噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

ミヅハ

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手を繋いで

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「湊、明後日の日曜、駅前に十時集合な」


 週末の金曜日、お昼休みに神薙から確定事項としてそう言われた俺は、現在駅から少し外れた路地にてこの世で最も遭遇したくない絡まれ方をされています。

「ちょっとでいいんだって。お小遣い貰ってんだろ?」
「いい子だからさー、お財布出そうか?」

 人生で初めてカツアゲというものに遭ってるんだけど、思った以上に怖くて震えてる。圧がすごいというか、今にも殴られそうだし二人に挟まれて逃げられそうにない。
 十分前に来たはいいものの、神薙はまだ来てないかって辺りを見回したのが運の尽きだった。バッチリ目が合っちゃったんだよなぁ…この人たちと。

「ほらほら、早くしないと手が出るかもよ?」
「俺ら犯罪者にはなりたくないからさ、自主的に出してくれると嬉しいんだけど」

 こうやって人様のお金を巻き上げようとする時点で犯罪なんだけど…俺は気弱な一般市民だからそんな事言えない。
 俯いてボディバッグの肩紐を握って黙り込む俺の肩が掴まれた。

「なぁ、聞いてる?」
「いいから、財布出せって」
「痛い目見たくないだろ?」

 その遠慮のない掴み方に眉を顰め、もういっそ財布を明け渡してしまおうかと思った時、二人の後ろに影が見えた気がした。

「痛い目見んのはてめぇらだよ」
「は!?」
「うわ…っ」
「…っ!」

 聞き慣れた声がして俺の目の前にいた二人組がふっといなくなる。すごい音が両側からして、視線を動かすと二人の顔が壁に激突してた。
 何事と思ってると二人の後頭部が誰かの手に掴まれてる事に気付く。その手を辿って顔を上げれば神薙がいて、俺と目が合うなりパッと手を離した。

「ごめん、遅くなった。怪我は?」
「…な、ない…」
「そっか。…にしても、時間になっても湊来ないからおかしいと思ってたら、こんなとこに連れ込まれてたとはな」
「……ごめん」

 崩れ落ちた二人は気を失っているのか、倒れたままピクリとも動かないけど…大丈夫なのかな。

「湊が悪い訳じゃないだろ。……やっぱ怖い?」
「え? あ、ううん、そうじゃなくて…」

 神薙はこういう事を平気でする人だって分かってるけど、不思議と怖いとかは感じなかった。
 俺は少しだけ視線を彷徨わせたあと、神薙を見上げて表情を緩める。だって、神薙の方が不安そうな顔してたから。

「助けてくれてありがとう」
「……ん」
「この人たち、このままでいいのかな」
「いいよ、ほっときな。湊、腹減ってる?」
「朝ご飯遅かったからそこまでは…神薙は?」
「俺もさっき食ったばっか。じゃあ駅の方行こ」

 さっき、という事は起きた時間も遅かったんだろうか。先に歩き出した神薙のあとを追おうとした俺は、さっきの二人を振り返り手を合わせて心の中で謝ると駆け足で少しだけ空いた距離を縮める。
 どこに行くとかは聞いてないんだけど、この様子だと任せていいっぽい?

 電車に乗って三駅先。ホームから海が見える駅に降りた俺たちは、そこから数分歩いた先にある水族館に来ていた。
 リニューアルオープンしたらしく、外観も中の水槽も綺麗で、イメージキャラクターらしきペンギンが〝ようこそ〟と書かれた看板を手に持って来場者を出迎えてるんだけど……何あれ、可愛い。
 一緒に写真撮りたいな、薫にも見せてあげたい。

「撮ってやるから、行って来たら?」
「え? で、でも…」
「いいからいいから、ほら」

 ペンギンを見てウズウズしてたら、気付いたらしい神薙に背中を押されて写真待ちの列に並ばされる。子供やカップルばっかりの中に俺一人ってちょっと恥ずかしかったけど、順番が来たら本当に神薙がスマホを構えて撮ってくれた。
 日に当たるとキラキラする灰色の髪や、耳にたくさんのピアスがついていても神薙は変わらずイケメンで、さっきから頬を染めた女の人たちからの視線を集めてはヒソヒソされてる。
    何か、声かける?    とか聞こえてちょっとだけモヤっとした。
 ……あれ? 何でモヤ?

「湊、入るよ」
「…あ、うん」

 自分で自分の感情が分からずに首を傾げていると神薙に呼ばれてハッとする。
 俺はボディバッグから財布を出しながら走り寄ったんだけど、神薙は券売機をスルーして入場口に向かった。
 受付のお姉さんにスマホを見せて、何かの機械で読み込んで貰ったあと普通に入って行く。

「あれ、え? チケットは?」
「購入済み。券売機混むし、ネットで買う方が早いからな」
「じゃ、じゃあ俺の分払う」
「いいよ、俺が誘ったんだし」
「でもこの間だってお菓子とかクレープとか奢って貰って」

 神薙の懐事情は分からないけど、お小遣い制の高校生ならそんなに持ってないはず。そう思ってチケットの値段を確認しようとしたら、神薙に顔を覗き込まれて驚いた。

「じゃあさ、次は湊の行きたいとこ教えてくんね?」
「え?」
「映画でもいいし、動物園でもいい。遊園地でもどこでも、湊が行きたいとこ教えてよ」
「それ、お返しにならない」
「そう? 湊は行きたいとこに行けるし、俺は湊が好きなものを知れる。win-winじゃね?」

 むしろ全然釣り合ってないのに、神薙はどこか嬉しそうで俺はそれ以上言えなくなった。本当に、一緒にいればいるほど噂とは違うなって思う。
 それでも素直に頷けない俺を見兼ねたのか、おもむろに手を出した神薙は目を瞬く俺に優しく微笑んだ。

「なら、今日は一日手ぇ繋いで歩くって事で」
「…あとでジュースも奢る」
「分かった」

 男同士で手を繋ぐなんて傍から見たらおかしいのに、差し出された手を取る以外選択肢がなかった。何でって言われたら神薙がそうして欲しそうだったからだけど、この大きな手に包まれたらどんな感じなんだろうって思った俺もいて……うーん、何か良く分かんないな。

 館内は案内板に沿って通路を歩く仕様になってるんだけど、薄暗いし色んな海の生き物を見ているうちに手を繋いでる事なんて気にならなくなってた。
 俺は背の高い神薙に、あそこにいるとかここに隠れてるとか教えててすごいはしゃいでた気がする。でも神薙は笑わずにそうだなとか頷いたりとかしてくれて俺の言葉全部に応えてくれた。
 この人、彼氏としては満点なのでは? 相手が俺なのは申し訳なく思うけど。

「あ」

 しばらく進むとクラゲの水槽に辿り着いた。海でよく見るクラゲや変な形をしたクラゲ、口腕の長いクラゲと色んな種類がいるけど、小さなクラゲがたくさん泳いでる水槽が俺は一番好きだったりする。

「クラゲ、好きなのか?」
「うん。ぼーっと見てられる」
「ちょっと湊に似てるよな」
「え、そう?」
「一緒にいると落ち着く」

 パチっと一つ瞬きをして横にいる神薙を見上げると、俺の表情が不思議だったのか眉尻を上げて首を傾げる。

「ん?」
「初めて言われた」
「え、マジで?」
「うん。大体薫とセットで見られるから、俺の事はみんな薫よりも大人しいねくらいで。落ち着くって言われたのは初めて」

 双子というものは一対みたいに考えられがちで、俺の場合は薫が目立つからそれが特に顕著だ。「お姉ちゃんはあんなに明るくて元気なのに、弟くんは男の子なのに静かね」とか、「双子なんだからお姉ちゃんを見習いなさい」とか、親戚や知らない人に良く言われてきた。
 男の子なんだから、双子なんだからは一番嫌いな言葉だ。
 ぼんやりと言われて嫌な事を思い出していると、繋いでいない方の手が頭に乗せられ撫でられる。

「俺は、一緒にいてこんなに安心出来る奴、初めてだけどな」
「……神薙は優しいね」
「優しさじゃなくて、俺の本心だよ」
「…ありがとう」

 その言葉が慰めでも本心でも、今日まで接して来た神薙は優しい以外ない。だから俺はもう、神薙の噂は聞かなかった事に決めた。
 例え噂のどれかが本当だったとしても、俺はこの優しさをくれる神薙が悪い奴だなんて思えないから。

「湊」
「?」

 悠然と漂うクラゲを眺めて一人決意を固めていると、不意に顔を覗き込まれて名前を呼ばれた。視線だけで見上げて続きを待っていた俺の目が頭を撫でていた手で覆われる。

「俺の事、好きになってよ」

 耳元で聞こえた言葉に切実さを感じて驚いている間に視界がまたクラゲだらけになり、神薙がどこかへ行く気配がした。でも手を繋いだままだから俺も自然とクラゲの水槽から離れる事になり、そのままお互い無言で歩き出す。

 好きになってよって、何でそんな事言うの?
 俺が悠介を好きなの知ってるくせに。

 ……違う、神薙は悪くない。俺が優柔不断であの時ちゃんと断らなかったからこうなってるんだ。
 恋人としてここにいるはずなのに、俺は神薙にひどいことをしてる。でも神薙は責めないし怒らないから……優しすぎて、何を言えば神薙を傷付けずに済むのかが分からない。

 俺はどうしたらいいんだろう。
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