小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎と狼と寮長と

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 その日の授業を終えて、寮へと戻る途中後ろから朔夜に声をかけられた。
 意外な事に、立夏くんと太一くんは寮生ではないらしく、帰りはいつもバラバラらしい。
 一緒に帰ろうと言われ頷くと、長身を屈めた朔夜に手を取られる。そのままオレの目を見ながら手の甲にキスされて死ぬかと思った。
 アイドルのファンサみたいだな。……女子がちょっと頬を染めて見てるんだけど。
 自覚した途端、朔夜がキラキラして見えて困る。
 オレは耳まで赤く染まった情けない顔をどうにか取り繕いつつ眉根を寄せた。

「やめろ、往来だぞ」
「手はいいんだろ?」
「場所を考えろ、場所を。しかもそれは許してないし」
「部屋なら気になんねーの?」
「ま、まぁ……外よりは…」

 嘘だ。どこで手を握られても気になるし、ましてやさっきみたいな事されたら結局心臓が暴れる。していいとも言ってないのに。
 僅かに口角を上げた朔夜の手が離され、俺は内心ホッとした。
 好きってこんなに感情ワタワタするものなのか? 身がもたないんだけど。

「あ、朔夜待った」
「ん?」
「後ででいいから、寮長の部屋連れてってくれ」
「寮長?」
「ほら、例の話しなきゃだし」

 朔夜には気付かれないよう息を吐いたオレはハッとして目の前の背中に呼びかける。立ち止まって振り向いた朔夜に道案内をお願いすると首を傾げられた。

「答え、もう出たのか?」
「え!? や、えっと、その……ほ、ほら、話くらいはしとこうかなって」
「ふーん」

 きょ、挙動不審過ぎた? 
 オレは見下ろしてくる朔夜に愛想笑いで返し、足早に追い抜いて寮へと向かう。
 何か、情けないな、オレ。

「先輩」
「!」
「寮はこっち」
「…………」

 せっかく覚えたはずの道も、テンパると忘れてしまうようだ。




 一緒に部屋へと戻ったオレと朔夜は、今は着替えて寮長の部屋に向かってる。
 寮長は三年生で、上の階に部屋があるんだと。
 案内された部屋のネームプレートを見てみたけど、寮長の名前ちゃんと覚えられてないから分からん。

「ここ?」
「ここ」

 オレよりはよっぽど信頼出来る朔夜が言うんだから間違いないんだろう。よし、と気合いを入れたオレはドアをノックした。
 暫くして押し開かれ、寮長が顔を出す。

「ん、あれ? 宇佐見? どした……って、え?」
「あ、コイツの事は気にしないで下さい。ちょっと部屋についてお話があるんですけど、今からお時間大丈夫ですか?」
「大丈夫、だけど……」

 寮長はオレにはにこやかだったのに、後ろにいた朔夜に気付くなり驚いて固まってた。ここで帰らせてもいいんだけど、帰りの時の為に一応いて貰いたい。
 談話室に行こうかと言う寮長の後ろについて歩いてると、擦れ違う人みんな物珍しそうに振り返る。
 何かあったのかって心配そうな人もいてちょっと気まずかった。
 談話室には、一卓につき三脚の椅子が備え付けられた円形のテーブルがいくつか置かれている。端にはソファもあって、ジュースだけじゃなく、お菓子やアイスなどの自販機も備え付けてあって、ちょっとワクワクしてしまった。談話室は初めて来たし。

「飲み物買ってきます。何がいいですか?」
「じゃあスポドリで。はい」
「え? や、いいですよ」
「先輩の言う事は素直に聞きなさい」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」

 空いているテーブルに向かう寮長に自販機を指差しながら声をかけると、物凄く自然にお金を差し出されて目を瞬く。遠慮したけど、そう言われてしまっては断れない。
 頭を下げて受け取り、自販機でオレと朔夜と先輩の飲み物を買って戻った。

「寮長、ご馳走様です。どうぞ」
「うん、ありがとう」
「はい、朔夜」
「どーも」

 二人はもう座ってたから、空いてる椅子に座ってペットボトルの蓋に手を掛ける。……かったいな、何これ嫌がらせか。
 中々回らない蓋に苦戦してると、横から伸びた朔夜の手がそれを取り上げ代わりに開けてくれた。

「ん」
「あ、ありがとう」

 朔夜のおかげで軽く回るようになった蓋を開けて口を付けると、寮長が驚いたようにオレたちを見ている事に気付く。
 目を合わせて首を傾げると苦笑された。

「大神が誰かに手を貸してんのは初めて見た」
「そう、なんですか?」
「うん。須川と間宮以外とは関わろうともしないから。……それで? 部屋についての話って?」

 オレには最初から手を貸してくれてたけど、と思ってチラリと朔夜を見たけど、本人はあからさまにつまらなさそうな顔をしてテーブルに頬杖をついてる。
 静かにしていてくれるならまぁいいやと寮長に向き直ると、まずはペコリと頭を下げた。

「すみません。せっかくお部屋を用意して下さったのに申し訳ないのですが、オレはこのまま朔夜と同室でいたいです」
「え?」
「部屋、移りたくないんです」

 朔夜がオレの方を向いたのは視界の端で見えたけど、敢えて気付かない振りをして続ける。

「寮長が心配してくれてたのは分かってるんですけど、オレ、朔夜といると楽しいんです。だからもし部屋を移らなくていいなら、このまま朔夜と一緒の部屋でいさせて下さい」

 寮長は黙って聞いてくれてたけど、オレがそう言い終わると人差し指でこめかみを押しながら「うーん」と唸る。
 やっぱ移動は決定事項なのかな。

「宇佐見がそう言うって事はまぁ本心なんだろうけど、元々は大神と誰かを同室にするってのはタブー視されてたんだよね。宇佐見は二学期から入って来たから知らないだろうけど、一学期の間に大神の同居人五人入れ替わってるから」
「ご、五人?」
「そ。みーんな、大神が怖いから部屋を替えてくれって言いに来て、面倒臭くなった寮監がコイツはもう一人で使わせるってなったんだよね。それ以来は誰も入れてなかったんだけど…宇佐見の時は空きがそこしかなかったからさ」

 寮長は、オレが部屋替えをお願いしに行くと思ってたんだろうか。
 だとしたら、中々来ない事が不思議だっただろうな。

「何だかんだで二人が仲良くしてるのは知ってたんだよ。三年の間でも話は広がってたから。ちなみに二人の事、周りが何て言ってるか聞いた事ある?」
「え、聞いた事ないです」
「こわーいオオカミを手懐けたちっちゃいウサギさん」
「……ウサギが浸透してる……!?」

 誰だ、そんな事最初に言った奴!
 オレがショックを受けていると、寮長はクスクスと笑いながらポケットからスマホを取り出した。

「驚くとこそこなんだ。まぁだからさ、部屋をそのままっていうのは全然いいんだけど、一応寮監にも許可取らなきゃいけないから、それまで保留でいい?」
「あ、はい。オレは全然です」

 何かを打ち込みながらそう言う寮長にオレは頷く。寮監の指示を仰ぐのは当然だし。

「まぁ、大神の同居人が確定するのはこっちとしても有り難いし、たぶんそのままで決まるとは思うけどね。じゃあ連絡来たら知らせるから」
「はい、ありがとうございました」

 ペットボトルを手に立ち上がった先輩は、そう言ってスマホを振りながらにこやかに去って行く。同様に立ち上がったオレは頭を下げてそれを見送った訳だけども……ずっと静かだった朔夜にちょっとした不気味さを感じてる。
 唯一反応したのが、オレがこのままでって言った時なんだけど。
 あれ、もしかしてこれオレの気持ちバレてる?

「先輩」
「な、何?」
「食堂開く」
「そ、そっか。じゃあ食いに行くか」
「ん」

 何か言われるかと思って身構えたけど、朔夜はいつもの気怠げな感じでそう言って立ち上がり歩き出す。
 うーん、この表情は読めないな。
 一先ずは全部忘れる事にして、オレはゆっくりと先を歩く朔夜の後を追いかける。

 ちなみに、次の日には寮監からの許可も下りて、オレは正式に朔夜の同居人になった。
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