小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

文字の大きさ
上 下
20 / 22
番外編

小さな兎と銀の狼の物語【御礼SS①】

しおりを挟む
 ここは、様々な種族の動物たちが仲良く住まう平和な世界です。

 それぞれがそれぞれの区画で平和に暮らしていましたが、ある日孤高の銀色狼が根城とする区画に一羽の小さな兎が迷い込んできました。

 同族である他の兎と比べて一際小さく可愛らしい兎は、とても好奇心旺盛で真っ直ぐな性格をしており、また驚くほどの方向音痴でした。

 そんな小さな兎を一目見て気に入った狼は、絶対に手に入れる決意をしあの手この手で囲い始めます。

 手始めに、迷子になりやすい兎のために毎日餌場への案内を始めました。
 兎は見知らぬ人にもついて行こうとするので狼は毎日ハラハラです。

「お前、俺が怖くないの?」
「どうして?」

 牙を剥き出しても大きな体で擦り寄っても、小さな兎は怖がらないし逃げないし抵抗しません。

 ますます気に入ってしまった狼は、事ある毎に兎へのスキンシップを増やしていきます。

 そんな兎は、狼の傍を次第に心地良く思うようになりました。

 狼に甘噛みされてもグルーミングをされてもそれが嫌ではないし、大きな体で包まれると心がポカポカするようになりました。

 けれどそれが何なのか分からない兎は、友達の猫に問い掛けます。

「狼さんの傍にいるとポカポカするのはどうして?」
「それはね、兎さんが狼さんを大好きだからだよ」

 猫の言葉を聞いた兎はようやく自分の気持ちを知りました。

 そうか、自分は狼さんが大好きだから、何をされても嫌じゃないんだと。
 だけど恥ずかしがり屋な兎は狼へ気持ちを伝えられません。

 狼はそんな兎のために選択肢を出しました。

「好きなら俺の傍に来て。そうじゃないならそのままいて」
「……うん!」

 兎はもちろん狼の傍に走り寄ります。

 念願叶って兎を手に入れた狼は、他の動物たちが驚くほどの優しさを兎にだけ見せていきます。

 全身余すことのないグルーミング、危険な物や動物の排除、可愛さのあまり甘噛みをしてしまう事もあります。狼はいつだって蕩けるほどの愛情で兎を包み込みました。

 そんなある日、兎は狼の根城で一羽ぼっちになりました。

 中々帰って来ない狼を探しに出た兎は、区画の境界線で羊とお話をしている狼を見つけます。

 けれどその様子は何だか怪しくて、兎は羊と狼の方が仲が良いのだと思い込んでしまいました。

 狼の根城に戻った兎は、狼が寝ていた場所を、狼が兎の為に集めてくれた枯れ木でめちゃくちゃにします。

 次の日にやっと戻ってきた狼はその光景に目を瞬きますが、再び兎のために枯れ木を戻すと満足したのか兎へと擦り寄ります。

 だけど兎は羊との事を口にして拒否してしまいました。そんな兎に対して狼は怒ることなく真実を教えてくれます。

「あれは他の動物の番だ。俺にはお前だけだよ」
「狼さん……!」

 無事に仲直りした兎と狼はこれまで以上に仲睦まじく過ごします。

 狼は兎の全てが可愛くて愛しくて溜まりませんでした。

 それこそ食べてしまいたいと思うほどに。

 けれど狼は絶対に兎を食べません。兎には元気に跳ね回っていて欲しいからです。

「好きだよ、俺の兎」
「オレも好きだよ、オレの狼さん」

 例え種族が違っても、一羽と一頭はお互いが番だと信じています。

 これからも兎と狼は共に歩み、他の動物たちが羨むほどの、幸せに満ちた暮らしをしていく事でしょう。

 いつまでも、いつまでも。


 めでたしめでたし



──────────────



「……ん…」

 微睡みの中、小さく吐息を漏らした上総はゆっくりと閉じていた瞼を上げた。ぼんやりとした視界に映る天井に眉を顰めるが、それが久し振りに訪れた恋人の部屋だと認識するのは早かった。

(そうだ……オレ、昨日朔夜の部屋に泊まりに来たんだった)

 一足先に卒業した上総は大学には行かず就職活動を始め、現在は出版社で働きながら一人暮らしをしている。両親は相変わらず海外で楽しく働いているようで、たまに手紙と一緒に現地の食べ物を送ってくれるから大変有り難い。
 朔夜も卒業後一人暮らしを始め、今は大学生だ。本人は、上総のいない大学になんか行きたくなくて働きたかったようだが、母親に行くようにと言われたらしい。上総からも諭されたため今は渋々行っている状態だ。
 社会人と大学生。なかなか時間が合わせられずにいたが、今日やっと休みが重なり、昨日の夜仕事終わりに泊まりに来たのだ。

(っつか、何か変な夢見た気が……)
「上総」

 目を覚ました上総に気付いたのか、隣でスマホを弄っていた朔夜が声をかけて来た。それに反応して身体ごと朔夜の方を向いた上総は、寝起きかどうかも分からない眠そうな目をした恋人に笑いかける。

「おはよ、朔夜」
「おはよう」

 スマホを置いた手が伸びて上総の髪を梳くように撫でる。相変わらず、朔夜の手は上総の頭をすっぽりと包んでしまうくらい大きい。
 心地良さで目を細めた上総にふっと笑った朔夜は、その手を華奢な身体の線をなぞるように滑らせて腰で止めると、宥めるように撫で始めた。

「平気?」
「たぶんな。でも、日付変わるまでっていう約束破ったから、今日の昼ご飯は朔夜担当な」
「出前」
「材料あるんだから作れ」
「…………フレンチトースト」
「あ、いいじゃん。オレそれ好き」

 蜂蜜たっぷりの甘いフレンチトーストを想像してはにかんだ上総は、少しだけ空いていた隙間を埋めるように朔夜の方へ身を寄せる。腕を伸ばして柔らかな銀の髪を撫でていると、本物のオオカミの姿をした朔夜が頭に浮かんできた。

「……そういえば、夢見た」
「夢?」
「オレと朔夜がいるんだけど、何でか動物の姿なんだよ。オレはウサギで、朔夜はオオカミ」
「まんまだな」
「何か色々違ってた気がしなくもないけど……オレと朔夜の物語っぽかった」
「へぇ……」
「結構ほのぼのしてたぞ」

 不思議な夢だったなと呟き腕を下ろすと、今度は朔夜の手が背中を撫で始める。夢の中のオオカミ版朔夜も、随分とウサギ版上総に甘かった。

「小さかった?」
「ウサギのオレか? 確か、同族の中でも一際小さいとか天の声が聞こえた気がする」
「それは確かに上総だな」

 くつくつと笑う朔夜にムッとした上総は、自分とは違う朔夜のシュッとした頬を摘んで引っ張る。
 朔夜と過ごす内にある程度、朔夜の足りない言葉を補えるようにはなってきた。まだ難解な部分もあるが、普通の会話なら理解は出来る。
 痛くない程度に引っ張っていると、突然ガッシリと抱き締められて持ち上げられた。うつ伏せのまま朔夜の上に乗る形になり目を瞬く。

「何……」
「ウサギの上総、俺も見たかった」
「ただのウサギだぞ?」
「〝上総〟ってだけで違う」
「?」

 何がどう違うのか、残念ながら上総には読み解けなかった。
 仕方なく全体重を朔夜に預ける事にして頭を肩のところに乗せる。すかさず唇が押し当てられたがそれは甘受した。
 付き合って三年経つが、朔夜の独占欲も噛み癖も嫉妬心も、自分を包む腕の温かさも優しさも何一つ変わっていない。

(本当のオオカミの朔夜もカッコよかったけど、オレはやっぱりこのままの朔夜の方がいいな)

 甘えて、甘えられる存在。
 唯一無二の恋人。

「朔夜、好きだよ」
「俺も好き」

 間髪入れずに返ってくる言葉にいつも喜びと幸せを感じる。
 上総は嬉しそうにはにかみながら、どんな時でも惜しみない愛情を注いでくれる自分だけのオオカミに甘えるのだった。





FIN
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

強引に伴侶にされた俺は、なぜか溺愛されています

すいかちゃん
BL
昔から、葵家と登坂家ではある約束が交わされていた。それは、葵家の当主は登坂家の誰かと婚姻を結ばなくてはならないという事だ。だが、困った事に登坂家に男しかいない。男なのに当主の伴侶に指名された登坂樹は困惑する。だが、葵奏貴(かなた)は樹をとても気に入ったと熱烈アプローチ。かくして、樹は奏貴と婚礼を挙げる事になり…。 樹は、奏貴のある能力を知り…。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

ギャルゲー主人公に狙われてます

白兪
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。 自分の役割は主人公の親友ポジ ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、

処理中です...