周防視点)
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どこまでも晴れ渡った青い空、地平線が揺らめく広い海、人でごった返す白い砂浜。そこかしこで子供の笑い声が聞こえ、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。
夏休み中の八月頭。俺は今日、那岐原一家と共に海に来ていた。
なぜ家族水入らずの中に俺がいるのかと言うと、桜さんが当然のように「神薙くん、今週末は海に行くわよ」と言ったからで、最初は俺も遠慮してたんだけど何ていうか圧が…可愛い恋人である湊にまで物凄く嬉しそうな顔で「周防くんも一緒なの? 嬉しい!」とまで言われたら俺に否とは言えるはずもなく。
ただ、俺は自分が独占欲の塊で嫉妬深いって分かってるから、いくら家族と一緒でも他の奴らに湊の肌は見せたくなかった。
波打ち際より離れた場所に、簡易的に設置された脱衣所兼シャワー室で着替えている俺と湊と文人さんだけど、俺は警戒心を隠しもしないで湊を端に寄せ壁になってる。
海パンは家から着てきたらしいから脱ぐだけとはいえ、誰が見るか分からないからな。
「日除けのパーカー羽織って、前ちゃんと閉めて」
「うん」
「日焼け止めはあっちで塗ってやるな」
「ありがとう」
「休憩と水分補給はちゃんとする事」
「は、はい」
「神薙くんも、薫に負けず劣らず過保護だな」
パーカーのフードを直してやりながら湊ならスルーしかねない事を言っていると、文人さんに笑いながら突っ込まれた。
「すみません…ちゃんと伝えておかないと落ち着かなくて」
「分かるよ。湊はぼんやりしてるから、つい構ってしまうんだよね」
「ぼ、ぼんやりしてないよ」
「湊、靴履き替えてない」
「あ」
こういうところが放っておけないんだよな。
指摘された湊は慌ててマリンシューズに履き替えてたけど、あのパーカー、サイズが少し大きいらしく屈むとギリギリで胸元が覗けそう。
鎖骨から下は俺が付けたキスマークが点々としてるから、下手したら桜さんや文人さんにも見られそうで少し焦る。
これ、屈まないように言っておかないと駄目かもな。
日焼け止め以外の貴重品をロッカーにしまい、砂浜に出るとギラリと太陽が照り付けてきた。
やべぇ、暑くて死にそう。
急いで日陰になってる場所に行くと、薫と桜さんが待っていた。
「遅い!」
「ご、ごめん」
「女子より時間掛かるってどういう事?」
「そんな事言われても…」
「はいはい。遅くて悪かったよ、姉ちゃん」
「やめてよ。そんな図体も態度もデカい弟とか本気で嫌」
「ひっでぇな」
合流するなり腰に手を当てた薫が湊に文句を言い始めた。その間に立って宥めたらずいぶん辛辣な事を言われて苦笑する。敵意があってもなくてもコイツは変わんねぇな。
「テント、立てておいたわよ」
「ああ、ありがとう。大変だったろう?」
「広げたら一瞬でテントの形になるから簡単だったわ。でもまだ浮き輪は膨らませられてないの」
「僕が行ってくるよ」
「ありがとう」
文人さんと桜さんがほのぼのと会話をしてるけど、この二人は本当に仲が良いな。湊に聞いたけど、言い合ったり喧嘩してるところを見た事がないらしい。
あのクソ野郎とは大違いだ。
「ねぇ、周防くん」
「ん?」
「周防くんも前閉めて」
「え?」
「顔は仕方ないけど、せめてここは隠して欲しい」
目を瞬いてると湊の手が俺が着ているパーカーの前合わせを掴んで閉じる。
ヤキモチも独占欲も湊は素直に言うようになったから、少しでも俺が熱っぽい視線を向けられるとすぐにムッとするんだよな。それが可愛くて堪らないんだけど、悲しませるのは本望じゃないから素直にパーカーのチャックを上げる。
「これでいい?」
「うん、ありがとう」
「可愛いなー」
「わ」
「あんたたち、ここがどこだか忘れたの? 少しは人目を気にしなさいよね」
安心したようにはにかんだ湊を思わず抱き締めて柔らかな髪に頬擦りすると、薫の呆れたような声が背中にかけられた。
そういや親子連れもいる海水浴場だったな。
仕方なく湊から腕を離すけど、そのまま手を繋いで薫を振り返る。
「テントどれ?」
「え、何。テントでイチャつくつもり?」
「ちげーよ。日焼け止め塗ってやるんだよ」
「それ、イチャつくのと変わらないじゃない。まぁいいけど…テントはあれ。水色のやつね。中に飲み物の入ったクーラーボックスがあるから、水分補給もさせといて」
なんつーか、薫って湊を同い年とは思ってない節があるんじゃねぇかってたまに思う。〝させといて〟って、まんま年下の子に向ける言葉だよな。
まぁ俺も人の事は言えねぇんだけど。
とりあえず頷きで返して湊の手を引いてテントまで行き、中に入ると向かい合って座りポケットにしまっていた日焼け止めを取り出す。確か、肌に直接出した方がいいんだっけ?
「一旦パーカー脱ぐか」
「うん」
湊がパーカーを脱いでる間に足に塗っておこうと、膝下から足首までクリームを線状に伸ばして手の平で広げていく。湊の足、細いのに出しすぎた。
少し考えて、海パンの下に隠れた太腿まで塗るかと裾の中に入れると湊がビクッとする。
「す、周防くん」
「塗ってるだけ。そんな可愛い反応されるともっと触りたくなるから、我慢して」
「う、うん…」
とは言いつつも、俺の手で敏感になってる湊は俺が撫でるたびにピクピクと震えてて正直俺もヤバい。
ここでは絶対手は出せないから、どうにか無心になって反対の足も塗り今度は腕に移る。こうやって改まって触るのは初めてかもな。
(どこもかしこもほせぇ…背も低いから当然とはいえ、少しでも力入れたらポキッていきそうで怖いな)
塗り残しがないようなるべく丁寧に塗り、湊に後ろを向いて貰って背中にも伸ばす。紫外線加工されたパーカーとはいえ、念には念を入れた方がいいからな。
そのまま前に手を滑らせ胸元を撫でると湊がさっきよりも大きく反応した。
「ん…っ」
「こら」
「だっ、て…」
「俺は塗ってるだけだぞ?」
「分かってるけど……っ…や、もう、えっちな触り方しないで…っ」
反応が可愛くて、つい悪戯心が湧いてツンと尖った乳首をわざと指で刺激したら涙目で振り返ってそんな事を言うものだから、俺の下半身に一気に熱が集中してしまった。マジで一瞬。
いやいや、どんだけ素直なんだよ、俺の身体。
「…周防くん?」
「いや…今のは俺が悪い」
若干前屈みになる俺に湊が不思議そうな顔をするが誰がどう見ても自業自得だ。深呼吸して気持ちを落ち着かせていればそのうち収まるし、これ以上変な気を起こさない為にも無感情で終わらせてしまおう。
脇腹は擽ったがるから自分でして貰って、首や顔は殊更しっかり塗れば終了だ。
やっちまった部分はあるけど、後半はすげぇ忍耐力を使った気がする。
「よし、終わり」
「ありがとう。周防くんは塗らないの?」
「適当に塗っとく」
「俺が塗ろうか?」
「いや、いい。湊に触られたら勃つ気しかしないし」
「!?」
「そこ、飲み物入ってるらしいから飲んどきな」
ぶっちゃけまだ半勃ち状態ではあるけど、そう言えば湊は一瞬にして真っ赤になり何度も頷いてクーラーボックスの方へと向く。開けて水を取り出して飲んでたけど、俺に背を向けたままだし耳まで赤いから当分あのままだな。
ふっと笑ってその間に適当に塗り終えれば、湊のパーカーを肩に掛けてやりテントの外を見る。
「行くか」
「…うん!」
パーカーに袖を通しちゃんと上までチャックを閉めた湊の頭を撫でてテントから出た俺は、タイミング良く膨らませた浮き輪を持って来た薫から湊の分を受け取って海へと入った。
っつーか、海水浴とかいつぶりだ? ガキの時、ダチと行った記憶はあるけどあんま覚えてねぇな。
「周防くん、まだ足つく?」
「ん? まだつくけど」
「俺はもう届いてない」
「そっか。じゃあここら辺までにしとくか」
浮き輪に入ってるからいつもより俺の顔と距離が近く、その分足の方に差が出るから当然と言えば当然だしな。
湊は完全に泳げない事もないけど下手なようで、海やプールに浮き輪は必須らしい。本当に運動が苦手だから、体育の時間はいつも憂鬱そうにしてる。
「気持ちいいね」
「な。でもちょい日差しきつい」
反対の手を伸ばして湊が着ているパーカーのフードを被せると、湊も俺のフードを両手で掴むと被せてくれた。顔にかかった前髪を避けて頬を撫でたら目を閉じて擦り寄せてくる。
その姿が猫に見えて、俺の心臓がきゅんっとなった。
「猫耳付きフード…」
「え?」
「いや、何でもない」
危うく煩悩が溢れそうになって慌てて誤魔化したけど、とりあえず猫耳を着けて貰う事は俺の中での決定事項になった。カチューシャじゃなくて、猫耳付きのフードがあるパーカーで、オーバーサイズなら尚良し。
マジで湊を見てると色んな格好をさせたくなるな。これも一種の性癖か?
「よし、あっちの岩場まで行ってみるか」
「え? あそこ周防くんの足届く?」
「届かなくても泳げるから大丈夫」
「む、無理だけはしないでね」
ビート板みたいに両腕を浮き輪に乗せた俺は、ギュッと俺の手を掴む湊の手を握り返し少し遠くに見える岩場に向かって足を動かした。
岩場の影で少し湊とイチャついてから戻ると昼を回っていて、文人さんと一緒に海の家に昼食を買いに行って戻ると湊と薫がいなくて、桜さんから二人でトイレに行った事を知らされる。
湊も薫も高校生だから親としてはもう見守る域には達してるんだろうけど、こういう場所であの二人だけを行動させるのは非常に危険だ。いくら薫の気が強いとはいえ、野郎に囲まれて腕を掴まれでもしたらまず勝てないだろうし。
俺は桜さんに買ってきたものを渡してテントを抜けると、トイレがある場所に向かった。
「あのねぇ、いい加減にしてくれない? 行かないって言ってるでしょ?」
トイレに近付いた時、薫の怒ったような呆れたような声が聞こえてきた。
間に合わなかったかと声がした方へ行くと、こんがりと日焼けした如何にも陽キャっぽいナンパ野郎三人に囲まれた湊と薫がいて、眉を釣り上げた薫が湊の前に庇うように立ってる。
湊が薫の腕を引いてるあたり、薫を守ろうとしたけど逆に押し退けられたって感じだな。
「えー、でもさ、二人だけだと危なくない?」
「オレらといれば楽しいし、守ってあげるよ?」
「こんだけ可愛いとナンパされまくるだろうし」
「私たちにしてみれば、あんたたちが一番危ないわ」
「キミ、美人さんなのに言うねぇ」
アイツ、湊に害を成す奴はマジで誰に対してもああなんだな。
にしても、どこ行っても必ず現れるナンパ野郎どうにかなんねぇのか。
「おれ気の強い子タイプ」
「気持ち悪いわね」
「か、薫、相手しなくていいからもう行こ? わ…っ」
「はいはい、そんな簡単には逃がしませーん」
「あ! 湊に触らないでよ!」
「君はこっち」
「私にも触らないで!」
あの野郎…汚ぇ手で湊に触りやがって。
眉根を寄せ野次馬の間を無理やり抜けながら足早に近付くと、湊の肩を抱いてる男の腕を強く掴んだ。
「は? 何お前……ひっ」
「何気安く触ってんだよ」
これでも地元じゃ負け知らずの不良として名前が通ってんだ。そこらのナンパ野郎なんざ怖くも何ともねぇ。
思いっ切り睨み付けると男が青い顔をして湊から手を離した。
「人のもんに手ぇ出すって事は、それなりの覚悟があるって事だよな?」
「あ、いや…その…」
「殴られても文句は言えねぇ訳だ」
「……っ…」
俺がどれだけ腹を立ててるか分かるのか、野郎共どころか野次馬までシーンとなる。どっかの誰かの「アイツらヤバくね?」って声が小さく聞こえてすぐ、隣の薫が何ともマイペースに声を上げた。
「ちょっと神薙くん、私は?」
「お前は自分でどうにかしろよ」
「あー、はいはい。そういう人よね。期待した私がバカだったわ」
わざとらしく溜め息をつき、呆けている男の腕を振り払った薫はそのまま腕組みをして男を睨み付ける。
「で? 本気で俺と喧嘩してぇ?」
「い、いい、いえ! 滅相もない!」
「帰ります!」
「し、失礼しましたー!」
俺目線より下にいる野郎を見下ろしながら低い声で聞けば、ブンブンと首を振ったあと物凄い勢いで走り去って行った。
野次馬連中がクスクス笑ってるけど、俺が睨めばあっという間に散って行く。
どいつもこいつも根性ねぇなと呆れ顔で見てたら湊が抱き着いてきた。
「周防くん…っ」
「みーなーとー。何で薫と二人だけで動いた?」
「か、薫がトイレ行くって言うから…一人は危ないし…」
「ついて来て欲しいとは一言も言ってないからね」
薫の性格や湊への過保護っぷりを考えればそんな事は分かりきってるけど、湊は姉とはいえ女を一人でって言うのは男として放っておけなかったんだろうな。その気持ちは理解出来るし湊の優しさだから無碍にも出来ない。
「今回は仕方ないか…でも、次からは俺がいる時にして」
「わ、分かった。ごめんね」
「いいよ。薫も、一人行動禁止な」
「え、面倒くさ」
「薫」
「もー、分かったわよ。湊が関わるとホントに融通効かなくなるんだから」
何とでも言え。湊を危険な目に遭わせない為なら何だってするし何だって使うんだよ、俺は。
腰元に回されたままの湊の腕を外して抱き上げると驚いた顔をしてたけど、すぐに照れ臭そうにはにかんで俺の首に抱き着いてくる湊が可愛い。
薫の目は冷めてるけど。
「昼飯買って来たから食おう」
「うん」
「はいはい」
やれやれと首を振る薫を先に歩かせ、見ていないのをいい事に湊の頬に口付けたら湊もお返しで俺の頬にキスしてくれた。
こういうとこが堪らなく愛おしくて、俺を夢中にさせるって事を湊は分かってないんだろうな。…俺を煽るって事も。
テントまでの道のりで子供から「お兄ちゃん抱っこされてるー」って突っ込まれて真っ赤になった湊に、外での抱っこは禁止令を出されたのもまぁいい思い出、か?
夏休み中の八月頭。俺は今日、那岐原一家と共に海に来ていた。
なぜ家族水入らずの中に俺がいるのかと言うと、桜さんが当然のように「神薙くん、今週末は海に行くわよ」と言ったからで、最初は俺も遠慮してたんだけど何ていうか圧が…可愛い恋人である湊にまで物凄く嬉しそうな顔で「周防くんも一緒なの? 嬉しい!」とまで言われたら俺に否とは言えるはずもなく。
ただ、俺は自分が独占欲の塊で嫉妬深いって分かってるから、いくら家族と一緒でも他の奴らに湊の肌は見せたくなかった。
波打ち際より離れた場所に、簡易的に設置された脱衣所兼シャワー室で着替えている俺と湊と文人さんだけど、俺は警戒心を隠しもしないで湊を端に寄せ壁になってる。
海パンは家から着てきたらしいから脱ぐだけとはいえ、誰が見るか分からないからな。
「日除けのパーカー羽織って、前ちゃんと閉めて」
「うん」
「日焼け止めはあっちで塗ってやるな」
「ありがとう」
「休憩と水分補給はちゃんとする事」
「は、はい」
「神薙くんも、薫に負けず劣らず過保護だな」
パーカーのフードを直してやりながら湊ならスルーしかねない事を言っていると、文人さんに笑いながら突っ込まれた。
「すみません…ちゃんと伝えておかないと落ち着かなくて」
「分かるよ。湊はぼんやりしてるから、つい構ってしまうんだよね」
「ぼ、ぼんやりしてないよ」
「湊、靴履き替えてない」
「あ」
こういうところが放っておけないんだよな。
指摘された湊は慌ててマリンシューズに履き替えてたけど、あのパーカー、サイズが少し大きいらしく屈むとギリギリで胸元が覗けそう。
鎖骨から下は俺が付けたキスマークが点々としてるから、下手したら桜さんや文人さんにも見られそうで少し焦る。
これ、屈まないように言っておかないと駄目かもな。
日焼け止め以外の貴重品をロッカーにしまい、砂浜に出るとギラリと太陽が照り付けてきた。
やべぇ、暑くて死にそう。
急いで日陰になってる場所に行くと、薫と桜さんが待っていた。
「遅い!」
「ご、ごめん」
「女子より時間掛かるってどういう事?」
「そんな事言われても…」
「はいはい。遅くて悪かったよ、姉ちゃん」
「やめてよ。そんな図体も態度もデカい弟とか本気で嫌」
「ひっでぇな」
合流するなり腰に手を当てた薫が湊に文句を言い始めた。その間に立って宥めたらずいぶん辛辣な事を言われて苦笑する。敵意があってもなくてもコイツは変わんねぇな。
「テント、立てておいたわよ」
「ああ、ありがとう。大変だったろう?」
「広げたら一瞬でテントの形になるから簡単だったわ。でもまだ浮き輪は膨らませられてないの」
「僕が行ってくるよ」
「ありがとう」
文人さんと桜さんがほのぼのと会話をしてるけど、この二人は本当に仲が良いな。湊に聞いたけど、言い合ったり喧嘩してるところを見た事がないらしい。
あのクソ野郎とは大違いだ。
「ねぇ、周防くん」
「ん?」
「周防くんも前閉めて」
「え?」
「顔は仕方ないけど、せめてここは隠して欲しい」
目を瞬いてると湊の手が俺が着ているパーカーの前合わせを掴んで閉じる。
ヤキモチも独占欲も湊は素直に言うようになったから、少しでも俺が熱っぽい視線を向けられるとすぐにムッとするんだよな。それが可愛くて堪らないんだけど、悲しませるのは本望じゃないから素直にパーカーのチャックを上げる。
「これでいい?」
「うん、ありがとう」
「可愛いなー」
「わ」
「あんたたち、ここがどこだか忘れたの? 少しは人目を気にしなさいよね」
安心したようにはにかんだ湊を思わず抱き締めて柔らかな髪に頬擦りすると、薫の呆れたような声が背中にかけられた。
そういや親子連れもいる海水浴場だったな。
仕方なく湊から腕を離すけど、そのまま手を繋いで薫を振り返る。
「テントどれ?」
「え、何。テントでイチャつくつもり?」
「ちげーよ。日焼け止め塗ってやるんだよ」
「それ、イチャつくのと変わらないじゃない。まぁいいけど…テントはあれ。水色のやつね。中に飲み物の入ったクーラーボックスがあるから、水分補給もさせといて」
なんつーか、薫って湊を同い年とは思ってない節があるんじゃねぇかってたまに思う。〝させといて〟って、まんま年下の子に向ける言葉だよな。
まぁ俺も人の事は言えねぇんだけど。
とりあえず頷きで返して湊の手を引いてテントまで行き、中に入ると向かい合って座りポケットにしまっていた日焼け止めを取り出す。確か、肌に直接出した方がいいんだっけ?
「一旦パーカー脱ぐか」
「うん」
湊がパーカーを脱いでる間に足に塗っておこうと、膝下から足首までクリームを線状に伸ばして手の平で広げていく。湊の足、細いのに出しすぎた。
少し考えて、海パンの下に隠れた太腿まで塗るかと裾の中に入れると湊がビクッとする。
「す、周防くん」
「塗ってるだけ。そんな可愛い反応されるともっと触りたくなるから、我慢して」
「う、うん…」
とは言いつつも、俺の手で敏感になってる湊は俺が撫でるたびにピクピクと震えてて正直俺もヤバい。
ここでは絶対手は出せないから、どうにか無心になって反対の足も塗り今度は腕に移る。こうやって改まって触るのは初めてかもな。
(どこもかしこもほせぇ…背も低いから当然とはいえ、少しでも力入れたらポキッていきそうで怖いな)
塗り残しがないようなるべく丁寧に塗り、湊に後ろを向いて貰って背中にも伸ばす。紫外線加工されたパーカーとはいえ、念には念を入れた方がいいからな。
そのまま前に手を滑らせ胸元を撫でると湊がさっきよりも大きく反応した。
「ん…っ」
「こら」
「だっ、て…」
「俺は塗ってるだけだぞ?」
「分かってるけど……っ…や、もう、えっちな触り方しないで…っ」
反応が可愛くて、つい悪戯心が湧いてツンと尖った乳首をわざと指で刺激したら涙目で振り返ってそんな事を言うものだから、俺の下半身に一気に熱が集中してしまった。マジで一瞬。
いやいや、どんだけ素直なんだよ、俺の身体。
「…周防くん?」
「いや…今のは俺が悪い」
若干前屈みになる俺に湊が不思議そうな顔をするが誰がどう見ても自業自得だ。深呼吸して気持ちを落ち着かせていればそのうち収まるし、これ以上変な気を起こさない為にも無感情で終わらせてしまおう。
脇腹は擽ったがるから自分でして貰って、首や顔は殊更しっかり塗れば終了だ。
やっちまった部分はあるけど、後半はすげぇ忍耐力を使った気がする。
「よし、終わり」
「ありがとう。周防くんは塗らないの?」
「適当に塗っとく」
「俺が塗ろうか?」
「いや、いい。湊に触られたら勃つ気しかしないし」
「!?」
「そこ、飲み物入ってるらしいから飲んどきな」
ぶっちゃけまだ半勃ち状態ではあるけど、そう言えば湊は一瞬にして真っ赤になり何度も頷いてクーラーボックスの方へと向く。開けて水を取り出して飲んでたけど、俺に背を向けたままだし耳まで赤いから当分あのままだな。
ふっと笑ってその間に適当に塗り終えれば、湊のパーカーを肩に掛けてやりテントの外を見る。
「行くか」
「…うん!」
パーカーに袖を通しちゃんと上までチャックを閉めた湊の頭を撫でてテントから出た俺は、タイミング良く膨らませた浮き輪を持って来た薫から湊の分を受け取って海へと入った。
っつーか、海水浴とかいつぶりだ? ガキの時、ダチと行った記憶はあるけどあんま覚えてねぇな。
「周防くん、まだ足つく?」
「ん? まだつくけど」
「俺はもう届いてない」
「そっか。じゃあここら辺までにしとくか」
浮き輪に入ってるからいつもより俺の顔と距離が近く、その分足の方に差が出るから当然と言えば当然だしな。
湊は完全に泳げない事もないけど下手なようで、海やプールに浮き輪は必須らしい。本当に運動が苦手だから、体育の時間はいつも憂鬱そうにしてる。
「気持ちいいね」
「な。でもちょい日差しきつい」
反対の手を伸ばして湊が着ているパーカーのフードを被せると、湊も俺のフードを両手で掴むと被せてくれた。顔にかかった前髪を避けて頬を撫でたら目を閉じて擦り寄せてくる。
その姿が猫に見えて、俺の心臓がきゅんっとなった。
「猫耳付きフード…」
「え?」
「いや、何でもない」
危うく煩悩が溢れそうになって慌てて誤魔化したけど、とりあえず猫耳を着けて貰う事は俺の中での決定事項になった。カチューシャじゃなくて、猫耳付きのフードがあるパーカーで、オーバーサイズなら尚良し。
マジで湊を見てると色んな格好をさせたくなるな。これも一種の性癖か?
「よし、あっちの岩場まで行ってみるか」
「え? あそこ周防くんの足届く?」
「届かなくても泳げるから大丈夫」
「む、無理だけはしないでね」
ビート板みたいに両腕を浮き輪に乗せた俺は、ギュッと俺の手を掴む湊の手を握り返し少し遠くに見える岩場に向かって足を動かした。
岩場の影で少し湊とイチャついてから戻ると昼を回っていて、文人さんと一緒に海の家に昼食を買いに行って戻ると湊と薫がいなくて、桜さんから二人でトイレに行った事を知らされる。
湊も薫も高校生だから親としてはもう見守る域には達してるんだろうけど、こういう場所であの二人だけを行動させるのは非常に危険だ。いくら薫の気が強いとはいえ、野郎に囲まれて腕を掴まれでもしたらまず勝てないだろうし。
俺は桜さんに買ってきたものを渡してテントを抜けると、トイレがある場所に向かった。
「あのねぇ、いい加減にしてくれない? 行かないって言ってるでしょ?」
トイレに近付いた時、薫の怒ったような呆れたような声が聞こえてきた。
間に合わなかったかと声がした方へ行くと、こんがりと日焼けした如何にも陽キャっぽいナンパ野郎三人に囲まれた湊と薫がいて、眉を釣り上げた薫が湊の前に庇うように立ってる。
湊が薫の腕を引いてるあたり、薫を守ろうとしたけど逆に押し退けられたって感じだな。
「えー、でもさ、二人だけだと危なくない?」
「オレらといれば楽しいし、守ってあげるよ?」
「こんだけ可愛いとナンパされまくるだろうし」
「私たちにしてみれば、あんたたちが一番危ないわ」
「キミ、美人さんなのに言うねぇ」
アイツ、湊に害を成す奴はマジで誰に対してもああなんだな。
にしても、どこ行っても必ず現れるナンパ野郎どうにかなんねぇのか。
「おれ気の強い子タイプ」
「気持ち悪いわね」
「か、薫、相手しなくていいからもう行こ? わ…っ」
「はいはい、そんな簡単には逃がしませーん」
「あ! 湊に触らないでよ!」
「君はこっち」
「私にも触らないで!」
あの野郎…汚ぇ手で湊に触りやがって。
眉根を寄せ野次馬の間を無理やり抜けながら足早に近付くと、湊の肩を抱いてる男の腕を強く掴んだ。
「は? 何お前……ひっ」
「何気安く触ってんだよ」
これでも地元じゃ負け知らずの不良として名前が通ってんだ。そこらのナンパ野郎なんざ怖くも何ともねぇ。
思いっ切り睨み付けると男が青い顔をして湊から手を離した。
「人のもんに手ぇ出すって事は、それなりの覚悟があるって事だよな?」
「あ、いや…その…」
「殴られても文句は言えねぇ訳だ」
「……っ…」
俺がどれだけ腹を立ててるか分かるのか、野郎共どころか野次馬までシーンとなる。どっかの誰かの「アイツらヤバくね?」って声が小さく聞こえてすぐ、隣の薫が何ともマイペースに声を上げた。
「ちょっと神薙くん、私は?」
「お前は自分でどうにかしろよ」
「あー、はいはい。そういう人よね。期待した私がバカだったわ」
わざとらしく溜め息をつき、呆けている男の腕を振り払った薫はそのまま腕組みをして男を睨み付ける。
「で? 本気で俺と喧嘩してぇ?」
「い、いい、いえ! 滅相もない!」
「帰ります!」
「し、失礼しましたー!」
俺目線より下にいる野郎を見下ろしながら低い声で聞けば、ブンブンと首を振ったあと物凄い勢いで走り去って行った。
野次馬連中がクスクス笑ってるけど、俺が睨めばあっという間に散って行く。
どいつもこいつも根性ねぇなと呆れ顔で見てたら湊が抱き着いてきた。
「周防くん…っ」
「みーなーとー。何で薫と二人だけで動いた?」
「か、薫がトイレ行くって言うから…一人は危ないし…」
「ついて来て欲しいとは一言も言ってないからね」
薫の性格や湊への過保護っぷりを考えればそんな事は分かりきってるけど、湊は姉とはいえ女を一人でって言うのは男として放っておけなかったんだろうな。その気持ちは理解出来るし湊の優しさだから無碍にも出来ない。
「今回は仕方ないか…でも、次からは俺がいる時にして」
「わ、分かった。ごめんね」
「いいよ。薫も、一人行動禁止な」
「え、面倒くさ」
「薫」
「もー、分かったわよ。湊が関わるとホントに融通効かなくなるんだから」
何とでも言え。湊を危険な目に遭わせない為なら何だってするし何だって使うんだよ、俺は。
腰元に回されたままの湊の腕を外して抱き上げると驚いた顔をしてたけど、すぐに照れ臭そうにはにかんで俺の首に抱き着いてくる湊が可愛い。
薫の目は冷めてるけど。
「昼飯買って来たから食おう」
「うん」
「はいはい」
やれやれと首を振る薫を先に歩かせ、見ていないのをいい事に湊の頬に口付けたら湊もお返しで俺の頬にキスしてくれた。
こういうとこが堪らなく愛おしくて、俺を夢中にさせるって事を湊は分かってないんだろうな。…俺を煽るって事も。
テントまでの道のりで子供から「お兄ちゃん抱っこされてるー」って突っ込まれて真っ赤になった湊に、外での抱っこは禁止令を出されたのもまぁいい思い出、か?
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子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
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完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
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気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
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色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
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振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
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「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
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