小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎は自覚する

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「駄目」
「いや、でも元々そういう話だったし」
「無理」
「えー……」

 寮生活も順調……うん、まぁ順調に過ごして二ヶ月半過ぎた頃、オレが元々入る予定だった寮の改装工事が終わったと寮長さんから言われた。
 オレの部屋ももう決まってるからと地図を渡されたその日の夜、相も変わらず続いている条件『一日一回の抱っこ』を実行してる時に朔夜にこの話をしたら、眉間に皺をこれでもかと寄せて端的に否定された。
 でも、最初からここは一時的な生活空間で朔夜もそれは了承してたはず。

「今更手放せる訳ねぇだろ」
「何を?」
「絶対無理」
「いやだから何をだよ」

 主語を飛ばすのも大概にしろ。
 オレは後ろからぎゅーぎゅーと締め付けてくる腕に息苦しさを感じながらも溜め息をつく。
 引き止められるのはもちろん嬉しいし、オレだって朔夜と一緒にいるのは楽しいんだから、変わらなくていいならこのままでいいっちゃいい。ただ部屋が決まっちゃってんだよなぁ……。

 ……そういえば、最初にここでもいいってオレが言った時、寮長は朔夜が問題だからとしか答えなかったよな。
 この部屋は駄目とか、あっちに行くのは絶対とかは言われなかった。じゃあ朔夜の事が問題じゃなくなったんなら言う事ないのでは? むしろ移動の手続きとかの煩わしさもなくなるし。
 …って、オレは何でこのままでいる前提で考えてんだ? いや、いられるならここでいいってだけで。でももし移動してくれって言われたら朔夜が一人になるからやっぱり断りたいし。
 ……頭こんがらがって来た。

「先輩」
「……? …あ…」

 目を伏せて色々考えていたら、朔夜の低めの声に呼ばれてハッとした。何って聞く前に整った顔が近付いて反射的に目を閉じる。
 最近の朔夜のキスは何か……こう、エロくて……啄むって言うの? 唇をハムハムしてくるし、舌で舐めてもくる。
 オレはどうしたらいいかも分かんなくて、ただ必死に朔夜の服を掴んで耐えてるんだけど……頭の中はいっぱいいっぱいだ。
 心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしてて、高熱でもあるんじゃないかってくらい顔が熱くて、間近で香る朔夜の匂いにクラクラして。
 これまで流されに流されて、もはや当然のように受け入れては来たけど、こんなのやっぱ…駄目だよな。

「……ん…」
「ここにいろよ」

 恋人じゃないのに、恋人みたいに抱き締められてキスされてるこの現状は普通じゃない。
 オレはまだ自分の気持ちをちゃんと分かってないのにこんな風に受け入れて、朔夜に対して物凄く不誠実な事をしてるって自覚はある。
 真っ直ぐに気持ちをぶつけて来てくれる朔夜のしたい事をさせて、答えを先延ばしにして甘えてるだけだ。
 そう考えたら、今回の件はいいキッカケになるかもしれない。部屋の事と朔夜の事、考えるにはちょうどいいタイミングだ。

「なぁ、朔夜」
「何、先輩」
「部屋の話はオレの事だから、ちゃんとオレに考えさせてくれないか?」
「移る気があるなら無理」
「言い切るなぁ」

 朔夜の気持ちを汲んで移らないって言うのは簡単だ。でも今までと同じ状況になるなら意味がない。
 オレは一度腕の力を緩めて貰い、朔夜と向かい合うと眠そうな茶色い瞳を見つめて息を吸った。

「お前の事、オレはちゃんと考えなきゃいけないんだよ。今こうしてる事とかさ、オレはお前に言われたからやってるようなもんだし。このままこの部屋に残るにしても、移るにしても、お前との関係はハッキリさせたい。……それに、いつまでもお前の気持ちに胡座掻いてちゃお前自身に失礼だろ?」
「…………」
「ありがとうな、好きって気持ちいっぱいくれて。全部受け止めてしっかり考えるから……だから、答えが出るまでは、抱っこもキスも一旦ストップしたい」

 ぶっちゃけ最近は、この時間になるとオレの心臓がヤバいくらい脈打ち始める。抱っこまではまだ良かったんだよ。でもキスが……その、正直、もっとってねだりそうになる自分がいて嫌なんだ。だから冷静に考える為にも、これは受け入れて貰いたいんだが。

「……先輩に触れねぇの?」
「え? えーっと……そうだな…手、くらいなら」
「………………分かった」

 しょんぼりした声に犬耳が垂れてるのが見えて、駄目だって分かってるのに可哀想に思ったオレは、自分的にも比較的大丈夫そうな手を振ってみせる。朔夜はその手を握り溜め息を零した。

「先輩がそう言うなら、大人しく〝待て〟してるよ」
「朔夜……」
「あ、答え出るまで移るとかねーよな?」
「ないない。移るかどうかは、答えが出た時に言うよ」
「ならいい」

 反対の手も掴まれ、引っ張られて朔夜の胸元に軽くぶつかるとそのまま手を背中に回すように持っていかれて目を瞬く。
 そういえばオレ、今まで抱き返した事ないな。

「今日は寝る時間まで抱っこさせて」
「……仕方ないな」

 これは抱っこというよりもはやハグなんだが……まぁ明日から我慢させるって考えたらこれくらいは許してやってもいいだろう。
 くっついた耳から聞こえる心地良い心音に眠気を誘われながらも、オレは自分とは違う広い背中をポンポンと軽く叩き続けた。



 さて、超が億付くほどの恋愛初心者であるオレがまずする事は、『恋』というものを知る事だ。
 チビのオレに恋愛は向いてないって捨てて来たから、全くの無縁で高校生になったんだよな。そりゃ可愛い女の子にドキッとする事くらいはあったけど、女の子って自分より背の低い男ってあんま好きになんないじゃん。
 いや、中にはいるかもしれないけど、残念ながらオレは出会えなかった。
 つまり、オレは一番最初に『好き』という気持ちを理解しなければいけない。
 かと言って誰に聞きゃいいんだ?
 こういうのってやっぱ男より女子の方が詳しく教えてくれそうだよな。
 ───よし。

「木下さん」
「あ、宇佐見くん。おはよう」
「おはよう。あの、ちょっと聞きたい事があるんだけど…いいかな?」
「聞きたい事? うん、いいよー」

 タイミング良く友達と別れた木下さんに声をかけ、人気の少ない場所まで着いて来て貰う。
 こういうのは勢いが大事だ。

「えっと…男なのにとか、高校生なのにとかナシで教えて欲しいんだけど……」
「うん」
「あの………ひ、人を好きになる気持ちって、どんな感じ?」
「へ?」

 自分で覚悟を決めて聞いたとはいえこれって思ったよりも恥ずかしい!
 木下さんもキョトンだよ、そりゃそうだよ!
 穴掘って埋まりたい……。

「…ふ、ふふ、宇佐見くん、可愛い」
「いや、あの、結構切実で…」
「うん、分かってる。ふふ、ごめんね」

 笑いたくなる気持ちも分かるよ、うん。
 木下さんは一頻りクスクスと笑った後、顎に人差し指を当てて「そうだなぁ」と考えてくれる。

「その人の事ずっと考えちゃったり、何したら嬉しいかなとか、喜ぶ事してあげたいなって思ったり、笑った顔が見たいって思ったり……触れたいとか触れられたいとか、他の人には思わない事を考えるのが、『好き』って気持ちなんじゃないかな」
「他の人には思わない事……」
「うん。例えば、その人にはされても嫌じゃないのに、他の人だと嫌だなって思っちゃうとか」

 その人が良くて、他の人は嫌だと思う。
 朔夜がオレにしてる事……抱っこ、は別に嫌じゃない。キスも、恥ずかしいけど絶対嫌とは思わない。でもその相手がもし朔夜じゃないなら抱っこは………………ん?
 あれ、オレ、朔夜としてる事を他の人と出来るかって聞かれると……割と本気で無理、なんだけど。
 ……ええ? それってつまり木下さん的に言うと……。

「……!?」

 顔どころか身体中が熱くなって頭がクラクラする。理解した。理解しちゃったよ、オレ。
 全身であたふたするオレを見て木下さんはまた小さく笑う。

「……ふふ、なんだ。宇佐見くん、ちゃんと分かってるじゃない」
「………コレってそういう事?」
「宇佐見くんの反応からして、確定だね」
「そ、そうなんだ……」

 どうやら俺は、いつの間にか悩む必要もないくらい朔夜を好きになっていたらしい。
 最初は確かに交換条件だったのに、気付いたら当たり前になってて……最近なんてオレ、朔夜の手気持ちいいとか思ってたもんな。
 絆された感も否めないけど、オレが今朔夜の顔を思い浮かべて感じてる気持ちは『本物』だってちゃんと分かるから。

「頑張ってね」
「ありがとう、木下さん」

 まさかこんなアッサリ、一日で解決するとは思わなかったけど、分からないままグダグダするよりは全然いい。
 木下さんの分かりやすい言葉のおかげで素直に考えられたし。モヤモヤしてた気持ちもあっという間にどっかに消えた。
 後は部屋の事だな。正直オレ、半分以上は朔夜と同じ部屋のままがいいって思ってたから、移る気はほぼなかった。
 今思えば、無意識にでも朔夜と離れたくないって気持ちが出てたのかな、オレ。こんなんで気付かないとか、鈍いにもほどがある。
「よし、寮長に話してみよう」
 と言いつつも寮長の部屋知らないし、寮内で迷子にはなりたくないから後で誰かに聞こう。
 …贅沢を言うなら、朔夜が帰ってればいいな。
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