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ショックが幸せに変わった日

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 ふっと目が覚めた時部屋の中はシンとしていて、寝る前にはあったはずの温もりがなくなっていて首を傾げる。
 あれってもしかして夢だったのかな。俺の願望が見せた幻?

「……トイレ行こ」

 起き上がりフラフラしながらも立ち上がると、チラリと見えたテーブルに水が半分だけ入ったグラスが置いてあって、飲んだ記憶のある俺はますます分からなくなる。
 部屋を出て踏み外さないよう壁伝いに一階に降りてトイレに向かう途中、キッチンの方から話し声が聞こえて足を止めた。少しだけ顔を覗かせたら周防くんとお母さんがいて何かを話してる。
    あ、やっぱり夢じゃなかったんだ…嬉しい。

「お付き合いしてる事もちゃんと聞いてるわよ」

 え? 何の話をしてるの? 確かにお母さんには本当の恋人になれた時に話したけど、どうして周防くんとそんな話になってるのか不思議でならない。
 周防くんは背中を向けてるから表情は分からないんだけど、声の感じから焦っているのが分かる。
 言わない方が良かったのかな…。

「そ、そうなんですか……」
「湊の惚気話が聞ける日が来るなんて思わなかったから、今は毎日夕食時が楽しみで仕方ないの」
「惚気話……」
「あらあら」

 周防くんの手が顔を押さえてて少し不安になったけど、良く見ると耳が赤くなっててハッとした。周防くん、照れてるんだ。

「そうだ。神薙くん、お夕飯食べて行かない?」
「いえ、それは……」
「せっかく来てくれたんだもの。もう少しあの子の傍にいてあげて」
「……あの、普通に受け入れて下さっているのは有り難いのですが、本当にいいんですか? 俺、男ですけど…」

 周防くんの不安そうな声に俺まで心配になる。お母さんは何も言わずに「そうなの」って言ってくれたけど、普通に考えたら親としては同性と付き合うのって困っても仕方ないよね。
 う……トイレ行きたいけど、話が気になって動けない。それに立っているのも辛くて、壁に寄り掛かったまま座り込むと力を抜く。

「偏見がないと言えば嘘になるけど、それ以上に神薙くんには感謝してるから」
「俺がしたくてしただけなのに、感謝とか勿体ないです」
「ふふ、それでもあそこまで湊に心を開かせたのは神薙くんなんだから、少しくらいは自惚れてもバチは当たらないわよ?」
「それは俺に下心があったからです。そうすれば湊は俺から離れないかもっていう…」
「でも、その下心が湊を幸せにしてくれてる。だから、それでいいと思うわ」

 俺と周防くんが話すようになったきっかけって、本当に偶然に偶然が重なったくらい普通じゃ起こり得ない事で、そもそも周防くんは学校にいるかどうかも分からない人だったから余計に凄い確率だったなって思う。
 あれがなければ、今も俺と周防くんは会話さえしてない。そもそも本来なら関わりさえなかったんだから。
 ……やだな。どんな形であれ、周防くんと一緒にいる未来は変わらないで欲しい。
 よろりと立ち上がった俺は、フラフラしながらもキッチンに入り周防くんの広い背中に抱き着いた。

「……周防くん…」
「…! 湊、寝てないと駄目だろ?」
「トイレ行きたくて……」

 抱き着いた瞬間ビクッとした周防くんは顔だけ振り返って眉尻を下げる。俺の腕をそっと外して身体ごと反転すると、少し迷ってから俺を抱き上げた。

「すみません、連れて行ってきます」
「ええ、お願いね」
「と、トイレくらい自分で行けるから…」

 熱があるとはいえ歩けるのにそのままトイレまで来た周防くんは、扉を開けてから俺を降ろして中へと押し込めると「待ってるから」と言って閉めた。
 良かった、さすがにしてるとこ見られるのは恥ずかしすぎるもんね。
 ボーッとする頭で済ませて、手を洗ってトイレから出るなりまた抱き上げられる。

「気持ち悪いとかないか?」
「大丈夫……周防くん」
「ん?」
「……いつもありがとう。大好き」
「俺の方こそいつもありがとな。…好きだよ、湊」

 首に腕を回し頬を周防くんの首筋に寄せてそう言えば、クスリと笑った周防くんが優しく応えてくれる。頭を撫でてくれる手が気持ちいい。
 頭も身体も熱くてフワフワしてるけど、こうしてくっついてると安心するし元気になれる気がする。
 周防くんは部屋に向かう前にキッチンに行くと、お母さんに軽く頭を下げた。

「夕飯、お言葉に甘えてお邪魔させて頂きます」
「はーい」

 俺はたぶんダイニングでご飯は食べられないけど、まだ周防くんといられるのは素直に嬉しい。

 階段を上がり俺の部屋に入ってベッドに向かい寝かされる。床に腰を下ろした周防くんが手を握ってくれて、反対の手を俺の頭に置いて親指で額を撫でるから目蓋が重くなってきた。

「眠い時は寝た方がいい」
「うん……あのね、最初に目が覚めて周防くんがいるって気付いた時…凄く嬉しかったよ」
「そっか。なら来て良かった」
「周防くんが体調悪い時は、俺が飛んで行くからね」
「ん。その時は待ってるな」

 周防くんみたいに上手に看病出来ないかもしれないけど、俺が思ってるみたいに傍にいてくれて良かったって思って欲しい。
 特に周防くんは一人暮らしだし、しんどい時は誰かに傍にいて欲しいと思うから。

「おやすみ、湊」
「おやすみなさい…」

 低くて優しい声がそう囁き、大きな手に目元が覆われる。
 周防くんの温もりと香りに包まれて、俺は半分落ちかけていた意識を手放した。


 次に目が覚めた時、部屋の中が真っ暗で何かに潜り込んでいるのかと思ってギョッとした。焦って視線を彷徨わせ、それが日の落ちた室内だと気付いてホッと息を吐く。

「……周防くん?」

 寝る前まで確かにあった温もりを今度はちゃんと覚えてる。でも今いないって事は、もしかして下で夜ご飯を食べてるのかな。うぅ…俺も一緒に食べたかった。
 でも体調はさっきよりもマシで、枕元にある体温計を手にした俺は電源を入れて脇に挟む。しばらくして終了を知らせる音が鳴ったから見ると、37度6分まで下がってた。
 これはいわゆる好きな人周防くん効果というものでは?
 電気をつけようと起き上がり、ベッドから足を下ろしたところで部屋の扉が開いた。

「湊? 起きたのか?」
「あ、周防くん」

 パチッと電気がつけられ、盆を手にした周防くんが近付いてくる。テーブルに置いて俺の前に座ると額に手を当ててきた。

「……少しは下がったみたいだな、良かった」
「心配かけてごめんね」
「恋人なんだから心配くらいさせろ。……桜さんがお粥作ってくれたけど、食えそう?」
「…うん、食べる」

 一瞬〝桜さん〟って誰だっけって思ったけど、お母さんの名前だって気付いて頷いたら周防くんに抱き上げられて横向きに膝に座らされた。
 一人用の土鍋からお椀にお粥を移して、レンゲで掬って息を吹きかけて冷まし俺の口元へ運ぶ。
 自分で食べようと思ってた俺は一連の行動に目を瞬いて周防くんを見上げたけど、本人はなんて事ないみたいに「あーん」って言ってて……口を開けるとお粥が流し込まれた。
 食べさせてくれるとは思わなかったな。

「食べられるだけでいいからな」
「う、うん……ありがとう」

 周防くんは俺が飲み込む頃を見計らってお粥を食べさせてくれて、三分の一食べたくらいでお腹いっぱいになったから首を振ってご馳走様をしたら、新しく持って来てくれた水を渡してくれる周防くんを見上げて首を傾げた。

「周防くんって、こういうお世話好きなの?」
「どうだろ。でも湊になら何でもやってやりたいって思ってるから、湊限定で好きなのかもしれないな」
「俺限定?」

 それって、周防くんにとって俺が特別だからって事だよね?
 その言葉がジワジワと身体に染み渡っていって、嬉しくて緩む口元を隠すようにグラスに口を付けて水を飲む。

「嬉しい?」
「嬉しい」
「ほんっと素直で可愛いな」

 嬉しかったの隠せてなかったみたいで、周防くんに顔を覗き込まれて問い掛けられた。隠す事でもないから頷けばぎゅーって抱き締められる。
 そのまま顔が近付いて来たから慌ててグラスを持っていない方の手で口を隠すと、器用に片眉を跳ね上げた周防くんが甲にチュッてした。

「キスしたい」
「う、移っちゃうからダメ」
「移してくれていいのに」
「だ、ダメです」

 なんて事を言うんだ、この人は。もし移して周防くんがダウンしたら俺はショックだし絶対自分を責める。
 グラスをテーブルに置き、キスされないよう下を向くと代わりなのかこめかみに口付けられた。

「来週また泊まりに来る?」
「え、いいの?」
「いいよ。っつか、いつ来てもいいって言っただろ? 次は覚えやすい道から行こうな」
「うん」

 少し前に、まだ道を覚えられていないって言った事気にしてくれてたんだ。周防くんの気遣いを無駄にしない為にも、一回で覚えられるように頑張らないと。

「楽しみにしてるね」
「ん、俺も楽しみ」

 見上げてそう言って笑えば周防くんも微笑んで頷いてくれる。
 今日は本当にショックだったし残念だったけど、周防くんがお見舞いに来てくれた上にこうして次の約束も出来たから逆に幸せになった。

 いつだって包み込んでくれる周防くんの背中に腕を回して肩に頭を凭れ掛からせた俺は、周防くんが帰る時間ギリギリまでくっつき続けて薫に怒られた。
 本当に薫は怒りん坊だ。
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