小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎は悪意に屈さない

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 朔夜と同部屋になって一ヶ月が経った。
 その間に変わった事と言えば、須川くんと間宮くんを名前で呼ぶようになった事、食堂までの道を覚えられた事、寮と学校の行き来がひとりで出来るようになった事くらい。
 だけど朔夜が提示したあの条件はまだ続いてる。案内じゃなく、今は食事に興味のない朔夜を食堂に連れて行く代わりとして。
 ほっといたら何にも食べない朔夜は、オレが来るまでは立夏くん達がどうにかしてたらしい。友達に心配かけさせちゃ駄目だろって言ったら素直に頷いてたけど、多分変わらないだろうな。

 そしてオレ自身も分かった事がある。
 何となくそうじゃないかと思ってはいたんだけど、気のせいであって欲しいとも思ってて。でも今回の事で確信した。
 オレは、物凄く流されやすいのだと。

 朔夜に抱っこされんのもそれなりに慣れてきた。最近はもっぱら向かい合う形になってんだけど、肩に預けてる頭を朔夜の大きな手に撫でられんのが凄く心地良くて。
 こういうの、絆されてるって言うんだよな。
 でもこれホント、このまま寝れそうなくらい気持ちいい。

「うさぎ先輩」
「ん~?」
「キスしていい?」
「ん~……ん、うん? 何て?」
「キス、していいかって」

 ほんの少し微睡んでたから言葉の意味を理解するのに時間が掛かったけど、オレは寄りかかっていた身体を起こして眉を顰める。

「何言ってんだ。 駄目に決まってるだろ」
「何で?」
「な、何でって……オレとお前はただの先輩と後輩…ルームメイトだし」
「俺は先輩が好きだっつってる」
「そ、それは何回も聞いてる。でも付き合ってる訳じゃないし」
「付き合ってよ」
「いや、だから……」

 付き合うって、恋人になるって事だろ?
 同じ気持ちを返せていないオレが安直にいいよって言える訳ないだろ。

「キスさせろよ、先輩」
「強引過ぎるだろ……駄目だって」
「上総先輩」
「う……」

 そうだ、もう一つ変わった事あった。
 コイツ、どうしても自分の意志を通したい時にオレの名前を呼ぶようになったんだ。
 普段は変わらずうさぎ先輩だし、上総先輩なんて誰にも呼ばれた事ないからキュンってしちゃって……。

「目、閉じて」
「……っ、い、一回だけ、今回だけだからな?」
「ん」

 朔夜の少しカサついた手に顔を挟まれ上向かされる。オレはもう何も見たくなくてギュッと目を瞑り受け身で待った。
 影が出来て、ヒンヤリとした唇が重ねられる。そのまま下唇を食まれて身体が跳ねた。
 心臓ヤバい、めっちゃドキドキして耳の中で太鼓が乱舞してる。
 ってか、一回が長くないか!?

「……真っ赤」
「誰のせいだと…」
「ホント、可愛いなアンタ」
「……!」

 いつからそんな蕩けるような微笑みが出来るようになったんだお前は。
 顔が火照りすぎて熱が出そうだ。
 もう十分だろうと膝から降りようとしたら腰をガッチリ掴まれて引き戻される。

「……おい」
「もう一回」
「はぁ? 一回だけって……ちょ、こら……ンッ」

 悲しいかな、一回許してしまえば二回も三回も変わらなくなる訳で……流された結果、『一日一回の抱っこ』にキスというオプションがついてしまったのだった。




 最近、朔夜の遠慮のなさが際立って来た気がする。
 犬みたいだなって思ってたのに、今はもうみんなが言うようにオオカミなんじゃないかって思い始めてきた。
 悪い奴じゃないんだよ、むしろ良い奴だから余計に拒めなくて……これが駄目なんだろうなぁ。

「なー、あんたが〝うさぎ先輩〟?」
「うわー、マジでちっさいんだな」
「女子より低くね?」
「?」

 放課後、調べ物があって図書室に向かっていると、後ろから朔夜しか呼ばない名前で呼ばれた。
 振り返ると、三人のヤンチャしてそうな人達が立ってる。……あ、三年生だ。

「あの……?」
「へぇ、あの大神がご執心だっつーからどんな奴かと思ったら……顔はまぁ可愛いじゃん。でもコイツ、ホントに高校生か?」
「ここの制服着てんだから高校生だろ」
「お嬢ちゃん、もしかして間違えて入っちゃったー?」
「……失礼します」

 うわ、嫌味な先輩達だな。
 オレは会話をする気持ちがなくなり頭を下げて踵を返そうとした。だけど腕を掴まれ容赦なく引き止められる。

「ほっそ。これ、ちょっとでも力入れたら折れそう」
「え、ポキッといっちゃう?」
「……!」
「可哀想だろー」

 何が面白いんだ、この人達。
 本気で折るつもりはないんだろうけど、加減を知らないのか掴まれてる部分が痛い。血が止まりそう。

「プルプル震えてんだけど」
「ウケる。どっか連れてこうぜ」
「え、何、ヤっちゃう?」
「どっちの意味でだよ」
「とりあえずコイツどうにかすりゃ、大神も手出せなくなるだろ」

 下卑た笑いが頭上から降り注ぐ。掴まれた腕の感覚がなくなって来た。
 こいつらが、木下さんが言ってた朔夜の事が気に食わない奴らかよ。真正面からぶつかる勇気もない、何かを盾にしなきゃ勝負すら仕掛ける事も出来ないなんて、そんなんで勝って嬉しいのかよ。

「卑怯者」
「……あ?」
「自分の力じゃ朔夜に勝てないからって、こんな事して恥ずかしくないのかよ。人質取って抵抗出来なくなった奴に勝ったところで、本当にスッキリするのか?」
「何コイツ」
「ウザ、何熱くなってんの」
「本気で朔夜に勝ちたいなら真正面から向かって行けよ。かっこ悪い」
「てめぇ……っ」
「うわ…!」

 掴まれてた腕が思いっきり引っ張られオレは廊下に投げ倒される。怒りを滲ませた男の手がオレの前髪を掴んで拳を握った。

「大神もお前も、生意気なんだよ」

 拳にグッと力が入るのが見えた。だけど殴られるよりも先にオレの後ろから腕が伸びて、男の顔を掴んだ。
 ギリギリと締め付けられ痛みからか呻き声が上がる。
 前髪から手が離れ、オレは腕の先を辿るように視線を動かして…ホッとした。

「勝手に人のもんに触ってんじゃねぇよ」

 いつもは眠そうで気怠げな表情しているのに、今は一変して凄く怖い顔になってる朔夜がオレのすぐ後ろにいたから。

「うさちゃん先輩、大丈夫?」
「何もされてませんか」
「立夏くん、太一くん。大丈夫だよ、ありがとう」

 いつの間にか二人もいて、残りの先輩二人を押さえてた。掴まれてた腕は痛いけど、殴られたりはしてないから頷いて笑う。
 それより、この状況をどうしたらいいんだろうか。

「……ってぇな! 離せよ!」
「うるせぇ。てめぇの腐った頭なんかいらねぇたろ」
「痛…っ……く、そが…!」
「あん時てめぇ言ったよな? 二度と俺に関わらねぇから許してくれって。……なのに何でこの人に手ぇ出してんの? てめぇで言った事も忘れるくらいスカスカな脳みそしてんのかよボケが。マジで潰すぞ」

 さ、朔夜がいっぱい喋ってる…! って、感動してる場合じゃないだろ、オレ。
 立夏くん達はヤレヤレって感じで見てるけど、止めるつもり全くないなあの二人。
 朔夜の握力がどれくらいあるのかは知らないけど、さすがに人の頭潰すくらいはないだろうけど、痛そうだからとりあえず解放してあげて欲しい。

「さ、朔夜。もうそのくらいで…」
「先輩、甘ぇよ」
「いや、でもほら、殴られた訳じゃないし」
「凄まれて、殴られそうになったろ」
「でも殴られてないから」
「………………はぁ…」

 全部に否定で返せば、長い沈黙の後大きな溜め息をついた朔夜は掴んでいた頭を離した。頭を押さえて悶える男にはざまぁみろなんだけど、朔夜の視線が痛む腕に注がれてる気がする。
 手で隠してるから、ちゃんとは見えないと思うけど。

「さっさと失せろ」

 怒りを含んだ低い声がドスを効かせて三人組みに告げる。憎々しげに朔夜を睨んだ男は舌打ちをして、仲間に支えられながら去って行った。
 うーん、お大事に。

「先輩、どこ行こうとしてた?」
「え、図書室……いたっ」

 さり気なく始まった日常会話に目を瞬いて答えると、これまたさり気なく痛む方の腕を持ち上げられて明るい場所でマジマジと見られた。うわぁ、手の形くっきりに内出血してる。
 どんだけ強く握ってたんだよあの人。

「やっぱシメてくる」
「わー! いい、いいから! 湿布でもすりゃ治るから!」
「いいわけねぇだろ。こんな細いのに手加減もなしに…」
「ちょっと見せてー」
「……っ、いた、いたた!」
「ごめんね。でも折れたりはしてないから大丈夫そう」

 目の据わった朔夜が立ち上がろうとするのを慌てて押さえるオレの前に、立夏くんがしゃがみ込んだ。
 言うなり青紫の部分を遠慮なく触られ、痛みで涙目になったオレは可哀想な自分の腕を撫でて慰める。折れてたら叫んでたぞ、今のやり方じゃ。

「とにかく手当しないと」
「保健室行くぞ」
「う、うん」

 まだ座り込んだままだったオレの脇に朔夜の手が差し込まれ、子供みたいに抱っこで立たされる。腕を気遣ってくれてるのは分かるけど、無傷な方の腕を引くとかでも良かったんじゃないかな。
 立夏くんがオレの隣に来てニコニコと笑いかけてくれる。可愛いなぁこの子。

「ああそうだ、先輩」
「ん?」
「図書室、こっちじゃねぇよ」
「え」

 どうやら図書室への道も復習しないといけないようだ。
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