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狼は兎を想う

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 同室で先輩の宇佐見上総は、驚くほどに流されやすい。
 俺の見た目で怖がる奴が大半なのに全然普通だし、名前の呼び方も怒っていいはずなのに今は気にもしてないし。
 あの条件だって、断られる前提で話したのに受け入れるし、抱き締めたら抱き締めたで抵抗しないどころか寝るし……俺の忍耐力ずっと試されてる。

 俺も背が馬鹿みたいに高いとは良く言われるけど、それがなくても先輩は小さくて細くて、大切に扱わないと壊れてしまいそうなくらい見た目は儚い。
 実際は自分の意思や意見をハッキリと言える、真っ直ぐで優しくて暖かい人なんだけど、警戒心がなさ過ぎて心配になるくらい何でも受け入れてしまう。

「…ん、朔夜…ちょっと、もう…」
「……もう無理?」
「…これ以上は死ぬ…」

 キスだって、本当に嫌なら殴ってでも止めればいいのにそうしないから、俺はどんどん欲が出てくる。
 舌まではさすがに入れさせてくんねぇけど、先輩の息が苦しくなるまで触れ合わせてても怒らない。
 俺のものにするって言った時も、普通なら気持ち悪いって逃げてくところだろ? ゲイだって打ち明けた時も不思議そうにしてただけだし、その後だって俺は、先輩が困るって分かっててわざとスキンシップ増やしたりしてたのに……あの人は、絶対に振り払わない。

 そんなの、惹かれて当たり前だろ。
 元々一目惚れから始まって、どんどん好きになって、俺はもうあの人が欲しくて欲しくて堪らない。




「朔夜、これあげる」

 教室で太一と話していると、どこかに行っていた立夏が大きめの茶封筒を差し出して来た。

「……何これ」
「うさちゃん先輩の隠し撮り。新聞部が持ってた」
「何で新聞部のモンをお前が持ってんだよ」
「アイツら、朔夜とうさちゃん先輩をネタに校内新聞作ろうとしてたからね。二度とすんなって言っといた」
「…………」

 立夏から渡された写真は数枚、全部にうさぎ先輩が写ってる。
 体操服姿の先輩、友達と一緒にいる先輩、欠伸をしてる先輩、笑ってる先輩。全部可愛い。

「あ、鞄にしまった」
「ムッツリめ」

 俺は太一を睨んで椅子から立ち上がり、欠伸をしながら教室から出る。授業に出る気分じゃねぇし、どこに行くかな。

「あ、待ってよ朔夜~」
「ったく……」
「どこ行くの?」
「踊り場」

 教室も、クラスの奴らも、授業もつまらねぇ。先輩といる時が一番落ち着くし楽しい。
 三人でいつも行く屋上前の踊り場に向かっていると、物凄く難しい顔をしたうさぎ先輩が壁に寄りかかって立ってた。

「先輩」
「え? ホントだ、うさちゃん先輩だ」
「……朔夜? それに立夏くんと太一くんも。…あれ? って事はここ一年棟か?」
「また迷子か」
「保健室に行きたかっただけなんだけどなぁ…」

 この人、自分が方向音痴だって分かってんのに何で一人で行動するんだ。ジャージ着てるって事は体育だったんだろうけど…保健室?

「怪我でもしたの?」
「走ってたら足捻って転んだ」
「うわ~、ダブルコンボ」

 よく見ると膝も少しだけ擦りむいてる。壁に寄りかかってたのは、捻った方の足に体重をかけない為か。

「宇佐見先輩って案外鈍臭いんですね」
「それは何に対してだい、太一くん」

 割と失礼な事を言ってるのに、やっぱり先輩は怒らないどころか笑ってる。こういうところがみんなから好かれるんだろうな。

「先輩。横抱きと縦抱き、どっちがいい?」
「へ? いや、歩けるし…」
「どっちがいい?」
「だから…………………縦で」
「ん」

 怪我をした先輩を歩かせるつもりは毛頭ない。
 俺の言い方と顔に引かないと悟ったのか、尚も断ろうとしていた先輩はたっぷりと間を開けて答えた。
 俺は腕を広げて待つ。部屋でなら来てくれるのに、立夏と太一がいるからか恥ずかしがって中々来ない。

「上総先輩」
「…! お前、それはズルいだろ…!」

 普段は呼ばないからか、先輩は名前で呼ばれると色んな意味で弱くなる。俺は意識して使い分けてるから、この人にしてみれば相当タチが悪いだろうな。
 少しだけ赤くなった顔で俺を睨み、それでも渋々腕を伸ばすところが素直で……ホント可愛い。

「なになに? 先輩の名前、上総っていうの? おれも呼びたい!」
「駄目」
「え、何でー? 朔夜だけずるいー」
「黙って察しろ、立夏」

 抱き上げ、先輩が了承する前に牽制しさっさと階段を降りる。アイツらがついて来ようが来まいがどうでもいいが、絶対に名前だけは呼ばせねぇ。
 っつか先輩、やっぱ軽い。片手で余裕で抱っこしてられる。

「何か、ごめんな?」
「何が」
「いっつも助けて貰ってるから。何か、迷子になるたびに朔夜が見付けてくれてる気がする」

 確かに発見率は高いとは思うけど、全部偶然なんだよな。
 ただ俺が見てる世界の中で、立夏と太一以外で姿形がハッキリ見えるのが先輩なだけで。

「どんだけ埋もれてても分かるからな」
「本当かよ」
「鼻が利くから」
「あはは、さすがオオカミ」

 実際は人並みの嗅覚だから役には立たねぇけど、そんなもんがなくても俺はこの人なら見付けられるから。
 声を上げて笑う先輩に目を細め、抱き締めたい衝動に駆られながらも一日一回の条件を思い出しグッと堪える。

「ホント、何でみんなお前の事怖がるんだろうな。中身こんなに良い奴なのに」
「見た目と素行だろ」
「見た目なぁ…言うほど怖くないと思うんだけどな、オレは」
「先輩、警戒心ねぇから」
「お前までそう言うか」

 みんながみんな、先輩みたいに受け入れられる人ばかりじゃない。
 大体、この人が受け入れすぎるんだ。
 この間のあのクソ三年共の事だって、腕に痣まで出来たのに許した事、俺は納得していない。先輩は優しすぎる。

 保健室に着いたが、生憎と養護教諭は出払っているらしい。
 鍵は空いてるし、勝手に手当てさせて貰うか。

「先生呼んで来た方がいいんじゃないか?」
「いらねぇ。先輩、ちょっとこれ書いてて」
「あ、うん」

 椅子に座らせ、利用者名を記入する為のファイルを渡す。
 その間に俺は手当てに必要な物を集めて先輩の足元に腰を下ろした。

「ちょっと痛ぇかも、我慢な」
「ん」

 なるべくゆっくりとは脱がせたんだが、やはり多少は痛みが走るらしく、先輩は顔を顰めて息を詰めていた。
 足首自体は少し変色して腫れてはいるが、たぶん骨折まではいっていないだろう。念の為、後で病院に連れて行って貰えばいい。
 踵を俺の太腿に乗せて細い足首に湿布を貼り、剥がれないよう包帯で巻く。やった事はねぇけどまぁ何とかなるだろ。

「朔夜、右目ってわざと隠してんの?」
「……そう」
「そっか」

 先輩はそれ以上何も言わないし、見たいとも言わないかった。そんな大それた理由で隠してる訳じゃねぇけど、人を不快にさせるには十分なもんだからな。
 それなりの形で包帯を巻き終えると、不意に頭が撫で回される。
 見上げると、優しい顔で微笑んでる先輩がいた。

「手当てしてくれてありがとう」
「こんくらいは別に」
「お礼、何がいいか考えといて」
「お礼……」
「うん。あ、あんま高いのは駄目だからな? 常識的に頼むぞ」

 先輩に望む事なんて最初から決まってる。
 俺は膝の上に置かれた小さな手を握り額を当てて目を閉じた。

 先輩、上総先輩、俺のものになってよ。俺はアンタが欲しい。

「朔夜?」
「……ん、考えとく」
「おう」

 だけどこの望みは俺自身でどうにかしなきゃいけないから。
 今はとりあえず、無難に返しておくことにする。
 逃がすつもりは更々ないけどな。

「先輩」
「? 何?」
「好きだよ」
「……っ!?」

 今はこれだけ。
 ずっと言ってりゃ、いつかは意識してくれんだろ?
 恋愛に不慣れで、こんな言葉にもすぐ真っ赤になる可愛いうさぎ先輩。

 オオカミが牙を剥く前に、さっさと堕ちてくれりゃいいのにな。
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