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もっと知りたい

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 神薙と恋人になって早一週間、俺は今だに神薙に好きな人の事を伝えられていない。
 あれから神薙は可能な限り朝登校して、授業中はほとんど寝てるけど休み時間とか昼休みには俺と過ごすようになった。おかげでお弁当も薫や悠介とは別だし、帰りも一緒にならない日がある。
 楽しそうに薫と話す悠介を見るのは辛かったから、ある意味有り難かったけど。

 薫に詰め寄られた日、神薙の事で薫に言った事は嘘じゃない。俺は俺が見ている神薙を信じているし、たとえこれが神薙の気まぐれだとしても受け入れた以上は神薙の彼氏だ。
 それに、もっとちゃんと知りたいって思ってるのも確かだし。
 ただやっぱり、こうして優しくしてくれる神薙にはちゃんと話しておかなきゃいけないとは思ってる。自分が不誠実な事をしてるって分かってるから、なるべく早く言わなきゃなんだけど。
 タイミングがイマイチ掴めない。


「湊」

 昼休み、お昼を食べるために神薙と中庭に向かっていると、後ろから悠介に声をかけられた。振り向いて、一人な事に首を傾げる。

「悠介?    どうしたの?    薫は?」
「いや、最近あんまり話せてないなって思って。薫は教室にいる」
「何言ってんの。今日だって朝話したじゃん」
「そうだけど、昼休み来なくなっただろ? 帰りも俺や薫が部活あったり、なくても湊は別で帰ったりで、前みたいには話せてないから」

 確かに、神薙と過ごすようになる前はそれこそほぼ毎日昼休みも登下校も一緒だったもんな。それが急に別で過ごすようになったから、悠介も気にしてくれてたみたい。

「湊、また三人で遊びに行かないか? 湊が見たがってた映画、もうすぐ公開だろ? 観に行こうか」
「え、ホント? 悠介はあの作品には興味ないと思ってた」
「予告見たらちょっと面白そうだったから観てみたいなと思って」

 俺はアニメやファンタジー系が好きなんだけど、悠介は推理物やアクションが好きだからあんまり映画の趣味が合わない。でも一緒に見てくれる人がいるのは有り難いし、それが悠介なのは正直嬉しいな。
 ちなみに薫は恋愛映画だけが好きで、絶対一緒には見てくれないケチん坊だ。

「じゃあ今度ちゃんと話して決めようか」
「うん」
「……あ、薫に呼ばれてるから行くな」
「じゃあね」

 スマホが震えたのか取り出して確認した悠介は、そう言って俺の頭を撫でると手を振って教室へと戻って行った。
 それを見送ってから振り向いた俺は、神薙がずっと待ってた事に気付いて慌てる。ご飯食べに中庭行こうって言っててほったらかしにするなんて、恋人としてあってはならない事だ。

「ご、ごめん! 退屈だったよね」
「別にいいよ。行こ」

 何処かを見ている神薙に慌てて駆け寄るとすぐに目が合って促される。チラリと見えた横顔が怒ってるように見えたのは、俺の気のせいだろうか。
 何となく聞けなくて、俺は歩調を合わせてくれる神薙の斜め後ろを歩く事でその顔を見えないようにした。



「湊の好きな奴ってアイツ?」
「……え!? え、何で……」
「顔がすげー嬉しそうだった」

 中庭に着くなり振り向いた神薙は俺を真っ直ぐ見てそう言ってきた。疑問ではなく確定して言われて肩が跳ねる。
 これはマズイ。一番あっちゃいけないバレ方した。
 だから早く言っておくべきだったのに……俺、最低だ。

「あ、あの、俺……っ」
「告白は? しないの?」
「え? あ……えっと、悠介はたぶん、薫が好きだから……」
「ふーん」

 たぶんどころか確実だとは思うけど、何となくハッキリ言うのも嫌でそう答えると頭に神薙の手が乗せられた。
 パッと顔を上げると何でか微笑んでる神薙がいて戸惑う。

「まぁ今は俺が彼氏だし、あんま余所見しないでな?」
「う、うん……」

 言わずにいた事、黙ってて神薙の言葉に頷いた事、怒っていいはずなのにその言い方が優しくて胸がぎゅってなる。
 中庭にあるベンチに座り、ちょっとだけ躊躇ってから神薙の袖を親指と人差し指の先で摘んで見上げると、神薙の目が僅かに見開かれた。

「ごめん、神薙…」
「謝んなくていいって。……駄目元だったし」
「うん?」
「何でもない。ほら、時間なくなるから早く食お」
「神薙は今日もパン?」
「作んの面倒臭いし、買う方がてっとり早いからな」

 確かに買う方が楽だし早いだろうけど、栄養面がものすごく心配になる食生活だ。かと言って俺に出来る事は何もないし、お母さんにもう一つお弁当作ってとも言えない。
 これ、女の子だったら「じゃあ作ってあげるよ」なんて流れになるんだろうけど、生憎俺は男だし料理はからっきしだ。卵割るのだって下手くそだし。

「湊は料理すんの?」
「しないよ。というより出来ない」
「そっか、残念」

 残念? 何が?
 保冷バッグから出したお弁当を開けながら首を傾げると、惣菜パンの袋を開けた神薙がふっと笑った。

「湊が料理出来るなら、弁当作って貰いたかったなって」
「えっと…ごめん?」
「はは、何で謝んの。ただの俺の願望なのに」
「……恋人なのに、出来ないから」

 一応付き合ってるんだし、恋人なら相手が望む事を叶えてあげたいって思うもの…だよね? そう思ってお弁当を開けながら言えば、不意に頭を抱き寄せられこめかみに神薙の唇が触れた。

「え……?」
「湊は優しいな」
「そ、そんな事ないけど……」
「あの頃と変わってない」
「あの頃?」

 ポツリと零された言葉に目を瞬いて神薙を見上げれば、どこか懐かしむように俺を見たあと何でもないと首を振る。俺、前に神薙と会ってる?
 でもこんなイケメン、会ったら忘れないと思うんだけど。
 思い出そうとしてじっと見てると目の前に神薙の手が出て来て顔を逸らされた。

「あんま見んな」
「ご、ごめん」

 ちょっと見過ぎたみたい。俺は視線を下げ、膝に広げたお弁当を手を合わせてから食べ始めた。
 中庭、いつの間にか人が増えててすごく見られてるのが分かる。

「あの子大丈夫か?」
「誰か先生呼んで来た方がいいんじゃない?」
「ってか、あの子、神薙にゴミぶっかけた子じゃね?」
「もしかしてパシられてたりするのかな?」
「えー、そうだとしたら可哀想」
「わざとじゃないだろうに、ヒドイよな」

 全部神薙を悪者にする言葉。
 …でも俺だって、こうして神薙と話すようにならなきゃあの人たちと同じような事言ってたかもしれない。
 神薙は、いつもこんな視線や言葉を受けてたんだ。

「…あの」
「ん?」
「もし、俺の事で何か言われたら、ちゃんと言ってくれていいから」
「…付き合ってるって?」
「う、うん。あと、俺も無理やりじゃないって言う」
「……」
「俺、もっとちゃんと、神薙の事知りたいって思ってるから」

 神薙といる事で嫌でも注目を浴びてしまうのは怖いけど、でもそれ以上に俺を気遣ってくれる神薙を理解したいって思ってる。
 ずっと周りから遠巻きに見られてヒソヒソされて、嘘か本当か分かんないまま悪い噂ばっかり流されて、どこか諦めたような顔をする神薙がもっと笑ってくれたらいいのにって。

「だから、教えて」

 俺より背が高くて、身体も大きくて手はゴツゴツしてるし、脚も長い。綺麗で整った顔をしてて、髪の色は銀に近い灰色。ピアスは両耳合わせて七個あって、右手の中指に一つだけゴツめの指輪をしてる。クレーンゲームが上手でお菓子類は食べないけど甘い物は好き。
    あと、いい匂いがする。
 俺が知ってる神薙はほとんどが表面上だから、神薙さえ嫌じゃなければ教えて欲しい。
 そう思って再び見上げると僅かに目を見瞠った神薙がいて、俺は自分が何か変な事を言ってしまったのかと不安になる。でも少しして天を仰いだ神薙は、俺の肩を抱き寄せると額に口付けてきた。
 周りにいた人たちがザワついたのが視界の端で見えたけど、神薙の顔が近過ぎてそれどころじゃない。

「俺にも湊の事教えて」
「それは、もちろん……」
「この際だから言っておくけど、付き合ってっつったの、その場のノリとかじゃないから」
「え?」
「ちゃんと、本気だから」

 本気? 本気って何だっけ?
 いや、そもそもこれって神薙の気まぐれじゃなかったの?
 呆然とする俺ににっこりと綺麗な笑みを浮かべた神薙は、俺のお弁当から卵焼きを一つ取ると口に放り込み「うま」と呟いた。

 俺、この間から神薙のやる事や言われる事に固まってばっかりだ。
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