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白井の目的(周防視点)

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 自宅謹慎が明けた日。昇降口で湊を待ってる俺に新聞部の奴がいきなりインタビューを仕掛けてきた。薫並に遠慮知らずで思いっ切り顔を顰めたのに、ソイツは全く効かなくてにこにこ話し掛けてくる。
 最初は俺の事を聞きたいっつーから面倒臭くて無視してたのに、次は湊との事を聞いてくるからそれならと自慢するつもりで答えてやったら次の日からも馴れ馴れしく近付いて来やがって、正直鬱陶しかった。
 それでも日が経てば変な奴だけど話は面白いって印象に変わって、気が付いたらクラスの奴らとも仲良くなってて驚いたな。
 見た目は分厚い眼鏡のいかにもな陰キャって感じなのに、良く喋るし良く笑う。
 まぁダチとしてなら悪いヤツじゃねぇから話し掛けられりゃ答えてたけど、そこら辺からどうにも湊の様子が変だって気付いた。
 ヤキモチかとも思ったけどそれだけじゃなさそうで、特に白井と話してると不安そうな顔をする。クラスの奴らと話してても変わった様子はないのに、白井との時だけそんな顔をするから俺は少しばかりマズさを感じてて早急にどうにかしなければと思っていた。

 そうして極め付けは朝迎えに行ってもいいかって質問。
 俺と湊の家は最寄り駅は一緒だけど学校を挟んで真逆にあり、湊の家から俺の家までは少なくとも一時間はかかる。弁当を作るために早起きしてる湊にそんな負担まで掛けたくない俺はそれなら自分が行くって言ったんだけど、それじゃあ駄目らしい。
 湊は何でも顔に出るから分かりやすいんだけど、今回ばかりは真意が掴めなくて困ってしまった。
 白井関連なのは察しが付いてんのに、悩みの大元が分かんねぇ。ヤキモチの他に何があるんだ?

「俺もまだまだだな…」

 初めて話した時よりも湊は確実に前向きにはなってる。薫や悠介、他の奴らにはどうか分かんねぇけど、俺にはちゃんと言いたい事を言ってくれてるとは思うものの……それでもやっぱ長年の癖ってのはなかなか抜けないもので、たまにこうして口を噤む事はあるんだよな。
 それを俺が組み取れれば解してはやれるのに、今何が湊を頑なにさせてるのかが分からない。無理やり聞いても意味がねえし、出来れば湊から話して欲しいってのは俺の我儘か。



 放課後、薫に呼ばれて別クラスに向かった湊を待っていると白井が入って来て俺の前の席に腰を下ろした。
 一瞥してスマホに視線を戻したけど、頬杖をついて見てくるから鬱陶しくて溜め息をつく。

「見てんじゃねぇよ」
「那岐原くんならそんな事言わないくせに」
「当たり前だろ」
「差が激し過ぎますよ、神薙くん」

 まず湊はそんな風に見て来ないし、見てたとしてもずっと恥ずかしそうにしてんだ。そんな可愛い湊とお前と一緒にすんなっつー話。
 にしても、薫は何の話で湊を呼んだんだ? スマホあんのに。

「神薙くん」
「あ?」
「僕、神薙くんが好きです」
「無理」
「早過ぎません? もっとこう、気持ちを汲んでくれるとか…」
「何で俺がンな事しなきゃなんねぇんだよ。そもそも、恋人持ちに告る時点でおかしいだろ」

 俺が意識して優しくすんのは湊だけだ。そもそも湊以外に興味ないのはクラスの連中だって分かってるし、俺もそういうのは隠しもしてねぇんだけど。
 白井は肩を竦めてしばらく廊下の方を見たあと、おもむろに立ち上がるとこっちに身を乗り出してきた。
 たった今告って来た相手を目の前に油断してた俺がもちろん悪いし、一瞬過ぎて何も出来なかったのがすげぇ悔やまれる。
 俺とアイツの唇が重なったのと、湊が扉を開けたのはほぼ同時だった。

「…っ…湊…!」

 慌てて白井を引き剥がし立ち上がって口を拭う。コイツ、絶対タイミング見計らいやがった。
 目を見開いて固まっている湊は顔面蒼白で可哀想なくらい震えてる。

「湊、違う、今のは急過ぎて………湊!」

 とりあえず誤解を解かねぇとと思って言い訳とも取れる事を口にしながら近付こうとしたら、湊が踵を返して走り出した。
 駄目だ、ここでちゃんと話をしないと湊が離れていく。

「湊!」

 急いで教室を飛び出し追い掛ける。
 運動が苦手な湊はそこまで足も早くないからどうにか渡り廊下で手を掴んでこっちへと向かせたんだけど、その目からボロボロと涙が溢れていて胸が痛んだ。

「…湊…っ」
「……や、離して…!」
「湊、ちゃんと話を…」
「やだ…っ」

 泣きながら俺に掴まれた腕を振り解こうと弱々しい力で抵抗してくるけど、絶対に離したくなくて無意識に手の力を強くしてしまう。
 残ってる奴らが怪訝そうに見てくるのには気付きつつもそいつらを睨む余裕さえない。
 話だけでも聞いて欲しくて湊の名前を呼んでも、首を振って拒絶されどうしていいか分からなくなる。それでも、このまま帰したら二度と湊の笑顔が見れなくなる気がして俺は必死で言い募った。

「少しでいい、頼むから…っ」
「聞きたくない…!」
「湊…」
「ちょっとちょっと、何してるの?」
「まさかの修羅場?」

 ここまで湊が俺の言葉を遮るのも初めてで、それだけ傷付いてるんだと分かってどうしようもない気持ちになる。ここで抱き締めるのも違うし、無理やり抱き上げて連れて行くのも違う。
 何を言えばいいか分からずにいると、最近湊と仲良くしている佐々木と大宮が驚いた顔で声をかけてきた。
 もしかしたら間に入ってくれるかもと期待して一瞬力が緩み、その隙をついて思いっ切り俺の手を振り払った湊は、俺に背中を向けて佐々木へと抱き着く。
 今まではどこに触れても受け入れてくれていた湊に振り払われ、俺はショックで固まってしまった。

「え、ちょ…湊くん? どうしたの?」
「喧嘩した?」
「いや…喧嘩じゃなくて、その……」
「訳ありか」

 どこから説明するべきか分からず口篭る。そもそもの元凶は白井で、俺も湊も巻き込まれたみたいなものだ。
 ……いや、白井相手だからと気ぃ抜いてた俺も悪い。
 愕然として上手く言葉に出来ないでいると、息を吐いた佐々木が湊の背中を撫でながら俺を見上げてきた。

「とりあえず、湊くんは私たちが預かるよ。今はまともに話が出来る状態じゃないし」
「でも…」
「大丈夫だよ。何があったかは分からないけど、湊くんもテンパってるだけだから。落ち着いたら話せるよ」
「……分かった。湊の事、頼む」
「うん。神薙くんも、あんまり気に病まないようにね」
「……ああ」

 佐々木の言う通り、この状態では湊は話を聞く事は出来ないし何を言っても信じて貰えないだろう。
 そりゃそうだ。恋人が不可抗力とはいえ他の男とキスしてたんだから、今は声さえも聞きたくねぇよな。
 佐々木と大宮に支えられながら歩き出す湊の後ろ姿がいつもより小さく感じて、俺は思わず呼び止めて手を伸ばしてた。形のいい小さな頭をいつものように撫でる。

「また明日な」

 これが今の俺が言える精一杯だ。
 信じて欲しいとか、湊だけだからとか、そんな事を言うのは今じゃない。
 小さくても頷いてくれた湊にホッとした俺は、三人の姿が見えなくなるまで見送り歯噛みした。

「クソが…」

 まさか、白井があんな行動を取るとは思わなかった。
 変わったヤツは読めないってのは薫で学んでいたとはいえ、キスされたのはマジで予想外だった。でも、これはやっちゃいけねぇ事だ。
 俺が口を濯いで教室に戻るとまだ白井はいて、何が楽しいのか俺を見てクスクス笑ってる。

「どういうつもりだ。お前、湊が戻って来てるのに気付いてやったよな」
「言ったじゃないですか、神薙くんが好きだって。確かに那岐原くんが戻って来てる事には気付いてましたけど、わざとだなんでひどいです」
「嘘ついてんじゃねぇよ」
「……」

 白井は俺から視線を逸らして大きく溜め息をつき、壁まで移動すると寄り掛かって天井を見上げた。

「だって、僕の方がずーっと神薙くんを見てたのに、いつの間にか那岐原くんが隣にいて彼氏面してて……悔しいじゃないですか。最初は好きで付き合った訳じゃないくせに」
「湊に迫ったのは俺だし、俺が無理やり恋人にしたんだよ」
「だからそれが狡いんですよ。何であんな取り柄もない人を選ぶんですか? あの人、お姉さんと比べられる時くらいしか認知されませんよね? 引っ込み思案で、人見知りで、いっつも俯いてて暗くて。いいところなんて顔くらい…」
「うるせぇよ」

 ツラツラと並べられる湊への暴言に腹が立った俺は思いっ切り壁に拳をぶつけた。
 湊がそうなったのは、何もかもを薫や悠介が排除していたせいだし、自分たちが表に立てば湊を守れると思った間違った方向の優しさのせいだ。そのフォローを何もしてないが故に湊は自分に自信が持てなくなったんだから、湊のせいじゃない。
 それを知らない奴が勝手な事言ってんじゃねぇよ。

「あとお前、湊に何か言ったんじゃねぇの?」
「何か、とは?」
「お前が一番分かってんだろうが」

 キョトンとして首を傾げる白井を睨み付けると、白井はわざとらしく顎に人差し指を当てて思い出すような仕草をしてから手を叩いた。

「ああ、確かに言いましたね。どうしても神薙くんが欲しいからこれから距離を詰めるって。略奪愛とも言いました」
「……」
「あと、〝せいぜい好きでいて貰えるように、頑張って下さいね〟とも」
「……お前、ふざけてんの? 俺がお前に靡くとでも思ったのかよ。自惚れんな」
「でも僕と話してて笑ってくれたじゃないですか」
「ダチとしてなら、面白い奴って思っただけだ」

 コイツの評価なんてただそれだけだ。湊に余計な事言いやがって、マジでぶん殴ってやりてぇ。
 でもまた暴力沙汰を起こしたら今度は謹慎処分じゃ済まねぇかもしんねぇから、爪が食い込むほど拳を握って耐える。相手が誰であれ、殴れば湊が気にするからな。

「二度と俺と湊の前に現れんな」

 吐き捨てるように言って睨み付け、湊のリュックと俺のカバンを手にして教室を出る。
 リュックどうすっかな。弁当箱くらいは洗えるけど、そうすると桜さんが朝困るよな。……届けてすぐに帰れば湊を困らせずに済むだろう。
 そういや、帰り道に湊が隣にいないのは初めてだな。
 いつも湊がいる左側に物足りなさを感じながら、俺は湊の家に向かうべく学校をあとにした。





〈Side 白井〉

 高校に入学する前、不良からカツアゲされてる僕を助けてくれたのが神薙くんだった。銀に近い灰色の髪、たくさんのピアス、背が高くて整った顔。腕っ節が強くて、怪我一つ負わずに不良を地に伏せる姿がカッコよくて一目で好きになった。
 本人に助ける気持ちがあったのかは知らないけど、とにかく僕には凄く素敵な人に見えたんだ。

 高校が同じだった事が嬉しくて、でも別クラスで悲しんだもののいつか接点が持てたらなと思っていたら、いつの間にか那岐原くんと恋人同士になってて「は?」ってなったのを覚えてる。
 いつもいつも、姉の後ろに隠れてる情けない奴が僕の憧れてる神薙くんと付き合ってるなんて許せなかった。
 何でアイツ? って。
 だってどう考えたって二人に接点はなかった。それなのに神薙くんの隣にいて、甘やかして貰って、それを見るたびに悔しくて苦しくて…何度唇を噛んだ事か。
 だから勇気を出して話し掛けたし、諦めてくれればいいのにって気持ちで宣戦布告して、自分が出来る限りの手を使って神薙くんに近付いて、やっと僕の話で笑ってくれるくらいにまではなったのに。

「話を聞いて、笑顔を見せてくれるからって欲張っちゃったなぁ…」

 本当なら傍にいられるだけで充分だったのに、接していくうちにどうしても欲しくて堪らなくなった。
 手に入れたい、好きになって欲しいって。
 あの手に撫でられたらどれだけ幸せなんだろうって想像までして、つい高望みしてしまった。
 叶わないなんて、最初から分かってたのに……さっきのなんて完全に嫌がらせだ。

「…本当、バカだなぁ…僕…」

 あわよくばなんて、そんな上手い話がある訳ないのに。結果として友達でさえいられなくなったんだから世話がない。
 あんなに想われて大切にされて、那岐原くんが羨ましいよ。

 僕は制服のポケットに入れていた手帳を取り出すと、神薙くんの言葉をメモした紙を破ってゴミ箱へと放り投げた。

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