小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎は巣穴に潜りたい

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 みなさん、大変です。一大事です。
 いや、オレも朔夜にされるまま声出してたのも悪いんだけどさ…まさか、まさかお隣さんに〝アノ声〟が聞こえていたなんて…!
 完全に聞かれてたのは昨日のだけみたいだけど、オレはもう穴があったら入りたい…と言うか、穴掘って埋まりたい。

「二人が〝そういう〟関係だった事にはびっくりなんだけどさ…せめて周りにバレないようにやってくれないかな?」
「先輩が可愛いから」
「うん、理由にはなってないね。不順同性行為で寮監にドヤされたい? 部屋分けられたいの?」
「無理」
「じゃあさ、ちょっとは気を遣ってやってくれ」

 休みなのに寮長の部屋に呼び出されたオレたちは現在お叱りを受けている。
 内容が内容なだけにめちゃくちゃ恥ずかしくて、オレは真っ赤になって朔夜の斜め後ろで正座してるんだけど、何で朔夜は平然としてんだ?
 鋼の心臓でも持ってるのか?

「宇佐見」
「は、はい!」
「まぁ、宇佐見は〝そっち〟側だし仕方ないとは思うけど…なるべく抑えめで頼む」
「……はい…」

 そっち側…抑えめ……。寮長の言わんとしてる事が分かるだけに、この公開処刑にも似た恥ずかしさでオレはもう倒れる寸前だ。
 発火するんじゃないかってくらい顔を赤くするオレに寮長は苦笑し、「そう言う訳だから」と話を切り上げた。

「……チッ」
「あからさまな舌打ちはやめなさい。大神が聞いてくれないのは分かってるからさ、宇佐見、頼むな」
「はい…すみませんでした」

 どこか憮然とする朔夜の手を引き寮長の部屋を後にするとドッと疲れが襲ってきた。
 そうだよな、よく考えたら聞こえない訳ないんだよ。
 男の喘ぎ声なんて、聞きたくないもの聞かせてしまって申し訳ないな。

「先輩」

 これじゃあ朔夜を気持ち良くするとかそんな場合じゃなくなって来た。
 また抱っこで我慢してもらうしか…いやいや、それも危なくないか?

「うさぎ先輩」

 身体をくっつけない方がそういう流れには行きにくいよな。
 …でも言ってもオレたちは恋人同士な訳で、やっぱり触れ合いたくなるのも仕方ないと言うか…。
 オレだって朔夜に触りたいし……。

「………上総」
「ひょわ!」

 必死にこれからの事を考えながら歩いていると、いきなり耳元で低く名前を呼ばれ驚いて変な声が出た。
 慌てて振り向くと、朔夜がふっと笑って頭を撫でる。

「こっちからは帰れねぇよ」
「あ、え?」
「反対」

 引いていた手を今度は逆に引かれ、くるりと反転させられる。考え事に夢中で反対方向に進んでたようだ。
 うう、三年生の視線が痛い。

「うさぎちゃーん、お守りご苦労さまー」
「やめろよ、可哀想だろ」
「っつか初めて見たけどマジでちっちゃいんだな」
「結構可愛いじゃん」
「俺のお守りもしてほしー」

 こういうノリは本当に苦手だ。小さいってだけで幼い子供みたいに扱われるし、すぐ揶揄いの対象にされるし。
 まぁオレの場合童顔もあるからだろうけど。
 無視無視と反応もせずにいると、前を歩いていた朔夜の足がピタッと止まった。

「朔夜?」
「………」
「うわっ」

 右側にいるせいで黙り込んだ朔夜の表情が見えない。仕方なく前に回ろうとしたら唐突に抱き上げられた。
 目を瞬いていると少しだけさっきの三年生の方を見ていた朔夜が、顔を逸らしてオレを抱えたまま歩き出す。
 オレからは見えなかったけど、三年生の引き攣った表情からして睨み付けたんだろうな。
 別に良かったのに。

「朔夜、談話室行こ。甘いもん食べたい」
「ん」

 オレの為に怒ってくれる朔夜の頭を撫でてそう言うと、少し雰囲気が和らぎホッとした。
 朔夜が怖がられるのって、身長も関係してそうだな。三年生よりも大きかった……と言うよりも、朔夜より高い人いないのでは?
 だから睨まれながら見下ろされると威圧感でビクッてなるのかも。
 まぁ気にしない人もいるんだろうけど。
 談話室に入る前に降ろして貰い、オレはお菓子の自販機に直行した。チョコレートとスナック菓子をいくつか買っている間に朔夜は飲み物を買ってくれてる。

「うん?」

 視界の端で朔夜の傍に誰かが近付くのが見えた。顔をそっちへ向けると、女子が二人笑顔で話し掛けてる。
 この談話室、男子寮と女子寮の間にあって寮生なら誰でも使えるようになってるから当然のように女の子はいる訳だけども……何だろ、凄くモヤモヤする。
 普通に話してるし、同じクラスの子かな。何話してんだろ。

「あ、隣の人」
「え?」

 じーっと三人を見てると、不意に声がかけられた。
 何の気なしに振り返って驚く。例のお隣さんだー! き、気まずい。

「…先輩って、可愛い声出すんすね」
「……へ?」
「凶暴なオオカミ手懐けたウサギって言うからどんな躾方してんのかと思ったけど……下の世話までしてやるなんて、いい飼い主っすね」
「躾とか飼い主とか、朔夜に失礼だろ」
「失礼ねぇ………俺らにアノ声聞かせるのは、失礼じゃないんだ?」
「………!」

 そうだった、何かムカつくから言い返したけど、オレの変な声この子聞かされてたんじゃん。ってか一年だったのか。

「そ、それに関しては本当にごめん。二度とないようにする」
「俺は別に気にしてないんすけどね。チクったのは同室の奴だし、俺はどっちかというと……先輩の声でヌいた側だし?」
「…は?」

 ぬ、抜いた? 何を? オレの声で何が抜けたんだ?

「ああ、分かんないすか? 先輩の声をオカズに、自分でチンコ扱いて射精したって事」
「………っ、な、何を…」
「俺も先輩に下の世話して欲しいなー」
「!」

 物凄く嫌な話を聞かされた気がする。
 オレの声でって、恥ずかしいどころか気持ち悪い…自分の顔が険しくなるのが分かった。
 隣人に舌舐りしながらそう言われて後退ると、背中に何かが当たり大きな手で目元が覆われる。

「何してんの」

 朔夜のひっくーい声が怒りを滲ませて投げかけられる。目隠しされてるから見えないのに背中ゾワゾワするから割と本気で怒ってるな。
 両手でお菓子抱えてるけど、イザとなったら放ってでもどうにかしないと。

「よ、大神。お前はいいよな、こんな可愛い飼い主がいて」
「飼い主?」
「しかもヤリたい時にヤラせてくれんだろ? 羨ましいな」
「………」

 ちょっとー!? この子わざと朔夜挑発してません!?
 ほらほら、背中に感じるゾワゾワがチクチクになって来たんだけど!?

「なぁ、俺にも貸してよ。俺別に男が好きって訳じゃないけど、先輩なら抱けるし?」
「…! わー! 朔夜ストップ! 手ぇ出しちゃ駄目だ!」

 背中を押された事で朔夜が前に進もうとしているのに気付いて慌てて止める。もう怒りじゃなくて殺気を感じるくらい空気ビリビリしてんだけど、ここで手を出したら終わる。
 たぶん周りも異常な気配に気付いてるっぽくて、さっきまで楽しそうな話し声がしてた談話室が、今はヒソヒソ話になってるし。

「へぇ、凄いな。さすが飼い主」
「お前も、もういい加減にしろ。声の事はオレたちが悪いしいくらでも謝るけど、これ以上朔夜を怒らせても仕方ないだろ」
「先輩、その格好で言うの恥ずかしくないんすか?」
「う。朔夜、離せ」
「駄目」
「何でだよ!」

 意味分からん! 大体、現状どうなってんの?
 オレ見えないから全然把握出来てないんだけど?

「とにかく、一旦ストップで…」
「俺、コイツに恨みあるんで」
「え?」
「コイツは、俺の彼女を奪ったんだ…許せねぇ…」

 え、まさかの修羅場的理由。でも朔夜ゲイだし、奪ってまで女の子と付き合う事はないんじゃないかな。

「朔夜」
「知らねぇ」
「まぁ、そうだよな」
「知らないだと!? お前のせいで俺は振られたのに…っ、お前はその人と部屋でイチャイチャしやがって……ふざけんな!」
「ちょ、ちょっとその話は……」
「先輩も大神に鳴かされてんじゃねぇよ! 聞こえる身にもなってみやがれ、クソが!」

「「「…………………」」」

 もうほんと、水を打ったように静まり返るってこういう事を言うんだな。
 目隠しされてて良かったかもしんない。

 ああ……穴掘って住み着きたい。
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