小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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【最終話】小さな兎は銀の狼と愛を育む

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 眠くなりそうなほどの陽気が窓際の席にいるオレに遠慮なく降り注ぐ。
 四限の授業が終わり、購買にでも行こうかなと考えていると教室の扉が開いて、進級して出来た新しいクラスメイトがザワついた。

「上総」
「朔夜?」

 うつらうつらしていたオレは名前を呼ばれて顔を上げる。声がした方を見ると、相変わらず前髪で顔半分が隠れているにも関わらずイケメンな俺の恋人、朔夜が立っていた。
 椅子から立ち上がり、首を傾げて近付く。

「どうした?」
「立夏が呼んでる」
「立夏くんが?」

 わざわざ朔夜を呼びに来させるとは、立夏くんもなかなかやるな。
 ついでに、購買に行くために鍵付きのロッカーから財布を取って来ようと教室の後ろに行こうとすると腕を掴まれ引っ張られた。
 目を瞬いている間に肩を抱かれ教室の外に連れて行かれる。

「え、あれ、朔夜。オレ購買に」
「いらねぇ」
「朔夜がいらないのは知ってる」
「立夏が大量に持って来た」

 ……何を?
 マイペースなのも強引なのも言葉が足らないのも相変わらずの朔夜だが、少しずつ変化はしている……と思う。
 方向的に中庭に向かっているのかと無心で歩いていると、不意にトイレに押し込まれて個室に入れられた。
 最近増えた突飛な行動に困惑する。

「朔夜……」
「ちょっとだけ」
「あ」

 狭い個室内で抱き締められ唇が塞がれた。
 朔夜の両手に頬を挟まれ、角度を変えながら啄まれるとどうしても反応してしまう。
 あの日朔夜の部屋で過ごして以来、朔夜のスキンシップが格段に増えた気がする。前はこんな風にどこかに入ってまで触れ合うことはなかったし、むしろ昼休みにさえ会う事もほぼなかった。
 箍が外れたみたいな? 遭遇率も上がったし。

「上総、口開けて」
「…ダメだって…。立夏くん、待ってるだろ」
「少しくらい遅くなってもいいだろ」
「良くない」

 大体、舌入れられたらオレがヘロヘロになるって分かってるだろ。朔夜が一番最初に口の中が弱いって発見したんだから。
 憮然としてオレの首筋に唇を寄せる朔夜に苦笑し、最近染め直したばかりの綺麗な銀の髪を撫でる。
 キスなら寮の部屋でいくらでも出来るのに、隙あらばこうしてくっついてくるのって何でなんだろう?

「ん、朔夜、噛むのナシ」
「噛んでねぇ」
「甘噛みも噛んでるのと一緒だぞ」
「………」

 ついでに噛みたがるのも何でなんだ。あ、もしかして噛みグセみたいなのがあるのか? 

「朔夜」
「ん?」
「噛むの、オレだけにしないと怒るからな」
「………」
「んん…っ、ちょ、噛むのナシって…!」
「可愛い事言う上総が悪い」

 さっきよりも強めに噛まれて身体がビクッとする。
 朔夜の可愛いの基準が分からないと文句を言いながら、ガッシリとした肩を押して抵抗するもオレの力で動く訳もなく……幸い噛み跡は付けられなかったけど息も上がって真っ赤になってるオレはなかなかトイレから出られなかった。

「意地の悪いオオカミめ……」




 昼休みも半分過ぎだ頃に中庭現れたオレと朔夜に、ずっと待ってくれていた立夏くんからお小言を頂いてしまった。

「おっそーい! 朔夜、うさちゃん先輩連れてくるのにどれだけ時間かかってるの!」
「うるせぇ」
「ホントにうさちゃん先輩以外はどうでもいいよね、朔夜」
「そ、それよりどうしたんだ? オレも呼び出すって」

 喧嘩になる事はないだろうけど、とりあえず時間も迫って来てるしと両手を二人の間に出しながら立夏くんに問い掛ける。そこで思い出したのか、傍に置いていた袋をひっくり返すと中身を一気にぶちまけた。
 パンやおにぎり、ホットスナックがあらかじめ敷いてあったレジャーシートに転がる。

「?」
「うさちゃん先輩、好きなの選んでいいよ」
「え?」
「食べたい物ばっかりで買い過ぎちゃって、一緒に食べてくれると助かるなぁって」
「そ、そうなんだ…」

 それにしたって買いすぎではないだろうか?
 オレは戸惑いつつも立夏くんに本当にいいのかと尋ね、笑顔で頷いたのを確認すると、鮭とツナのおにぎり、朔夜用にレタスとチーズのサンドイッチを手に取って見せた。

「じゃあこれとこれとこれ貰うな。ありがとう」
「どういたしまして。まだ他にもいるのあったら遠慮なく食べてね」
「うん、ありがと」

 いつもにこにこしていて可愛い立夏くんは本当に癒しだ。あれ以来一度も怖い顔は見ていないし。
 オレもにこっと笑って頷き、当たり前のように朔夜の膝の間に座ってペリペリとサンドイッチの封を開ける。

「そういえば太一くんは?」
「今日は彼女とお弁当食べてるよ」
「へぇ、お弁当。ラブラブなんだな」
「良く喧嘩もしてるけどね。そのたびに朔夜が間に入って仲直りさせてる」

 そういえば、太一くんの彼女を朔夜の彼女だと勘違いしてヤキモチ妬いた事あったっけ。朔夜にとってアレって、やっぱり普段からしてた事だったんだな。
 オレはサンドイッチを朔夜の口元に運びながらその時を思い出して苦笑する。

「前から思ってたんだけど、うさちゃん先輩、朔夜を甘やかし過ぎじゃない?」
「え? そう、かな」
「そうだよー。今だってうさちゃん先輩が食べさせてるし。朔夜も自分で食べなよ」
「………」

 朔夜が食に無関心過ぎて食べさせるのが当たり前になってたオレは、言われてみればほぼ高確率で食べ物を本人の口に運んでいる気がする。
 少し考え、朔夜が齧ったサンドイッチを差し出してみた。

「えーっと、朔夜、自分で食べるか?」
「上総が食わせて」
「……ですよね」

 うん、分かってた。
 オレは仕方なくまたサンドイッチを手ずから食べさせてやる。雛に餌をやってる親鳥の気分だ。

「うさちゃん先輩、覚悟しておいた方がいいよ」
「何を?」
「朔夜、絶対離してくんないから」

 えっと、珍しく立夏くんの話が要領を得ないぞ。何を覚悟して、何を離さないのか。
 首を傾げるオレにふふ、と笑った立夏くんは、メロンパンの袋を開けながら教えてくれた。

「うさちゃん先輩の事、朔夜はこの先一生離してくれないよって話」

 一瞬驚いたけど、そういう事か、と納得もしてしまった。腹に回された腕で抱き寄せられ頭に朔夜の頬が寄せられる。

「一生?」
「離さねぇよ、一生」
「ちなみに、もしオレがこの先背が伸びて小さくなくなったらどうする?」
「どうもしない。上総は上総だ」
「小さくも可愛くもなくなるぞ?」
「上総は一生可愛いから、心配すんな」

 うーん、暖簾に腕押し感が否めない。
 オレは残りの一口分を朔夜の口に押し込め、鮭のおにぎりを開封すると思いっきりかぶりついた。
 恐らくは遺伝子的に背が伸びる事もないだろうし、朔夜との関係も変わる事はないんだろう。

「あー、うさぎちゃんじゃん」
「かーわいー」
「たまにはこっちにもおいでよ」

 今はもう立夏くんしか呼ばないような呼び方をされそっちを見ると、朔夜と同じ二年生がにこにこと手招きしていた。
 悪意も嘲りもない言い方だけど、オレの後ろ見えてないのか? 朔夜が立ち上がりそうな気配がして慌てて腹のとこにある腕を掴む。
 立夏くんは訝しげな顔をしてたけど、わざわざ行くつもりはないらしいから良かった。

「はーい、朔夜くーん。サンドイッチまだあるから食べようなー」
「アイツら上総に気安い」
「いいよ、別に。先輩だろうが後輩だろうが、言いたいように言わせておけばいいんだって。ほら、食え」
「上総」
「何?」
「好きだよ」
「ぶ……っ」

 脈絡のない告白に面食らったオレは、立夏くんが吹き出した事にも気付かないで朔夜を見つめる。
 いや、うん、いいんだけどな。ハッキリ口にしてくれるのは嬉しいし。
 オレはいつ何時でも自分に素直な恋人に向き直り、表情を緩めると空いている手で頭を撫でて頷いた。

「オレも好きだぞ」

 俺よりずっとデカいくせに、お前よりずっと小さいオレに遠慮なく甘えてくれる朔夜が大好きだ。
 オレは柔らかく微笑む朔夜に笑顔を返し、手に持ったままのサンドイッチを恋人の口元へと寄せた。

 オレだけの優しいオオカミ。お前の膝の上なら、小さなうさぎも安心して幸せでいられるよ。





FIN
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