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うっかりにもほどがある

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 俺、那岐原 湊なぎはら みなとには双子の姉と幼馴染みがいる。
 姉である那岐原 薫なぎはら かおるは、顔立ちこそ似ている部分はあるものの性格は俺とは正反対で、明るくて社交的でいつも誰かの中心にいるような人気者だ。
 幼馴染みの瀧 悠介たき ゆうすけは爽やかなイケメンで、姉と同様友達が多くそれはもうモテまくってる。何回告白シーンに遭遇した事か。
 
 悠介は幼稚園の時に俺と薫が住んでいた家の隣に越してきた。挨拶に来た時から薫のおかげであっという間に仲良くなって、それからは小中高と同じ学校で朝は毎日一緒に登校していた。帰りは部活とかあってバラバラになる事もあったけど、それ以外は一緒だったから三人でいるのが当たり前みたいになってた。
 主に薫がだけど、喧嘩もたくさんしてその度に仲直りしてもっと仲良くなって、それはこれからも続いていくんだろうなって思ってる。

 でも俺は、二人には内緒にしてる事があった。
 俺が悠介を、幼馴染み以上に想ってるって事。
 いつからとかは忘れたけど、気が付いたら悠介を好きになってて、男同士とか兄弟みたいに育った幼馴染みなのにとか、そんな事どうでもいいって思えるくらい傍にいて幸せだって思えた。
 幼馴染みとしてなら一番近くにいられるし、笑顔で名前だって呼んで貰える。だから告白をするつもりは全然なかったんだ。

 だけどそうして悠介を見ているうちに俺は気付いてしまった。
 悠介には好きな人がいて、それは俺の双子の姉、薫なんだって。
 俺と二人でいる時も薫の話ばっかりするし、薫が入っている部活の応援に行った時も悠介の目はずっと薫を見てた。
 双子だし、顔立ちも少しは似てるんだから俺でもいいじゃないって思ったけど、俺は薫と違って人付き合いが苦手な引っ込み思案だから、モテる悠介が人気者の薫を好きなっても仕方ないって納得してしまった。

 自分で気付いた事だけど、あっさりと失恋が確定してすごく落ち込んでたんだと思う。
 いつもならしないような失敗を、よりにもよってにしてしまうなんて……。
 最近の俺、本当にツイてない。
 
 
 
 
 
 朝七時。俺はいつものように寝坊助な姉を起こすため薫の部屋にノックしないで入る。
 薫は本当に寝起きが悪くて、早寝も爆音目覚ましも布団を剥いでもベッドから落としても目を覚まさない。だから色々試してみた結果、薫の好きなゲームキャラの『おはよう』ボイスが一番有効的だと分かった。
 ほんと、こういうボイスを公式さんが出してくれてると知った時どんだけ有り難かったか。
 ただ面倒な事に、目覚まし時計に吹き込んだガサガサボイスじゃ駄目らしくて、俺のスマホにわざわざダウンロードしたやつを毎朝薫の耳元で流すという苦行を今なお強いられている。どうして自分のスマホに入れないのかは永遠の疑問だ。
 夏とはいえクーラーが効いた部屋でお腹を出して寝ている薫に呆れながらスマホを操作し、耳元へ寄せて再生ボタンを押した。その間、俺の顔は無を極めている。
 
『おはよう、朝だよ。そろそろ起きようか』
「はい! 恭弥きょうや様!」
 
 瞬殺だ。この恭弥というキャラは眼鏡を掛けたインテリイケメンなんだけど、その性格はあまり良いとは言えず冷静沈着で冷酷無慈悲。だけど主人公の女の子だけには優しくてそれはもう甘い微笑みを見せるらしくて……それが乙女ゲームだと分かってはいても周りの人が不憫でならない。
 薫に言わせればそのギャップが萌えらしいけど。
 とりあえずちゃんと起きたし、俺の仕事は終わりだ。
 
「先に朝ご飯食べてるから」
「はーい。ありがとう、湊」
 
 顔立ちは似ていても明るさの全然違う薫の笑顔は弟である俺から見ても可愛い。でもせめて、俺がドアを閉めてから着替えて欲しいと思う今日この頃だった。
 
 
 
 朝ご飯を食べたあと、身支度を整えてお母さんに「行ってきます」と言って外に出ると、悠介がいつものように塀に凭れて立ってた。
 俺に気付いて片手を上げた悠介は、俺に続いて慌ただしく出て来た薫に苦笑すると乱れた髪を撫でて整えてあげる。
 
「おはよう、二人共。薫はいつも忙しないな。ちょっとは湊を見習って落ち着いて出て来たらどうだ?」
「仕方ないでしょ。女の子の朝は忙しいものなの」
「化粧もしてないし、髪を結んでもいないのに?」
「揚げ足取りは嫌われるわよ」
 
 相変わらずいいテンポで会話をする二人だ。
 間には入らずに門を閉めて待っていると、「悠介はうるさい」と言って顔を背けた薫が俺の腕に抱き着いてきた。いつもの事だから気にせず薫に引っ張られる形で歩き出す。
 後ろから追い掛けて来た悠介が俺の頭をポンっと叩いた。
 
「十六にもなって、姉ちゃんと腕組みたくないよな」
「俺は別に……」
「そうよ、悠介と違って湊は優しいんだから」
「だから心配してるんだろ。湊、嫌なら嫌って言わないと、薫の奴調子に乗るぞ」
「嫌じゃないから大丈夫。心配してくれてありがとう、悠介」
「ほら見なさい」
「薫はもうちょっと湊の優しさに感謝しろ」

 正直、薫の行動には慣れてるし今更感はある。悠介が気にしてくれるのは嬉しいけど、いつもの事がなくなると不安になるからむしろ変わらないで欲しい。
 俺の右側に薫、左側に悠介がいて挟まれたまま学校に行くと、門を抜けてすぐに二人は友達に囲まれた。

「薫、おはよー」
「ねぇ薫、昨日の数学のプリントやった?」
「やったよー」
「お願い、教えて」
「いいよ」

 いつも思うんだけど、友達が来たなら離して欲しい。薫が離してくれないと俺は動けないんだから。

「はよ、悠介」
「おはよう」
「今日の体育サッカーらしいぜ。悠介の活躍の場だな」
「好きな競技ってだけで、別に活躍とかじゃないって」
「またまたー」

 人気者の二人の間に挟まれてる俺って、他の人からどう見えてどう思われてるんだろう。一応薫と双子だっていうのは周知の事実だけど、やっぱり浮いて見えるんだろうか。
 でもとりあえず、俺は教室に行きたいから薫の肩を指先で突ついた。

「薫、俺教室行くから」
「あ、ごめんね。今日は部活ないから、一緒に帰ろうね」
「うん」

 腕が軽くなり昇降口まで歩いて行くと一気に静かになる。二人の周りはいつも賑やかで、俺はする必要のない萎縮をいつもしてしまう。別に何かをされたとか、言われたとかそんな事はないんだけど、俺の性格的な問題が無意識にそうさせるんだ。
 直したいとは思うけど、元来のものは中々に手強い。

 上履きに履き替え二階にある自分の教室に入ると、中学からの友達である田村 秀たむら しゅう岡本 慎也おかもと しんやが手を上げて挨拶してくれた。

「おはよー、湊」
「今日も大変そうだったな」
「おはよう、秀、慎也。もうだいぶ慣れたよ」

 何せ中学時代からの慣例行事みたいなものだ。姉と幼馴染みが囲まれる事には最初こそ驚いたけど、今になってはまたかって感じ。
 席に着きHRまでの時間、友人二人と他愛ない話をして過ごすのが俺の日常だった。


 特に変わり映えのない一日を過ごした放課後。ゴミ捨ての当番だった俺はゴミ箱を二つ両手に持ってゴミ置き場へと運んでいた。うっかりしてたから薫にも悠介にも先に帰っててとは連絡したけど、並んでる二人を見なくて済んだのは良かったと思う。
 そんな事を考えてたせいか、俺は最後の一段を踏み外してゴミ箱を放り投げゴミを散らばしてしまった。しかもちょうどそこに人が通り掛かってゴミまみれになる。

「わ────!!」

 や、やや、やってしまった!
 俺は慌てて近付きその人からゴミを取り除いたんだけど、顔を見て更に恐怖と驚きで青褪めた。
 よりにもよってこの人にゴミをぶち撒けてしまうだなんて…!

 神薙 周防かみなぎ すおう

 俺と同じクラスだけど、ほとんど教室にはいないからまともに顔を見るのも初めてかもしれない。
 誰々と喧嘩しただの、誰々を病院送りにしただの、不穏な噂の絶えない所謂不良と呼ばれてる人でみんなから避けられてるらしいけど……この人、めちゃくちゃイケメンだ。
 悠介が爽やかイケメンなら、この人は綺麗系イケメンで、悠介よりも圧倒的に背が高い。絶対モテるだろうに、不良っていうのがネックになってんのかな。

「…っぷ、あっははは! やっば、ゴミ頭から被ったの生まれて初めて!」
「……へ?」
「腹いてー! ははっ、いやー、貴重な体験どーも」

 ブチ切れて殴られるかもって思ってたけど、神薙はいきなり吹き出すと腹を抱えて笑い出した。ぽかんとしている俺を尻目に一頻り笑ったあと、しゃがみ込んでゴミを拾い始める。
 そこでようやくハッとし俺も慌ててしゃがみ込んだ。

「え!? や、い、いいよ! 俺がするから!」
「二人でやった方が早いって」
「で、でも……」
「いいからいいから。お前も拾いな?」
「……う、うん…」

 何か、意外。こういうの無視するタイプだと思ってたのに…ってこれは偏見だ。人を見た目で判断してはいけません。
 周りからジロジロ見られながら一緒にゴミを拾うと、神薙はゴミ箱を二つとも持ってさっさと歩き出す。
 というかこの人、思ってたより明るくて気さくだ。

「え!? ちょ、神薙…くん!」
「行くよ」

 俺が当番なのに!
 急いで追い掛けるけど、あの人足が長いから早い早い。
 ゴミ置き場で追い付いた頃にはもうゴミ箱は空になってて、ゴミ塗れにした挙句ゴミ捨てまでさせてしまった罪悪感で申し訳なくなった俺は、相手が怖がられてる不良だと言う事も忘れて思わず袖を掴んでいた。

「あの、お、お詫びさせて!」
「え?」
「頭からゴミ被せちゃったし、今もゴミ捨てさせちゃったし、神薙…くんさえ良ければお詫び、させて欲しい」
「んー」

 僅かに目を見開いた神薙は俺から目を逸らして何やら考え込んだあと、俺の肩に手を伸ばして紙の切れ端らしきものを取って、それに息を吹き掛けて飛ばしてから真っ直ぐ俺を見て口を開いた。

「じゃあ、俺に付き合ってくんない?」

 死刑宣告にも似た言葉が低くて耳触りの良い声から発せられる。
 俺はこのあと、ボコボコに殴られるのかもしれない
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