小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎と狼と雨

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 ショッピングモールは新しく出来ただけにどこもかしこも綺麗で、店内の明かりも装飾もキラキラしていた。
 そうか、時期的にクリスマス近いもんな。
 オレたちはまず目に付いたアパレルショップに入った。
 朔夜が今身に付けている服装と違ってオレの好きなタイプだけど、朔夜も似合うんじゃないかと思って当ててみる…うん、アリだな。スタイルいいから今着てるのと違う系統も似合いそうだ。
 オレがあれはこれはと朔夜に見せてるからか、朔夜までオレに似合うだろうと服を見繕ってくれ始めた。せっかくだし、気に入った物は購入して店を出る。久し振りに服買ったなー。

「朔夜は買わなくて良かったのか?」
「いい」
「そっか。じゃあ気になる店あったら言ってな」
「ん」

 それにしても広い。色んなお店があって目にも楽しいし、何より歩いてるだけなのにワクワクする。
 ここは雑貨屋さんかな? 変わった文具とかキャラクターの細々したものがいっぱいある。
 あ、あれは!

「見て見て、朔夜。オオカミのぬいぐるみ」

 両手サイズの可愛らしい顔をしたオオカミのぬいぐるみを見せると、朔夜が見えてる方の眉尻を上げた。
 しかもこれ、朔夜の髪色と似たような色してる。

「仲間?」
「生き別れの兄弟かもな」
「マジか、じゃあ連れて帰らないと」
「先輩の仲間はいねーの?」
「えー?」

 仲間、仲間ねぇ。
 あ、あのキャラクターのならある。お口がバッテンの有名なうさぎ。

「あの子ならいるぞ」
「…あれは先輩とは違う種族だな」
「うさぎに別種族がいるのか…」

 うさぎはうさぎじゃないのか。
 朔夜はキョロキョロと辺りを見回し、何かを見付けたのかそっちへ歩いて行く。ボールチェーンの部分を摘んで持ち上げると振って見せた。

「仲間発見」
「何かコイツの顔緩すぎないか? 間抜け面」
「先輩そっくり」
「うっそ、オレこんな顔してる?」
「してる」
「マジか」

 オオカミよりも小さなうさぎのぬいぐるみは、どうにも情けない顔をしていて見てるとこっちの眉尻まで下がる。愛嬌はなくもないけど…ホントに似てるか?
 訝しげな顔をして至近距離でうさぎを見ていると、朔夜がふっと笑って口許に手を当てた。

「…っはは、先輩、すげぇ顔」
「………」
「ふ…っ、そんなに嫌かよ」

 小さいうさぎのぬいぐるみとか、全然似てないだろとか、こんなアホ面してないとか、そんな事一気に吹き飛ぶくらい驚いた。
 朔夜が声出して笑ってるところ、初めて見た。笑うと眉尻下がるんだな、年相応に見える。

「…ホント、先輩といると楽しい」
「朔夜…」
「俺、コイツ連れて帰る」

 あ、気に入ったんだ。
 本人非公認のうさぎに何となく複雑な気持ちになりながらも、レジへと向かう朔夜の後を追い掛ける。

「オレもこの子連れて帰る」
「弟だから、可愛がってやって」
「もちろん」

 男が二人してぬいぐるみ買ってる姿って、傍から見たら浮いてんだろうなぁ…でも朔夜だとやる事全部サマになるから、もしかしたらアレ、プレゼント用だと思われてたりして。
 可愛らしい袋に収められたぬいぐるみはショルダーバッグの中に入れ、次はどこに行こうかなと並んでいる店に視線をやる。
 本屋もいいし、CDショップもいい。そろそろヘッドホン買い替えたいんだよぁ…何て思っていると、館内放送が昼の時間を告げた。

「あれ、もう昼?」
「この時間じゃどこも混んでるだろうな」
「朔夜はお腹空いてるか?」
「聞く相手間違ってる」

 ああ、そうだった。コイツは強制しないと食べない奴だった。
 と言っても、オレもそこまでお腹が空いてる訳じゃないから、今が混んでる時間なら後でもいい。
 オレは朔夜の手を取りまだ見ていない方を指差した。

「あっち見てからでも遅くないし、ご飯は後にしよ」
「ん」

 短く返事をした朔夜は普通に握っていた手を指を絡める繋ぎ方…いわゆる恋人繋ぎに変えると、オレに向かって一瞬微笑み歩き出した。
 こういうテクニック、どこで勉強してくるんだか。




 遅めのお昼を終えてショッピングモールを出たオレたちは、今度は通りを歩いてみる事にした。似たような系統の店は多いけど、モール内にはなかったブランドやお店があったからこれはこれで楽しい。
 気になると足を止めて入ったりしてたから進むのはゆっくりだったけど、朔夜は何も言わずにオレに付き合ってくれた。
 途中で気に入った服があったのか購入もしてたし、朔夜も楽しんでくれてるなら何よりだ。
 それにしても、さっきより随分雲が厚くなったな。

「何か、雨降りそう?」

 天気予報は晴れのち曇りだったんだけど。

 ─────ポツッ

 そう思いながら曇天を見上げると頬に雫が落ちてきた。
 ヤバい、降ってきた。と思う間もなく一気に雨足が強まる。

「うわ、わ!」
「先輩」
「あ」

 ゲリラ豪雨とまではいかないけどそれなりに強い雨に打たれたオレたちもそうだけど、行き交ってた人たちもてんやわんやだ。
 朔夜がコートの前を開いてオレを抱き寄せ、屋根を作るようにして雨宿りが出来る場所まで走る。
 定休日でシャッターが降りている店の軒先に入ると大きく息を吐いた。

「天気予報大ハズレじゃん…」
「つめてぇ」
「朔夜ごめん、すごい濡れただろ」

 オレは朔夜のコートの中に入れて貰ったから濡れたのは最初だけだけど、防ぐ術が何もなかった朔夜は水滴がポタポタと落ちるほどびしょ濡れになってる。
 ハンカチはあるけど、意味ないだろうな。

「止むまで帰れないなー」
「………」
「このままじゃタクシーも乗れないし。朔夜、ちょっと屈んで」

 とりあえずハンカチで朔夜の顔や髪を拭いてはみるけど、やっぱダメだな。早く着替えるなり何なりしないと風邪引く。

「朔夜、寒くないか?」
「平気」
「雨、ちょっとでも弱まったら移動しよ……っくしゅん!」
「………!」

 朔夜の方が濡れてるのにオレがくしゃみしてしまった。
 ムズムズする鼻を擦っていると、朔夜の手が頬に触れる。

「先輩」
「うん?」
「ちょっと移動していい?」
「移動?」

 まだ雨強いのに? と思いながら朔夜を見上げると、複雑そうな顔をして頷く。

「どこに?」
「俺ん家」
「え? 朔夜の家って… 」
「ここから近いから」
「や、でも」
「早くしねぇと先輩風邪引く」
「いや、オレより朔夜の方が酷いから……」

 確かに、夏場ならともかく、この時期に濡れたままはマズイ。こんな事を考えてる間だって、朔夜の体温はどんどん奪われてる。
 たぶん、オレがくしゃみしたから切り出したんだろうし。
 本人がそういうなら、甘えさせて貰った方がいいんだろうな。

「そう、だな。朔夜も冷えてるし、お願いしようかな」

 手土産も何もないしずぶ濡れだけど、今は一刻も早く身体を温める事を優先しよう。そう思って頷くと、朔夜がどこかホッとしたように息を吐いた。
 ザーッと降り続ける雨の中、オレは朔夜に手を引かれて走り出す。同じように先に進む事を選んだ人たちも鞄やショッパーで頭を防ぎながら走ってるし、悪目立ちはしないだろう。
 しばらく走ると、繁華街より少しだけ外れた場所にお店が見えて来た。店舗兼住居らしく、二階建ての割と大きな建物だ。
 朔夜が鞄から鍵を取り出して玄関を開けオレを押し込む。だいぶ濡れたけど、建物に入れただけでもだいぶ違うな。

「親御さんは?」
「日曜日は出掛けてる」
「そうなんだ」
「ちょっと待ってて」

 朔夜はコートと靴下を脱ぎ前髪を掻き上げながら家の奥へ行くと、しばらくして今度はタオルを手に戻ってきた。
 自分もまだ拭いてないくせに、オレの頭を拭こうとする。

「ちょ、お前が先に拭けって」
「先輩、風呂準備してるから入って」
「え、でも朔夜の方が濡れてるから」
「さっきくしゃみしてただろ。いいから、先に入れ」
「………分かった」

 こういう時の朔夜は引かないって分かってるから、オレは仕方なく靴下を脱いで上がらせて貰い、買ったばかりの服を持って浴室に連れて行って貰った。
 初めて来た朔夜の家に、緊張とドキドキを内心に抱きながら。

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