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嬉しい言葉

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 一度ならず二度までも口端にキスされ、午後の授業も帰り道も呆然としていた俺は現在薫にホールドされている。
 何で神薙があんな事するのか考えたいのに、この二日で薫の過保護に拍車がかかってしまったようだ。帰り道の俺、挙動不審だったからかな。

「湊、何があったの? 神薙くんに何かされたの?」
「……へ?」
「昼休みの後から変だって聞いたわよ。だったら原因は神薙くんしかないじゃない」
「いや、別に……」

 別にで終わる話じゃないけど、薫に話したら余計ややこしくなりそうで言えない。
 大体、神薙は何であんな事をするの? どう見ても俺は男で、一回目はともかく、二回もしておいて女の子と間違えたなんて言い訳はしないだろうし。そもそも男として分かっててしてるなら神薙は……もしかして男が好きなのかな?
 あれ? でも今までは彼女がいたんじゃなかったっけ? じゃあ俺にしてる事って気まぐれ?

「聞いてるの? 湊」
「聞いてるよ……っていうか、いい加減離してくれない?」
「ダメよ。何があったのか白状するまで離さない」
「もー……」

 何でこんなに聞きたがるんだか……そもそも、神薙が噂通りの人だったら、俺はとっくに頬を腫らしてるし。
 ……そう、そうなんだよね。噂通りなら神薙は最初の時点で俺を殴ってるはず。でも怒ってないって言ってたし、最初から今日まで怖いって思う部分がなかった。どっちかと言うと朝遭遇した不良の方が怖かったし。
 薫に揺さぶられながら神薙の事を考えていると、夕飯の支度を終えたお母さんが溜め息をついた。

「薫。湊が可愛いのも分かるけど、いい加減弟離れしなさい」
「お母さんは心配じゃないの? 湊、今学校一の不良に絡まれてるのよ?」
「だから神薙は悪い人じゃないって」
「ほら、湊もこう言ってるんだから。先にお風呂に入ってらっしゃい」
「……湊、なるべく神薙くんに近付かないようにね」

 そんな事を言われても、神薙は同じクラスだしどっちかと言うと向こうから話し掛けてくるのに。無視するのも避けるのも失礼だし。
 返事をせずにいると怖い顔をされたけど、もう一回お母さんに言われてお風呂に向かって行った。薫のアレって、神薙を嫌ってるというよりも俺の傍にいきなり来るようになったからなんだと思う。
 薫が俺を心配してくれてるのが分かってるから強く言えないけど、やっぱり俺は、みんなが言うほど神薙が悪い奴には思えない。
 もっとちゃんと、神薙の事を知りたいかも。



 なんて思ってたら、思わぬ出来事が俺の身に起こった。


「神薙ぃ!」
「しつけぇんだよ、てめぇら」
「うるせぇ! やられたらやり返すがオレらの信条なんだよ!」
「くっだらねぇ」
「なんだと!?」

 せっかくの休みだし、天気もいいから散歩にでも行こうと思って外に出たら……なんでこうも最悪な場面に遭遇する訳?
 路地の向こうから神薙の声が聞こえて、何だろうと思って覗きに来たら神薙と昨日のツンツン男とヒョロ男がいて……うわ、痛そう。
 神薙は無傷なのに、相手の二人は殴られた痕が見えてる。神薙、人より身長高いからリーチもあって間合いが広いんだよね。だからか二対一でも余裕そう。
 角から顔を半分だけ出して見てると、バチッとヒョロ男と目が合った。

「あー! てめぇ!」
「!」
「てめぇのせいでひでぇ目に遭ったんだからな! そこ動くなよ!」
「ひぇ……っ」

 ヒョロ男が全力でこっちに向かって来てる! 動くなよって言われたって、そんな形相で来られたら無意識にでも……あ。

「ぐぇっ」

 ツンツン男を足払いで倒した神薙が長身を活かしてあっという間にヒョロ男に近付き、背中に蹴りを食らわせた。だけどそれだけじゃなくて、カエルが潰れたみたいな声を上げて倒れたヒョロ男の頭を神薙は容赦なく踏み付ける。
 か、顔が……。

「ソイツに近付くんじゃねぇよ。いいか、指一本でも触れたらその顔面、原型がなくなるまでぶん殴ってやるからな」
「…っ…クッソが……!」
「湊、何でここにいんの?」

 神薙の目がものすごく冷たくて、ヒョロ男に向ける言葉にもめちゃくちゃトゲがあって俺までビクビクしてたけど、ふっと俺を見た顔はいつもの神薙だった。なんか、声も柔らかくなったし。

「さ、散歩してたら神薙の声が聞こえたから……」
「俺の声が聞こえたからって……とにかく、今すぐ回れ右して……」
「よそ見してんじゃねぇよ!」

 額を押さえる神薙の後ろからツンツン男が拳を振り上げて走ったきた。それを難なく避けて襟首を掴んで引っ張り投げ飛ばす。さすが、強い。
 手を払いながら俺の傍まで来た神薙はおもむろに俺の肩に手を置くとくるりと反転させた。

「ほら、危ないから帰りな」
「か、神薙は? 警察呼ぼうか?」
「駄目。湊はこういうのに関わるな」
「……でも、怪我したら…」

 今で無傷なんだからそんな心配は無用かもしれないけど、俺がいなくなったあとは分からないからそう言えば、少しだけ目を見開いた神薙は次にはふわりと笑顔になって俺の頭を撫でてきた。

「いい子だから」

 優しい笑顔と、大きな手で頭撫でられるのと、柔らかい声音でイケメンにそんな事を言われたら落ちない女の子はいないんじゃないか。それくらいインパクトが強くて……かくいう俺もちょっとドキッとしてしまった。

「な?」
「…わ、分かった。俺ちょっと行ったところにあるコンビニにいるから。心配だし、終わったら顔だけでも見せて」
「……こんな暴力男にそんな優しい事言っちゃ駄目だろ」
「……?」
「分かった。終わったら行くから」

 トン、と背中を押されてつんのめる。少しだけ振り向いて神薙が頷いたのを確認した俺は走ってコンビニに向かった。
 後ろでまたツンツン男の声が聞こえるけど、今度は振り向かずに走る。
 あ、神薙に何が好きか聞いておけばよかった。


 それから十分くらいして神薙がポケットに手を入れて悠然と歩いて来るのが見え、店の軒下でしゃがんでいた俺は立ち上がって駆け寄る。

「神薙!」
「ホントに待ってた」
「言ったんだから待ってるに決まってる。それより怪我は? してない?」
「ないない。俺、喧嘩強いから」
「それは見てたら分かったけど……手は?」

 ポケットに突っ込んだままの手に視線を向けると肩を竦めてから見せてくれたけど、やっぱり赤くなってて俺はコンビニのトイレで濡らしておいたハンカチを当てる。片方ずつしか無理なのがもどかしい。

「えらー、ハンカチ持ってんだ」
「薫がうるさくて。だから休みの日でも外に出るならハンカチないと落ち着かなくなった」
「お姉ちゃん効果すげぇな」
「もう洗脳だよ、アレは。…痛くない?」
「大丈夫」

 交互に冷やしながら様子を伺っていると不意にその手が握られて驚く。うわ、俺の手がスッポリ隠れた。

「湊」
「?」
「俺と付き合って」
「……へ?」
「俺と、恋人になんない?」

 えっと、俺は今告白されているのでしょうか?
 ポカンとしていると神薙がお尻側のポケットからスマホを取り出しメッセージアプリを開いてきた。

「連絡先交換」
「あ、はい」
「用事なくても送ってきていいよ」
「う、うん」

 神薙が表示したコードを読み込んで友達登録し、こんにちはのスタンプを送る。そうしたらすぐに「これからよろしく」って返信が来た。
 よろしくって、やっぱそういう事? っていうか本気で? 俺男なのに?    神薙は気にしないのかな。
 しかも俺、悠介の事が好きなのに。

「あ、の、本気で恋人になるの? 俺男だし、つまんないと思うよ?」
「ぶっちゃけ俺、男も女もイケる。それに湊はつまんない男じゃないよ」
「でも俺、好きな人……」
「俺じゃ駄目?」

    神薙の指が頬に触れて思わず見上げると首を傾げてる姿が目に入り言いかけた言葉を飲み込む。そんなしょんぼりした声で聞かれたらダメなんて言えなくて。
    そもそも何で俺?

「……みんなは薫の方が良いって言うよ?」
「俺は違う」
「……ほ、本当に俺…?」
「湊がいい」

 俺いいなんて言われたの初めてだ。大抵は「湊いいや」って言われるから。
    悠介も俺と薫を比べるような事は言わないけど、こんな風にハッキリ名指しで言われた事ないから。
 出来れば好きな人悠介に言われたかったな……と思ってチラリと神薙を見たけど、彼の声は優しくて素直に嬉しいって思った。

「神薙は変わってるね」
「湊の魅力に気付かない奴が変わってんだよ」

 そんな事は絶対にない。でもここまで言ってくれる神薙の言葉を否定するのも何だから首を傾げるだけにしておく。
 また送るという神薙に行くところがあるからと言って断り、コンビニの前で別れて俺は駅の方へと歩き出した。

 こうして今日から俺は、神薙と恋人同士になった…ようです。
    ってか、好きな人がいるってちゃんと言えなかった……。
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