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昇降口での騒動
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周防くんの家でのお泊まりを終えて門限ギリギリに帰って来た俺は、纏わりついてくる薫をあしらいながらお風呂に入って髪も乾かさずに部屋でずっと考えてた。
俺は大好きな人の為に何が出来るんだろうって。
周防くんのお母さんの気持ちは俺には分からないし、本当に周防くんを思っていないのかも分からないけど、お母さんの言葉や態度で周防くんが傷付いてるのは確かだと思う。
だってどれだけ仲が悪くて険悪だって、血が繋がった親である事には変わりなくて、周防くんだって小さい頃は大好きだったはずだもん。
あんなに睨まれて怒った口調で言われて、周防くんのお母さんはどう思ったんだろう。せめて少しでも悲しんでくれてたら、まだ愛情はあるって思えるのに。
今あの家に一人で、周防くんは何を考えてるのかな。バイバイした時は笑顔だったけど、傍にいない間の事は分からないから心配ではある。ちゃんと寝れてるといいな。
もっと一緒にいたかったけど、日曜日までって約束だから仕方ない。
俺は、傍にいて周防くんの気持ち少しでも軽く出来てるかな。周防くんにはずっと笑っていて欲しい。
特に何かをするでもなくスマホをじっと眺めていると、部屋の扉がノックされて返事をする前に薫が入ってきた。ノックするなんて初めてで目を瞬いてると、薫は神妙な顔でベッドに座る俺の前に立つ。
「薫、どうしたの?」
「……湊、気になってたんだけどその首の…」
「首? ……あ、えっと…」
「疑う訳じゃないけど、同意だよね?」
「周防くんは無理やりなんてしないよ」
隠せる場所じゃないからバレるのも仕方ないって思ったけど、まさかそんな風に聞かれるとは思わなかった。俺が周防くんに甘えるようになってからはあんまり言って来なくなったのに、内心はまだ周防くんを信じてないとかひどすぎる。
ムッとして返すと薫は溜め息をついて俺の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、湊。湊はこの先、神薙くんとどうしていくつもりなの?」
「どうって…一緒にいたいと思ってるよ?」
「でも、男同士って結婚出来ないじゃない。子供も産めないし、変な目で見てくる人だってたくさんいる。学校でだって、湊と神薙くんが一緒にいるのを見て顔を顰める人結構いるよ? 神薙くんが怖いからみんな言わないだけで」
「……」
「大人になればそういう目ってもっと増えると思うの。その時に湊が傷付くのは私は耐えられない」
薫が言いたい事は良く分かる。
俺も周防くんといる時にヒソヒソされてるのは気付いてたし、俺の前でこれ見よがしに周防くんに声をかける女子も見掛けるようになったから、俺のクラスみたいに受け入れてくれる人がほんの一部なのは分かってた。
確かに嫌だなって気持ちにはなるけど。
「結婚出来なくても、子供がいなくても、変な目で見られても、俺は周防くんといられるだけで幸せなんだよ。だって、世界で一番大好きな人なんだから」
「心ない言葉を投げられるかもしれないのよ? ひどい時は虐められたり、ある事ない事言われるかもしれない。それでも平気なの?」
「平気じゃないかもだけど、それよりも俺は周防くんと一緒にいたいって気持ちの方が強いし大きいから」
例え気持ち悪いって言われても、似合わないって言われても、周防くんの隣にいる事を選びたい。
「それに、人に意地悪してひどい事を言ってくるような人たちの為に、周防くんといる事を諦めるなんてしたくない」
「…………」
その他大勢より、俺が何より大事なのは周防くんだ。だから俺はもっともっと強くならないといけない。守られてばかりじゃなく、周防くんを守れるくらい強く。
もちろん、物理的な力とかは敵わないって分かってるけど。
薫はしばらくポカンとしてたけど、諦めたように息を吐くと柔らかく微笑んだ。
「湊は本当に神薙くんが好きなんだね」
「うん、大好き」
「いつの間にかそんなに強くなっちゃって…お姉ちゃんは寂しいよ」
「何言ってんだか」
そこは喜んでくれるところじゃないの?
わざとらしくしょんぼりする薫にやれやれと首を振ってスマホを点けたら、薫はパッと顔を上げ一転して明るく聞いてきた。
「そういえばもうすぐ誕生日ね。今年のプレゼントは決めた?」
「誕生日?」
「え、ボケてる? 十六歳になるんだよ?」
「それは覚えてる……誕生日。お母さん、ご馳走様用意してくれるよね?」
「毎年そうだからね」
まだ周防くんの誕生日をちゃんとお祝い出来てなくて、プレゼントも何がいいか分からなくてずっと悩んでる状態だった。どうせなら周防くんが好きなものあげたいなって思って、思い過ぎて手が付けられていないって感じ。
ご馳走、俺が作れるなら二人でお祝いしたいけど、まだまだそこまでの腕前はないから残念ながら用意してあげられない。もし周防くんさえ嫌じゃないなら、今年は合同みたいな感じでするのはどうだろう。
子供が友達を呼んでパーティを開くみたいに、誕生日をみんなで楽しく過ごすのもありだと思うんだ。
「周防くんの誕生日も一緒に出来ないかな」
「え?」
「過ぎてるけど、せっかく知れたんだし」
何と言っても周防くんが生まれてきてくれた日だ。ありがとうとおめでとうって気持ちをたくさん込めてお祝いしたい。
薫は少し考えて肩を竦めると立ち上がって俺の頭を撫でた。
「お母さんならいいよって言ってくれるだろうし、神薙くんに聞いてみたら? 私もどっちでもいいし」
「うん、聞いてみる」
「もう一ヶ月くらいしかないし、早めにね」
手を振って部屋を出て行く薫を頷いて見送り再びスマホを手にしてメッセージアプリを開くと、周防くんの名前をタップして考え込む。
誕生日の事は直接言うとして、とりあえずおやすみのメッセージを送るとすぐに『おやすみ』って返事がきたから、それに『大好き』のスタンプを返して満足した俺は、生乾きだった髪を乾かす為に一度洗面所に向かう事にしてベッドから立ち上がった。
翌朝。朝練がある薫、悠介と一緒に早めに学校に行って昇降口で待ってたら、周防くんじゃなくて知らない人が三人近付いて来て囲まれてしまった。上履きの色が緑だから三年生なんだと思うけど、話した事もなければ面識もなくて戸惑う。
思わず顔を上げたら目が合って、でもその目が怖くてすぐに俯いたら吹き出された。
「え、マジでこれ? マジでこんなチビガリでひ弱そうなのが神薙のツレなん?」
「ないわー。っつかアイツ、お稚児趣味かよ」
「いやいや、これでも高校生だから」
「年齢詐称してんじゃねぇの?」
先輩たちがドッと笑うけど、何が面白いのか分からない俺は縮こまる事しか出来ない。ここ、一年の下駄箱なのに何で三年生がいるの?
他の人たちも怖くて近付けないのか、気にはしてくれてるけどすぐに昇降口からいなくなってしまう。
「なー、お前あの那岐原薫の弟なんだって? 姉ちゃん美人で人気者らしいな。でも弟のお前は俯いてオドオドして、情けないと思わねぇの?」
「案外神薙も、お前と姉ちゃん間違えたのかもしんねぇなー」
「さすがに分かるだろ。そこまで顔が似てる訳じゃないし」
「え、あの姉ちゃんより惹かれるとこがあるって事か?」
「もしかしてこんな顔してめちゃくちゃエロいとか」
「いやいや、テクの方かもしんねぇよ?」
薫が人気なのはもちろん知ってるし、自分がこんな弱々で情けない性格なのも良く分かってる。でも周防くんのおかげで少しは強くなれたと思ってたのに……全然まだまだだった。
どうしよう、どう言えば先輩たちは引いてくれる?
三人とも俺より背が高いから囲まれて見下ろされてるのが本当に怖くて震えていると、一人の先輩の手が俺のお尻に触ってきた。
「!?」
「もう神薙とヤった? 俺らにも試させてくんねぇ?」
「男ってちょっと興味あったんだよな。すげぇ良いらしいじゃん」
「や、離して…っ」
「いいじゃん、一人も二人も同じだって。減るもんじゃないだろ? 気持ち良くしてやるからさ……ぐっ」
「は!? お、おい…っ」
「神薙…!」
遠慮も何もなく撫でる手が気持ち悪くて身を捩って抵抗してると触ってた先輩が吹っ飛んで下駄箱にぶつかった。慌てた先輩二人が出入り口の方を見てサッと青褪める。
俺も振り向いたけど、無表情なのに怒ってるって分かる周防くんが右手をブラブラさせながら立ってて息を飲んだ。これはあれだ、ブチ切れってやつだ。
「何触ってくれてんの? 俺のなんだけど」
「や、ちょっとした出来心で…」
「ほんとにそんなつもりはなかったって言うか…」
「試させてとか、興味あるとか言ってたよな」
「…っ」
「か、神薙…マジで悪かった……」
「許す訳ねぇだろ、泣かせやがって…ふざけんな」
「ひ…っ」
周りがシーンとする中、周防くんの静かだけど怒りを含んだ声と、先輩たちの怯える声だけが聞こえてる。ピリッとした緊張感が走って、周防くんが足を踏み出した音でハッとした俺は慌ててその腕に抱き着いた。
「ま、待って周防くん! もう殴っちゃダメ!」
「何でだよ、触られたろ? 泣くほど嫌だったんだろ?」
「嫌だったけど、周防くんが怒られる方がやだ!」
「……!」
もうすでに一人殴っちゃってるから先生からは怒られると思うけど、これ以上やったら問題になる。
必死にしがみついて目尻に涙を溜めながら見上げると、周防くんはビクッとなって動きを止めた。
それから俺を抱き締めて髪に頬擦りする。
「遅くなってごめんな。怖かっただろ」
「俺が早く来過ぎただけだから……でも、怖かった…」
「……やっぱ海に沈めて来る」
「だ、ダメだってば…っ」
そんな物騒な発想にすぐならないで欲しい。
腕を引っ張って首を振ってるとバタバタと足音が聞こえて先生が走って来た。誰かが呼んだみたいだけど、この状況はあんまりいいとは言えないよね。
「神薙! お前、何してるんだ!」
「あ? コイツらが悪いんだよ」
「倒れてる奴はお前がやったのか?」
「俺のもんに触るから、自業自得だろ」
「お前な…!」
「す……か、神薙くんは俺を助けてくれただけなんです!」
周防くんも喧嘩腰だし、先生も最初から周防くんが悪いって決め付けてるから慌てて間に入って声を上げる。先生は驚いてたけど、息を吐いて先輩たちの方を向くと狼狽えている先輩二人に声をかけた。
「羽柴を保健室に連れってやれ」
「は、はい」
「立てるか?」
「……」
「神薙と那岐原は先生と来なさい」
「湊はいいだろ」
「い、いや、当事者だから…」
「俺が説明する」
「だがな…」
「お、俺も行きます」
疑いたくないけど、先生はきっと周防くんの言葉だけじゃ信じる気はないんだと思う。周防くん、結構前からいろいろ頑張ってるのに。
俺が一緒に行く事に周防くんは渋い顔をしてたけど、俺も周防くんも、何にも悪くない事を証明する為ならどこにだって行くし何だってドンと来いだ。
よろよろと起き上がり去って行く先輩たちを睨む周防くんの手を握り、俺は先生のあとを追い掛けた。
俺は大好きな人の為に何が出来るんだろうって。
周防くんのお母さんの気持ちは俺には分からないし、本当に周防くんを思っていないのかも分からないけど、お母さんの言葉や態度で周防くんが傷付いてるのは確かだと思う。
だってどれだけ仲が悪くて険悪だって、血が繋がった親である事には変わりなくて、周防くんだって小さい頃は大好きだったはずだもん。
あんなに睨まれて怒った口調で言われて、周防くんのお母さんはどう思ったんだろう。せめて少しでも悲しんでくれてたら、まだ愛情はあるって思えるのに。
今あの家に一人で、周防くんは何を考えてるのかな。バイバイした時は笑顔だったけど、傍にいない間の事は分からないから心配ではある。ちゃんと寝れてるといいな。
もっと一緒にいたかったけど、日曜日までって約束だから仕方ない。
俺は、傍にいて周防くんの気持ち少しでも軽く出来てるかな。周防くんにはずっと笑っていて欲しい。
特に何かをするでもなくスマホをじっと眺めていると、部屋の扉がノックされて返事をする前に薫が入ってきた。ノックするなんて初めてで目を瞬いてると、薫は神妙な顔でベッドに座る俺の前に立つ。
「薫、どうしたの?」
「……湊、気になってたんだけどその首の…」
「首? ……あ、えっと…」
「疑う訳じゃないけど、同意だよね?」
「周防くんは無理やりなんてしないよ」
隠せる場所じゃないからバレるのも仕方ないって思ったけど、まさかそんな風に聞かれるとは思わなかった。俺が周防くんに甘えるようになってからはあんまり言って来なくなったのに、内心はまだ周防くんを信じてないとかひどすぎる。
ムッとして返すと薫は溜め息をついて俺の隣に腰を下ろした。
「ねぇ、湊。湊はこの先、神薙くんとどうしていくつもりなの?」
「どうって…一緒にいたいと思ってるよ?」
「でも、男同士って結婚出来ないじゃない。子供も産めないし、変な目で見てくる人だってたくさんいる。学校でだって、湊と神薙くんが一緒にいるのを見て顔を顰める人結構いるよ? 神薙くんが怖いからみんな言わないだけで」
「……」
「大人になればそういう目ってもっと増えると思うの。その時に湊が傷付くのは私は耐えられない」
薫が言いたい事は良く分かる。
俺も周防くんといる時にヒソヒソされてるのは気付いてたし、俺の前でこれ見よがしに周防くんに声をかける女子も見掛けるようになったから、俺のクラスみたいに受け入れてくれる人がほんの一部なのは分かってた。
確かに嫌だなって気持ちにはなるけど。
「結婚出来なくても、子供がいなくても、変な目で見られても、俺は周防くんといられるだけで幸せなんだよ。だって、世界で一番大好きな人なんだから」
「心ない言葉を投げられるかもしれないのよ? ひどい時は虐められたり、ある事ない事言われるかもしれない。それでも平気なの?」
「平気じゃないかもだけど、それよりも俺は周防くんと一緒にいたいって気持ちの方が強いし大きいから」
例え気持ち悪いって言われても、似合わないって言われても、周防くんの隣にいる事を選びたい。
「それに、人に意地悪してひどい事を言ってくるような人たちの為に、周防くんといる事を諦めるなんてしたくない」
「…………」
その他大勢より、俺が何より大事なのは周防くんだ。だから俺はもっともっと強くならないといけない。守られてばかりじゃなく、周防くんを守れるくらい強く。
もちろん、物理的な力とかは敵わないって分かってるけど。
薫はしばらくポカンとしてたけど、諦めたように息を吐くと柔らかく微笑んだ。
「湊は本当に神薙くんが好きなんだね」
「うん、大好き」
「いつの間にかそんなに強くなっちゃって…お姉ちゃんは寂しいよ」
「何言ってんだか」
そこは喜んでくれるところじゃないの?
わざとらしくしょんぼりする薫にやれやれと首を振ってスマホを点けたら、薫はパッと顔を上げ一転して明るく聞いてきた。
「そういえばもうすぐ誕生日ね。今年のプレゼントは決めた?」
「誕生日?」
「え、ボケてる? 十六歳になるんだよ?」
「それは覚えてる……誕生日。お母さん、ご馳走様用意してくれるよね?」
「毎年そうだからね」
まだ周防くんの誕生日をちゃんとお祝い出来てなくて、プレゼントも何がいいか分からなくてずっと悩んでる状態だった。どうせなら周防くんが好きなものあげたいなって思って、思い過ぎて手が付けられていないって感じ。
ご馳走、俺が作れるなら二人でお祝いしたいけど、まだまだそこまでの腕前はないから残念ながら用意してあげられない。もし周防くんさえ嫌じゃないなら、今年は合同みたいな感じでするのはどうだろう。
子供が友達を呼んでパーティを開くみたいに、誕生日をみんなで楽しく過ごすのもありだと思うんだ。
「周防くんの誕生日も一緒に出来ないかな」
「え?」
「過ぎてるけど、せっかく知れたんだし」
何と言っても周防くんが生まれてきてくれた日だ。ありがとうとおめでとうって気持ちをたくさん込めてお祝いしたい。
薫は少し考えて肩を竦めると立ち上がって俺の頭を撫でた。
「お母さんならいいよって言ってくれるだろうし、神薙くんに聞いてみたら? 私もどっちでもいいし」
「うん、聞いてみる」
「もう一ヶ月くらいしかないし、早めにね」
手を振って部屋を出て行く薫を頷いて見送り再びスマホを手にしてメッセージアプリを開くと、周防くんの名前をタップして考え込む。
誕生日の事は直接言うとして、とりあえずおやすみのメッセージを送るとすぐに『おやすみ』って返事がきたから、それに『大好き』のスタンプを返して満足した俺は、生乾きだった髪を乾かす為に一度洗面所に向かう事にしてベッドから立ち上がった。
翌朝。朝練がある薫、悠介と一緒に早めに学校に行って昇降口で待ってたら、周防くんじゃなくて知らない人が三人近付いて来て囲まれてしまった。上履きの色が緑だから三年生なんだと思うけど、話した事もなければ面識もなくて戸惑う。
思わず顔を上げたら目が合って、でもその目が怖くてすぐに俯いたら吹き出された。
「え、マジでこれ? マジでこんなチビガリでひ弱そうなのが神薙のツレなん?」
「ないわー。っつかアイツ、お稚児趣味かよ」
「いやいや、これでも高校生だから」
「年齢詐称してんじゃねぇの?」
先輩たちがドッと笑うけど、何が面白いのか分からない俺は縮こまる事しか出来ない。ここ、一年の下駄箱なのに何で三年生がいるの?
他の人たちも怖くて近付けないのか、気にはしてくれてるけどすぐに昇降口からいなくなってしまう。
「なー、お前あの那岐原薫の弟なんだって? 姉ちゃん美人で人気者らしいな。でも弟のお前は俯いてオドオドして、情けないと思わねぇの?」
「案外神薙も、お前と姉ちゃん間違えたのかもしんねぇなー」
「さすがに分かるだろ。そこまで顔が似てる訳じゃないし」
「え、あの姉ちゃんより惹かれるとこがあるって事か?」
「もしかしてこんな顔してめちゃくちゃエロいとか」
「いやいや、テクの方かもしんねぇよ?」
薫が人気なのはもちろん知ってるし、自分がこんな弱々で情けない性格なのも良く分かってる。でも周防くんのおかげで少しは強くなれたと思ってたのに……全然まだまだだった。
どうしよう、どう言えば先輩たちは引いてくれる?
三人とも俺より背が高いから囲まれて見下ろされてるのが本当に怖くて震えていると、一人の先輩の手が俺のお尻に触ってきた。
「!?」
「もう神薙とヤった? 俺らにも試させてくんねぇ?」
「男ってちょっと興味あったんだよな。すげぇ良いらしいじゃん」
「や、離して…っ」
「いいじゃん、一人も二人も同じだって。減るもんじゃないだろ? 気持ち良くしてやるからさ……ぐっ」
「は!? お、おい…っ」
「神薙…!」
遠慮も何もなく撫でる手が気持ち悪くて身を捩って抵抗してると触ってた先輩が吹っ飛んで下駄箱にぶつかった。慌てた先輩二人が出入り口の方を見てサッと青褪める。
俺も振り向いたけど、無表情なのに怒ってるって分かる周防くんが右手をブラブラさせながら立ってて息を飲んだ。これはあれだ、ブチ切れってやつだ。
「何触ってくれてんの? 俺のなんだけど」
「や、ちょっとした出来心で…」
「ほんとにそんなつもりはなかったって言うか…」
「試させてとか、興味あるとか言ってたよな」
「…っ」
「か、神薙…マジで悪かった……」
「許す訳ねぇだろ、泣かせやがって…ふざけんな」
「ひ…っ」
周りがシーンとする中、周防くんの静かだけど怒りを含んだ声と、先輩たちの怯える声だけが聞こえてる。ピリッとした緊張感が走って、周防くんが足を踏み出した音でハッとした俺は慌ててその腕に抱き着いた。
「ま、待って周防くん! もう殴っちゃダメ!」
「何でだよ、触られたろ? 泣くほど嫌だったんだろ?」
「嫌だったけど、周防くんが怒られる方がやだ!」
「……!」
もうすでに一人殴っちゃってるから先生からは怒られると思うけど、これ以上やったら問題になる。
必死にしがみついて目尻に涙を溜めながら見上げると、周防くんはビクッとなって動きを止めた。
それから俺を抱き締めて髪に頬擦りする。
「遅くなってごめんな。怖かっただろ」
「俺が早く来過ぎただけだから……でも、怖かった…」
「……やっぱ海に沈めて来る」
「だ、ダメだってば…っ」
そんな物騒な発想にすぐならないで欲しい。
腕を引っ張って首を振ってるとバタバタと足音が聞こえて先生が走って来た。誰かが呼んだみたいだけど、この状況はあんまりいいとは言えないよね。
「神薙! お前、何してるんだ!」
「あ? コイツらが悪いんだよ」
「倒れてる奴はお前がやったのか?」
「俺のもんに触るから、自業自得だろ」
「お前な…!」
「す……か、神薙くんは俺を助けてくれただけなんです!」
周防くんも喧嘩腰だし、先生も最初から周防くんが悪いって決め付けてるから慌てて間に入って声を上げる。先生は驚いてたけど、息を吐いて先輩たちの方を向くと狼狽えている先輩二人に声をかけた。
「羽柴を保健室に連れってやれ」
「は、はい」
「立てるか?」
「……」
「神薙と那岐原は先生と来なさい」
「湊はいいだろ」
「い、いや、当事者だから…」
「俺が説明する」
「だがな…」
「お、俺も行きます」
疑いたくないけど、先生はきっと周防くんの言葉だけじゃ信じる気はないんだと思う。周防くん、結構前からいろいろ頑張ってるのに。
俺が一緒に行く事に周防くんは渋い顔をしてたけど、俺も周防くんも、何にも悪くない事を証明する為ならどこにだって行くし何だってドンと来いだ。
よろよろと起き上がり去って行く先輩たちを睨む周防くんの手を握り、俺は先生のあとを追い掛けた。
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