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幸せになれる場所

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 今俺の家に周防くんが来ているらしい。
 お母さんからそれを知らせるメッセージが来た俺は、文面を見たまま固まってた。
 それに気付いた佐々木さんが首を傾げて俺の顔の前で手を振る。

「湊くん? どうかした?」
「ど、どうしよう…周防くん、今うちにいるんだって…」
「もしかして、話をする為に?」
「ううん、そうじゃなくて…何か、俺のリュックを届けてくれたらしくて、今は俺の部屋で待ってる…みたい…」

 お母さんは何も知らないから仕方ないとはいえ、周防くんも断り切れなかったんだと思う。
 意外に押しが強いところは薫そっくりだから。

「え。もしかしてお母さんって、二人の事知ってる?」
「え? う、うん…」
「親公認とはやるな、神薙くん」
「帰る?」
「……うん。待ってくれてるから」

 本当は明日までは一人で反省会しようと思ってたけど、忘れ物を届けにとはいえわざわざ家まで来てくれた周防くんの優しさを無碍にはしたくない。
 残った紅茶を飲み干して二人に頭を下げる。

「今日は本当にありがとう。二人がいてくれて良かった」
「少しでもお役に立てたなら何よりだよ」
「またいつでも泣きついてきていいからね」
「な、なるべくないようにします…」

 男がそう何度も女の子に頼る訳にはいかない。
 思い出すと恥ずかしくて、顔が赤くなるのを感じながら立ち上がると二人も腰を上げた。

「帰り道分かる?」
「うん。俺の家の方向と一緒だったから大丈夫」
「そっか、じゃあ気を付けて帰ってね」
「また明日」
「うん、また明日。お邪魔しました」

 玄関まで見送ってくれた二人に手を振って佐々木さんの家をあとにし、早く帰らなきゃと家路を急ぐ。
 逃げた俺をすぐに追い掛けて来てくれた周防くんだけど、あのあと白井くんと話したりしたのかな。話したとしたら、何を話したんだろう。
 モヤモヤと少しの不安を感じながらも見慣れた道を歩いて十数分、家に着い俺は深呼吸してから中に入りキッチンにいるお母さんに話し掛けた。

「た、ただいま、お母さん」
「おかえり、湊。神薙くんなら部屋にいるわよ」
「う、うん。教えてくれてありがとう」
「何があったのかは知らないけど、ちゃんとお礼を言ってね」
「うん」

 周防くんを家に上げてる時点で思ったけど、やっぱりお母さん、分からないなりに何かあったんだって察してるよね。よりにもよってリュックを忘れたくらいだし、気付かない方がおかしいか。
 手洗いと嗽を済ませ、時々足が止まりながらもいつもより遅く階段を上がって部屋の扉の前に立ち、少しだけ躊躇ったあとノブに手をかけてゆっくりと押す。
 ちょっとだけ開いたけど見える範囲には周防くんはいなくて、顔だけで中を覗いたらベッドに寄り掛かって座ってる姿が見えた。
 どうやら眠ってるらしく、それに拍子抜けした俺は足音を忍ばせてそっと近付き、胡座を掻いて頭をベッドに預けた状態で寝息を立てている周防くんの向かいにしゃがみ込んで眠っていてもカッコいい顔を見つめる。
 触ったら起きちゃうかな。

「……ごめんね、周防くん…」

 朝が苦手なのに、俺の為に早起きしてくれる周防くん。真逆なのに、いつも家まで送ってくれる周防くん。初めて話してからずっと優しくて、本当の恋人になってからはたくさん甘やかしてくれて……何で不安になんて思ったんだろ。
 こんなに想われてるって分かるくらい周防くんは真っ直ぐ伝えてくれてるのに、その気持ちを少しでも疑うなんて最低だ。

「……怒ってる、よね…」
「怒ってないよ」
「!!」

 目を伏せて零した一人言に答えが返って来て飛び上がるほど驚く。
 俺が顔を上げるのと腕が引かれるのはほぼ同時で、気付いた時には周防くんに抱き締められてた。

「捕まえた」

 耳元で優しい声がホッとしたような息と共にそんな事を言う。胸がきゅってなって、周防くんの背中に腕を回すと抱き締める力が強くなった。

「…っ…ごめん、なさい…っ」
「湊は何も悪くない。俺の方こそ、いろいろ気付けなくてごめんな」
「す、周防くんこそ悪くない…っ」
「俺さ、自惚れてた」
「え?」

 手を振り解いてからそんなに時間も経ってないのに、丸一日離れてたみたいに周防くんの匂いが久し振りに感じて肩へと頬を擦り寄せる。
 ちゃんと話を聞けなかったのは俺なのに謝る周防くんに首を振ったら、周防くんは俺の頭を撫でながら呟いた。

「湊の言葉とか気持ちとか、湊自信が口に出来なくても気付いてやれるって勝手に思ってた。まぁ実際気付けた事はたくさんあるし叶えてもやれたけど…今回は駄目だったな」
「俺が言わなかったから…」
「言いたくてもどう言えばいいか分かんなかったんだろ? 不安にさせてごめん」
「周防くんは悪くないのに…」

 白井くんの言葉に勝手に一人でモヤモヤして抱え込んで、分からないからってほっとかないで、ぐちゃぐちゃな言葉でも周防くんに言ってればこんな事にはならなかったんだから、やっぱりどう考えても俺が悪い。
 顔を上げると眉尻を下げて微笑んでる周防くんがいてまた目尻に涙が浮かぶ。それを見た周防くんの人差し指が目蓋に触れそっと拭ってくれた。

「こんなに泣かせて……薫や悠介に殴られても仕方ないな」
「殴らないでって言う」
「むしろ殴られるべきだろ」
「周防くんが殴られるのはやだ」
「……ありがとな」

 頭を軽くポンポンと撫でるように叩いて周防くんが優しく微笑む。
 もし周防くんが殴られなきゃいけないなら俺だって殴られる。周防くんだけが悪い訳じゃないんだから。
     周防くんの腰元に腕を回してぎゅーって抱き着くと抱き締め返してくれるけど、俺は何かが足りない事に気付いた。

(何だろ……いつもならもっと胸がきゅーってなるのに……)

 俺をすっぽり包む腕も頭を撫でる優しい手も、何も変わってないのに何でって思って周防くんを見上げて気付いた。
 いつもは周防くんの唇が額や頬に触れてくれるのに、話してから一回もないんだ。

「周防くん」
「ん?」
「どうしてキスしてくれないの?」

 二人でいる時は当たり前のようにしてたのに何でなんだろうって聞いたら、周防くんは困った顔をして俺の背中を撫でる。

「……嫌だろ。不可抗力とはいえ、他の奴とキスしたあとは」
「……!」
「だから、今はこれだけでいい」

 そう言って目を伏せて俺の髪に頬を寄せる周防くんにまた泣きそうになる。ずっと気にして、触れないようにしてくれてたんだね。
 その気遣いにどうしようもなく好きだなって気持ちが溢れて手を伸ばした俺は、周防くんの唇に触れて目を細める。

(キス、して欲しい。……したい)

 思った時にはもう身体は動いてて、俺は両手で周防くんの頬を挟むと背筋を伸ばして自分から口付けた。

「湊……っ」

 周防くんの驚いた声がしたけど、もっとしたいって思った俺は今度は膝立ちになって周防くんの首に腕を回しカサついた唇を塞ぐ。何度か啄んだあと口を開けて欲しくて唇を舐めたら周防くんの手が首筋を撫でてきた。

「ん…」
「…湊…」
「んん…っ」

 そのまま首の後ろと腰を押さえられて周防くんの舌が入ってくる。絡め取られて吸われるとドキドキして気持ちよくて、もっともっとってねだりたくなるけど…それは少しだけ恥ずかしい。
 口の中をあっちこっち舐められて身体が震えて離れる頃には息も上がってて、膝が崩れて座り込んだら今度は耳の後ろに周防くんの唇が触れて微かな痛みが走った。

「俺には湊だけだから」
「…うん」
「好きだよ」
「うん。俺も大好き」

 頭と肩を包まれるように抱き締められ顔中にキスされて、あれだけ苦しかった俺の心はすっかり落ち着いた。
 周防くんの腕の中は、俺が一番幸せになれる場所だから。
 まだまだ未熟だし、また不安になったりするかもしれないけど、こうして周防くんが好きって言ってくれるならその言葉だけ信じる事に決めた。
 他の人に振り回されたりしないように、またライバルが現れたって負けないくらい強くなる。


 しばらく何も言わないで抱き締め合ってたら、突然部屋の扉がノックされて肩が跳ねた。

「神薙くん、今日も夕飯食べていくでしょう? たくさん作るから、たくさん食べてね」
「あ、ありがとうございます」

 それだけ言いに来たのか、スリッパの音が遠ざかっていく。
 急に現実に戻された気がして目を瞬いてたら、周防くんの唇がこめかみに触れて強めに抱き締められた。見上げると苦笑している周防くんがいて首を傾げたら額がコツンと合わせられる。

「桜さん、俺が来た瞬間から何かを察してたらしくて、問答無用で部屋まで上がらせられたよ」
「そういうとこ薫に似てるから」
「確かに、あの時はやっぱ薫の母親だなって思った。でも、そのおかげで湊と話せたし、こうして抱き締められてるから、桜さんには感謝だな」
「ご、ごめんね」

 あの時必死だったとはいえ周防くんの手を振り解いたのは初めてだったし、話を聞かなかったのも申し訳なくて自分の腰元にある腕を撫でながら謝るとクスリと笑われた。

「湊は悪くないんだから、謝るより笑って欲しい」
「周防くん…」

 そういえば、帰って来てから笑ってなかった…かも。口端を軽く摘んで視線だけで周防くんを見た俺は、にこっと笑い掛けたもののすぐに照れ臭くなって顔を隠すように抱き着いた。
 笑ってって言われて笑うの、ちょっと恥ずかしいかも。
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