小さな兎は銀の狼を手懐ける

ミヅハ

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兎は狼の友人と出会う

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 スマホのアラームが鳴ってる。ぼんやりとした頭でそれを止めたオレは、頭まで布団を被って心の中で叫んだ。
 一睡も出来なかった……。

『一目惚れ』
『好きになって貰えるよう頑張るから』
『無視だけはしないで』

 あーもー……どうしたらいいんだ?
 オレはこんなんだから告白した事もされた事もなければ、誰かとお付き合いした事もない超がつくほどの恋愛初心者だぞ。
 それがなんであんなイケメンに惚れられた上にあんな少女漫画でしか見ないような告白されたんだ?
 一目惚れって何!?(混乱)

「先輩、起きてんの?」
「!!」

 布団に潜ったまま脳内で暴れていると低い声と共に何かが触れた。
 無視しないでって言われた手前、渋々ながらも顔を出すと目を細められる。触れたものは朔夜の手だったらしく、布団越しにだが肩のところに置かれてた。

「おはよう、うさぎ先輩」
「……お、はよう」
「準備して、食堂行こ」
「う、うん」

 至って普段通りの朔夜に対しオレはしどろもどろだ。くそぅ、こっちばっか意識してるみたいで何か嫌だ。
 だけどいつまでも布団に籠ってる訳にはいかないし、オレはのっそりと起き上がって洗面所に向かう。
 うわ、隈が出来てる。顔色もあんま良くないな。

「………………」

 朔夜が悪い訳じゃない。朔夜は自分の気持ちをハッキリ伝えてくれただけで、それに対してオレが勝手に困惑してるだけだ。
 好きか嫌いかで聞かれたらもちろん好きだと言える。だがそれは後輩としてだから…朔夜と同じ気持ちは返せない。

「それでもギクシャクすんのは嫌だよなぁ……」

 同室だし、口数少ないけど朔夜と話すのは割と楽しい。
 普段通り出来るかはオレ次第なんだよな。

「先輩」
「あ、ごめん。すぐ行く」

 それなりの時間鏡と睨めっこしていたらしい。朔夜に声をかけられて慌てて顔を洗って歯を磨く。寝癖はもういいや。
 扉を開けたところに朔夜が立ってたから驚いたけど、どことなく落ち込んだ様子に苦笑し軽く腕を叩いた。

「ほら、行くぞ」
「……今日は前歩いてみねぇ?」
「え?」
「三回行ってるし、案外覚えてるかもよ?」

 突然の提案に驚いたオレだったが、確かに覚えられてたら万々歳だ。三回同じ道歩いたんだもんな。不安しかないけど、そうすれば朔夜がいない時も一人で行けるようになるし。

「よし、オレについて来い」
「先輩ステキー」
「棒読みにも程があるだろ」

 ほんと、案外ノリが良いんだよなコイツ。
 オレは意気込んでドアを開け、右に進む。あ、前歩いてる人いるじゃん。この時間だし、どうせみんな食堂だろ。同じ方向に進む人について行けば間違いないんだよ。
 ……あ、曲がった。こっちか。

「先輩、そっちは自販機」
「あれ?」
「前の人について行くのは、迷子になるので辞めましょう」
「……はい」

 恥ずかしい。でもここを曲がったら自販機ってのは覚えた。部屋出て右の、最初の曲がり角。
 仕方なく先頭を交代し、朔夜に前を歩いて貰う事にすると、何の躊躇いもなく手を取られた。そのまま握られ、オレの手が朔夜の大きな手にすっぽりと包まれる。

「え? さ、朔夜?」
「迷子対策」

 昨日はしてなかったじゃん!
 かと言って振り解くのも感じ悪いし、オレはこういう時どうすればいいんだ? 誰か教えて欲しい、切実に。

 ──結局そのまま食堂まで行き、昨日と同様注目を集めてしまったのは言うまでもない。




「あ、うさちゃん先輩だ」
「宇佐見先輩だろ」

 昼休み、友人と学校内にある購買部に向かっていると不意にそんな声が聞こえてきた。
 う、うさちゃん先輩?
 もう一人がちゃんと呼んでくれたからオレの事なんだろうけど……誰?

「近くで見るとほんとちっちゃいね」
「立夏」
「あはは、ごめんねぇ、うさちゃん先輩」

 えっと、先輩って呼んでるし校章も赤だから一年生なんだろうけど…随分派手な子達だな。
 オレを〝うさちゃん先輩〟って呼ぶ子は、オレンジ色の髪をハーフアップにして毛先を遊ばせてて、唇に一つと、耳にはたくさんピアスがついてる。でもにこにこしてて人懐っこそうだ。
 もう一人は深緑の髪をツーブロックにしてて、耳に穴が空いてる。そう、空いてるんだよ。耳たぶに輪っかが嵌め込まれてて向こうが見えてる。結構強面くんだけど、礼儀正しい子のようだ。
 でも何でオレを知ってるんだろう?

「宇佐見、先に行って買ってくるよ。何がいい?」
「え、いいのか? じゃあカフェオレとコロッケパンで」
「それだけ?」
「うん」
「了解。後でな」
「ありがとう」

 気を利かせてくれた友人が購買部の方へ歩いて行くのを見送り、オレは二人を見上げる。転校して来てばかりだから、朔夜とクラスメイト以外の交流はまだないに等しいんだけど。
 オレが首を傾げて不思議そうな顔をしていたからだろう、オレンジ頭くんがクスリと笑って自分を指差した。

「首傾げてる先輩可愛い~。おれね、須川 立夏すがわ りつか。こっちは間宮 太一まみや たいち。朔夜の友達だよ」
「朔夜の?」
「そう、小学校からの友達」
「へぇ、随分長い付き合いなんだな」

 それはちょっと羨ましい。オレは割と転校多かったから、長く付き合えた友達っていないんだよな。

「おれたちずっと三人でツルんでたんだけど、うさちゃん先輩なら歓迎するからいつでも声かけてね」
「え? あ、ありがとう…?」
「朔夜の奴、迷惑掛けてないですか?」
「全然。むしろオレの方が迷惑掛けてるかも」

 食堂への案内も本当なら面倒臭いだろうに、嫌な顔一つせずやってくれるんだよな。交換条件ありとはいえ、最初は行きたくないって言ってたし。
 苦笑しながらそう答えると、一つ瞬きをした間宮くんはふ、と笑ってくれた。笑うと雰囲気変わる子だな。

「宇佐見ー」
「あ、じゃあ友達が呼んでるから行くな。朔夜によろしく」
「うん。じゃあまたね、うさちゃん先輩」
「失礼します」

 大きく手を振る須川くんの無邪気さに自然と笑みが零れる。二人と別れて友人と合流すると何とも言えない顔をしてた。

「大神のダチはやっぱ派手だな」
「でもいい子達だったよ」
「宇佐見はもう少し警戒心を持った方がいい」
「そう?」
「誰でも彼でも声かけられたからってついて行くなよ」
「オレは幼い子供か」

 いくら見てくれが高校生っぽくないからってそれはあんまりだろ。知らない人について行きませんなんて、当たり前のように知ってるし。
 ムスッとしてると、それに吹き出した友人から頼んだカフェオレとコロッケパンが差し出される。食いもんで機嫌取ろうってか。オレが頼んだもんだけどな。
 財布から立て替えて貰った代金を取り出しているとクッキーも渡されて目を瞬く。

「やる」
「え? いいのか?」
「ぶっちゃけコロッケパンだけじゃ心配だわ」
「大丈夫なのに。でもありがと……わ!」

 身体がちっさいと胃もちっさい訳で、本当にコロッケパンで十分だったんだけどこの好意は素直に受け取っておく。甘いものは好きだし。
 そう思ってお礼を言っていると不意に肩が重くなった。…こういう事するのは。

「先輩」
「朔夜、重い」
「購買?」
「そうだけど……あ、さっきお前の友達に会ったぞ」
「知ってる。だから来た」

 わざわざ?
 重くなった方の肩には朔夜が顎を乗せていて、眠そうな目がじっと前を見ている。顔近いな、これ。
 オレは引きつった顔をする友人に手を顔の前に立てて謝り、渡しそびれていた代金を渡す。先に行ってて、と合図を出せば頷いて走って行った。そんなに怖いのか、朔夜の事。

「先輩」
「ん?」
「クッキー一枚ちょうだい」
「え? うん」

 好きなのか? と思いながら袋の口を止めてる針金をくるくると外し、シンプルな丸いクッキーを一枚取り出すとパカッと開けられた口に放り込んだ。何だろ…餌付けしてる気分だな。
 クッキーを貰えて満足したのか、朔夜は肩からいなくなりオレの後ろに立つ。ほぼ反射的に見上げると既に咀嚼を終えて親指で口を拭ってた。

「どーも」
「どういたしまして」
「……友達、行っちまったけど教室戻れんの?」
「……あ」
「クラスのプレート見えるとこまで連れてってやる」
「お手数かけます」

 間宮くん、やっぱりオレの方が朔夜に迷惑掛けてるよ…。
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